第72話 そん時のエインヘリア バンガゴンガ編・下



View of バンガゴンガ 元ゴブリン隠れ里村長 元ゴブリン代表 エインヘリア国内妖精族総括 妖精族向け職業案内所所長 対妖精族外交官 エインヘリア国営農場責任者 エインヘリア国営養殖場責任者 エインヘリア王相談役 アプルソン特別農業地区指導員 etc……






「こんな時間からお酒ですか?バンガゴンガ様にしてはとても珍しいですわね」


 邪気の一切感じられない綺麗な笑みだというのに、なんとも凄味のある雰囲気を漂わせているエファリア様が後ろから声をかけて来た。


「エファリア様。いらしていたのですか……」


 俺は内心冷や汗を流しながら頭を下げる。


 先程エファリア様はやっと見つけたと言われていた。


 そんな台詞が出て来ると言う事は、わざわざ城下町に来て俺を探していたと言う事だ。


 そして……エファリア様が俺を探す理由なんて一つしかない。


「えぇ。共に昼食でもと思いまして来たのですが、生憎今日もお忙しいとの事でして……」


「「……」」


 誰と共にかは言わずに語るエファリア様だが、俺もオスカーもその相手が誰であるか聞くまでもなく理解している。


 まぁ、当然だな。


 彼女は他国の王とは思えない程、フェルズ一筋というか……フェルズ最優先というか……若干、狂気的な物を感じる時がある程にフェルズを中心に置いて動く。


「ところでバンガゴンガ様」


「……なんでしょうか?」


「昼食がまだなんですの。ご一緒してくださいませんか?」


 今まで浮かべていた笑みをよりいっそう深めつつ、エファリア様が昼食に誘ってくる。


 彼女が王族である以上、俺が断れる筈もないのだが……しかし、今彼女と話をするのは非常にマズい。


 彼女が話したいのはフェルズの件以外ありえないが、それは緘口令が敷かれている。


 フェルズとエファリア様が親しいのは理解しているが、だからと言って国の方針で喋るなと言われていることまでぺらぺらと喋るわけにはいかない。


 しかも困ったことに、彼女はフェルズやエインヘリアの重鎮達に一目置かれている人物。


 正直、俺がはっきりと言おうと言うまいと、エファリア様は詳細を読み取ってしまう気がする。


 いや、今こうして立ち話をしているだけでも……。


「……あー、バンガゴンガの兄貴。俺はちょっと……あの……あー、パンを買わないといけないんで今日はこの辺で」


 オスカーが良く分からない事を言いながら俺達からじりじりと離れていく。


 コイツ、俺の事を兄貴呼びしておきながら全力で俺の事見捨てたな。


「……おい、オスカー」


「あら、そうでしたの?良ければオスカーさんも一緒にと思ったのですが、残念ですわ」


「申し訳ありません!聖王陛下!御前失礼いたします!」


 エファリア様に声をかけられて脱兎のごとく逃げ出すオスカー。


 お前……それはそれで不敬罪だからな?


 後、往来で聖王陛下なんて呼ぶんじゃない!


 まぁ、周囲はエファリア様の手の者で固められているようだが……。


「随分とお急ぎだったようですわね。それで、バンガゴンガ様……どうですか?」


「む……その、大変心苦しいのですが……」


 ど、どうする?


 どう断れば良いんだ!?


 仕事……いや、酒を飲んでいる事がバレている。


 その言い訳は通じない。


 ぱ、パンを買う事にすれば……いや、言い訳になるわけがない。


 そうだ!リュカだ!


 リュカと約束がある事にすれば……。


「そういえば、先程城でリュカーラサさんにお会いしましたの。なんでも今日は仕事でおそくなりそうだとか……だから晩御飯は外で食べるので用意しなくて良いそうですわ」


 リュカ!他国の王様に伝言を頼むんじゃない!


 それとあっさりと先を読まれて潰された!


 だ、ダメだ、あらゆる意味で勝てる気がしない!


「そ、そうでしたか。エファリア様の手を煩わせてしまって大変申し訳なく……」


「ふふっ、リュカーラサさんはですので。どうぞお構いなく」


 ……お友達を強調するエファリア様の圧が強い。


 やはり、会話はダメだ。何とか逃げなければ……改めてそれを実感した俺は、急ぎ視線を周囲に飛ばす。


 何か……誰かいないか!?


 辺りを見渡すが……人、人、ゴブリン、ドワーフ、エルフ、エイシャ様、ドワーフ、人、ゴブリン、スプリガン。


 だ、ダメだ、誰も……ん?


 今一瞬、何か……。


 何か違和感を感じた俺はもう一度視線を周囲に向けて……非常に小さな、しかし非常に頼りになる希望を発見する!


 エイシャ様!


 その小さな体から想像出来ないが、エインヘリアの大司教にして重臣の一人。


 フェルズからの信任も厚い上、エファリア様とも親交があると聞いた覚えがある。


 エイシャ様であれば事情は知っているし、この状況を見れば色々と察してくれる筈だ!


 そう考えた俺がエイシャ様の名を呼ぼうとした瞬間、目を閉じているようにしか見えないエイシャ様とばっちり目が合った。


 よかった!助かった!


 安堵のため息が出そうになったが、エファリア様の目の前でそんなことは出来ない……だが、エイシャ様がここに来てくれれば万事解決……え?


 目が合ったエイシャ様が、微笑みながら小さく頭を下げて……背を向けて去っていく。


 いやいやいやいや!


 エイシャ様!?


 こころ無し、やや急ぎ足といった様子でエイシャ様がこの場から去っていく。


 み……見捨てられた?


 身長が低い事もあり、あっという間に人ごみの向こうに消えたエイシャ様。


 いや、そんな……ま、マズい!


 今俺の身に降りかかっている事は、エイシャ様でも逃げ出す様な事態という事だ。


 くっ……!


 オスカーと城下町で呑んでいたのが仇となった!


 せめてエファリア様と会ったのが城の中であれば、エイシャ様以外にも頼れる相手がいた筈。


 特に、王妃殿下相手ならエファリア様も……そんなことを考えるが、ここは城下町の大通り。


 王妃殿下がこんなところを通りかかる筈もない……いや、隣国の王様がここを通りかかるのもおかしいんだが……そこはエファリア様だからな。


「バンガゴンガさん?今何か失礼なこと考えませんでしたか?」


「……滅相もありません」


「そうですか。では、あちらのお店でどうでしょうか?個室もございますし、余人を交えずお話が出来ますわ」


 断る権利なんてものは俺には無いが……それでもエファリア様に俺がそれを語る事は出来ない。


 エファリア様の想いも分かるし、心苦しくもあるが、俺にとってエインヘリアは絶対だ。


「……エファリア様。大変恐縮ではありますが、私はその御誘いを受けることが出来ません」


「……」


「エファリア様が何を私に聞きたいのか、それは十分理解しております。ですが、私はそれを口にすることを許されていません。エファリア様であれば、私が直接その事について話しをしなくとも読み取る事が出来るでしょう」                                          


 エファリア様の洞察力や智謀はフェルズでさえも感服する程……逆立ちしようと俺がやり込める相手ではない。


「ですが、私も国に仕える身。その方針に逆らう事になると分かっていながら、その御誘いを受ける事は出来かねます」


 俺の言葉にエファリア様は困ったような、そして寂しそうな笑みを浮かべながら口を開く。


「……申し訳ありません、バンガゴンガ様。確かにおっしゃる通りですわね」


「……」


 その姿に申し訳なさを覚える。


 恐らくフェルズであれば、エファリア様を悲しませるくらいならば洗いざらい話せと言うだろうが……俺の勝手な判断でそれをする訳にはいかない。


「バンガゴンガ様の優しさに付け込む様な真似をして申し訳ありませんでした。どうしても……どうしても知りたかったものですから」


「……お気持ちは理解出来ます」


 俺は気にしていないという様にかぶりを振りながら応える。


 フェルズという存在が彼女の中でどれほど大きいのか、それは普段からフェルズに向ける彼女の笑顔を見ていれば十分過ぎる程理解出来る。


 フェルズは彼女の事を妹くらいにしか見ていないのだろうが……。


「一つだけ……一つだけ聞かせてはくれませんか?無事……なのですよね?」


「はい。それは間違いありません」


「……そうですか」


 ここはエインヘリア城下町の大通り。


 他国の王であるエファリア様はともかく、俺はゴブリンの中でも目立つ体格をしているし、妖精族のまとめ役をしているのでそこそこ顔を知られている。


 流石に道の真ん中でフェルズの名を出すのは危険すぎる……だからこそ、俺達はその名を出してはいない。


 勿論周囲はエファリア様の護衛が固めているし、外交官見習い達も目を光らせている。


 素性定かならぬ連中はこの場に近寄れもしない筈だが、場所が場所なだけに用心は必要だろう。


「もし、詳しく現状が知りたいのでしたら……王妃殿下の所へ行ってみてはどうでしょうか?」


「フィルオーネ様ですか……」


 少し考え込むようにしながら王妃殿下の名前を呟くエファリア様。


 微妙に面白くなさそうな顔をしているが……何かあるのだろうか?


「王妃殿下はお優しい方ですし、エファリア様の要望であれば無下にはされないかと」


「そう、ですわね。フィルオーネ様はとてもお優しくて気さくな御方ですし、頼ればきっと教えて下さると思いますわ」


 そう口にはしているが、表情はあまり変わらない。


 エファリア様にしては本当に珍しい表情だ。


「……」


「ふふっ、別にフィルオーネ様の事をどうこう思っている訳ではありませんわ。とても仲良くして頂いておりますし、とても尊敬できる方ですわ。ただ……」


「……」


 そこで表情を……どこか少し拗ねたような、子供っぽい表情に変えるエファリア様。


「あまり、あの方の力を……借りを作りたくないんですの」


「……それは、何故でしょうか?」


 余り本気で言っている様子には見えないが……俺が尋ねると、拗ねたような表情から苦笑するような表情に変えて……その姿には似つかわしくない艶のある表情を見せながらエファリア様が口を開いた。


「……女の意地ですわ」


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