第79話 使者はつらいよ
View of ランホース=エティカ=シャワルン ランティクス帝国伯爵 使節団団長
「お初お目にかかります、エインヘリア王陛下。私はランホース=エティカ=シャワルンと申します。この地より北方にありますランティクス帝国の皇帝、ブライロア=シリルミア=ランティクス陛下より伯爵位を拝命しており、此度の使節団の団長を任じられた者にございます」
なんとも殺風景な謁見の間で、凄まじき威圧感を纏いながらこちらを睥睨してくるのはこの国……エインヘリアの王。
他国の……大国、ランティクス帝国の使節団を迎え入れるには似つかわしくないとも言える謁見の間。
エインヘリアの臣下と我々使節団とその護衛……ありえないことだが、その数は我々の方が倍以上も勝っている。
だというのに、玉座に座るエインヘリアの王一人で我々を迎え入れるに値するだけの……いや、それ以上の雰囲気をこの謁見の間の隅々に行き渡らせていた。
謁見の間のみすぼらしさや、片手で数えられるくらいの臣下の数など関係ない。
王として玉座に座る。
ただそれだけで、全ての者を心から納得させる存在。
威風堂々たるその姿は見る者全てに畏怖、或いは畏敬の念を抱かせるに十分過ぎると言えた。
なるほど……これは本物だ。
「遠路遥々ご苦労だったな、シャワルン卿。あまり楽しい旅路では無かっただろう?」
「いえ、ここまでの道中、大変見る物の多い旅路でありました。エインヘリアの領内に入ってからは本当にあっという間に感じたくらいです」
「くくっ……それは重畳」
愉快気に肩を揺らすエインヘリアの王。
その姿に私は既視感を覚えた。
我が国の陛下と似た……座っているだけだというのに滲み出る超然とした雰囲気。
私は文官なので武人としてのエインヘリアの王の力は分からないが、その佇まいだけで只者でないとはっきりと分かる。
諜報や謀略に長けているタイプの英雄かと思ったが……この凄味は間違いなくそれだけではないだろう。
圧倒的な自信……自身の力、頭脳、運。
そういったものに、絶対の自信を持つ者のみが纏う空気。
帝国の臣下であれば見紛う筈もない……これは、まごうこと無き英雄の姿。
「謁見の間がみすぼらしくて驚いただろう?」
自嘲する様子はなく、唯々驚かせることを楽しんでいるかのような声音でエインヘリアの王が言う。
「……正直に申し上げれば、驚かなかったと言えば嘘になります。この地がレグリア王国を名乗っていた頃は、それなりに飾り立てられていたと記憶していますが」
そう。
確かにレグリア王国時代、この謁見の間はその国力以上に煌びやかなものであった。
他国の使者に自国の力を見せつける必要のある謁見の間は、豪奢かつ威厳に満ちたものとなるのが普通だ。
それは何処の国でも同じだが……レグリア王国は行き過ぎていた。
確かに謁見の間はその国の顔となる場所だが、人は相手の顔だけを見てその人物を評価する訳ではない。
王都に来るまでに国内の街や村を通過し、城下町の様子をその目でしっかりと確認した上でようやくここに来るのだ。
化粧だけが綺麗でも、既にその本質を散々見せつけられた後……逆に滑稽さが浮き彫りになるだけであった。
しかし、そういった無意味な虚飾が謁見の間から一切姿を消し……無骨を通り越して、貧相とさえ言える有様だ。
レグリア王国時代とは逆で実に国の状態をありのままに表しているとも言えるが……どう考えてもこの状態はやり過ぎじゃないだろうか?
「金や銀が使われているものや美術品の類は根こそぎ売ったからな」
「よろしかったので?」
肩を竦めながら言うエインヘリアの王に毒気を抜かれ、つい疑問が口から出てしまった。
しかし、明らかな失言だったにも拘らずエインヘリアの王は気にしたそぶりも見せず言葉を続ける。
「くくっ……知らなかったのか?自らを飾り立てても民の腹は膨れんのだ。虚飾に耽る暇があるなら、商人と話して食料に変えた方が役に立つと言うものよ」
「……勉強になります」
なるほど、エインヘリアの王は随分と実利主義のようだ。
我が国の陛下は契約こそ重んじるが、基本的に理よりも恣意によって動くタイプなので在り方はかなり違うようにも感じられる。
我が国の場合、陛下が直接政治を行う訳ではないので陛下の性格が国の色として出る事はない。
しかし、この国は違う。
今謁見の間にいる重臣だけで国の舵取りを行っている状態だろう。
そして、この場にいる全員からエインヘリアの王に対する深い敬意を感じる。
レグリア王国時代とは何もかもが違うやり方……当然、その舵取りをしているのはエインヘリアの王だろう。
その執政に対する結果が出るには、まだ期間が短すぎる。
いや、民の目を見るに成果が出始めているのは間違いないが……それでもそれらが結果として実るには、恐らく数年の月日が必要だろう。
つまりエインヘリアの王は成果では無く、その在り方で信頼を得たという事になる。
いくら英雄だからと言って、統治に関して全くの素人が振るう差配に彼らが付き従うだろうか?
いや、方針だけであれば問題ないかもしれないが……この国の変容を見る限り、エインヘリアの王の色が濃く出ているように思える。
エインヘリアの王の放つ絶対の自信とその結果……これは召喚される以前より、そういったことに関わりがあったと見るべきだ。
そうでなければ、いくら英雄と言えど流石にあり得なさすぎるだろう。
「ランティクス帝国のように人も金も溢れる程あるならば、身を飾る様な余裕もあるだろうし、経済を回す為にも積極的にやるべきだろうがな」
「経済を……回す、ですか」
聞き慣れぬ言い回しに私は思わず問い返してしまう。
「金は稼ぐだけ、貯めるだけでは停滞してしまう。稼いだら使う。そして金を使うという事は、別の誰かが稼ぐという事。その流れを止めず、円滑に回す様にする事こそ国の重要な役割だ。放っておけば、必ず金は分散せずに一か所……例えば大商人や貴族と言った、限られた者達の元に集まってしまう性質があるからな」
「その為に、国庫を開き民に金を回したと?」
道中で見聞きしたことがその一環かと思い尋ねると、エインヘリアの王はかぶりを振る。
「くくっ……流石にそれでは意味がない。ただ金を渡すだけではリターンがないからな。施すだけでは正常に回っているとは言えないだろう?今我が国で行っているのは緊急措置。回しているのは金ではなく食料だ。そもそもの話として、腹が満たされなければとてもではないが経済活動なぞ出来ん。しかし、この状況下でも腹が満たされている者達は居る。国が金を使う事で儲けている者もいる。今俺達がコントロールすべきはその者達だ」
「……なるほど」
私は今、ここが謁見の場という事を忘れ、エインヘリアの王の語る言葉……その話に夢中になっていた。
面白い。
異なる世界の考え方は、それが正しかろうと間違っていようと非常に参考になる。
我々とは違う考え方で組み立てられたやり方は考察に値するし、新しい発想と視点は非常に貴重な情報だ。
もっと詳しく、色々な話を聞きたい。
そんな事を思った私は更なる話を聞こうと口を開こうとして……皮肉気な笑みを浮かべながらこちらを見下ろすエインヘリアの王の姿に正気を取り戻す。
「失礼しました、エインヘリア王陛下。あまりにも興味深い話だったもので……」
「シャワルン卿は経済関係の話が好きなようだな」
「……国を富ませる為には絶対に必要なことですので」
羞恥でエインヘリアの王を直視できず、私は頭を下げながら応える。
マズいな、使者としてはあまりにも不適切だ。
挨拶もそこそこにするような話では無い。
「ふむ。外交を担当しているわけではないのか?どちらかと言えば今の件は内政向けだが……」
「我が帝国では実務を担う外交担当は別に居ります。使節団の団長である私は外交担当ではありませんが、後ろに控えている者の中に外交担当がおります。今後の交渉は彼らが行わせていただきます」
「なるほど。貴公はあくまで総責任者ということか」
「そう思っていただければ」
友好的な笑みではなく、どこまでも挑発的な笑みを崩すことなく頷いたエインヘリアの王が言葉を続ける。
「ではそろそろ本題に入るとしようか。此度はどのような要件でここに来たのだ?」
笑みは変わらない……だが、確実にその威圧感を一段上の物にしたエインヘリアの王。
日頃から陛下という英雄の存在に慣れていなければ、とても平静を装えなかったかもしれない。
「……エインヘリア王陛下。我が国の皇帝、ブライロア=シリルミア=ランティクス陛下からの要請を伝えます」
エインヘリアの王の雰囲気は一切変わらないが、その周りに控える臣下達の雰囲気が変わる。
それも無理はない。
エインヘリアは同盟国でもなければ従属国でもない。
これから国交を結ぼうという相手……初対面の相手にいきなり国力差を見せつけるように要請する。
嫌われない訳がない。
「聞こうか」
しかし、エインヘリアの王は全く意に介していないといった様子で問いかけて来る。
次の瞬間、私の首が飛んでいる可能性も……一瞬嫌な想像が頭を過ったが、全てを呑み込み私は言葉を続ける。
「皇帝陛下はエインヘリア王陛下と直接会う事を望まれております。しかし、現在の情勢で陛下が国を開ける事は難しく……つきましては、エインヘリア王陛下に帝都まで来訪して頂きたいと」
なんとか最後まで言葉を紡ぐことが出来たが……笑みを絶やすことの無かったエインヘリアの王がここで動きを見せる。
「俺に会いたいからわざわざ帝都まで来いと。皇帝がそんなことを言ったのか?」
エインヘリアの王が玉座より立ち上がり、二段ほど高くなっている場からゆっくりとこちらへと降りて来る。
一気に増した緊張感に、一瞬で口の中がカラカラになった。
「……はい。出来ますれば、我々に同道して頂きたく」
「くくっ……面白い冗談だ」
私と同じ高さに立ったエインヘリアの王は威圧感こそ凄まじいが、やはり皮肉気な笑みは変わらない。
だが……足が震える。
腰が砕けそうだ。
もはや手を伸ばせば届きそうな位置に、私が百人いようとも決して届かない英雄がいる。
あまりの緊張に、頭の中どころか視界さえも真っ白になりそうな一瞬の時間……エインヘリアの王は一切の気負いを見せず、穏やかに口を開く。
「俺と会って話がしたいというのであれば、わざわざ帝都まで行かずともここで会えば良いだろう?ブライロア=シリルミア=ランティクスよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます