第110話 そん時のエインヘリア フィオ編 上
View of フィルオーネ=ナジュラス エインヘリア王妃 元魔王
フェルズが別の大陸に召喚されて半年ほどが経ってしまった。
その間エインヘリアではこれと言って大きな事件は起きておらんが、エインヘリアの中核をなす重臣たちの雰囲気はお世辞にも良いとは言えない。
いや、表面上は問題ない……。
じゃが、裏を知っておる者が見れば彼らの動揺が手に取るように分かる。
鋭い者……まぁ、普段からエインヘリアに出入りしているようなエファリアは別に考えても、スラージアン帝国の皇帝であるフィリアやフェイルナーゼン神教の教皇クルーエル、それとパールディア皇国の第二皇女リサラ辺りはフェルズの不在に気付いておるじゃろうし、ジョウセンやサリアと普段から稽古をしている『至天』のリカルドやエリアス等も普段とは違うエインヘリアの様子を感じ取っている筈じゃ。
まぁ、気付かれたところで、彼らがエインヘリアに対して妙な気を起こすことはないと断言出来る。
妙なことを考えるとすれば、国外よりも国内じゃ。
フェルズ……いや、エインヘリアは五年に満たない期間で大陸に存在していた国を大小問わず呑み込んだ。
もしスラージアン帝国の皇帝がフィリアではなければ……今頃この大陸にはエインヘリア以外の国は存在しなかったやもしれぬ。
本人にどれだけ自覚があるかは微妙じゃが、エインヘリアの膨張速度は途轍もない速度で、苛烈に、容赦なく、国家そのものを蹂躙していった。
そんな性急な拡大をしたにも関わらず、国内で反乱らしき反乱が全く起こらなかったのは戦争というにはあまりにも理不尽すぎる結果によるところが大きいじゃろう。
軍を軍たらしめているのは兵。
そして兵とは国の根幹である民。
兵が一人死ねば悲しむ民はその数倍……千人死ねば、万人死ねば……その怨嗟は国を覆わんばかりに膨れ上がるじゃろう。
しかし、エインヘリアの戦争は違う。
味方は当然の事、敵兵すら殆ど死なない戦争は、対峙する者達に恨みよりも畏怖と諦念を与えた。
直接エインヘリアの軍と対峙したものの中で再び戦おうと考える者は……まぁ、余程の戦闘狂以外おらんじゃろう。
いや、個人で戦う事を望む者はおるかもしれんが、軍として戦いたいと考える者は皆無かもしれん。
大陸で最高峰の武力を持つスラージアン帝国の『至天』であっても、リカルドやエリアスを除けば、殆どの者が稽古であっても手合わせをする事を避けているらしい。
この世界基準で規格外と言われる英雄であっても、そうそう太刀打ちできるような存在ではないのは誰もが知る所じゃが……自分が行った儀式の結果とは言え、ゲームの設定やらがふんだんに盛り込まれたぶっ飛んだ強さ。
ありとあらゆる意味でやり過ぎじゃろうと思わんでもない。
因みに以前商協連盟という組織に所属しておった英雄は、一人を除き色々な所を叩き直された後で治安維持部隊に所属しておるし、エルディオンに所属しておった英雄……人工的に造られた連中では無く天然の英雄は、代官と研究員にそれぞれ登用された。
人工的に英雄となっていた者達は、現在英雄になった者達を元に戻すための研究に従事しておる。
元五色の将軍達は状態が安定しておるからまだしも、無色と呼ばれた連中は……まぁ、お世辞にも良い状態とは言えんしのう。
あの者達は……魔王の魔力の被害者じゃからな。
絶対に治してやらねばならん。
……と、あまり深刻になるとフェルズの奴がめちゃくちゃ心配するからのう。
ほほほ……愛い奴じゃ。
……。
「ふぃ、フィルオーネ様!?大丈夫ですか!?」
「ん?」
考えに没頭しておったら護衛として傍に居たリーンフェリアが、慌てながら声をかけて来る。
なんじゃろ?
「どうしたのじゃ?」
「え?いえ、その……涙が……」
そう言ってハンカチを取り出すリーンフェリア。
しかし、涙……?
何を言っているか理解出来ず首を傾げようとして……頬に冷たいものが伝うのを感じた。
「お、おぉ。気付かなんだ……目にゴミでも入ったかのう?」
リーンフェリアが差し出してくれたハンカチを受け取り目元を抑えながらそう口にしたが……う、うむ、これはアレじゃな。
……ちょっとアヤツの事を考えただけでこれとは……情けないのう……。
フェルズとは毎日のようにアビリティを使って会話をしておるし、直接会えんからといってそんな……いや……乙女じゃあるまいし……いや、乙女じゃが……これはあまりにも……絶対にあやつには言えんのう。
……いかん。
恐らく今……耳まで真っ赤じゃ……ハンカチで目元を抑えておるが、明らかに顔が熱いのじゃ……。
おろおろした雰囲気のリーンフェリアに何と声をかければ良いのやら……。
暫く私はハンカチで顔を隠したまま途方に暮れていた……。
「御再考いただけませんか?」
「ならんのじゃ」
会議室で上座に座る私に、キリク、オトノハ、カミラの三名が真剣な表情で提案して来た件を私は即座に却下する。
フェルズにエインヘリア運営の全権を委任された私は、日々の研究とは別にこうして国政に関する会議にも参加していた。
と言っても、私が何か新しい政策を打ち出したりすることはない。
基本的にはフェルズが今までやってきた施策をそのまま引き継ぐだけなので、殆どキリク達の報告を聞き承認するだけなのじゃが……この半年間、一つだけフェルズの方針とは異なる議案をキリク達が提唱し続けており、私は毎回それを却下しておった。
「どうしてもでしょうか?」
「どうしてもじゃ」
「しかし……」
悔し気に顔を歪ませるキリク……いや、キリクだけではなくオトノハやカミラ、それにこの会議室にいる全員が表情を暗いものへと変える。
「気持ちは分かるのじゃ。じゃが、承認することは出来ん。私がそれを承認したとフェルズにバレれば……間違いなくフェルズは私を怒るじゃろう」
「そのようなことは……」
「いや、間違いなく怒る。アヤツにとって大事なのは一日でも早くここに戻る事では無く、お主等の身の安全じゃ」
「「……」」
納得がいかない、或いは不服と言った様子を見せる皆に、私はこの半年間何度も繰り返してきた言葉を告げる。
「お主等の能力を疑ってのことではない。フェルズはこの世界の誰よりも、お主等の事を信頼しておる。じゃが、それと同時に誰よりもお主等の事を愛し、心配しておるのじゃ」
「「……」」
私達の大陸における東西の日の出、日の入り、星の動き等の調査で凡そのこの星の大きさや自転速度、そして公転の周期は割り出せておる。
飛行船を有し魔力収集装置による遠距離通信が出来るので、その辺りを割り出すのは然程苦労はなかったし、それが分かってしまえば、連絡を取り合う事でフェルズのいる大陸の大体の位置や距離も早い段階で割り出せていた。
しかし、大体の位置が分かる事と迎えに行く事が可能かどうかは別問題。
エインヘリアにとって最速の移動手段は飛行船による移動じゃが、この航行距離には制約があった。
レギオンズとフェルズが呼ぶゲームの中で、飛行船は山や海を越えて兵を輸送するための移動手段として使われるものであり、長期間の連続航行を想定したものではなかった。
具体的に言うと、連続航行出来る期間は一ヵ月……一ヵ月飛んだら必ず着陸し、専用の設備でのメンテナンスが必要となる。
この一ヵ月という連続航行限度がフェルズを迎えに行くという点でネックじゃった。
まず問題だったのは、私達の住む星が思っていたよりもかなり大きかった事。
飛行船で真っ直ぐ飛んで一ヵ月以内に辿り着けるような距離に、フェルズが今いる大陸が無かった。
そして一ヵ月連続で飛んだ後は、かなり本格的なメンテナンスをしないと飛行船が再び飛ぶことが出来ない事。
これによって探索を行いながら飛空艇の発着場を建設し、捜索範囲を広げるという面倒なやり方をしなければいけなかったのだ。
そういった要因が重なり、フェルズを迎えに行く事に非常に時間がかかってしまっていた。
勿論それらは早い段階で判明していたし、フェルズにも一年程度は時間がかかってしまうと伝え、無理はしないように安全第一で迎えに来てくれという指示も皆に伝えて貰った。
しかし……だからといって、無理をせずに地道にゆっくりとフェルズを探すということに皆が耐えられるかというと……それはやはり難しいと言わざるを得ない。
「しかしフィルオーネ様。既に半年以上時が経っておりますが、進捗が予定通りとは言い難いかと。当初の予定では一年程度はかかるという見込みでしたが、このままではそれすらも危ういのではないでしょうか?」
そう。
現在のやり方は、航行限界の半分……半月を使って進み、橋頭堡を確保。
発着場を建設し、そこから更に半月分の範囲を探索……さらにその先の橋頭堡を築くというやり方を取っている。
十五日の航行で橋頭堡が築けなかった場合、元の拠点に戻る事を優先させたフェルズ自身の方針なのじゃが、投入できる飛行船の数を考えるとかなり効率が悪いやり方ではあった。
途中で別の大陸や島を発見したりして、成果が出ていない訳ではないが……肝心のフェルズを迎えに行くという大目標に中々辿り着けないのが現状。
その迂遠かつ非効率なやり方に、キリク達が焦れてしまうのも無理はないじゃろう。
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