第75話 違いの分かるムカデ



「ふむ。別の国から客が来るのか」


「あぁ」


 向かい側に座って……は居ない相手……アシェラートの言葉に俺は頷く。


 俺が今座っているのは私室にあるソファ。


 目の前には低いテーブルにその上に置かれている紅茶。


 そしてテーブルの向かい側に三十センチほどのムカデと紅茶。


「アシェラートも見に来るか?」


「良いのか?」


「その大きさなら目立つ位置に居なければ問題ない。動き回られると少々困るが」


「ふむ。ならば、大人しくしていると約束して見学させて貰おうか」


 鎌首をもたげる様な体勢のアシェラートが触角をうねうねさせながら言う。


 この動かし方は……機嫌の良い時の物だな。


 そんな事が分かってしまうくらい、俺はアシェラートと良く会話をしていた。


「先に来るのは……ランティクス帝国という国のものだ」


「ふむ。そのランティクス帝国というのはどんな国なのだ?」


「英雄帝と呼ばれる人物がトップの国だ。版図この辺りの国では最大で、人口も一番。余裕が出来たら俺も一度行ってみたい国だな」


「ほう。栄えているということだな?」


「そうだな。少なくともこの城の外に広がる街よりは、活気があって栄えていると思うぞ?」


 どんよりと淀んだ雰囲気の城下町を思い出しながら俺は言う。


 まぁ、そんな街でも、俺がこっちに召喚された直後よりはかなりマシになったと胸を張って言えるけどね?


 外の街はやっと活気が出て来たなぁって感じだ。


 元王都の城下町とは思えない程寂れているというか、シャッター街みたいな独特の空虚さが拭えないというか……いや、これから元気になっていくぞって感じもあるけどね?


 帝国の街はこんなもんじゃないだろう……向こうは国力ナンバーワンって話だし。


「面白そうだな」


「アシェラートも一緒に行くか?恐らくその時は……本来の姿で行っても問題ないだろうな」


「そうなのか?」


 少し驚いた様な声音で尋ねて来るアシェラートに俺は頷く。


 俺が帝国に行くとしたら、それはキリク達と合流してからの話になる。


 そして、その時は俺がむちゃくちゃやらかしても、何か良い感じにキリクやイルミットが処理してくれるだろう。


 少なくとも、今みたいに周辺の国に気を使う必要はなくなる……いや、配慮はするけどね?


 でも、アシェラートは俺が他所の土地から連れてきたわけじゃなく、元々この大陸に住むムカデだし……突然帝国の帝都に飛来してもおかしくはないじゃん?


 今までアシェラートが森の外に出てこなかったのは、アシェラート自身が人に気を使っていたからだ。


 ……そう考えるとアシェラート自身が元の姿で行くことを拒みそうだな。


 帝国との関係は相手の出方次第ではあるけど、関係が悪くなろうと良くなろうとアシェラートを連れて行くことは問題ないだろう。


 いや、帝国的には問題ありまくるだろうけど、どういう関係にせようちと付き合って行くなら、船とかゴブリンとかドラゴンとかムカデとかが飛ぶくらいは呑み込んで貰わないとやっていけないと思う。


 うちには刺激的なものが多いからね。


 めっちゃ働かされ……働いているゴブリンとか、畑の肉とか、養殖される瓶詰とか、無限に出てくる兵士とか……うん、空飛ぶ巨大ムカデくらいなら、魔法やドラゴンが存在する世界だし全然ありっしょ!


「帝国に俺達が向かう頃は、この辺りを取り巻く状況が一変しているからな」


 アシェラート自身が騒がれるのを嫌がらなければ、俺としては問題ない。


 どんな訪問の仕方をするか、その判断はアシェラート自身がすれば良いと思う。


「ふむ。オロ神聖国だったか……連中との戦いの後という事だな?」


「あぁ。連中とはしっかりと話を付ける必要があるからな」


「なるほど……話か」


 呟くようにそう言ったアシェラートは体を伸ばしてティーカップに顔を突っ込む。


 ティーカップに頭を突っ込む三十センチほどのムカデ……うん、人によっては悲鳴を上げる光景だよね。


 俺はもうだいぶ慣れて来たけど。


「その話とやらは聞けるのか?」


 こちらには顔を向けずアシェラートが問いかけて来る。


 アシェラートって結構紅茶好きなんだよな……俺は緑茶派だけど、こっちでは茶葉を全部発酵させちゃってて緑茶がないんだよね……。


 因みに同じ紅茶でもプレアの淹れたものが一番らしい。


 キリク達が合流したらアシェラートにも緑茶を勧めてみようと思う。


 お茶は色々試して好みのものを見つけるのが楽しいからね。


「そうだな。最初の話に戻るが、帝国の後に来るのがオロ神聖国だ。その時が連中との最初の話になるが……あまり面白いものでは無いだろう。それでも良ければ構わないぞ?」


「そうなのか?」


「恐らくな。帝国と違って神聖国は完全に敵。その話は薄っぺらいというか……意味の無い上っ面だけの会話になるだろう。特に連中は訳の分からん話をする事を商売としている。その口から出る言葉の九割は嘘だろうよ」


「……そんな相手と話が出来るのか?」


 ティーカップに突っ込んでいた頭をこちらに向けながら、訝しげにアシェラートが言う。


「人とは面倒なものでな。そういうくだらないやり取りに時間を割く必要があるのだ」


 アシェラートに俺は肩を竦めながら答えた。


「何故だ?」


「人は面子と建前を重視する。面倒ではあるが、これを無視すると余計な厄介事を抱え込むことになるのでな」


「ふむ……?」


 頭を横に傾ける……首を傾げながらアシェラートが相槌を打つ。


「神聖国との関係はどうでも良いのだがな。帝国や我が国、そして神聖国に住む民を納得させる為には、そういった面倒が必要となるのだ」


「なるほど、神聖国の為では無くその周囲の為か」


「神聖国相手にする配慮はないからな」


 アシェラートが納得したというような声音を出す。


 文化的、社会的なやり取りを今まで一切していなかったアシェラートが、この手の話をあっさりと納得してしまうあたりに地頭の差を感じる。


 俺よりよっぽど人間社会に溶け込めそうだ。


「無理やりお前をこの大陸に召喚した連中相手に配慮をするのかと思ったぞ」


「くくっ……勿論特別な対応はしてやるつもりだがな」


 俺が笑みを浮かべながら言うと、触角を揺らしながらアシェラートが頷く。


「私も魔王国とやらには特別な対応をしてやりたい所だな」


「そうだな。それはお前の正当な権利だろう。ただ、連中は後三か月もしない内に山の向こうに戻ってしまうぞ?」


「三か月……九十日か。わざわざ山の向こうに赴いてまで仕返しをする必要はないが……今はここを離れたくないな」


 そう言いながら、再びティーカップに顔を突っ込むアシェラート。


 ここというのは、レグリア地方という意味か、それともティーカップの傍という意味か……。


 まぁ、似たようなもんか。


 この城に来てから……いや、それ以前からアシェラートは非常に楽しそうだ。


 会話に飢えているというか……目に映る者全てに興味を持ち、幼い子供のようにアレは何だコレは何だ、ソレはどういう意味だと問いかけて来る。


 因みに、俺だけじゃなくレヴィアナも結構よく話をしているみたいだ。


 偶に俺の知らない話をするからな……特にレグリア地方やこの大陸の話を。


 まぁ、俺も森の事を色々聞いたりはしているんだけどね。


 例えば最深層の王と呼ばれている連中の事とか、森で採れる資源とかの話だ。


 最深層の王については……アシェラートもあまり知らないみたいだけどね。


 一応縄張りみたいなものはあるらしいのだが、アシェラート自身が強敵と思えるような魔物は森の奥にもいないらしい。


 まぁ、アシェラートにとってドラゴンも大した相手じゃないそうだからな。


 本当の意味で王と呼べる存在は、アシェラートしかいないのかもしれない。


 本人が言うには、森の全てを知っている訳ではないから他に強い魔物が居ないとは言い切れないとのことだったけど、ドラゴンと同じくらいの魔物ならいくらか知っているとのことだった。


 ドラゴンと言えば、ヒエーレッソ王国に飛んできたあのドラゴン。


 どうやらアレはもう少し南の方に居たドラゴンだったらしい。


 これは魔王国の捕虜から聞き取った話だけど、南の方で操る事に成功したドラゴンを利用して他の最深層の魔物を支配する予定だったらしい。


 そこで森を北上してアシェラートを見つけたそうだ。


 まぁ、見つけたというよりも件のドラゴンがあの辺りまで来た時に暴走……支配を破って飛んで行ってしまったとのこと。


 その原因を探っていてアシェラートを見つけらしい。


 そしてドラゴンと同じように支配しようとして……俺達に見つかって今に至ると。


 もしかしたら、ドラゴンは寝ているアシェラートにビビッて正気を取り戻したのかもしれないね。


 その結果、アシェラートの縄張りから逃げるように移動して……魔物の大侵攻を誘発してしまったって感じか。


 ドラゴンを逃がした連中がアシェラートを見つけるのに約半月……身体を縮めていたから結構時間がかかったってところだろうね。


 あの魔王国の連中は、なんかこう……決定的に運がないよな。


 そんな事を考えつつアシェラートと談笑していると、レヴィアナが俺を迎えに来た。


 さて……これから会議だね。


 俺はプレアとアシェラート、そしてレヴィアナを伴って会議室へと向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る