第92話 謝罪と賠償と異文化交流



View of ドルトロス オロ神教大司教






「ふむ。そうか」


 私の言葉に興味なさげに相槌を打つエインヘリア王。


 こちらとしては最大級の衝撃を与えるつもりで伝えた話だったのだが、あまりの反応の無さに逆にこちらの方が衝撃を受けてしまう。


 この流れが想定済みだった……?


 いや、宗派の事は知っていただろうが……教皇の率いる宗派をここで出してくるとは流石に予想出来なかった筈。


 それなのにこの反応……こちらの話を聞いていない訳ではないし……やはり、交渉においても相当手強いようだ。


「つまり、俺を召喚したのは教皇とその一派である。そう言いたいのだな?」


「い、いえ!それは違います!」


 エインヘリア王の言葉に私は慌てて否定してみせる。


 勿論ただのポーズだが……あまり良い流れではないな。


 こちらが用意していた流れではあるのだが……同時にエインヘリア王が敢えてその流れに乗ろうとしているような、そんな想いが拭えない。


 まずはこちらの思惑に乗る……そういうことか?


 ならばその狙いは……普通に考えれば、より多くの賠償を請求すると言ったところだが、果たして……。


「教皇猊下は素晴らしい方ではありますが、かなりの御高齢であります。それ故、巨大になり過ぎた宗派の全てを掌握できているとは言い切れないのです」


「ほう」


「失礼ながら、エインヘリア王陛下は教皇猊下が巷でどう呼ばれているかご存知でしょうか?」


「オロ神教のトップでありながら、その法衣を史上誰よりも血に染めた男。血塗れ教皇だったか?」


「遺憾ながら、巷ではそういう声があります。そしてその全てが謂れなきことと言うつもりはありません。現世救済を謳う宗教組織と言えど、運営をするのは神ならぬ人。人が集まればそこには政治が生まれます。教皇猊下も若かりし頃はそういった競争に身を投じておりましたし、口さがない連中から誹謗中傷されるのも無理からぬことかもしれません」


 無理もないと言うか、当然だと思うが……。


「ですが断じて、教皇猊下は世間で言われている様な方ではないのです」


 実際はもっと苛烈で容赦なく徹底的に敵を……そして味方を潰すからな。


 いや、あの教皇にとって真に味方と言えるのは死んだ者くらいなのだろう。


 血塗れどころか血の海を作り出すことも平然と行うのが現教皇だ。


「つまり、何が言いたい?」


「此度の召喚の件、教皇猊下と同じ宗派の者、そして別の宗派の者の一部が画策して行ったものなのです」


「……」


 エインヘリア王は何も言わずにこちらを見ている。


 その怜悧な瞳からは何を考えているのかは分からないが、最初からまずはこちらの話を聞くという姿勢は変わっていない。


 ここまでは予定通り……いや、予定以上に上手く話が進んでいる。


 しかし、どうも纏わりつく様な嫌な予感が拭えない。


 これはエインヘリア王の放つ威圧感のせいなのか……?


「無論、教皇猊下に罪がないとは言いません。自らの宗派、そして何よりオロ神教の高位神官の行いを教皇猊下は制御することが出来なかったのです。管理責任を問われるのは当然のことかと」


「……」


「正式に、オロ神教教皇コルネイからエインヘリア王陛下へ謝罪させていただきたいと考えております」


「教皇がここに来ると言う事か?」


「はい」


 オロ神教の、そしてオロ神聖国という大国のトップが直接頭を下げに来る。


 英雄相手とはいえ、いち個人に対する謝罪としてこれ以上のものは無い。


 もしこれ以上の謝意を示す方法があるとすれば、それは現教皇の首を落とし次代の教皇が頭を下げるくらいしかないだろうが、いくらなんでもそれはやり過ぎだろう。


 まぁ、勿論謝罪はこれだけではないが。


「勿論それだけではありません。賠償金の用意、それからこの国の窮状に対する支援もオロ神聖国の総力を挙げて行わせていただきたいと考えております。本来であれば、教皇猊下が即座にその立場から降りる事を持って責任を取りたい所ではありますが、後任も定まっておらず……また教皇猊下が突如として辞任すれば信徒に大きな混乱を与える事となります。エインヘリアにも我が教会が存在しておりますれば、この事による混乱でさらなるご迷惑をおかけすることになりかねません。ですので、時期を見て辞任すると言う形でお許しいただきたく存じます」


「それが、俺とこの国に対する謝罪だと?」


「いえ……それと、こちらを用意させていただきました」


 エインヘリ王の言葉に私が頭を下げながら言うと、後ろに控えていた助司祭が前に出て抱えていた箱を私の前に置く。


「……それは?」


 元々怜悧だった目の温度をいっそう下げながら尋ねて来る。


 その様子から見るに、この箱の中身には想像がついているのだろう。


「陛下をこの地に召喚するという決定をした元大司教、モルトロールの首です」


「……ふむ」


「血は抜いて塩につけてありますが、改めますか?」


「要らん。俺はその何とか言う大司教の顔を知らんしな」


「畏まりました。持ち込んだ首はこれだけですが、他にも司教以下八名の首を用意いたしました。また彼等の家族および家人を本国の方で拘束しております。勿論御引き渡しも可能となっております」


 私がそう言うと、エインヘリア王は面白く無さげな表情をしながら口を開く。


 立場ある者、裕福な者の処刑は持たざる者達にとって最高の娯楽の一つ……エインヘリアが国を挙げて行っている配給と合わせて行えば、より多くの効果を望めるはずだ。


 一人でも多くの高貴なる罪人を得られるのは悪くない話だろう。


 神聖国でも良くやる手だ。


「それら全てを持って謝罪とするから召喚したことは水に流せ。そう言う事だな?」


「許せとは言いません。ですが、我々の謝意を受け取って頂ければと存じます」


「……なるほどな。そちらの言い分は良く分かった」


 そう口にしたエインヘリア王は、玉座の肘置きを使って頬杖をつく。


 先程までの凛とした佇まいから一変して非常にだらしない姿だが、この場を支配している威圧感に一切の変わりはない。


 いや、寧ろ圧力が高まっているような気さえする。


 だが、ここまでは問題ない。


 これほどまでにスムーズに話が進むとは思っていなかったが……あまり良い雰囲気とは言い難い。


 しかし、エインヘリア王が謝罪を受け入れ、賠償を受けると言えば、更にこの先……対帝国の話が出来るのだが。


「これがオロ神教、そしてオロ神聖国に出来る最大限の謝罪と賠償と言う訳だ」


「相違ございません」


「くくっ……随分と舐められたものだな」


 口元を歪ませながらそう口にしたエインヘリア王。


 ふむ……そう出るか。


 これはこれで問題ない、相手がそういった反応をすることも想定内だ。


「とんでもございません。エインヘリア王陛下に多大なるご迷惑をおかけしてしまった事は十分理解しているつもりです。ですが、エインヘリア王陛下の居られた世界とは文化の違いもございますし、謝罪の仕方も異なるのではないかと愚考いたします。宜しければ、どのような謝罪であればエインヘリア王陛下の御心をお慰めするのに足るか、御教示頂ければと」


「なるほどな。確かに文化の違いと言うものはあるだろう。ふむ、そう考えれば、貴様等の謝罪に誠意が感じられないと断ずるのは早計と言うものだな」


「エインヘリア王陛下の寛大かつ革新的なお考えに感服するばかりにございます」


 私の賛辞等どうでも良いとばかりに皮肉気な笑みを見せたエインヘリア王が、僅かばかりの列席者の方に視線を向ける。


 エインヘリア王の気配に呑まれ気にしていなかったが……列席者が殆どいないな。


 重鎮中の重鎮のみを並べていると言う事か?


 メイドや元王女といった不可解な人選もある……華としては両名とも十分ではあるが……色を好むタイプなのか?


 そんな事を思っていると、エインヘリア王が口を開いたので意識を戻す。


「では、レイフォン」


「はっ」


「別の大陸に存在する国の王を召喚した連中を操っていた者達が、その詫びとして金と物資を提供する。その上でトップが公的に謝罪を行い、ついでに自らの政敵の首を件の首謀者であると嘯いて渡す。そして管理責任があると宣いながらも、辞任のタイミングは本人の都合の良い時まで保留する。これは、こちらの大陸では誠意ある謝罪の仕方として最上のものなのか?」


「陛下、それを文化の違いと臆面もなく言ってのける使者を寄越すと言うのが抜けておりますぞ」


「くくっ……なるほど、それもあったな。それでどうなのだ?」


「有り体に言ってしまえば、舐めきった対応だと言わざるを得ませんな。もし陛下が王では無く平民であったのならば、それなりに誠意のある対応とも言えますが」


「政敵を消してその理由として使ったとしてもか?」


「はっはっは、それは些か問題ありですが……何、バレなければ良いのですよ。バレなければ」


「なるほど、確かにそうだな。だが、それがバレた時は問題になるのではないか?少なくとも心証は最悪だろう?」


「相違ないかと。陛下にも僅かながら人の機微を察することが出来る力があったようで、安心しましたぞ」


「くくっ……随分な物言いだな、レイフォン。だが俺も安心したぞ?謝罪と言う事柄について聞く相手が不適切だったのではないかと、お前に聞いてから気付いたのでな」


「……お二人とも、仮にも今は謁見の最中ですよ」


 元王女の諫言を受けて、二人は肩を竦めた後口を閉じる。


 それは……この際どうでも良い。


 なんだ?


 今の会話は何だったのだ?


 待て。


 落ち着くのだ。


 なんと……この者達は何と言っていた……?


 全力で頭を回し、二人の会話を何度も何度も反芻する。


 何が……今の会話は……どういうことだ……?


 混乱する思考とは別の部分で……私は理解していた。


 用意していたプラン、その全てが根底から崩れ去ったことを。


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