第81話 シニカル王とアロガンツ帝



「待たせてしまって済まないな。何分人が足りなくてな」


 会談の場として用意してもらっていた部屋に俺が入ると、帝国の連中が非常に険しい顔を一瞬しているのが見えた。


 まぁ、本当に一瞬のことで、俺が声を出す頃には非常ににこやかな様子に変わっていた……一人を除いてだが。


「俺を待たせるとはな」


「くくっ……招かれたわけではないのに、随分と偉そうだな」


「当然だ。俺はランティクス帝国の皇帝だぞ?」


「ふむ。そうかもしれんが、今の俺にとっては密入国者だな」


 因みに変装こそしてなかったけど、一ヵ月ほど前俺も密入国しました……とても丁寧に対応してもらったけどね。


「既に名乗っているのだから、それなりの対応をするべきだろう?」


「ふむ。しかし、本人かどうか……」


「お前、俺がこの国の領土に足を踏み入れた時点で気付いたと言っていただろう?」


「くくっ……そうだったな。では、改めてようこそ、エインヘリアへ。ブライロア=シリルミア=ランティクス殿」


「性格の悪い野郎だ。皮肉が過ぎると部下に嫌われるぞ?」


 まぁ、それはそうだろう。


 皮肉や揚げ足取りなんてのは、人に好かれる要因にはなり得ない。


 でもレイフォンみたいな奴ならともかく、ランカークとかみたいな真面目なタイプには俺も皮肉っぽくは接したりしないよ?


 冗談にしろ何にしろ、通じる相手と通じない相手がいるからね。


「ふむ。相手の都合も考えず傲慢に、我儘に振舞うよりもマシじゃないか?」


「ふん」


 肩を竦めながら俺が言うと、ランティクス帝は鼻で笑って見せる。


 うちの連中は特に気にした様子はないけど、帝国側の使者たちは……何とも言えない雰囲気だな。


 皇帝に振り回されているのがきついからなのか、それとも自国の皇帝に対して軽口を叩かれて面白くないのか……どっちなのか俺には分からない。


「さて、挨拶はこのくらいにしておくか。ランティクス帝国は随分と礼を失した行いをしてくれたが、それも今は置いておこう。要件を聞こうか」


「俺の要件はシャワルンが伝えた通りだ。英雄であり王となったお前を見てみたかった……それだけだ」


「王となった……か」


 色々とランティクス帝の事を挑発してしまったけど、元々ランティクス帝国とは友好的に話をするつもりだった。


 しかし、現状のレグリア地方にはあまりランティクス帝国にとって魅力が多くない。


 だが放置して良いという訳でもない。


 レグリア地方は、ランティクス帝国とオロ神聖国の両国に食い込む様な形で存在している。


 もし俺達がオロ神聖国に与するようなことになれば、或いはヒエーレッソ王国の様に属国的な立場になれば、ランティクス帝国としては非常に厄介だ。


 しかし、逆に自陣に取り込めばオロ神聖国を良い位置から攻撃することが可能となる……のだが、現在この地は負債を抱えまくっている状態だ。


 治安は……向上したとはいえ安心安全には程遠く、経済状況もボロボロ。


 自陣に取り込むのであれば、当然その面倒を見なくてはいけなくなる。


 神聖国であれば、自分達の懐を傷めずに民を利用して国そのものを操る事が可能だけど、帝国には使えない手段だ。


 まぁ、レグリア王国を取り込もうとしていた以上、何らかの手は考えていたのだろうけど……この地がエインヘリアとなったことで若干状況が変わってるからな。


 取り込むために用意した貴族は軒並み使えないし、帝国の欲しがっていた貯め込んだ魔力も存在しない。


 あるのは魔導技術と召喚された英雄である俺……。


 魔導技術は喉から手が出るほど欲しいだろうけど、英雄と王の合わせ技は全力で拒否したい相手だろう。


 ランティクス帝国にとって、放置するには危険が大きく、取り込むにはデメリットが大きい。


 だからこそランティクス帝は自ら動いたのだろう。


 自身の目で俺を御することが出来るのか……そしてそれが出来たとして、取り込むだけの価値があるのかを確認する。


 まぁ、有用性というか、こちらの実力は初手で思いっきり理解しただろう。


 ウルル様様だよねぇ……ランティクス帝や帝国の使者の人達が警戒しているのは、今の所九割九分九厘エインヘリアの誇る外務大臣様の仕事だ。


 しかし、彼らは全てを調べたのは俺の仕業と考え、警戒している。


 それ自体はこちらの価値を高めるという意味で悪くはないが、現状は友好よりも警戒の方が勝っているだろう。


 この状況で、実はエインヘリアって別大陸にある大国なんですわぁ、なんて言おうものなら相手の警戒度はあの霊峰の如く雲を貫くだろう。


「何が言いたい?」


 訝しげな顔をしながら尋ねて来るランティクス帝。


 俺の微妙な反応が引っかかったのだろう。


「一つ勘違いをしているようだが、俺がこの地に来て……レグリア王国を乗っ取ってエインヘリアとしたわけではない。この地に召喚される以前より、俺はエインヘリアの王だ」


「……なるほどな、合点がいった。道理で俺を前にしても太々しくいられる訳だ」


 訝しげな表情から得心がいったといった表情に変えながら、ランティクス帝が言う。


 ここまでは別に良い。


 問題は、エインヘリアの事を告げるタイミングだけど……。


「しかし、そうなると……お前は帰還の手立てを探しているのか?」


 訝しげな表情でも納得したといった表情でもギラついた表情でもなく、微妙な表情……なんというか、気遣わしげにも見える表情でランティクス帝が問いかけて来る。


「帰還の手立てか……」


「俺は皇帝だが、ランティクス帝国そのものは俺が居なくても滞りなく運営されていく。皇太子こそ指名していないが、俺よりも政治に長けた息子や娘がいるから問題ない」


「……ほう?」


「後継者争いはあるかもしれないがな……皇帝の押し付け合いという意味でだが」


 そう言って愉快気な笑みを浮かべるランティクス帝。


 どうやら皇帝は人気の無いポジションのようだ。


 コイツが生まれるまでは、兄弟姉妹で帝位を巡って骨肉の争いをしていたって聞いた覚えがあるけど……次世代にとっては押し付け合う席なのか。


「だが、お前は……まだ若いし、後継者は育っていなかったのではないか?」


「そうだな。実はつい先日妻を迎えたばかりだった」


 俺がそう口にすると、ランティクス帝よりもこちら側……レヴィアナ達が大きく反応する。


 ……そういえば、新婚って伝えて無かったっけ?


「……この地を立て直しつつある手腕を見る限り、お前は自ら先頭に立って政治を行っていた筈だ」


「……」


 いや……それはないな、うん。


 俺がいなくなっても国の運営という点では全く問題ない。


 ただ、キリク達の精神状態という意味では問題ありまくりだ。


「残された部下、民。お前と言う存在を欠いたエインヘリアという国。気が狂いそうになるくらい案じている筈だ」


 しかし、あれだね?


 ランティクス帝……さっきからこちらに同情するような雰囲気を出しているけど……これはアレか?


 俺に共感、同情するような雰囲気を見せて取り込もうとしている?


 ……会談の主導権を取り戻そうとしているのかもしれない。


 脳筋系の我儘親父かと思ったら、意外と強かか?


 俺は雰囲気を一変させたランティクス帝を前に一瞬の時間を使い考える。


 うん、大国のトップである皇帝が只の脳筋な訳がない。


 統治能力がないから部下に任せているのではなく、部下に任せた方が円滑に帝国が動くと考えているから任せているのだ。


 少なくとも、そういった判断が出来、それを実行に移す行動力と胆力がある……いや、判断力とか行動力とか胆力とかは元からめっちゃある雰囲気だったけど。


 しかしそうなると、このままコイツのペースで話を進めるのは面白くないな。


 そう思った俺は主導権をこちらに戻すべく口を開いた。


「くくっ……確かに俺の国、エインヘリアが全く別の世界に存在するのであれば、お前の言う様な最悪の事態だったと言えるだろう」


「……どういう意味だ?」


 俺の言葉のニュアンスを読み取ったランティクス帝が眉を顰める。


 やはり、察しが良い。


 だからこそここで、話の主導権を取り戻す。


 その為には相手の予想していない一撃が必要だ。


 俺は普段通り、口元を歪ませながら言葉を続けた。


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