第93話 宣戦布告



View of ドルトロス オロ神教大司教






「見苦しいところを見せてしまったかな?大司教殿。こちらの大陸ではレイフォンのように主君に遠慮せず話すのがスタンダードらしいが、本当か?」


「……レイフォン殿のように剛毅な方はあまり見たことが無いので、スタンダードとは言い難いですね」


 皮肉気な様子でこちらに問いかけて来るエインヘリア王に何とか返事をすることが出来たが、私の頭の中はまだ整理出来ていない。


 いや、そんなことを言っている場合ではない。


 一度頭をフラットに……その上で、先程のエインヘリア王とレイフォン卿の会話を思い出せ。


 ……皮肉や軽口は捨てろ……要点だけだ……。


 今、交渉の方向性や事前に用意していたプランは関係ない。


「エインヘリア王陛下。先程の話でいくつか気になった事があるのですが……」


 この状況で、間の抜けたことを言っている自覚はある。


 だが……。


「ふむ、理解出来ない部分を自らの持つ知識だけで完結させる必要はないと俺は思う。故に質問することを許そう。俺の知る限りではあるが答えてやるぞ?」


 明らかにこちらを見下しながらエインヘリア王が言う。


 いや、違うか。


 エインヘリア王は最初から何も変わっていない。


 ただ、私の方が良いように転がされ、相手の思惑通りに動かされている事で邪推してしまっているのだろう。


 落ち着け……。


「先程、別の大陸に存在する国……そうおっしゃっていましたが、それはエインヘリア……貴国の事でしょうか?」


「当然だ。俺はエインヘリアの王フェルズ。この大陸より遥か西……海を越えた先に存在する国の王だ。この地、レグリア地方は我がエインヘリアの一部に過ぎん」


「海を……別の世界とは、海を越えた先にあるという事ですか?」


「別の世界という呼び方が正しいかは疑問だな。海を越えれば普通に辿り着くことが出来る地だ」


 マズい、話を聞けば聞く程聞かねばならない事が増えていく。


 別の世界、海の向こうも気になるが……いや、そうか、だから先程の言葉……しかし、そうなると確かに……。


 いや、寧ろ何故それを想定していなかった?


 エインヘリア王の統治の手腕……これは明らかに素人の物ではない。


 英雄だから規格外なのだと……そこで考えることを投げ捨ててしまっていた。


 少し想像力を働かせれば辿り着ける可能性だった筈だ。


 英雄の力を持つ王が、英雄帝だけとは限らない。


 召喚によってピンポイントでそれを呼んでしまう可能性は非常に低いかもしれないが、召喚した英雄が国の重役を務めている可能性は決して低くはない。


 無論、エインヘリア王の話全てを即座に信じるには、証拠となるものが全くないのだが……玉座に座るその姿は実に堂に入ったもので、その言葉を疑うような余地はないように感じられる。


 それに、エインヘリア王が召喚されるより以前から王であったこと……これだけならばまだ良い。


 王とは率いる国、民が居てこその王だ。


 家臣も居らず兵もいない裸の王等、ただの民にも劣る存在と言えよう。


 だが、エインヘリア王は違う。


 召喚という突拍子もない事態に一瞬で対応……瞬く間に一国を掌握し、最低限の力を手中に収めている。


 収めた力は十分とは言い難いものだが、もし今我々の目に見えている力がエインヘリアの一部でしかないのであれば……。


 別の大陸と言う言葉……それに海を越えれば辿り着けるという言葉。


 それはつまり……。


「エインヘリア王陛下は……海の向こうのエインヘリアでは、この地の事……我々の事を認識していたという事でしょうか?」


「流石にそれはないな。だが、別の大陸が存在し、そこに国が存在することは認識していた」


 ……それはつまり、エインヘリアでは海を渡る手段が確立していると言う事。


 問題は、我々の住むこの地まで辿り着くことが出来るのか……いや、違う……そうではない!


 何より一番重要なのは、別の大陸にあるエインヘリアがエインヘリア王の所在を把握しているかどうかだ!


 海を渡る技術……それはこの大陸に存在するどの国も保有していない技術だ。


 霊峰を越えて攻め寄せて来ている魔王国にもない技術だろう。


 魔法や魔道具による物か、それとも全く未知の技術なのかは分からない。


 だが、この大陸において一番魔導技術に優れていたレグリア王国でも、海を渡るなどという魔道具を作る事は出来ていなかった。


 あるいは……レグリア王国が海に面していればそちら方面の研究も進んだのだろうか?


 いや、今それを考えても仕方ない。


 一つ分かっている事は、エインヘリアは我々よりも遥かに進んだ技術を持っている可能性が非常に高いと言う事。


 国力や国の規模なんてものはこの状況で聞けるはずがない。


 もし私がこちらからの謝罪等を告げていない状況でこの話を聞けていたのなら、エインヘリアという国がどういう国なのか聞くことは出来た。


 しかし……今それを聞くと言う事は、エインヘリア王の事を舐めきっていたと伝えるようなものだ。


 英雄と言えど、小国を奪い取ったに過ぎない者が王を名乗っている。


 ある程度は認めてやる、だが小領を得たに過ぎないお前に大国である我々が頭を下げるという寛大さを見せてやったのだから、何も言わずにそれを受け入れろ。


 我々の先程提示した謝罪はそういう事だし、それを叩きつけた上で相手の国の事を聞くという事は、その国力次第で態度を変えるつもりだと言う様なものだ。


 ……長々と謝罪の条件を提示してみせたと言うのに、相手の一言で全てが裏目に出てしまった。


 完全に諜報力の差が出ている。


 こちらはエインヘリアに関する情報を何一つ手に入れられていなかったのに、相手は宗派やその先にある派閥……更に教皇の性格や、そのやり口も知られていると見て間違いない。


 ……本来であれば、儀式という名の処刑で殺したモルトロールや司教達を帝国との内通者だったと話を持っていく予定だった。


 帝国と手を組み教皇を貶める……その為に英雄召喚を行わせた。


 それにより、帝国は現在エインヘリアとなっているこの地を、モルトロールは教皇となり帝国との融和政策を進める……そういう計画だったと伝える予定だった。


 勿論物証は……偽造ではあるが……用意してあるし、そちらもこの後渡すつもりだったのだが……とてもではないが通じる気がしないな。


 いや、教皇より示されたプランはもはや全て破綻している。


 どう軌道を修正しようとしても、泥沼に沈み込んでいくだけだ。


「他にはないのか?」


「別の大陸にあるというエインヘリアのお話には大変興味がありますが、今それを聞くことは大変失礼に当たるかと」


「くくっ……今更そんなことを気にしても仕方あるまい?聞きたい事は聞いておいた方が良いと思うぞ?次は……無いのだからな」


 笑みを浮かべるエインヘリア王は、やはり最初から変わっていない。


 一切の怒りを感じないのは、全てが予め分かっていたから。


 最初にエインヘリア王の放つ空気に私が呑まれた時、そして何よりその時の焦りから主導権を取り戻そうと、手札を晒してしまった時点で……エインヘリア王は内心ほくそ笑んだことだろう。


 となれば……。


「大変失礼いたしました、エインヘリア王陛下」


「もはや語るべきことは多くない。貴国と我々は、遭遇した時点でこうなる事が決まっていた。そうだな?」


 エインヘリア王の言葉に私は頷きながら答える。


「……全ては我々の業によるもの、その結果は甘んじて受け入れましょう。しかし、本当に宜しいのですか?海の向こうにあるというエインヘリアの事は分かりませんが、少なくとも現時点でエインヘリア王陛下が有しているのは、元レグリア王国領の三分の二程度。対する我が国の国土は三倍以上、そして何よりオロ神教は大陸全土に信徒を持つ巨大組織です」


「くくっ……下手な恫喝だな。まさかお前には俺がそれを聞いて引き下がる様に見えているのか?」


「そのような方であれば、私ももう少し交渉が可能だったと思うのですが……」


 そうであれば、私の仕事は非常に簡単なものだっただろう。


「そうだな。だがこの状況下で決断を下せぬ者は、もはや王ではない」


「……私から言われても煩わしいだけだとは思いますが、言わせて頂きたく」


「構わん」


 エインヘリア王の許しを得て……その目をしっかりと見ながら私は口を開く。


「エインヘリア王陛下は稀代の王で在らせられます。可能でありますれば……その足元に跪き頭を垂れ、忠誠を誓いたくありました」


「くくっ……その機会は、遠からずあるだろうな。しかし、まずは宣言しよう。我々エインヘリアは貴国オロ神聖国に宣戦布告する」


 これ以上ない程失敗した私に、宣戦布告と言う結果が叩きつけられた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る