第77話 続・仲の良い二人
View of セルニオス=ソルティオス=レイフォン 元レグリア王国伯爵
「陛下、帝国の使節団が城に到着しました」
玉座に座り頬杖をついている陛下に、傍に立つレヴィアナ様が声をかける。
「そうか。出迎えはエリストンとランカークだな?」
陛下は少し気だるげにも見えるが、今日この日を楽しみにしていたのは間違いない。
今日帝国の使節団が王都……いや、この街へとやってきた。
帝国との関係は今後の行く末を左右するものとなる。
ここでのやりとり一つで、神聖国と事を構える以前に大問題となるかもしれないのだ。
はっきり言ってこのイベントを楽しめる陛下は……やはりどうかしているとしか言えないと思う。
「はい。城下町の外門までお二人が行っております」
「あの二人であれば問題あるまい。レイフォンのように波風を立たせるようなことは絶対にしないだろうしな」
「これは心外な。私は誠心誠意、これ以上ない程に誠実に生きていますぞ?」
「そうだな。お前は自分の心に実に誠実に生きている」
皮肉気にそう言った陛下は頬杖をつくのを止めて玉座に座り直す。
……ただそれだけの変化で、その身に纏う威厳が増すのだから不思議なものだ。
「陛下のように、さも世界の中心にいるかの如く振舞ったりはしておりますまい。臣下としてちゃんと弁えておりますぞ?」
「そうか。俺の臣下にお前程ずけずけと皮肉を言う奴はいなかったがな?」
「苦言を呈するのも臣下の務めなれば、それを皮肉とおっしゃるとは……陛下は意外と狭量ですかな?」
「くくっ……それを皮肉と言わず何を皮肉と言うつもりだ?いや、寧ろお前の考える皮肉というものを聞いてみたいものだな」
私の言葉に笑みを漏らしながら応える陛下。
無論、陛下の事を狭量などとは欠片も思っていない……寧ろ器も力もこの世界で一番だと思っている。
だからこそ、帝国や神聖国に邪魔をされたくない。
私は陛下の作る国を……そしてエインヘリア本国をこの目で見てみたいのだ。
全てにおいて超越していながらも、我々と同じ視点……いや、我々以上に民に寄り添った視点を持っておられるこの方がどのような国を作ったのか、この地をどのように変えていくのか……それを見たくてたまらないのだ。
私は栄華を極めた頃のレグリア王国も、凋落していったレグリア王国も、そしてもはや崩壊していたと言っても過言ではなかったレグリア王国も知っている。
しかし、陛下の語るエインヘリア……そしてこの地で作り上げようとしている国の形は栄華を極めたと思っていたレグリア王国さえも超越した、別の何かだ。
そこはどんな国なのか。
そこにはどんな光景が広がっているのか。
年甲斐もなく、私はそれが見たくて、知りたくてたまらないのだ。
だからこそ、それを確実に邪魔するであろう神聖国への対策は全力で取り組ませて貰った。
まぁ、何度も辛酸を舐めさせられたあの生臭共を敵に回して暴れると言うのであれば、陛下の事がなかったとしても全力で潰してやりたいと思うくらいにはやる気が出てしまうが。
しかし、ここに来て帝国が予想外の行動に出た。
最悪ではない……しかし、先が全く読めなくなったのも事実。
神聖国に帝国……どちらも私にとって憎い相手ではあるが、帝国はまだ邪魔をすると決まったわけではない。
それに恐らく……陛下に任せておけばなんだかんだと上手く対処してしまうのだろう。
思考を停止するつもりはないし、全てを陛下に任せきりにするつもりもない。
自身の最善を尽くすことは最低条件……その上で陛下がどう動き、結果がどうなるのか。
この状況であっても、若干それが楽しみだと思ってしまうのは陛下に毒されているのだろうな。
「さて……生まれてこの方皮肉等というひねくれた事は考えたこともありませんので、その御期待に沿えるのは難しいかと」
「そうか。どうやら、レイフォンの口から紡ぐ言の葉全てが毒されているだけのようだな。自覚がない病というのは本当に恐ろしいものだ」
「お二人とも、そろそろ帝国の方々が城に到着する頃合いですし、戯れはその辺に」
私と陛下が朗らかに笑いながら話をしていると、呆れたように大きくため息をついたレヴィアナ様が止める。
「さて、帝国の者達は驚いてくれるかな?」
「表には出さぬでしょうが、間違いなく驚くかと」
陛下が皮肉気に頬を歪ませながら口にした言葉に私が頷くと、レヴィアナ様も頷いた。
「城で出迎えるのはメイド姿のプレア様のみ。しかもプレア様にランカーク殿達は最大限の敬意を払うわけですから……せめてメイド服でなければ……」
「それは仕方ない。彼女は間違いなく我が国のメイドだからな。アレが正装だし、そもそもアレ以上に仕立ての良い服は無いだろう?」
「それはおっしゃる通りですが……」
不満気というよりも諦めといった様子でレヴィアナ様が言う。
まぁ、正式な使節団の出迎えをするのがメイドであるのもおかしければ、この城には現在最低限の警備兵しか存在しておらず、使節団を出迎える立場にあるメイドを守る兵すら傍に置いていない。
その上、外交の使者と謁見を行う場合、謁見の間には国の威信を見せつけるように武官文官を並べたてるのが通例だが……現在謁見の間に居るのはたったの四人。
先日の会議室の方がまだ人数が多かったと言える。
威信を示すとは即ち相手を威圧するという意味ではあるが、この人数では逆に帝国を侮っていると思われても無理はない。
だが、陛下は今ここに居る我々四名、そして出迎えに出ているプレア様とランカーク殿、エリストン殿の三人を加えた七人で帝国と謁見すると言われた。
……いや、正確には玉座に隠れるように潜んでいるムカデのアシェラート殿もいるが、流石に人数に数える訳にはいかない。
レヴィアナ様はこの人数での謁見に難色を示したが、結局は陛下の意に従った。
陛下にとってこの地は意図せず手に入れた一地方に過ぎず、我々も重臣のように扱われてはいるが地方のいち役人に過ぎないと言える。
そんな場所で謁見していて威信も何もあったところではない……そういう理由であればレヴィアナ様も理解できたかもしれないが、そもそも陛下は威信がどうのというものを気にしていない。
というか……エインヘリア本国と繋がれば、そんなものはどうとでもなると考えているようだ。
まぁ、話半分に聞いたとしてもエインヘリア本国の話は畏怖するに値するものだし、そもそもこの陛下が虚言を述べたり誇大に自国の事を語ったりする筈がない。
私としては、寧ろ実情よりも小さく語っているのではないかと訝しんでいるくらいだ。
帝国や神聖国にエインヘリア本国の事……海の向こうに存在する国であることは一言も漏らしていないが、その事を知り、そしてそれを目の当たりにした時……どういう態度をとるのか、今から見モノではある。
しかしそれも……この局面を乗り切った後の話だ。
エインヘリア本国がいかに強大であったとしても、現在陛下の手元にある戦力はご自身も含めて三人。
アシェラート殿の力を借りることが出来ればかなりの戦力になるだろうが、それでも帝国と神聖国の二か国を敵に回すには心もとないだろう。
現時点で神聖国はともかく帝国を敵に回すことは出来ない。
私がそんなことを考えていると、一人の文官が謁見の間にやって来て間も無く帝国の使節団がここにやってくることを告げた。
「……帝国の者達も随分とせっかちですな。陛下と良い勝負だ」
「くくっ……話が早くて良いではないか。俺は焦らされることは好まん」
「我々としては、かかる経費が少なくて助かりますがな」
「お二人ともそこまでに……」
何度目になるか。
私と陛下がレヴィアナ殿に注意されると同時に、謁見の間の扉が開きプレア様を先頭に帝国の者達が姿を現した。
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