第106話 後は野とする山はない
「こうして再びお目にかかれたこと、心の底より感謝いたします、エインヘリア王陛下」
「くくっ……無事でよかったな、ドルトロス大司教」
深く頭を下げるドルトロス大司教に俺が普段通りの笑みを見せながら言うと、ドルトロス大司教はゆっくりと頭を上げる。
半月程前……謁見の間で会った時よりもかなりやつれているような気がする。
まぁ、半月近くも命を狙われている状態……しかも自分を殺す計画を立てている連中と寝食を共にしていたわけで、精神的な疲労は相当なものだっただろうな。
暫くドルトロス大司教に仕事はないし、ゆっくり休んで貰えば良いだろう。
倒れられたり、極端にやせ細ったりされても困る。
とは言え、あまり元気溌剌って感じになって貰ってもそれはそれで困るけど……まぁ、その辺りは後々で良いだろう。
「あまりにも聞いていた計画通りに事が進んだので驚きました」
「くくっ……実行不可能な計画を立てても仕方あるまい?彼我の能力を正確に把握し、完璧に準備を整え、後は相手の思考を誘導してやれば良いだけだ。簡単だろう?」
俺には出来ないけどな!
無茶で阿呆な計画を容易く実行してくれる最強の外務大臣がいるだけです!
いや……傍から見てたら容易くやっているようで、多分俺の見えないところで物凄く苦労しているんだとは思うけど……。
急激にウルルに申し訳なくなって来たな。
「か、簡単なのでしょうか?正直私の如き凡人の目には未来が見えていたとしか思えないような体験でしたが……」
顔を引き攣らせながら言うドルトロス大司教に俺は肩を竦めてみせる。
「くくっ……大袈裟だな。神ならぬ人の身でそのようなこと出来る筈がないだろう?」
「は、はは……」
ドルトロス大司教は渇いた笑みを浮かべているけど……まぁ、精々ビビってもらいたい所だね。
「さて、ドルトロス大司教はこれで死んでしまった訳だが、暫くは我が国でゆっくり過ごしていると良い」
俺がそう言うと、ドルトロス大司教は神妙な表情で口を開く。
「それなのですが……陛下、私も……エインヘリアの為に働かせて貰えないでしょうか?」
「それは、エインヘリアに仕えたい……そういうことか?」
「はい」
真面目な表情を崩さずに頷くドルトロス大司教だけど……。
「その気持ちは嬉しく思うが、貴殿は死人。表立った仕事は任せられないし、何より今後重要な役目があるからな。悪いがその望みを聞いてやる事は出来ない」
「然様にございますか……」
若干落ち込んだ様子を見せるドルトロス大司教。
助けてはあげたけど、うちで働きたいと考える程だろうか?
いや、既にオロ神教から捨てられた身だからな。
新天地でやり直したいと考えてもおかしくはないか。
「くくっ……安心は出来ないだろうが、俺を信じてくれ。けして悪いようにはしないと約束しよう」
「……畏まりました。陛下がそうおっしゃって下さるのであれば、安心してその時を待つことが出来ます」
ドルトロス大司教が実は生きてましたドッキリは、対オロ神教戦略における基本にして切り札だ。
逆にドルトロス大司教がどこかで殺されたりすると、非常に厄介なことになるのでこちらは全力で守らないといけない。
切り札にしてアキレス腱ってところだね。
だからこそ、ドルトロス大司教が生きている事は隠さないといけないし、何か仕事をさせて人目につくことは避けたい。
ウルル以外の外交官が居れば……ここがエインヘリア本国であるのならば、ドルトロス大司教の自由にさせてあげられただろうけど、今ここにはウルルしかいないからね。
ウルルの負担ばかり増やすわけにはいかない……というか、ウルルはこの後も色々と動き回る必要があるから、ドルトロス大司教の護衛に割く時間はない。
「暫くは城の中で過ごしてもらうが、何か要望があったり話したい事があれば遠慮せずに声をかけてくれ」
「ご配慮いただきありがとうございます」
ドルトロス大司教は穏やかな笑みを浮かべ頭を下げた後、椅子から立ち上がり退室していった。
「ウルル、ご苦労だったな」
「……うん」
ドルトロス大司教が出て行った扉の方を見ながら俺が言うと、どこからともなくウルルが俺の傍に出て来て頷く。
「あれこれと仕事を大量に押し付けてしまっている俺が言えた義理ではないが、ちゃんと休んでいるか?」
「……大丈夫」
「本当か?こちらに来てから半年余り、ウルル一人に多大な負担をかけてしまっているからな。頼りにしているのと同じくらい心配でもある」
俺がそう口にすると、ウルルはぼーっとしているような無表情のような……そんな表情から少しだけ変化を見せる。
「……大丈夫……忙しくないと言ったら……嘘になるけど……十分……こなせるレベル……」
「そうか。なら良いのだが……絶対に無理はするな。オロ神聖国や教皇を潰す程度の些事とウルルの健康ならば、天秤にかけるまでもなくウルルの方が大事だ」
「……うん……フェルズ様を……悲しませるような事は……しないよ……」
小さく口元に笑みを湛えながら、ウルルはそう口にする。
俺の名を出して口にしたのならば、何が何でもウルルはそれを違えることはしないだろう。
それはウルルだけではなく、うちの子達が全員そうだろうけど……その事は深く信頼するとともに、暴走の要因となりかねないので注意が必要だ。
特に今回の件はなぁ……。
『鷹の声』とかを使ってキリク達と定期的に話をしているとはいえ、その内に秘めた怒りがどの程度の物なのか……正直俺も読めない。
間違いなくオロ神聖国やオロ神教の関係者はヤバい事になるだろうし、そこに住む民や各地に住む信者もかなり危険。
レグリア地方は既にエインヘリアとしたからセーフ……ヒエーレッソ王国は、王派閥は大丈夫だろうけど、神聖国派閥は間違いなくアウト。
ランティクス帝国は同盟が成立してるからぎりセーフ……それ以外の国は多分セーフ、だといいなぁ。
この大陸の命運は……俺に掛かっていると言っても過言ではない。
どれだけ俺がキリク達到着以前に交友関係を広げ、エインヘリアの息がかかった状態に出来るか……それ次第だ。
まぁ、ランティクス帝国もオロ神聖国も……自分達が断頭台にばっちりセッティングされている状態とは思ってもいないだろうけどね。
オロ神聖国に関しては自業自得だけど、ランティクス帝国や他の国からすればとばっちりだ。
とは言え……俺は別にこの大陸の人達を心配して色々と動いているわけではない。
ただただ、キリク達がここに辿り着いた時に怒りに任せて大虐殺をする姿を見たくない……後、一年近くこっちに居て誘拐のけじめも取らせていないんですか?的な風に失望されるわけにはいかない。
だからこそ、神聖国……そして教皇をぶっ飛ばしておかないと、覇王的には非常にマズいのだ。
だが、準備は出来た。
レグリア王国を潰し、ヒエーレッソ王国に行き、ランティクス帝国と手を結び、ウルルに飛び回ってもらい、レイフォン達にも色々と手を打ってもらった。
今の所全て計画通り……まぁ、俺が凄い訳じゃなくほぼ全部ウルルの手柄だけどね。
とりあえず、次の動きは……使節団の連中が聖地に戻り、正式に宣戦布告を受けて開戦……それと同時に戦意高揚の為にドルトロス大司教達が俺達に殺されたと発表。
それから神聖国が軍を起こし……こちらも出陣って感じだね。
ぶつかった後は、勝ち方が重要だけど……その辺りの塩梅は上手く出来る……はず。
後一山……いや二山って感じだね。
ここさえ終われば、後は心安らかにキリク達の迎えを待つだけだ。
めっちゃ長かった……気がするけど、まだ半年程度しか経ってないんだよな。
まだ半年、されど半年……新婚なのに半年も家を空けている訳だ。
電話……もとい、アビリティを使ってフィオと会話は毎日のようにしているけど、やっぱり直接顔を見て……色々とねぇ?
心の中で悶々……もとい、ため息をつきつつ俺は口を開く。
「まだ全てが終わったわけではない。寧ろようやく準備が整ったというところだ」
「……うん」
「だが、ここまで来られたのはウルルの完璧な仕事があってこそだ。それに報いたいと思うのだが、何か希望はあるか?」
「……なんでも?」
「あぁ。無論だ」
「……じゃぁ……」
そう言ってウルルは俺の座っているソファに座り、俺の腕を抱え込むように抱きしめた。
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