第91話 謁見の間にて



View of ドルトロス オロ神教大司教






 メイドに案内された我々は、謁見の間の扉の前へとやって来ていた。


 ここに来たのは連れて来た使節団の内、司教と司祭が一人ずつ。


 それから護衛の神殿騎士が二人、助司祭が二人……私を入れて七人だ。


 王都までやってきた使節団の規模からすれば非常に少ない人数ではあるが、この国の規模を考えればこの人数でも少ないとは言い難い。


 余り人数を多くしてしまうのは今回の交渉内容的に良くない。


 高圧的になってしまっては意味がないのだ。


 しかし実際この城に来て……そして謁見の間の前までやって来て、この人数でも多かったかもしれないと思ってしまった。


 城下町の寂れていながらも復興の兆しの見える活気と違い、城内の様子はがらんどう……人の気配が殆どしない。


 普通、他国からの使節団を迎える時はその国の威を示す様に盛大に出迎えるものだが……。


 その余裕すらないのか、もしくは……。


 私がそんなことを思うと同時に謁見の間の扉がゆっくりと開かれ……次の瞬間、全身に熱を帯びた暴風を叩きつけらたかのように感じた。


 驚きの声を上げなかったのは奇跡かもしれない。


 実際に開かれた扉から風が吹き出てきたわけではない……ただ、圧倒的な気配が爆発的に広がっただけだ。


 その発生源は……確認せずとも分る。


 謁見の間の奥に置かれた玉座……そこに悠然と座る王は、口元に笑みを浮かべたままこちらを見ている。


 いかん!ほんの少しの間だが自失していたようだ!


 我に返り、少し視線を下に向けながら謁見の間に足を踏み入れる。


 物理的に体を押さえつけるような威圧感……絨毯を踏む一歩一歩が非常に重いが、これは魔法的な何かを受けているのではないだろうか?


 そんな事を考えてしまうくらい、どこか意識と体が切り離されてしまっている様な感覚に陥りつつ進んでいく。


 やけに現実感がない……私達を先導して歩くメイドも、謁見の間とは思えない程殺風景な光景も、両手の指が余る程度しかいないエインヘリアの臣下も。


 全てが何か薄い膜の向こうに存在するように感じる。


 そんなふわふわとした感覚のまま立ち止まった私は、ゆっくりと頭を下げた。


 そのまま暫く謁見の間に水を打ったかのような静寂が広がる……。


「……よく来たな、オロ神聖国の使者よ」


 頭上から降ってくるような声を聴き、そこで私は現実に戻る。


 しまった……!


 挨拶の言葉もなく謁見の場で呆けてしまっていた!


「失礼いたしました、エインヘリア王陛下。御身にお目にかかれた栄誉に言葉を失っていたようです。私はオロ神教にて大司教を務めさせて頂いております、ドルトロスと申します。別の世界の英雄にして王であらせられるエインヘリア王陛下にお逢い出来たこと、光栄に存じております」


「くくっ……ふらふらと入ってきたかと思えば、今度は頭を下げて固まったからな。具合でも悪いのかと心配したぞ」


「申し訳ございません」


 皮肉気な笑みを浮かべながら言うエインヘリア王に焦りを覚える。


 たかだか玉座の前に出ただけだと言うのに、ここまで飲まれてしまうとは思わなかった。


 オロ神教には聖騎士と呼ばれる英雄が八名所属しており、私も大司教と言う立場上その全員と会った事がある。


 彼らとの会話は非常に神経をすり減らすものだし、連中のふりまく異様な威圧感は、否が応にも我々只人と英雄の差を感じさせるものだった。


 しかし、そんな聖騎士達と比べてもエインヘリア王は明らかに違う。


 目の前にいる相手を威圧するといったありきたりなものではない。


 この謁見の間全体を包み込み支配するかのような……圧倒的な存在感。


 もし、エインヘリア王が我々を威圧するつもりであるならば、この場には武器を携えた兵を並べる筈だが……この場には騎士の格好をした者が二人と門の横に兵士が一人いるだけで、さらに全員剣を佩いていない。


 武威による威圧を行うつもりがない事は明白だ。


 いや、エインヘリア王一人でその武威を示すことが出来ているからこそ、無駄に兵を配置する必要がないとも言えるが……先程聞こえて来たエインヘリア王の声は非常に穏やかなものだった。


 相反する空気……いや、世界そのものを広げているとさえ錯覚させるエインヘリア王……これが別世界の英雄。


「くくっ……しかし驚いたな。まさかそちらから……しかもいきなりその話をするとはな」


 皮肉気な笑みを浮かべながらエインヘリア王が言う。


 異世界より召喚されたことを強調しながらの挨拶は決して適切とは言えない。


 しかし、私は敢えてそこから始めることにした。


「我々……いえ、御身と我が国の事を思えばこの事を避けては何も始められませぬ故」


「俺の言いたい事は理解している。そういう認識で良いのか?」


 試す様にいうエインヘリア王に私は頷いて見せる。


「我が国……そして我々オロ神教に属する一部の者が画策し、陛下を我々の世界に召喚するという暴挙に出たことを深くお詫び申し上げます」


「ほう?」


 私が謝罪と共に頭を下げると、あまり感情を感じさせない声を上げるエインヘリア王。


 ここまでは相手の予想通りと言う事だろう。


 しかし、いくらエインヘリア王が諜報関係に力を入れていても、聖地で指示を受けて以降一度も今回のやり方について口外していない以上、こちらがどう展開していくかは読めない筈。


「エインヘリア王陛下が御存知かどうか分かりませんが、我々オロ神教は決して一枚岩ではありません。宗派と言うものがあり、それぞれの宗派は自分達こそ正当な教えであると主張しております」


「……」


 唐突な私の話題の変化にもエインヘリア王は反応を見せず、私の言葉に耳を傾けている。


「そしてとても悲しい事ではありますが……己の主張こそが唯一の物であると考え、他の宗派に対し攻撃的に出る者も居ります」


「なるほどな。つまり、お前はそういった連中が今回の召喚の件を画策したと言いたいわけだな?」


「……御慧眼の通りにございます」


 口元の笑みは絶やさず、しかし目元は非常に怜悧な色を帯びている。


 口の中が渇く……これ程緊張したのはいつ以来だろうか?


 だが、ここを越えなければ本当の意味での交渉は始められない。


 何より……場の主導権を取り戻さなければ、この圧倒的な気配にどうしようもなく飲まれていくだけだ。


「それで?」


「実は、非常に申し上げ辛いのですが……レグリア王国を操り、エインヘリア王陛下をこの地に呼び出した者達……その者達が所属する宗派は、実は現教皇が率いる宗派なのです」


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