第90話 儀式



View of ドルトロス オロ神教大司教






「では、王都でも配給を行い、民に仕事を斡旋しているのですか?」


「はい。更に治安維持に非常に力を入れております。そのことにより王は非常に民の人気を集めております」


 この国……エインヘリアの王都に辿り着いた私は、早速教会で現状を確認していた。


 現在この教会の責任者となっている司祭は元々聖地から派遣されていた者ではなく、政変時に責任者不在となったことで一時的に責任者となっていた者だ。


「なるほど。良き王のようですね」


「はい。レグリア王国時代とは雲泥の差と言えます」


 人の良さそうな笑みを浮かべる司祭に、私も笑みを向けながら頷く。


 この者は聖地より送られた者ではない。


 つまり、我々が王都教会の責任者として相応しいと考える人物ではないと言う事だ。

 

「長らくこの地の民は苦渋に喘いでおり、私達も心を痛めておりました。しかしエインヘリアへと国が変わり、その施策によって民の目に活力が宿ってきております。本当に喜ばしい限りです」

 

「そうですね。エインヘリア王陛下の手腕は実に素晴らしい」


「はい。召喚された英雄が斯様な人物とは……これもオロ神のお導きなのでしょう」


 皮肉では無く、心の底からそう思っているのだろう。


 聖地の司祭や司教たちよりもよっぽど信仰心が厚く、よっぽど優れた人格者なのだろう。


 突然呼ばれた方は堪ったものではないと思うが、そんなことなぞ一切気にしない独善的な人の良さだが。


 無論、私はこういう人物を忌避している訳でもないし、この手の人物が責任者であることは悪くないと思っている。


 信者を集めるにはこういう人物が必要不可欠だからだ。


 しかし、今……この状況下で無邪気にエインヘリアの執政を喜ぶ者に王都教会の責任者は務まらない。


 適当な地方の都市や村であれば文句ないのだが……。


「しかし、突然責任者にさせられて大変だったのではありませんか?」


「いえ、そんなことは。他の司祭や助司祭、それに信徒の皆さんの助けがありましたので……」


 にっこりと微笑む司祭に私も微笑みを返す。


 しかし……参ったな。


 王都近郊の教会に送り込んでいた司祭が軒並み政変時に姿を消している。


 争いに巻き込まれて命を落とす者や、腐敗貴族と癒着関係にあったことによる投獄や逃亡……投獄に関しては以前エインヘリアからやってきた使者の持ってきた書簡に記されていたが、それ以外の者も居なくなっていたとは……。


 呼び寄せた教会の者達はその情報を得ていなかった……方針に変更はないが、我々の予想以上にこの国の諜報部は優秀なようだ。


「ですが、大司教猊下……一つ問題が」


「問題ですか?なんでしょう?」


「実は、前責任者であった司祭が管理していた地下祭儀殿のカギが失われてしまいまして……」


 申し訳なさそうに司祭は言うが、これは仕方のない話だ。


「あぁ、地下祭儀殿ですか。鍵の事なら問題ありませんよ。我々でも開くことが出来ますので」


「おぉ」


「しかし、地下祭儀殿での儀式は聖地で修行をした司祭以上しか執り行うことが出来ない物です。現在この教会には残念ながら……」


「はい。私はまだ聖地に入る資格を得ておりません……」


 今度は無念と言った様子で肩を落とす司祭。


 敬虔な者なればこそ、聖地に入る事が許されないことは己の不徳と考えているのだろうが……聖地に入りたいのであれば必要なのは清廉さではない。


 寧ろ真逆の物が必要と言える。


「私としてはこのまま貴方にこの地の教会を管理してもらいたいと思っていますが、地下祭儀殿が使えないのは非常に問題があります。聖地に推挙して修行を執り行う事は可能ですが……最低でも数年はかかるでしょう。その間この教会で儀式が執り行えないのは問題ですし……」


「私としては聖地より新しい責任者を派遣して頂くのが宜しいかと」


「良いのですか?」


「勿論です。正式に任命された方が管理するのが正しい在り方です。私はあくまで代理に過ぎませんし、何より教会をどのように管理すれば良いか学んだわけではないので」


 邪気の一切感じられない面持ちで語る司祭。


 この者では、とてもではないが聖地での生活は無理だろう。


 こういうタイプはこのままでいてくれた方が利用価値があるしな。


「分かりました。今日中に聖地へと書簡を送っておきます。早ければ一ヵ月程度で新たな責任者が派遣される筈です」


「ありがとうございます、大司教猊下」


「健全な教会運営が出来る場を整える事も私の仕事ですので、お気になさらないで下さい。ですが、暫く儀式が行われていない事が気がかりですので、今日明日と私は祭儀殿に籠って儀式を執り行います。私が連れてきている者以外、決して近づかないようにお願いしますね」


「畏まりました、そのように通達しておきます。必要な物はございますか?」


「大丈夫です。こういった事もあるかと思い、儀式に必要な祭具は全て運んで来ておりますし、おそらく地下祭儀殿に前任者の使っていた祭具がある筈です」


 私がそう言うと司祭は深く拝礼を行う。


「失礼いたしました。オロ神の導きのあらんことを」


「オロ神の導きのあらんことを」


 頭を下げた司祭が部屋から出ていき、私は小さくため息をつく。


 さて、早急に儀式に取り掛からねば、謁見まで後五日しかないからな。


 私は助司祭を呼び、今日中に儀式を行うので準備を進めるように伝える。


 これで準備は問題ないが……私は先に地下祭儀殿を調べておくか。


 面倒ではあるが、これをやっておかねば謁見には臨めない。


 私は地下に向かいながら気分が重くなっていくのを感じる。


 私自身がこの儀式を行う訳ではないが……明日まではここに籠らねばならないと思うと非常に気が滅入るな。


 地下祭儀殿までは扉が三重になっており、どれほど聞き耳を立てようと地上からは何も聞くことが出来ないように作られている。


 そしてそれらの扉には魔法的な仕掛けが施されており、聖地でこの儀式に関する修行を受けることで開錠の為の魔法を身体に刻むことが許されるのだ。


 当然私は鍵を持っているし、今回聖地から同道している者達の大半は鍵を持っている。


 そして扉の先でどのような儀式が行われるかは、聖地にてそれを許された者か儀式の協力者のみが知ることが出来る。

 

 まぁ、協力者がそれを知ったところで全く意味は無いが……。


 因みに今回の儀式に協力者は必要ない。


 今回は儀式の内容を知る者達だけで儀式を行う……ただし、参加者がかなりの人数になるので時間がかかるのと、儀式を知る者達だからこそ一工夫が必要となる。


 その算段はつけているし、今回私についている助司祭達はこの儀式における専門家なので問題は無いだろう。


 そんな事を考えつつ、地下祭儀殿に繋がる最後の扉を開く。


 その瞬間、湿り気を帯びた空気が塊のようになって私にぶつかってくる。


 長らく使われた様子はないようだな。


 しかし、前の責任者は随分と敬虔な者だったようだ……壁にかけられている祭具等の手入れはしっかりとおこなわれているようだし、祭儀殿自体もしっかりと掃除されている。


 これならばすぐにでも使えそうだな。


 後は、助司祭達が準備を整えるのを待つだけだ。


 祭儀殿の状態を確認した私は、置いてあった椅子の埃を軽く払い座る。


 暗い祭儀殿の中、私はゆっくりと目を瞑り呼吸を整える。


 あまり長い階段では無かったが微妙に息が切れているな……若い頃は走って駆け降りたとしてもこの程度の距離何ともなかったのだが。


 そんな事に苦笑しながら、私は意識を切り替える。


 既に儀式の事は頭には無い。


 エインヘリア王との謁見……聖地を出る前はこの時点でそれなりに情報を得ていると思っていたが、信じられない程に情報が得られない。


 手強いな……。


 まだ見ぬエインヘリア王に畏敬の念を覚えると同時に、用意して来たプランにどのようにして持っていくかを考える。


 元々の予定通りに進めば問題はないが……全く別の道を模索する必要があるかもしれん。


 全てはエインヘリア王次第だが……。


 どのくらいそうしていたかは分からないが、私が思考の渦から戻った時……儀式の準備はすっかり整っていた。


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