第111話 そん時のエインヘリア フィオ編 下



View of フィルオーネ=ナジュラス エインヘリア王妃 元魔王






「せめて一度の探索期間を二十五……いえ、二十日まで伸ばしてはどうでしょうか?」


「半月でもぎりぎりじゃ。片道で十五日……それ以上進んでしまっては、橋頭堡に出来る土地が見つからなかった場合戻ってくることが出来んじゃろ?十五日でも何かアクシデントがあったら危険……それをフェルズに承認させることすら相当苦労したのを忘れた訳では無かろう?」


「「……」」


 半月ぎりぎりまで探索に時間を使って何らかのアクシデントで元の拠点に戻ることが出来なかった場合、飛行船ごと遭難しかねないからのう。


 フェルズがそんなもの許すはずがないのじゃ。


 フェルズが最初に提示した探索日数は十二日じゃったからな……それをなんとかぎりぎりと言える十五日まで延長させたのじゃから、流石にそれ以上はもう無理じゃ。


 第一陣で土地を見つける。


 第二陣が発着場を建設し、可能であれば魔力収集装置を設置する。


 そして第三陣以降でようやく次の探索を始める……丁度十五日の地点に良い土地が見つかる訳ではないし、進捗は……キリク達の様子が物語っておるのう。


「途中で見つけた大陸も、現地の者達に気付かれぬようにこっそりと発着場を建設して使っておるが、魔力収集装置を設置しているのは人里離れた場所に居を構える者達の集落や離島に住んでおる部族の者達の村だけ。何かあった時の備えとしては不十分と言えるじゃろう」


 そもそも言語が違う相手じゃからな……本来は時間をかけて言語を習得し、しっかりと腰を据えて交渉したい所じゃが……今は色々すっ飛ばして、半ば強引に魔力収集装置を設置しておるからのう。


 勿論武力制圧をしている訳ではない。


 食料等を大量に渡しつつ、詳しいことは説明せずに設置……土地を借りておる感じじゃな……フェルズには内緒じゃが。


 後々問題になりそうな場所は避けておるが……条件が合致する場所が偶々見つかる可能性はあまり高くないからのう。


「歯がゆいのは私も同じじゃ」


 私がそう言うと、傍に居るリーンフェリアが痛ましそうな表情を見せる。


 その表情に……先程の醜態を思い出してちょっと顔が熱くなるが、構わず言葉を続ける。


「じゃが、フェルズは皆が危険を冒すことを絶対に望まん。じゃから、こちらが打てる手としてすぐに思いつくのは……飛行船を建造して捜索に回せる船の数を増やすくらいじゃな」


「……畏まりました」


 俯くように頷くキリク達。


 その姿を見ながら……私は再び口を開く。


「……とは言うがの」


「「……?」」


「この場にいる誰にも負けんくらい、私はフェルズに逢いたいのじゃ」


 先程以上に顔が熱くなるが、気合でそのまま言葉を続ける。


「今のままのやり方では、予定より時間がかかるのは確実……飛行船の建造もそう簡単に終わるものではないしのう。じゃから、フェルズにはバレない程度にやり方を変えようと思うのじゃ」


「「!?」」


「皆が他に良い方法がないかずっと模索しておったのは知っておる」


 そしてその全てが、危険を顧みずに突き進むというやり方じゃということも。


 流石にそういった案に許可を出すわけにはいかない。


「じゃから、私も少し違ったアプローチ方法を考えておったのじゃが、先日オスカー達と話をしていて思いついたことがあっての。ぬか喜びさせるのは忍びなかったのである程度形になるまで秘しておったのじゃが、ようやくデータが揃ったのじゃ」


 そう告げた私は、持って来ていた書類を皆に配る。


 そこには今までのこの大陸に設置した魔力収集装置のデータと、この半年の探索で設置できた魔力収集装置から得たデータ。


 それにエインヘリアが生成している魔石とは別の……この世界に元から存在する魔石を利用した共鳴に関するデータじゃ。


 ギギル・ポー地方やスティンプラーフ地方のようにあちこちから魔石がザクザク採れる場所はともかく、他の地方では魔石採掘用の鉱山を試堀する際に、魔道具を使って何処にどんな種類の魔石が埋蔵されているか凡その位置を調査するらしい。


 その魔道具から不必要な機能を取り除き、魔石その物を長距離から感知することが出来る魔道具を開発した。


 それを距離の離れた二拠点で同時起動することで、捉えた魔石のデータからそれが海中を通して届いた反応なのかどうかを判断……ある程度の規模の土地がある場所を凡そではあるが感知出来るようになった。


 無論、その土地にある程度の量の魔石が存在することが最低条件じゃが。


「今一番東にあるこの発着場じゃが、この先にはどうあがいても十五日で行ける距離に発着場を建設できるような大地が無い。じゃが、私達の計測では少々北にズレる形になるが、十七日程度の距離に橋頭堡となり得る土地がある筈じゃ」


「フェルズ様の指定した期限を過ぎてしまいますが……」


 眉をひそめながら言うキリクに頷いて見せた後、私はオトノハの方に顔を向る。


「オトノハよ、確か……多少無理をさせる事になるが、飛行船の速度を上げる方法があったじゃろ?」


 以前オトノハから提案の有った飛行船の航行距離を延ばす方策。


 これ単体では絶対にゴーサインを出せない代物じゃったが……。


「あ、あぁ。でもアレは……」


「航行出来る距離が多少伸びる代わりに連続航行時間が減る……速度を上げたまま進めば、二十日目には墜落しかねない……じゃったな?」


「うん。それに十日速度を上げたところで十五日普通の速度で進むより多少遠くまで行けるって程度だから……」


「全開で回さんでも良い、二日分だけ普段より進めるように調整出来んかのう?」


「いける……と思う。それでも三十日は持たないと思うし、その飛行船はオーバホールが必要になるよ」


「最初だけで良いのじゃ。橋頭堡となる土地さえ確保出来れば、片道に十五日以上かかったとしてもフェルズはとやかく言うまい」


 無作為に探索を進めるのであればともかく、着陸できる場所を……安全を確保しているのであれば問題ないのじゃ。


「……ですが、最初に向かう船は残りの十五日を使って元の拠点に帰還できないのでは……?」


 私の言葉に、キリクが当然の疑問を口にする。


 まぁ、それはそうじゃろう……フェルズが片道十五日を許可したのは、残りの十五日を復路に費やす為じゃ。


 速度を強引に上げた飛行船が何日までなら航行可能かはオトノハの調査次第じゃが、三十日フルで飛ぶのは無理と既に言っておるからのう。


「まぁ、子供の言い訳みたいなもんじゃが……片道十五日の約束は破っておらんからのう。それに安全マージンは取る。仮に私が算出した位置に目当ての土地が無かった場合、急ぎ引き返す……元の拠点から通常速度で十五日の位置まで迎えを出せばよい。迎えを出すタイミング等はオトノハなら算出できるじゃろ?」


 今回は周辺探索をせずに目的地に行って戻ってくるだけじゃからな。


 合流地点やタイミングの計算は容易いじゃろう。


「あぁ、問題ないよ」


「その場合は無理をさせた方の飛行船は乗り捨てになってしまうが……可能であれば牽引して拠点まで持ち帰りたい所じゃな。それが不可能なら魔法を叩き込むしかないのう」


 技術漏洩は避けねばならんからのう。


 海のど真ん中とは言え、そのまま乗り捨てただけならどこぞに流れつかぬとも限らぬし……。


 牽引可能かどうかも調べておきたいところじゃが、実験段階で飛行船を数隻潰しかねないのは中々のう……。


「データを基に立てた計画じゃが、目標としている土地が確実にあるとは言い切れん……どうするかの?」


「やりましょう」


 私の問いに即座に答えるキリク。


 他の面々も反対する様子はない。


「私達は一日でも早くフェルズ様の元まで行かねばなりません。お叱りを受ける事になりましょうが……それでもエインヘリアにはフェルズ様が必要なのです」


「……そうじゃな。じゃが、お主等が叱られるようなことにはならぬよ。悪いのは私じゃからな」


 言葉の上では約束を守っておるが、約束とは言葉通りに受け取るものではなく、本質を守る事に意味がある。


 口先だけが達者な子供と言ったやりかたは……うん、もしフェルズにやられたら、怒るより先に呆れるかもしれん。


「いえ、そのような事は……」


「私がフェルズに早く会いたいから皆に無理を強いたのじゃ。今回の件はそれ以外の何物でもないのじゃ」


「……」


 キリク達にとって私という存在は、フェルズの嫁であること以上の価値はないじゃろう。


 じゃが、それでも私は今フェルズから全権を委任されているエインヘリアの王妃。


 安全を確保できる手立てを用意出来た以上、ついでにちょんぼの責任を取るくらいはするべきじゃろう。


 ……まぁ、なんだかんだ言っても許してくれるじゃろうしな。


 ほほほ。


「それとじゃ。今回の案は私の案じゃからな……第一陣の飛行船に乗るのは私じゃ」


「「!?」」


「それはなりません!」


 私の宣言に会議室に居た全員が驚きの表情を浮かべ……リーンフェリアが血相を変えて声を上げる。


「提案したものの責任として、私がその飛行船に乗り込む……当然のことじゃろ?」


「当然ではありません!今まで以上に危険の多い……いえ、そもそもフィルオーネ様ご自身が、たとえ安全が確保されていたとしても自ら探索に出るなどと言語道断です!」


 フェルズの目を通して見ていた時も、そして私の護衛として傍についてくれるようになってからも、リーンフェリアがここまで激しく自身の意見を言う事は無かった。


 そんな彼女が、まなじりを上げながら声を荒げるのは……私を心配しての事じゃろうが、フェルズを悲しませるようなことは絶対にさせないという想いもあるのじゃろう。


「すまんのう、リーンフェリア。じゃが、私も研究者として自分が出した案の結果を見届ける責任があるのじゃ。しかもやむを得ぬとは言え、リスクを上げる様な提案……それを他人にだけ負わせることなぞ私には出来ん」


「それでも!フィルオーネ様はこのエインヘリアの王妃殿下であらせられます!臣下として、それは断じて認められません!」


「リーンフェリアの言う通りです。我々にとってフィルオーネ様は絶対に守らなければならない御方です。フェルズ様と再会して頂くその日まで、傷の一つもつけさせるつもりはありませんし、その可能性があるような事を……例えご本人の希望であろうとさせるわけにはいきません」


 リーンフェリアの剣幕に驚いていた面々じゃったが、最初に我にもどったキリクがリーンフェリアに続く。


「そ、そうだね。フィルオーネ様の気持ちも分からなくはないけど……やっぱりあたいも反対だよ」


 リーンフェリア、キリクに続きオトノハも……一定の理解は示してくれたが反対。


 そして発言はしておらぬが、カミラ、イルミット、アランドール、エイシャ……会議室にいる全員が賛同しかねると言った雰囲気を醸し出しておる。


 まぁ、そりゃそうじゃろうな。


 私が逆の立場であれば絶対に頷かん自信がある。


 それくらい無茶を言っている事は理解しておるが……それでもここは退けんのじゃ。


 リーンフェリア達も同じことを思っている事じゃろうが、ここで退いてはフェルズに合わせる顔が無い。


 ……今日の会議は長くなりそうじゃな。

 

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