第二部 第三章 血塗れ教皇と英雄帝と我覇王

第74話 やれば出来る子



 ヒエーレッソ王国との交渉は、我ながらかなり上手くいったんじゃないかと自負している今日この頃。


 本国の皆さんはいかがお過ごしでしょうか?


 覇王は今日も元気です。


 俺達がレグリア地方に帰って来てから一ヵ月半程が経過して、密約通り塩の取引が始まった。


 いやぁ、俺もやればできるじゃん?


 こちらからは魔導具と動力源の提供、対価として塩を気持ち安めで購入……神聖国には内緒で今後も仲良くしていきましょうってなもんですよ。


 まぁ、輸送量が輸送量なのでこっそりやるにも限度があるし、いずれ方々にバレるだろうけど……バレる頃には十分な量を確保出来ている算段なので問題はない。


 魔道具はかくも偉大なりって感じだね。


 先物取引なので向こうとしては短期間での大量生産による価格の暴落を防げるし、こちらは必要量をとっとと確保できる。


 利益は王家の懐に入って、いざという時の資金にもなるし……実に素晴らしい取引と言って良いだろう。


 神聖国の言いなりになっている貴族はともかく、公爵さんや王様辺りは相当鬱憤が溜まっているみたいだし、更にこの密約がある以上率先して敵対しようとはしないだろう。


 まぁ、ヒエーレッソ王国に関しては、そもそもこちらに対して戦力を向けられるような余力がないから裏切られたところでってのもあるけどね。


 勿論、南側から攻め込まれなくなったという話ではない。


 神聖国はヒエーレッソ王国にとって宗主国。


 当然、神聖国の兵はヒエーレッソ国内を自由に移動出来るわけだ。


 つまりレグリア地方は東側と南側を神聖国と接している状態……戦力が限られている中、二方面を守るのは非常に難しい。


 インフラ整備が全然進んでなくて、軍を送り込んでこられる場所が限られているのは助かるね……そこだけはレグリア王国のアホ共に感謝だ。


 ある程度の規模の軍が道なき道を行軍することは殆ど無い。


 行軍速度が落ちると言う事は、その分余計にコスト……兵糧は勿論、燃料だ装備だ備品だなんだかんだとガンガン消費してしまう。


 どこぞの軍のように、将の分のお弁当だけ持って遠征とはならないのだ。


 だから大規模になればなるほど、軍を起こした国は早く戦争を終わらせたい……終わらせなければならない。


 どんな大国であろうと金や物資は有限。


 どこぞの国のように、人が住んでいるだけで半永久的に短期間で物資が生み出されるなんてことはないのだ。


 そして圧倒的に力の差がある相手に意表を突く様な戦略、戦術は必要ない。


 必要なのは意表を突かれない事。


 被害を抑え、戦費を抑え、最大限自国に利益が出るように……戦争をする時重視するのはそれだ。


 寧ろそれを優先して、勝利を放棄するような戦いを起こすことだってよくある話。


 戦争なんてものは国益を求めて行う外交手段の一つ……そこに金をかけるのは、それ以上の見返りを得られるからだ。


 まぁ、国全体の利益の為ならまだしも、個人の利益の為に引き起こす連中も結構いたりする。


 欲だとか復讐だとか……利益の中身は色々だけど、そんな理由で戦争を起こす奴なんて最低だと思う。


 そして何を隠そう、個人的な理由で戦争を起こそうとしている奴こそ……俺である。


 ……いやぁ、ほんと良くないよね?


 召喚された仕返しに、民を巻き込んで巨大宗教国家と戦争とか……駄目よねぇ。


 しかし、落とし前はしっかりとつけないと、なんちゃってだろうが何だろうが俺はエインヘリアの王様だからね。


 ……面子が大事って、ヤ〇ザも王様も大して変わらんな。


 まぁ、似たようなもん……いや、結局人なんてものは国だろうが個人だろうが一緒か。


 求めるのは自分の利益、恐れるのは自分の不利益……そして従うのはより強大な暴力。


 暴力を行使して言う事を聞かせるから、その威に傷がつくことを見逃せないってことだ。


 まぁ、俺の場合は……威がどうこうってよりもキリク達に面目が立たないってところだけど……面子と言えば面子なんだろうね。


 そんな訳で、俺は独裁者らしく民を巻き込んで神聖国とやり合わないといけない訳ですが……その為にここ数か月、色々準備を進めてきました。


 まぁ、俺が直接やったのは、ヒエーレッソ王国とのちょっとした繋ぎを作るくらいのもの……いや、アシェラートの件があったな。


 昔の人に最深層の王と呼ばれたムカデ……アシェラートと友誼を結べたことこそ、ヒエーレッソ王国で得た最大の成果と言っても過言ではない。


 まぁ……ちょっと見た目がアレなので、不意打ちで遭遇するとちょっと覇王の矜持的にやばかったりするけど、本人は物凄く良い奴なので寧ろこっちが申し訳なくなる。


 ついでと言ってはなんだが、アシェラートと仲良くなった際魔王国の連中を捕虜にしたんだけど、そいつらはウルルに引き渡して尋問中……いや、尋問の教材にされているとかなんとかだ。


 個人的には、剣こそ向けられたけど俺をどうこうしようとしたわけじゃないし、手心を加えても……そう思ったんだけど、よく考えたら友人であるアシェラートをどうこうしようとしていた訳だからきっちり尋問してもらう事にした。


 連中がアシェラートにちょっかいを出したからこそ仲良くなれた訳だから、俺としては感謝しても良いくらいだけど、それはそれだ。


 因みにアシェラートは、限界まで体を縮めて貰ってから城まで来て貰った。

 

 元の姿に比べたら小さいとは言っても、二メートルくらいのムカデは一般の民にとって刺激が強すぎるからね。


 いや、帰りがけに寄った辺境守護……ブレイズの砦でプロの軍人さん相手でも結構騒ぎになったか。


 彼等なら魔物とか見慣れてるんだし、別に問題ないと思ったんだけど……ブレイズもその息子さんも顔が引きつってたよな。


 あれかな?


 レインもアシェラートの事を未だに直視出来ないみたいだし、一家そろってムカデ嫌い?


 田舎暮らしだとムカデくらい平気になりそうなもんだけど……まぁ、それは人それぞれか。


 ……かくいう俺も、アシェラートが三十センチくらいの姿になって空を飛んでいるのを見た時、悲鳴を出しそうになったからな。


 なんかね……でかいアシェラートも中々恐ろしいものがあったけど、現実的なサイズになるともっと怖かった。


 後、うねうね飛んでるの滅茶苦茶怖い。


 こう……普通と呼べるサイズにしてはかなりでかいムカデが、空中を泳いでこちらに向かってくるわけですよ……アシェラートには悪いけど、その日の夢に出てくるくらいの恐怖体験だったわ。


 アシェラート自身、こちらを驚かせてしまう事をよく理解してくれていて、基本的に姿を見せる前に声をかけてくれる。


 まぁ、それでも偶に不意打ちで遭遇しちゃうんだけどね。


「フェルズ様……予定通り……来たよ……」


 そんな事を考えていると、何処からともなく現れたウルルが声をかけて来た。


 突然の声掛けにも慌てず騒がない我覇王。


「どちらだ?」


 何が?とかいちいち聞いたりしない。


 今ウルルがわざわざ報告してくることなんて決まり切っているからだ。


「両方……」


「くくっ……予定通りだな」


 同時……うん、大丈夫だ。


「教会は予定通りか?」


「はい……」


 頷いたウルルを見返しながら、俺は知略85の頭脳をフル回転させる。


 ……ここからの流れは何度もシミュレートした。


 神聖国への対応。


 帝国への対応。


 大丈夫だ、問題ない。


 神聖国は国境を越えてからここに来るまでそこそこ時間がかかる。


 レグリア領内にある教会の連中を国境の方に集めているし、何より神聖国の連中は動きが遅い。


 坊さんはゆっくり動きたいのだろうか?


 逆に帝国の方は初動こそ遅かったけど、動き出してからはかなり早い……でも神聖国に比べると移動距離が長いんだよね。


 良い感じのタイミングになるようにこっちの使者が到着するタイミングをずらしたりしたけど、それでもタイミング的にギリギリだったな。


 距離はあるけど動き出したら早い帝国と、距離は帝国より近いけど何もかもとにかく遅い神聖国……いやぁ、ほんとよく上手くいったよな。


 覇王もやれば出来るってことですな!

 

 細かい調整してくれたのはウルルだけどね!


「でも……帝国の方は……予定外のことが……」


「……ほう?」


 え……やだぁ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る