第109話 ランティクス帝国・下



View of ライスワルド=スティニア=ランティクス ランティクス帝国第一皇子






「シャルワン卿はエインヘリア王の事やエインヘリアという国の在り方、そして海の向こうにあると言われた別大陸の事について真剣に語っておりました。当然それを受けた我々も、それが虚言や妄言であるとは考えておりません」


 シャルワン卿達使節団の面々による説明は鬼気迫るものがあった。


 その姿を見て、大袈裟と思う者、正気を失っているのではないかと思う者、そしてエインヘリアを脅威と思う者……様々な反応があったと言える。


「……だが、全てを信じる事が出来なかったってことか?」


 おそらく重臣たちのその反応を予想したのだろう、若干不機嫌そうに陛下が言う。


「……我々ランティクス帝国の重臣達は、確定した事実を基に現実的な一手を好みます。故にエインヘリア王が言葉だけでどれほど自国を語ろうと、目の前にある現実こそ最大の情報としてとらえます」


「シャルワンの得た情報はあくまで伝聞。特に海の向こうの話は実際に目にしたわけではないから優先度が下がる……そう言う事だな?」


「はい」


 私が頷くと、陛下は憮然とした面持ちのままため息をつく。


「そのやり方が間違っているとは言わねぇ。不確定要素を中心に据える……読みが当たれば大勝ちするが外れれば大敗することになるからな。国家運営に一か八かなんてもんは必要ねぇ。だがな、シャルワン達は必死にエインヘリアの脅威度を伝えた筈だ、違うか?」


「それは……はい、おっしゃる通りです」


 使節団の面々はしきりにエインヘリア王とその国の脅威度を語っていた。


 しかし我々が注目したのは、エインヘリア王が元レグリア王国領で行っている施策と、元レグリア王国の貴族達……特に我々が目を付けていたような優秀な人材がエインヘリア王に忠誠を誓っている点だ。


 政治的手腕に求心力、そして英雄の力……エインヘリア王の能力を侮る者はいなかったが……しかし。


「目に見えるアイツの脅威が大きすぎて、そちらまで意識が回らない。だからこそ、今現実に見えているエインヘリアという国より有利に立とうとしている……そんなところか」


「はい……」


 私が頷くと、陛下はソファの背もたれに体を預け呆れたような表情を見せる。


「世界ってのは……全てを頭の中で把握できる程単純じゃねぇぞ?」


「……」


「そんなことは理解しているって面だが、本当に理解できているか?理屈としてじゃない感覚的な……心の底の部分の話だ。俺はお前達の能力を信頼している。だがな、理論や現実……常識や当然といったものにばかり目を向けていると、思いもよらぬ事態に陥りかねんぞ?」


「……それをエインヘリアが齎すと?」


「実感が湧かないか?」


「いえ……」


 私が首を振ると、陛下はにやりと笑みを浮かべる。


 自分としては納得しているつもりだが……陛下の様子を見る限り、恐らくそう見えないのだろう。


「簡単な例をあげてやる。英雄という存在は常識で計れるか?」


「そ、それは……」


「俺の英雄としての能力は、常識で説明がつくものか?」


「……」


 ニヤニヤしながら言葉を続ける陛下相手に私は何も言えない。


 確かに英雄を常識で計る行為は無謀以外の何物でもない……しかし、同時に全ての事柄に対しそれを当てはめてしまえば、我々は一歩も前に進むことが出来ないだろう。


「陛下は、エインヘリアに対してどう対応するべきだとお考えなのでしょうか?」


 私が黙り込むと、ミザリーが陛下に問いかける。


 私達がここに来た理由はこの問いがしたかったからだ。


 会議は紛糾しており、意見を纏めるには少し時間がかかりそうな様相を呈している。


 こう言った判断で我々が頼ってしまう事は陛下の本意ではないが、現状を考えるとあまり悠長に議論を重ね時間を浪費してしまうのはマズいという判断だ。


「海の向こうの話を信じなかったとしても、エインヘリア相手に事を構えるのはあまり良い考えとは言えないな。それと恩を押し付けて有利に立とうとするのは悪くないと思うが、向こうは既に金を払って購入したいと言って来ているんだ。それを覆してまで作ることが出来る貸しはどの程度の物だ?」


「……」


「エインヘリアの本国が海の向こうにあったと仮定する。その場合、取引では無く無償で食料を渡していた場合……果たして相手は借りだと思うか?」


 そんな筈がないだろう?と言いたげに陛下は言うが……確かにその通りだ。


 エインヘリアが小領であるならば、旧レグリア王国の領地を有しているだけであれば……恐らく多大な貸しを作る事が出来る。


 だが、相手が十分な金銭を用意出来る場合……貸しには違いないが、それが大きなものかと聞かれれば、それは否だ。


 いや、元々エインヘリアは購入したいと言っていたのだから、恩着せがましく食料を提供した場合、心証が悪くなることは間違いない。


「こちらの意図が透けて見えるからな、寧ろマイナスイメージを与えるだけだろう?」


「それならば最初からエインヘリアの要求通り、物資を販売してやる方がよっぽど感謝されるということですね?」


「あぁ。エインヘリア王は義理堅いタイプのようだし、何より話が通じないタイプじゃない。こちらが誠意を見せればそれを無下にはしないだろう」


「……随分とエインヘリア王の事を買っておられますね?」


 私の言葉に陛下は先程までよりも少し機嫌を良くしながら頷く。


「そうだな、あれは面白い男だ。為政者としても英雄としても一級品……いや、それ以上だな。しかも若い……恐らく二十かそこらってところだ。奴の治世は恐らくあと二十年は余裕で続くだろうな」


「……」


 私よりも十以上年下……しかも英雄は戦いの中でその命を散らさない限り長寿であることが多い。


 非常に高い能力を持つ上に長い寿命……エインヘリアが小国だとしても十分警戒が必要な相手といえる。


 更に海の向こうの本国の話が真実であり、それが合流すれば……上に立とうとするのはあまりにも危険過ぎるか。


 いや、可能であれば有利を取りたいところだが、それは相手の弱みに付け込むやり方では禍根を残す……あくまで真正面からの付き合いの中で有利を取れるように立ち回るのが肝要だろう。


「一番数の少ない意見を押し上げないといけませんね……」


「話を聞いている限りじゃ、エインヘリアの事を舐めすぎだな。まぁ、あいつをひと目見れば意見は纏ると思うが……流石にその為に重臣連中をエインヘリアにまた行かせるわけにはな。何のための使節団だったんだって話だし……アイツが呆れかえる様が目に浮かぶぜ」


 苦笑するように言う陛下の姿に、何とも言い難い感情が去来する。


 しかし、今は国内の意見を纏める事が第一だ。


「……少し時間は要しますが、意見を纏める事は難しくありません。ですが、エインヘリアはなるべく早く物資を必要としているのではありませんか?」


「そうだろうな」


「……陛下のお力をお借り出来ませんか?」


 物資を売るのであればそれなりに纏まった数を用意する必要があるが、それには当然相応の時間がかかる。


 根回しをして、会議の結果が出てから物資を用意していたのでは、エインヘリアに物資が届くまでに数か月はかかってしまうだろう。


 かと言って、会議の結果が出る前に物資を用意しては、後々面倒なことになりかねない……それらを避けるために、陛下に会議の場で一言いただければ万事うまく収まるのだが……。


「……すげぇめんどくせぇ」


 ……げんなりした表情で言う陛下の態度に怒りが生まれる。


「エインヘリアに恩を売る良い機会ではないですか」


「む……だがなぁ……」


 どうにも煮え切らない態度の陛下にため息をついて見せると、ムッとした表情を見せて来る。


 しかし、面白くないのはこちらの方だ。


「そういえば、エインヘリア王の為政者としての能力は分かりましたが、英雄としての武力はどの程度のものなのでしょうか?」


 ミザリーが悪くなりそうな空気を感じ話題を変える。


 しかし……確かにそれも気になる話だ。


 シャルワン卿は何か知っていそうな雰囲気だったが、文官に過ぎない自分では力の程は分かりかねぬの一点張りだったからな。


 まぁ、陛下御自身の目で確認しているから自身が言う必要はないという事だろう。


 それに英雄の武力は脅威ではあるが、我が帝国には複数の英雄が存在しており一人の英雄しか所属していないエインヘリアを脅威とは捉えがたい。


 あくまで特記事項の一つと言ったところだ。


「そうだな……帝国に所属している英雄全員で同時に襲い掛かったとしても、真正面からの戦闘じゃ勝てないと思うぞ?」


「……は?」


 陛下の台詞に私とミザリーの目が点になる。


「それはどういう……?」


「言葉通りだ。アレは英雄として破格の力を持っている。俺はぼこぼこにされたしな」


「……ぼこぼこ?」


「あ……」


 しまったと言う様な表情を見せる陛下。


「ぼこぼこにされたとはどういう意味でしょうか?まさか、エインヘリア王と戦った等とは言いませんよね?」


 にっこりと微笑みながら問いかけるミザリーから視線を逸らす陛下。


 妙にシャルワン卿がエインヘリア王の武力に関して煮え切らない態度だったのは…… どうやら陛下から詳しく話を聞かなければならない様だ。









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