第80話 俺にも分からん



View of ランホース=エティカ=シャワルン ランティクス帝国伯爵 使節団団長






「俺と会って話がしたいというのであれば、わざわざ帝都まで行かずともここで会えば良いだろう?ブライロア=シリルミア=ランティクスよ」


 不意に心臓を鷲掴みにされたとしたら、恐らくこのような衝撃を受けるのではないか?


 エインヘリアの王が玉座から立ち上がり、こちらに近づき放った言葉は私だけではなく使節団全員に動揺を与える。


「え、エインヘリア王陛下。それはどういう……?」


「なんだ、気付かれていないとでも思っていたのか?俺はいつ紹介されるのかと思っていたのだがな?」


 そう言って、正面にいる私から視線を外し、後方へと視線を向けるエインヘリアの王。


 間違いなく……確信を持って言っている。


「……」


 エインヘリアの王は私の後ろにいる人物に向かっている。それが誰なのか、この状況で振り返り確認する訳にはいかないが……。


 背後で誰かが動くような気配がした。


「なんで分かった?」


 誰が声を上げたのか確認するまでもない。


 背後から近づいて来た誰かに肩を叩かれ、私は少し横に移動して頭を下げる。


「寧ろ、何故気付かれないと思ったのか知りたいな」


「……ちっ、同格に会ってみたいと思っていたが、いざ会ってみるとムカつくな」


 皮肉気なエインヘリアの王の声と忌々し気に舌打ちをする聞き慣れない声。


 しかし、この聞き慣れない声こそ、私が仕える陛下……。


「変装に随分と自信があったみたいだな」


「……変装なんてちゃちなもんじゃないんだがな?」


 その言葉を最後に、聞き慣れなかった声が変貌する。


「俺がブライロア=シリルミア=ランティクスだ。エインヘリアの王よ」






View of フェルズ 夏休みの宿題は先に終わらせるタイプの覇王






 騎士っぽい恰好をしていた護衛がフルフェイスの兜を外すと、ややくすんだ金髪のおっさんの顔が出て来る。


 威厳たっぷりに名乗っていたけど、フルフェイスの装備を脱いだばかりで髪がぼっさぼさで格好良さが半減してるね。


 しかし、そのぼさぼさ加減を差し引いても中々のイケおじって感じだ。


 これがランティクス帝国の皇帝か。


 フィリアみたいな威厳たっぷりで頭のキレるタイプってよりも、その父親である前皇帝のおっさんみたいな雰囲気を醸し出している。


 まぁ、あのおっさんよりは一回り以上若いみたいだが。


「俺はエインヘリアの王フェルズだ。良く来られたな、ランティクス帝国の皇帝よ。しかし、立ち話もなんだ。会談用の部屋を用意している、そちらで落ち着いて話をするとしよう」


 皇帝がいる事は分かっていたからね……流石に謁見の間で見下ろしながら話すわけにもいかない。


 まぁ、相手も礼儀を欠いている訳だから気にしないかもしれないけど、現時点での国力は間違いなく帝国の方が上だからな……この地に於ける国力だが、多少は気を使ってやるのもやぶさかではない。


 しかし……本当は知らない振りして会談を進めるつもりだったんだけど、皇帝が気になって代表の人に集中できなかったんだよね。


 なので色々とすっ飛ばしていきなり皇帝を引きずり出してみた。


 まぁ、話は早い方が良い。


 特にランティクス帝国相手……この皇帝相手には回りくどい事をせずにストレートに向き合った方が良いとウルルの調べで分かっている。


「……一つだけ聞かせろ。いつから分かっていた?」


 兜を外す前と全然違う声でランティクス帝が尋ねて来る。


 ウルルの話では、ランティクス帝は魔法か何かでその姿や声を完全に別人のものにしていたらしい。


 さっきまでフルフェイスの兜を装備してたからその変化は全く分からなかったけど、少なくとも今俺が見ている顔は事前に見た似顔絵そっくりなので、これが本当の顔なのだろう。


 しかし、何故気付いたか……ね。


 そんなんうちのウルルさんに聞いて下さいよ……うちの子凄いんで。


 俺も同じこと思ったけどね!


「くくっ……俺の国に足を踏み入れておいて、気付かない訳が無いだろう?当然お前が我が国の領土に足を踏み入れた時点で分かっていたぞ」


「……」


 俺の言葉に表情をコロコロ変えるランティクス帝。


 最初に驚き目を丸く、そしてこちらを睨むように目を鋭くして……最後に凶悪な笑みを見せる。


 実に好戦的な笑みだと思う。


 だが、この手の連中は一発目が大事だ。


 最初にガツンと行って、初手で舐められないようにする……こうしておかないと、ちゃんと会話が成り立たない可能性さえあるからね。


 そんな事を考えつつ、俺はギラギラとした視線を送ってくるランティクス帝を無視してプレアにコイツ等を案内するように命じる。


 さて、前フリはここまで……本当の会談はここからだ。


 先制パンチは入れたけど、どう出るかな?この皇帝さんは。


 それにしても、中々覇王出来ているんじゃないかと自画自賛してみる。


 とりあえず、移動の前にお手洗いだな!






View of ランホース=エティカ=シャワルン ランティクス帝国伯爵 使節団団長






「陛下……」


「くそ……あいつ全然驚かなかったぞ?」


 会談用に通された部屋で、私は隣に座る陛下の苛立ちを一身に受けていた。


「どうなってやがる……情緒壊れてるんじゃないか?」


「陛下……暴言はその辺に」


 小国とは言え、相手は英雄の王。


 いつものように相手への配慮よりも、こちらの考えを正面から優先させるなんて交渉は出来ない。


 そんな状況だというのに、陛下に好き勝手に動かれるのは非常にマズいのだが……私如きが止められるような人ではないのが問題だ。


 いや、我が国に陛下の事を止められる者は一人もいないが。


「おい、シャワルン。アイツがここに来るまでに、アイツに一泡吹かせる様な策を考えろ」


「無理です」


 滅茶苦茶言い出す陛下に首を振ってみせると、雰囲気を一変させた陛下がこちらをじっと見る。


 失敗したか……?


 私が背筋に冷や汗を感じていると、雰囲気を一変させた陛下が重々しく口を開く。


「冗談ではないぞ、シャワルン。俺達はこの場で完全に先手を取られているのだ。何かしら相手の思惑を外す様な事をしない限り、この会談は終始相手のペースで進むぞ」


「……それは」


 基本的に、陛下は内政や外交に口を出さない。


 それは、自身に個人としての武力はあるが、統治という面では周りの方が優れていると考えられているからだ。


 しかし、だからと言ってこの方が統治の才が無いという訳ではない。


 傍若無人に振舞う事は多々あれど、その事が帝国の不利益になることはなく寧ろ帝国の利益となるのだ。


 だからこそ、陛下の傲慢さや身勝手さに辟易することはあっても多くの者が陛下を信頼している。


 今回エインヘリアに来たこともそうだ。


 陛下には英雄としての力……特異能力がある。


 自らの姿を別の誰かへと変じる変身能力。


 我が国に所属する英雄の中でこういった特異な能力を持つのは陛下ともう一人だけだが、陛下の能力はあらゆる意味で最悪の能力と言える。


 我が国で何人がその能力の犠牲になったか……。


 笑い話から再起不能、或いは族滅となるような話まで、陛下の能力は帝国上層部にとって恐怖の的だ。


 そんな、外向きには秘している切り札を使ってまでエインヘリアに来たのは、エインヘリアの王を直接見てみたいと陛下が言い出したからだ。


 今回、私は使者として帝国にエインヘリアの王を連れて来るように言われていたが、それが実現不可能であることは誰もが理解している。


 平時であれば、そしてランティクス帝国とエインヘリアの交流が深ければ可能だっただろうが、現時点でその芽が無い事はそれを命じた陛下本人でさえ百も承知。


 しかし、それでもその要求をさせたのは……相手の反応を自分の目で確かめる為だ。


 陛下の勘が、エインヘリアの王を直接見る必要があると言ったのだと思うが……もしかしたら、我が国でエインヘリアの事を一番警戒していたのは陛下だったのかもしれない。


 そして陛下の言う通り……初手は完全に取られたと言える。


 国同士の交渉においてこの状況はかなりマズイ。


 陛下が身分を偽ってこの場に来ていた事。


 先程の相手を試す様な要請の事。


 それらを完全に見透かされていた……交渉に臨む以前の段階で相当後れを取っている。


 陛下はその状況を崩すために何か策を考えろと言っているのだ。


 理屈は分かる……しかし、あまりにも時間が無さすぎる。


 元々予定していたこちらの交渉計画は完全に崩壊した。


 確かに大きな手を打たなければ相手の良いようにやられてしまうが……。


「時間と情報が足りぬか」


「申し訳なく……」


「いや、そもそも俺が見破られたのが悪いのだ。侮ったつもりはなかったのだが……」


 眉を潜ませながら陛下は自分の失態とおっしゃるが、未だかつて陛下の変身を見破った者は我が国の英雄を含め誰もいなかったし、道中も陛下は油断せず勤勉に護衛として動き一切の不自然さは無かった。


 陛下が姿を変えて護衛をしている事を知っていた私でさえ、不自然さを感じる事は無かったと断言出来る。


 陛下の能力を知らないエインヘリアの王が、それに気づくことこそ異常なのだ。


 断じて陛下のせいではない。


「思っていた以上に手強いな。最初は興味本位だったが……本気でやらないと、帝国が喰われるかもしれん」


「……」


 いつになく厳しい顔をした陛下の言葉に、私は返事をすることが出来ない。


 陛下は常に正しい道を進んで来た……今回もそのはずだ。


 もしエインヘリアの王が陛下のそれを大きく上回る存在であるのならば……エインヘリアは、帝国を揺るがす存在となりうる。


 エインヘリアを小領と侮るつもりはなかったが、たったあれだけの謁見ではっきりと理解した。


 今帝国は大きな分岐路にいる。


 ここでの失敗は、破滅への第一歩となりかねない。


 二大強国に比べればあまりにも小さなエインヘリア。


 しかし、その小さなエインヘリアこそ、この先に進むためのカギを握っている……そのことを自覚した我々は急ぎ頭を動かす。


 しかし……会談までの短い時間では打開案の一つも出すことは出来なかった。


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