第76話 仲の良い二人
View of セルニオス=ソルティオス=レイフォン 元レグリア王国伯爵
会議室に陛下が入ってこられた。
……相変わらず、凄まじい雰囲気を纏っているが、それでも初めて謁見した時に比べればまだマシだと言える。
少なくとも、その姿を見ただけで心臓を掴まれたと錯覚するほどのものは感じないしな。
相変わらず、やや早歩きにも感じられるほど一直線に自分の席へと向かう陛下。
その傍にはいつも通りメイドのプレア様が控え、共に部屋に入ってきたレヴィアナ様が私の向かいに座る。
少し前までならこれで全員なのだが、最後に壁を伝って一匹の大きなムカデが入ってくる。
あまり気持ちの良い光景ではないが……陛下の客である以上文句など付けられるはずもない。
ムカデを含め、全員が入ったことを確認したランカーク殿が扉を閉める。
それを確認したレヴィアナ様が会議の開始を告げる。
まずは私の報告からだ。
「塩の取引が始まったことで、各所への配給が正常に稼働し始めました。まぁ、このペースで金を使えば、一年持たずに国庫は空になりますが」
私の皮肉に陛下は愉快気に口元を歪ませるだけで何も言わない。
本当に変わったお人だ。
レグリア王国時代に制定したいくつもの税を廃したことで、次の税収はかなり落ち込むことが試算されている。
それを強行したのは陛下だが、私の言はそれを暗に攻めているようなものだ。
だというのに、一切気にした様子はなく……寧ろ私の皮肉を楽しそうに聞いているのは、心臓が強すぎるのか、何も考えていないのか……。
少なくともこのままいけば、我が国は確実に破綻する。
その状況を陛下が理解していないとは思えないが……破綻よりも早く本国が合流すると信じているのだろう。
一年とかからずに本国の者が迎えに来るというのは、私からすれば何の根拠もない話のように思えるのだが……。
「くくっ……問題ない。当面を凌げれば良いのだからな。それに神聖国と事を構えるのであれば、まず必要なのは金ではなく心の安寧だ」
「減り続ける国庫を見る私の心は、安寧とは程遠いのですが?」
「レイフォンの心ひとつで多くの民の安寧が買えるのであれば安いものだな」
皮肉気な笑みを浮かべながら陛下が言うので、私は深くため息をつきながら反論する。
「臣を犠牲にするやり口は、後に禍根を残すのではありませんかな?」
「不満があるなら口に出せば良い。その声に耳を傾けない事はないぞ?」
「陛下は寛容ですからな。しかし、その意見を受け入れるかは別ですな?」
「当然だ、最終的な判断は俺の意思の元にある。その責任もな」
「そしてそれを成す為の面倒事は我々臣下が苦労する訳ですな」
「それがお前の仕事だからな」
「せめてお前達と言っていただけませんかね?」
早くも二回目のため息を吐きながら私は言うが、陛下は肩を竦めるだけで何も言わない。
いや……にやにやとしている以上、いい気味だとでも思っているのだろう。
「ふぅ……心無い君主に仕えるのは辛いですなぁ」
「楽しいだろう?」
絶対の自信を滲ませる陛下を見返しながら、私は大きく三度目のため息をつく。
「……否定は出来ませんな」
そう。
否定は出来ないのだ。
エインヘリア本国の話が無かったとしても、陛下の……まごうこと無き稀代の英傑の下で自らの腕を振るうことを、未だ好転したとは言えないこの状況にあっても楽しんでしまっている自分がいる。
ただ、陛下のこの自信に満ちた顔を見ると、素直に頷きたくなくなるのだが……。
「冗談はさて置き、神聖国は苦境に喘ぐ民を操るのが得意だからな。民の嘆きは可能な限りなくす必要がある。今までとは違うのだと、エインヘリアとレグリア王国は違うのだと……分かりやすい形で民に示す必要があるのだ」
「……その効果は確実に出ている様です」
民の反応は上々……まだ多くの施策が国の隅々まで行き渡っているわけではないが、エインヘリアという国に変わった事や、民を優遇した施策を進めている事を広く周知している。
未だ懐疑的な者も多いが、レグリア王国時代とは違うと多くの民が感じているようだ。
まぁ、胃が痛くなるくらい国庫をすり減らしているのだからそう思ってくれなくては困るが……。
「神聖国のやり方は単純だ。持たざる者にパンの一欠けらを与え、救いはオロ神教の元にしかないと錯覚させる。苦境にあれば苦境にある程、盲目的にそれを信じるようになり……教義と言えば意味不明な行為も当たり前のように行う」
「「……」」
先程までとは一変して、不機嫌そうに陛下が語る。
その姿からは神聖国に対する不快感がありありと出ているが……恐らく話を聞いているだけの我々も似たようなものだろう。
「実にコストパフォーマンスの良いやり方だがな。不満を持つ他国の民を最低限の出費で取り込み、その国に対する先兵とする。しかも、教会は合法的にその国にあるわけだからな国としても文句をつけにくい」
「……」
「まぁ、やっている事は俺達も同じだがな。金を持っている貴族連中から巻き上げて、パンの一欠けらで感謝する民達から人気を買っている訳だ」
相変わらず皮肉のお好きな方だ。
だが、陛下がそれだけで民に施しを与えている訳でない事は、この場にいる者で理解していない物は居ないだろう。
なんだかんだと言って、陛下は自らの民が苦しんでいる状態が嫌なのだ。
レグリア王国時代に制定された、完全に民から搾り取る為だけの政策に本気で怒っていた姿を我々は見ている。
あの時は……心臓が止まるかと思ったものだ。
「まぁ、民に死ねと命じないだけ俺の方がややマシか?」
「そうですな。若干マシでしょう」
私の心からの称賛に対し嫌そうに眉を顰める陛下。
実に良い気味だ。
「治安維持の方はどうでしょうか?ランカーク殿」
私と陛下の会話に何故か呆れ顔でため息をついたレヴィアナ様が、ランカーク殿へ話を振る。
「陛下が望まれている水準にはまだ達しては下りませんが、治安維持部隊の数は街と呼べる規模の集落には大体配置することが出来ています」
「治安の方はどうだ?」
「以前よりは良くなっていますが……」
「そうか」
ランカーク殿は沈痛そうな表情で報告をするが、こんな短期間で治安がそうそう向上することはあり得ない。
いや、この短期間である程度の成果を出している事こそ驚愕するべき事態と言える。
街一つの治安などではない。より広い範囲での治安回復が半年にも満たない月日で確実に向上しているのだ。
陛下がどれだけ治安維持に投資して、ランカーク殿がどれだけ心血を注いで従事しているか分かると言うものだ。
まぁ、陛下は阿呆共がレグリア王国時代に貯め込んでいた財貨を治安維持と配給に突っ込んだだけだが……。
「ランカーク。苦労をかけるが、治安維持にはお前のような実直な者が必要だ。現にこの短期間で少なからず成果が出ている事を俺達は知っている。先程の神聖国の件……お前の仕事は連中のつけ込む隙を確実に減らしているのだ。その働きに俺は満足している」
「勿体なきお言葉」
生真面目な様子で頭を下げるランカーク殿。
確かに陛下の言う通り、治安維持の総轄はランカーク殿のような人物が向いているだろう。
治安維持部隊の隊規は相当厳しいし、真面目な者達でなければ絶対に堪えられないし、不正を働いた際の罰則は非常に重い。
そして真面目な者達はランカーク殿のような上司を非常に信頼して動く。
ランカーク殿以上の適任者は我が国には居ないと断言出来る。
「他にはありますか?」
レヴィアナ様が私やランカーク殿に他に報告がないか確認して来たので、いくつか小さな問題として挙がってきている件を報告する。
一通り報告を終えたところで、レヴィアナ様がまとめに入った。
「陛下、国内に関しては以上です」
「国内は予定通り進んでいるようで何よりだ。俺からは……まず神聖国の件だな。こちらは教会も含め予定通り事が進んでいる。問題は帝国だな」
問題……?
帝国は使者が国境を越えたと聞いているが……何かあったのか?
「やはり、帝国は一筋縄ではいかない様だ。流石にこうなって来ると、連中がどう出るかは読めないな」
陛下が皮肉気な笑みを見せながら言うが……その言葉の割に大して困っている様には見えず……寧ろどこか楽しげにさえ見える。
こういうところだ。
陛下の下に居れば、大抵の問題はどうにでもなると思ってしまうのは……。
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