第73話 辺境守護さんち



View of ブレイズ=エリー=エスリク 元レグリア王国 辺境守護






「御無沙汰しております、父上」


「壮健だったか?ログラン」


 私は久しぶりに顔を合わせた息子……我が家の長男であるログランを部屋へ迎え入れる。


 我々辺境守護家……元辺境守護家は、レグリア地方の西側に広がる森から内地を守るための盾だ。


 長男であるログランも、私同様前線に立ち剣を振っているのだが、詰めているのは私のいるこの砦では無く、もっと南方にある砦。


 そこで指揮官を任せているのだが、今日は直接伝えたい事があるということでこちらの砦まで来ているのだ。


「直接報告したいことがあるとのことだったが、南で何か問題が?」


「その前に一つ確認したいのですが、最近森の様子は普段と変わりないですか?」


「以前連絡をしたが、少し前まで様子がおかしかった。落ち着きがないというか……中層の魔物が表層まで出て来たりな。まぁ、一ヵ月程前の話だが」


「……最近は落ち着いていると?」


 表情を険しくしているログランに私は頷いて見せる。


「最近は問題ない。普段通りと言った様子だな」


「……そうですか」


「南の方ではまだ荒れている感じなのか?」


 そういった報告は受けていなかったが……ログランの様子を見る限り、少なくとも何かが起こっているのは間違いないだろう。


「荒れている、という訳ではないのですが……今から一ヵ月ほど前、表層にて中層の魔物による襲撃を受けまして、あわやというところまで追い込まれてしまったのです」


「報告は聞いていたが……たまたま通りかかった者に助けて貰ったと」


「はい」


 表層を巡回する戦力で中層の魔物に偶然遭遇してしまっては、苦戦は免れない。


 特にログランがその時率いていたのは、比較的経験の浅い者達。


 彼等を森の巡回に慣れさせるための訓練中の出来事だったようだ。


 しかし、一ヵ月前に偶然通りかかった……か。


 報告には偶然通りかかった者の事は詳しく書かれていなかったが……時期を考えるに、恐らくそれは……。


「実はその者達の事も伝えておきたかったのです」


「ふむ」


「その者達は……四人組で、男は一人で女が三人。そのうちの一人は……メイドでした」


 確定だな。


 そんな四人組、間違いなく陛下達以外にありえない。


「その出で立ちもさることながら、強さはそれ以上に衝撃を受けるものでした。碌に例も言えず呆然と見送ってしまいましたが……後から勧誘しなかったことを後悔しましたね」


「……勧誘はしなくて正解だったと思うがな」


「……?」


「そもそもお前、その四人の中にレインが居たことには気付かなかったのか?」


「……レインが?」


 首を傾げるログランに思わずため息が出る。


 恐らく混乱していた状況に畳み掛けるように陛下は現れ、魔物を蹴散らして去っていったのだろう。


 呆気にとられる気持ちは良く分かるが……だからと言って妹を見落とすとは……。


「実は……その四人ですが、奇妙としか表現しようのない状態でして。インパクトが強かった男とメイド以外は……」


「奇妙?」


 確かに陛下達は……あまり森を移動するのに適した格好とは言い難かったが、それにしても奇妙という表現は……。


「実はその四人組ですが……男とメイドの二人が、残りの二人をこう……横抱きの状態で移動していたのです」


「……どういうことだ?」


「そのままの意味です。二人がそれぞれ一人ずつ抱きかかえながら森を移動してきて……男が女性を抱いたまま、魔物を蹴りで文字通り蹴散らしたのです」


「……」


 それは……。


「ついでという訳ではありませんが、抱かれていた女性は二人とも顔を隠していました」


「なるほど……」


 確かにその状態では妹がそこに居たとしても気付かないか……?


 特に陛下達のインパクトで全てが吹き飛んでもおかしくはない……ただでさえ魔物の襲撃で混乱していたわけだしな。


「唯一の男は……尋常ならざる強さと雰囲気を纏っていました」


「それは我が国の陛下だ」


「……は?」


 私の言葉に目を丸くするログラン。


 まぁ、その気持ちは良く分かる。


「……我が国の王が女性を抱き抱えながら森を走り回っていたと?」


「抱かれていた女性は、恐らく元レグリア王国の王女だ」


「……は?」


 恐らく間違いない筈だ。


 メイドがもう一人を抱えていたとのことであれば、そちらがレインだろう。


 王女殿下……レヴィアナ様が陛下に抱えられていたと考える方が自然だ。


 自然……とは一体何だろうか?


 何故抱えていたのかは……いや、そうか。


 恐らく陛下とあのメイドであれば、二人を抱えながら森を疾走するくらい他愛もない事なのだろう。


 移動速度を上げる。そんな理由で人を抱えて走ったとしてもおかしくはない……おかしいところしかないとも言えるが。


「……メイドが天使を抱きかかえていましたが」


「それは私の娘だ」


「流石は我が妹。ぱっと見、天使にしか見えませんでした」


 ……基本的には真面目で勤勉な息子だが、偶に言動がおかしくなる時がある。


 主にレインが関わると。


「顔が見えなかったと言っていなかったか?」


「その程度の事で私の妹を見る目は誤魔化せません」


 いや、お前さっきまでレインが居た事知らなかっただろう?


 再びため息をつきつつ、私は話を続ける。


「お前が危なかった時に陛下に助けられたのは間違いない。あれ程特徴のある集まりが、二組も森に入っているとは考えにくいし、何より私が陛下達を森に案内した時期と被るからな」


「陛下は何故森に……?」


「さて、詳しい事は聞いていない。だが、南に向かっていたというのであれば、目的地はヒエーレッソ王国なのは間違いない。そこからどこを目指したかという事だが……」


 正規の国境を使わずにヒエーレッソ王国に入ったのであれば、目的地の候補は三カ所。


 一カ所目は王都。


 国境さえ誤魔化すことが出来れば王都に素性をばらさず入るのは、然程難しくは無いだろう。


 二カ所目は最激戦区。


 魔物や森に対して興味を持っておられた陛下であれば、最激戦区に目を付けてもおかしくはない筈だ。


 それにあそこにはヒエーレッソ王国一の将、カウルン=テオ=エラティスがいる。


 神聖国と事を構えるにあたり、彼の存在を無視することは出来ない筈だ。


 最後に……魔王国軍との戦場。


 可能性としてはここが一番高いのではないだろうか?


 神聖国の戦力を計りつつ魔王国軍の事も調べることが出来る。


 陛下は実際に自分の目で確認されることを好まれる様子だし、おそらくそちらに向かった可能性が一番高い。


 神聖国との戦いがどのようなものになるかは分からない。


 しかし、いかに陛下が英雄と言えども一筋縄ではいかない相手なのは確か。


 オロ神教の信者は我が国にも少なくはない。


 いや、レグリア王国が荒れ、民心が荒れた事により、救済を謳うオロ神教の信者は過去最大と言っても過言ではないくらいに増加していると言える。


 彼等の信仰心が厚いとは言わないが、それでも神の名の元にという免罪符をばら撒き、国内で略奪行為をさせるだけでこちらにはかなりの被害が出るだろう。


 それをするのは我が国の民……暴力で抑え込もうとすれば、教徒ではない民達の反発も受ける事になる筈だ。


 もしそうなってしまえば、国内は収拾がつかなくなるに違いない。


 それに、神聖国には聖騎士と呼ばれる英雄が複数名いると言われている。


 万が一、陛下が聖騎士に敗れる様な事になれば……私は考えたくもない未来を思い背筋が凍るような恐怖を覚えた。


「父上?」


 そんな私の様子を訝しんだログランが声をかけて来る。


「いや、大したことではない。話したかったことはそれだけか?」


「えぇ。あの者達……いえ、陛下の力は正に英雄と呼ばれるそれでした。可能であれば引き入れたいと……その相談をと思ったのですが」


「はっはっは。陛下のお力を間近で見たのであればそう考えるのも無理はない。だが、そもそも我々こそが陛下の臣下だ」


「……お恥ずかしい限りです。あの時部下に迎え入れようとしなくて本当に良かった。恥をかくだけならともかく、不敬罪に問われるところでしたね」


「全くだな。まぁ、レインが陛下の傍にいる限り家が断絶することは無いだろうが……」


 真剣な表情で言うログランに、私は楽観的なフォローを入れる。


 まぁ、そもそも陛下が不敬罪だなんだと言ったりはしないと思うが……。


「ま、まさかレインは……陛下のお手つきに……」


 ログランが目を見開きながらそんなことを言いだす。


 いや、私の言い方が悪かった……のだろうか?


「いや、そういう感じは全くしなかったな」


 私がきっぱりと否定すると、安堵の色を見せるログラン。


 いや、陛下のお手付きとなるのは考え得る限り最高の結果だと思うぞ?


 あの方は情も懐も深そうだしな……レヴィアナ様の様子を見る限り、悪い事にはならない筈だ。


「……因みに、陛下はどのような方なのですか?」


「そうだな……一言で言うと、規格外だな」


「確かに、魔物を一蹴したあの力は規格外というに相応しいものでしたが……」


 納得したように言うログランに、私はかぶりを振る。


「力だけではないぞ。寧ろ私は陛下の在り方……そちらの方が規格外だと感じた」


「在り方……ですか?」


「あぁ。その力も、考え方も、行動も……全てが私達程度では想像も出来ないような御方だ」


 恐らくログランには伝わらない……その力だけを垣間見たログランには、そこだけが肥大化して印象に残っている筈。


 しかし、陛下の凄味は力だけに集約されるものではない。


 それを私が伝えきれない事が本当にもどかしいが……それでも私は言葉を重ねる。


「この辺境の地を、陛下は必ず守ると約束して下さった。本国の力を使えば容易い事だと……」


「本国……」


「私も本国については詳しくないがな。しかし陛下の話では……想像を絶する力を持っているようだ」


「……」


「今回のような通りすがりではなく、一度しっかりとお話をする機会があれば理解出来る筈だ。私の言っている事がな……」


 私がそう口にした瞬間、窓の外が俄かに騒がしくなるのを感じた。


「……」


「……何かあったか?」


 恐らく私と同時にその事に気付いたログランが素早く窓の傍に寄り、目を大きく見開いている。


「ログラン?」


「……父上。その……恐らく陛下と思しき方が来られたようです」


「なんだと?」


 陛下が来られた?


 いや、最初に来られた時も随分唐突だったことを考えれば、いきなり陛下が砦に来られても不思議ではないが……それにしても何故?


 いや、そんなことはどうでも良い。


 急ぎお出迎えせねば!


「……ログラン、すぐに出迎えに行くぞ」


「お、お待ちを!その……来たのは陛下だけではありません」


「レイン達もいるのだろう?」


「あ、はい……レインもいますが……その……」


 早く陛下を出迎えに行かねばならないというのに、ログランは歯に物が詰まったような感じではっきりと見たものを口に出さない。


「どうしたというのだ?」


 若干苛立ちが混ざった言い方になってしまったが、その事が背を押したようで、強い視線をこちらに向けながらログランが口を開いた。


「陛下は巨大なムカデを伴っております」


「……は?」


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