第82話 休憩タイム



View of ランホース=エティカ=シャワルン ランティクス帝国伯爵 使節団団長






「まさか海の向こうに別の大陸があり、そこの王だったとはな」


 用意された部屋で陛下が憮然とした表情で呟く。


 私達はエインヘリアの王から話を聞いた後、休憩室へと案内された。


 会談の続きは一度休憩を入れてからにするとのエインヘリアの王の提案を受けたからだが、こちらに気遣ったものなのは考えるまでもなく明らかだ。


 その部屋の中、私を含む使節団の者達と陛下は硬い表情をしている。


 陛下を含め、我々はこの国の事をレグリア王国を乗っ取りエインヘリアと名前を改めただけの国、エインヘリアの王は力によって国を乗っ取った簒奪者だと考えていた。


 しかし実情は違う。


 エインヘリアの王はこことは異なる世界から召喚されたのではなく、海の向こうから呼び出された存在だった。


 それが事実かどうか我々に確認する術はない。


 しかし、エインヘリアには何らかの手段でそれを確認することが出来るとのことだが……。


「本当の事なのでしょうか?」


 同行していた文官の一人が訝しげな表情を隠さずに言うと、陛下は鼻を鳴らす。


「ふん、アイツがそんな訳の分からない嘘を言うタイプかよ。嘘をつくならもっと意味がある嘘を言う……根拠もなく別の大陸が、なんて言い出すはずがない」


 それは確かにそうだろう。


 別の大陸が存在して、そこで王をしていたなどと嘘をついても仕方がない。


 いや、寧ろいたずらに相手を警戒させるだけとも言える。


 エインヘリアの王が手強い相手であることはもはやだれも疑っていないし、情報の扱いに長けていることも理解している。


 にも拘らず彼が疑問を口に出したのは、語られた内容があまりにも現実離れしていたからだ。


「本国がアイツを探している最中で、遅くとも一年くらいでここに辿り着くという話だったな」


 陛下の確認するような呟きに私は頷きながら口を開く。


「別の大陸というのがどの程度離れているのか分かりませんが、何処にあるか分からない大陸を探すのに一年というのは……」


「それが早いのか遅いのかも判断出来ないな。俺達に外海に出る技術はない。だが、奴は相当自信がありそうだったし、ある程度双方の位置関係が分かっているのかもな」


 陛下のお言葉に、何人かがなるほどというように頷く。


「ふっ……意外と数日程度の距離なのかもしれんぞ?どの方角にエインヘリアがあるのかは知らんが、帝国から見える海は北だけだしな」


 そう言って肩を竦めた陛下はさらに言葉を続ける。


「だが、海を渡る技術以上に厄介なのは……エインヘリアの王と本国がどういった方法かは分からんが、やり取りが出来ているという点だな」


「魔法か魔道具の類でしょうか?それとも陛下のように英雄特有の能力でしょうか?」


「奴の持つ英雄の力か……そうであればまだ多少はマシか。もし魔道具や魔法によって誰でも遠方と連絡を取る事が可能であれば……」


 そこで言葉を切った陛下が表情を険しくして黙り込む。


 遠方との連絡……確かに便利だとは思うが、陛下がそこまで脅威に思う程だろうか?


 いや、諜報関係や緊急時の対応には便利だと思うが……陛下の様子はそれ以上の脅威を感じられているように見える。


「何か懸念事項がおありですか?」


「懸念か……エインヘリアと戦うのは非常に骨が折れそうだと思ったくらいだ」


「た、戦うのですか?」


 エインヘリアという国がどういった国なのか、どの程度の国力を持っているのかはまだ分からない。


 先程我々がエインヘリアの王から聞いた話はそこまで詳しいものではない。


 ただ、別の大陸にエインヘリアという国が存在し、この地までエインヘリアの王を迎えに来ることが可能であるという程度の話だけだ。


 その国力や規模、軍事力等については一切聞かされていないわけで……事を構えるにはまだ情報が不足し過ぎているように思う。


「こちらにその意思が無くとも、向こうから攻め込んでこないと言い切れるか?」


「それは……」


「エインヘリアがどう出るのか、現時点では分からない。最悪を想定するのは当然だ」


「申し訳ございません。思慮に欠けていたようです」


 陛下のお言葉で、あまりの衝撃に正常に頭が働いていなかったことを自覚する。


 いや、それだけではないか。


 我が帝国は神聖国と魔王国以外の相手に攻め込まれるという事が近年無かった。その事も、他国と戦争をするという意識に欠ける要因の一つだろう。


 これは恐らく私だけの問題ではない。


 この場に居た全員が、先程よりも深刻な表情を見せているのがその証拠だ。


「だが、分からんな」


「と申しますと?」


「奴の狙いだ。現時点で大陸の向こうの話をしたところでほとんど意味は無い。俺に……帝国に話せば警戒されるだけ……アレがそんな愚を犯すとは思えない。違うか?」


「シンプルに考えるなら、敢えて本国の情報を晒すことで牽制……もしくは敵意が無い事を示しているのかと」


「敵意か……確かに奴からそういったものは感じなかったな。性格の悪さは滲み出ていたが」


「……」


 それについては私からは何も言えないが……しかし、陛下とはまた違った方向で面倒な方のようだとは思った。


 だが、それと同時に話が通じない相手ではない事も確信出来た。


 陛下は直感で判断されるので筋道を我々に説明することが出来ず、また、我々がその意図を正しく読み取る事は非常に困難だ。


 しかしエインヘリアの王は違う。


 ちゃんとした筋道や論理があり、その先に答えがある……本人の能力が隔絶している為、必ずしも我々と同じ答えに辿り着くわけではないし、その思考が読み切れると言う訳ではないが、説明を受ければ納得がいくのだ。


 納得出来ると理解出来るは別問題だが。


「陛下は……どうお考えでしょうか?」


「アレ自身はそのつもりはなくとも、国がどう考えるかまでは分からねぇな。俺は誰かの下に着いたことはないが……アレは配下の連中に好かれるタイプじゃないか?」


「短期間でレグリア王国に仕えていた者達の心を掴んでいるように見えましたし、恐らくおっしゃる通りかと」


「そうなってくると、敬愛する王を誘拐された者達は……さて、どう出るかな?」


「……」


 確かにそうだ。


 となると、今大事なのはエインヘリアの王と確固たる友好を結ぶことではないだろうか?


 エインヘリアの王が我々に好意的であれば、その臣下たちも我々への攻撃を躊躇う筈。


 エインヘリアの王が慕われていれば慕われている程、その意向を無視することは出来ないだろう。


 だとすれば、今回の会談……陛下がこの場にいることは僥倖だったかもしれない。


「陛下」


「……やはりそうだな」


 私が声をかけると陛下が、にやりとした笑みを浮かべた。


 陛下とエインヘリアの王の相性が良いかは……正直分からない。


 会話するのを見た限り相性が悪そうには見えなかったが、陛下の性格を考えると大きく反発するか非常に仲が良くなるかの両極端となりそうな気がする。


 リスクを避けるのであれば、陛下とエインヘリアの王は引き離したほうが良い。


 水と油のような関係となる可能性は十分にある。


 エインヘリアの王は態度こそ挑発的というか皮肉っぽくあるが、その言動は非常に理性的で陛下の在り方とは真逆……いや、陛下が考え無しという意味ではない。


 陛下独自の考え方で動かれるので、常人に過ぎない我々には理解出来ないだけだ。


 ……そう考えると、エインヘリアの王であれば陛下のお考えも理解出来るのかもしれない。


 しかし、そこに望みをかけるのはあまり良い手とは言えないだろう。


「よし、やはりアイツと一度やり合うか」


 どうしてそうなる!


 陛下の出した結論に思わず叫びそうになってしまった。


「……陛下。エインヘリアとは友好的に話を進めるべきではないでしょうか?」


「あぁ、そうだな。その為にもアイツの力は知るべきだろう」


 駄目だ……どういう理屈なのかさっぱり分からない。


「陛下。エインヘリアの王は……陛下のように戦うことが出来るのでしょうか?」


 私がそう問いかけると、陛下がきょとんとした表情で私の方を見る。


「な、なんでしょうか?」


「お前……アレを見て、戦えないと思うのか?」


 表情を恐ろしいものでも見る様なものに変えた陛下が私に言う。


「いえ、エインヘリアの王が戦う力を持たないとは考えておりません。しかし、私ではそれがどれほどの力量なのかは全く分からないのです。陛下が凄まじくお強い事だけは理解していますが……」


「そういうことか。あれの姿を見て謀略に特化した英雄とか考えていたのだとしたら罷免しているところだったぞ」


 私の言葉に得心がいったというよりも安心したと言った様子を見せるながら口を開く陛下。


「そういった能力も高いと思ってはいますが……戦闘能力も陛下が戦いたいと思う程だと?」


「……正直分からん。ただ、間違いなく強い……それだけは確かだ」


 私には分からない感覚だが、陛下は相手の力量がある程度分かるらしい。しかし、エインヘリアの王の力は分からないという。


 それがどういうことなのか私には分からないが……いや、そもそもの話として友好を結びたい国の王と戦う意味が分からない。


 しかし、我々がどう言おうと陛下にそういった普通は通じない。


 通じないが……それでも帝国の臣下として伝えねばならない事がある。


「陛下。エインヘリアとは友好を結ぶという事でよろしいでしょうか?」


「あぁ」


「であれば、食糧支援を申し出るのはどうでしょうか?今であれば最大限の恩を売れるかと」


「ふむ。その辺りはお前達に任せる。俺は俺でやる」


 やらないで下さい!


 思わず私がそう口にしようとした瞬間、扉がノックされる。


「会談を再開しようと思うのですが、よろしいでしょうか?」


 一つもよろしくは無かったのだが、陛下が即座に立ち上がり問題ないと答えてしまった。


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