第78話 部下の憂鬱
View of ランホース=エティカ=シャワルン ランティクス帝国伯爵 使節団団長
みすぼらしい街。
私が王都に足を踏み入れた第一印象がそれだ。
我がランティクス帝国の帝都とは比べるべくもない……だが、見どころが無いかと言われればそうでもない。
確かに街並みはみすぼらしいし、そこに住む民達の服装も王都の民とは思えない程貧相で汚らしいものだ。
だが……空気が違う。
王都の状態も民の姿も、間違いなく死を間近にした国のそれだというのに……民の目が違うのだ。
死に瀕した、滅びを目前にした者達のする目ではない。
活気があるとは言い難い。
だが、民達は未来に希望を抱いている……そのように私には見えた。
たった数か月でここまで変わるのか。
この地がレグリア王国だった頃……民はこのような目はしていなかった。
それは、レグリア王国に色々と計略を仕掛けていた私が一番良く知っている。
しかもこれはこの王都だけではない。
国境からここに至るまでいくつもの街や村を通った。
そのどれもが悲惨とも言える有様であったにも拘らず、民達の嘆きや悲嘆はその見た目に反して非常に少ないようだった。
エインヘリアは配給や減税、それに治安維持に力を入れ民達の歓心を買っているようだが、その規模が尋常ではない。
貴族を廃し、その財を没収することで財源を確保しているようだが……だとしても大盤振る舞いが過ぎる。
貴族連中が隠し持っていた財貨や大体の税収、国庫に残っていた予算……その辺りは大体把握していたが、現在のばら撒き具合ではどう考えても長くもたない。
こちらの把握していない財源を確保したか?
いや、周辺国や商人達で怪しい動きをしているという話はない。
外見と中身が違い過ぎる。
第一印象そのままにこの国を見ていれば、大きな間違いを起こすだろう。
まぁ、この国を侮るような者は我が国……ランティクス帝国で生きてはいけないだろうがな。
この国がレグリア王国からエインヘリアへと名前を変えて以降、我が国の諜報員は著しくその活動の精度を低下させている。
国が崩れた直後、最も混乱し最も荒れる瞬間とも言える時期に、エインヘリアは以前よりも強固な防諜体制を作った。
しかも、それは一時的なものでは無く、日に日に守りが強固になっているようなのだ。
防諜や諜報などというものは、一朝一夕にどうこう出来るものではない。
だというのに、この現状……やはり英雄という存在は一筋縄ではいかないな。
馬車の窓から見える風景が急に色を失ったように感じられて、私は心の中で大きくため息をつく。
本当に、英雄という存在は誰も彼も面倒だ……。
一口に英雄と言っても、色々なタイプが居るのは知っているが……総じて常識では計れない存在なのは確かだ。
この国の王がどのような英雄なのかは知らないが、力で暴れまわる事だけというタイプでない事は間違いない。
街門の外まで出迎えに来ていた二人……レグリア王国時代、彼等はその能力に反して冷遇されていたと調べがついていたが、現在は重鎮として引き立てられている。
我々は元々有用な人材を調べていたから彼等の事を知っていたが、召喚された英雄であるエインヘリアの王が彼等の事を知っていた筈がない。
完全に埋もれていた人材を引き立てている……短い時間で国内の情報を完璧に掌握しているからこそ可能な人事だ。
だが、レグリア王国の諜報関係はほぼ機能していなかった。
ゼロの状態から現在の情報の取扱いに長けた国へと変えたのであれば、エインヘリアの王は諜報関係に長けた英雄ということになる。
ただ力が強いだけの……ただ戦闘能力に長けた英雄よりもよっぽど手強い相手。
正直、今回の件は慎重に交渉に臨みたいと考えている。
レグリア王国という、とうの昔に末期を迎えていた国を引き継いでいる為、国としての脅威度は然程ではない。
しかし、それは現時点での話。
まだこの国がどんな立て直しを図っているのか細かい情報は得られていないが……もしこのまま立て直しが上手くいけば、かつてのレグリア王国以上に厄介な国となるのは間違いない。
我が国も神聖国もそれを黙って見ている訳にはいかない。
この国の現状を知れば、神聖国は積極的に自勢力に取り込もうと動くはず。
我が国……私としてもそう動きたいのだが……そこまで考えた私は思わず出そうになったため息を呑み込む。
今回の使節団、私は使節団団長という立場ではあるが……不甲斐なくもこの会談がどうなるか、全く読めない。
責任者を任じられた身としては非常に無責任かつ情けない考えだとは思うが、こればかりは仕方ないと言えるし、同僚も同情こそすれ非難はしないだろう。
しかし……こちらの無茶な要望があっさりと通ったのは驚きだ。
今回エインヘリアの王に謁見するにあたって、王都への到着後即座に謁見をしたいとこちらから申し入れている。
普通どのような国でもそういった申し入れには難色を示す。
元々国交のあった国であれば予定を合わせ使節団を招き入れ、そのまま謁見となるのは普通だが、今回の我々はそうではない。
使者を送ると通達はしたが、それが何時になるか、どのくらいの規模になるか等とは伝えていない。
無論国境を越えた時点で王都に話は届いているだろうが、礼儀としての問題だ。
顔つなぎの初訪問でこれはあり得ない……実際エインヘリアからの使者は一人だけだったし、謁見まで数日は待たせた。
まぁ、数日しか待たせなかったとも言えるが。
何にしても、到着即謁見とは普通はいかない……こちらも疲れるしな。
それでもそれを強行するのは、こちらの予定に従えと一方的に通達している事に他ならない。
最終的には帝国という力の前に、誰であろうとそういった無茶を呑み込むのだが……エインヘリアの王は二つ返事でこちらの要望を飲んだ。
これが帝国という力を恐れての事であればこちらも頭を悩ませずに良かったのだが、エインヘリアの王の人物像からどう考えてもそうではない。
もしそういった人物なのであれば、最初に使者を送ってきた際に従属を願うなリ媚びへつらうなりしてくるだろうが、エインヘリアの使者は一切そう言った態度を見せなかった。
つまり、明確な意図があってこちらからの要求を飲んだということ。
厄介だ。
本当に厄介だ。
情報に長け、謀略や計略を好むタイプの英雄。
交渉相手としては本当に厳しい相手……だが、本当に私が厄介だと思っているのはエインヘリアの王との交渉ではない。
この国を見た限り、そして帝国にやってきた使者の話を聞く限り……エインヘリアの王は理性を優先するタイプだ。
交渉相手としては厳しくとも、恣意で動かないのであれば交渉自体は成り立つ。
規格外、常識外れの相手であっても言葉が通じない相手ではないのだ。
……いや、別の世界から召喚されている以上言葉は通じないだろうが。
そんな馬鹿なことを考えた私は、思ず笑みをこぼしてしまった。
エインヘリアの王の考えは読めないが、今回の交渉においてそこは問題ない。
問題があるとすれば、エインヘリアではなく我々の方にあるだろう。
初手から威圧的に要求を突きつけている、さらにこれから伝える内容も……正直、下手をすれば私の首は物理的に体から離れる事になってもおかしくはない。
しかし、陛下から命じられた以上、その命令を遂行しないという選択肢はない。
それが命がけであったとしても。
心の中で愚痴を嚙み殺し、忠誠で塗りつぶす。
私は帝国の臣。
どのような無理難題であろうと、全力を尽くし最善の結果を持ち帰る事が仕事だ。
王城に近づき、緩やかに馬車の速度が落ちるのを感じた私は外へと意識を向ける。
「シャワルン様、城に到着します。準備はよろしいですか?」
「……あぁ」
外から聞こえて来た声に一度大きく深呼吸をした私は返事をする。
やがて馬車が止まり扉が開かれると、こちらに向かって頭を下げるメイドが見えた。
「遠路はるばるようこそおいで下さいました。これより謁見の間まで私、プレアがご案内させていただきます」
「よろしく頼む」
……驚いた。
使者の迎えにメイドを寄越した事。
そのメイドが凄まじく美しかった事。
城門の外まで出迎えに来ていた二人が、そのメイドこそが上位者であるという風に付き従っている事。
城の中に兵が最低限しか配されていない事。
案内された謁見の間が随分と殺風景だった事。
謁見の間まで案内してくれたメイドがそのまま謁見の間の中央を歩いて玉座の前まで行った事。
そのまま玉座の傍に控えた事。
謁見の間に片手で数えられるくらいしか人が居なかった事。
そして……。
「よく来たな。帝国の使者よ」
玉座に、予想を遥かに上回る圧倒的な気配を纏う若き王が座っていた事。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます