第71話 そん時のエインヘリア バンガゴンガ編・上
View of バンガゴンガ 元ゴブリン隠れ里村長 元ゴブリン代表 エインヘリア国内妖精族総括 妖精族向け職業案内所所長 対妖精族外交官 エインヘリア国営農場責任者 エインヘリア国営養殖場責任者 エインヘリア王相談役 アプルソン特別農業地区指導員 etc……
エインヘリアに激震が走った。
その日俺はいつも通り、朝起きて漁業村で海産物回収の作業を監督した後、国営農場で収穫と種植え作業を行い、リュカと朝食を取ってから職業案内所へ行って書類の処理。意外と書類が多く、昼食の時間が午後にずれ込んでしまった事を除けば何の変哲もない日だったと言える。
遅めの昼食を城の食堂で取っていた時、慌てた様子でルートリンデ様がやって来て声をかけて来た。
「バンガゴンガ様、お食事中申し訳ありませんが緊急事態です。非戦闘員は即座に訓練所に集まるように通達がありました」
「分かりました。直ちに」
確か、その程度の会話だったと思う。
いつも冷静で表情を崩すことのないルートリンデ様が顔を青褪めさせるような事態。
とんでもない何かが起きたことは間違いなく、集まるように言われている訓練所は有事の際に避難所として使うと聞かされていた場所だ。
何が起きているか確認したかったが、尋常ならざる様子のルートリンデ様に尋ねるのは気が引けてその時は確認することが出来なかった。
訓練所には既にリュカもいたのだが、彼女も事情を聞かされずに避難して来ただけという。
結局夕方頃に王妃殿下が直接説明に来て下さるまで、他の避難者と共に訓練所で悶々と過ごすことになった。
フェルズが誘拐された。
王妃殿下から話を聞いて……そのあまりの事態に、共に話を聞いたリュカやオスカーと共に意識を保つのがやっとといった程の衝撃を受けることになったのだが。
……オスカーは吐いてたな。
リュカも顔を青褪めさせて今にも倒れそうだったし……正直、俺自身も自分がどうなっていたのか定かではない。
覚えているのは、王妃殿下から聞いた話は最重要事項として緘口令が敷かれ、各方面の責任者である俺達以外には知らされることはなかった。
「バンガゴンガの兄貴。最近どうですか?」
憂鬱そうな顔で、なんともふわっとした感じの事を尋ねて来たのはオスカーだ。
この男が深刻そうな顔をしている時は、ほぼ間違いなく女絡みで何らかのトラブルを抱えているのだが……今回に限って原因は女では無いだろう。
「……あまり良くはないな。ふとした拍子に色々考えてしまう」
「そうですよね……俺も似たようなもんです。兄貴……」
男二人でため息をつく。
原因は……フェルズの事だ。
王妃殿下から聞いた話によると、フェルズは現在別の大陸に誘拐……召喚されてしまったとのことだ。
フェルズの事だから何も心配はいらないと思うのだが……フェルズが誘拐されたという事を思うだけで、抑えきれない怒りが湧き上がってくる。
当然ながらそれを表に出すことは出来ないし、誰にも言う事は出来ない。
だからリュカとも……この話は極力しないようにしている。
エインヘリアに住む妖精族全体が、フェルズに感謝し……人によっては信仰の域まで達しているような状態だ。
家でフェルズの事を話していて、何らかのきっかけでその話が外に漏れたら……取り返しのつかない事になりかねない。
それに、この地にフェルズが居ないという現状を他国に知られるのはマズいだろう。
フェルズが居ない隙をついて他国が蠢動……する……だろうか?
……。
確かにフェルズは偉大な王だし、力も頭脳も器も人並外れて等という表現が陳腐に聞こえる程に優れている。
その癖、超然としているという訳でなく只人の視点を捨てる事がない。
いや、常識外れなことを平然とやってしまうのだが、それは俺達とフェルズ達の常識が違うせいで起こる事だと俺は理解している。
何故なら、とんでもない事が起こってしまったとしても、それが最終的には常識となってしまえるからだ。
再現性の無い一度の奇跡等では無く、誰がやっても同じ結果を得られるならば、それは奇跡では無く日常の事と言っても良い。
だから、船が空を飛んでも、野菜や果物が一ヵ月で収穫できたとしても、生簀から際限なく海産物や加工品が採れたとしても、鉱山からインゴットや研磨済みの宝石が採れたとしても、羊が生えたとしても……それがエインヘリアでは普通なのだ。
何も問題はない。
ただ少しばかり、自分の中の常識や心との折り合いをつけるのに時間を有するだけだ。
……何の話だったか……あぁ、フェルズが居ない事を他国に知られたらだったな。
フェルズが居ないからと言って、エインヘリアが揺らぐだろうか?
いや、確かにフェルズに近しい者達……メイドも含め城にいる、所謂フェルズの部下達は目に見えて動揺しているが……隙があるようには見えない。
寧ろ、フェルズが居ない事によって今まで以上に全方位を警戒しているように見える。
正面からは勿論、搦め手を使ったとしてもエインヘリアという牙城を崩せる勢力はこの大陸には存在しないと断言出来る。
いや、寧ろ今下手にちょっかいを出してくれば……その国や勢力を文字通り消し飛ばしてしまいそうな気さえする。
不安要素はこの大陸では無く外。
フェルズを召喚した国もそうだが、なにより船を使ってこの大陸にやってきた連中だ。
「海の外から侵略者が来ると同時にフェルズの召喚。偶然とは思えないな」
「バンガゴンガの兄貴もそう考えますか。ですが、その割には姉御達の動きが少し妙な感じなんですよね」
「そうなのか?」
オスカーが姉御と呼ぶのは、確かリーンフェリア様だったか?
ルートリンデ様と姉妹であることをフェルズから聞いた時には、一瞬で納得出来てしまったな。
武官と文官という違いこそあれ、お二人とも正に女傑と呼ぶにふさわしい御仁だ。
そのリーンフェリア様は……訓練所で何度かお見かけしたが、鬼気迫るというか……目が完全に据わっている感じで訓練をしている。
誰かと話している時は普段通りなのだが……いや、リーンフェリア様に限らないか。
フェルズに長く使えておられる皆が、そんな空気を纏っている。
俺とは違い、普段仕事で城に常駐しているオスカーはより細かな空気を感じているようだな。
「兄貴の捜索が最優先なのは言うまでもないんですが、それにしても海を渡ってきた連中への対応がおざなりな感じがするんですよね」
「なるほど。となると……フェルズを召喚した連中と海を渡ってきた連中は別口か」
「偶然と考えるには出来過ぎのタイミングでしたが、連中の国が兄貴を召喚していたのだとしたら……連中の本国に強襲を仕掛けていない訳がない」
「……確かにその通りだな」
そんなことにさえ頭が回らない程、俺は視野が狭くなっていたのか。
何よりもフェルズへの忠誠を優先する彼らが動かないのは、手立てがないから。
連中の本国に召還されたのだとすれば、何が何でも連中から本国の場所を聞き出し、即日飛行船で全軍を差し向けるだろう。
それをせずに飛行船で地道に探索を進めていると言う事は、連中が召喚とは関係ないから……ふぅ、イカンな。
俺にはフェルズに任されている仕事がある……それは、フェルズが俺を信頼して任せてくれた仕事だ。
今の俺が、果たしてフェルズが満足するだけの成果を出せるだろうか?
……。
「そういえば、オスカー達は海の外からやってきた連中の船を調べているのだろう?」
今回俺達が使っている店は、表向きは少し高級な料理店と言ったところだが、その実態は国営の店だ。
エインヘリア城下町には価格帯ごとに数件こういう店があり、従業員は全員外交官見習いだ。
故に防諜体制は完璧……まぁ、ある意味筒抜けではあるが、今の俺達にとっては都合が良いとも言える。
そんな店で個室を借りてオスカーと顔を突き合わせているのは、お互い溜まっていた鬱憤を吐き出したかったからだが、気分を変えるついでに少し話題も変える事にした。
オスカーもそんな俺の想いを汲んでくれたのか、その話に乗ってくれる。
「えぇ。アレは実に面白いですよ。俺達の知っている技術とは全く系統の異なる技術……出来れば船を調べるだけじゃなく、連中の本国に行って技術を習得したいですね」
「ほう」
「うちの技術と組み合わせれば、現在行き詰っている列車の開発も先に進めるかもしれません」
「新しい技術か……面白そうだとは思うが、俺はそっち方面はあまりなぁ」
「ゴブリンの方々って結構器用な方多いですよね?開発部に何人もいますし」
「そういうのが好きな奴は少なくないな。まぁ、家を建てたりとかなら俺も出来るんだが……研究とかそういうのはちょっとな……」
俺はあまり頭を使わずに体を動かす方が得意だ。
まぁ、フェルズのお陰で書類仕事は随分と慣れたが……。
「研究って結構根気が必要なんで、バンガゴンガの兄貴も行けるんじゃないかと思うんですが……」
「俺は体動かす方が性に合ってると思うがな。そう言えば、前言ってた女の件はもう大丈夫なのか?確か、叔父に父親から受け継いだ店を乗っ取られたとかなんとか……」
俺がやや強引に話を変えると、オスカーは一瞬考える素振りを見せた後、笑顔で頷いた。
「あ、あぁ、彼女の件はもう大丈夫です!乗り込んでぶっ飛ばしてきたんで!」
「いや……それは……どうなんだ?それで解決するような問題には思えないんだが」
殴って解決するような話ではないし、何だったらオスカーの方が治安維持部隊に捕まるような話だ。
……フェルズの名前とか振りかざしてないよな?
「いや、勿論ただぶん殴っただけじゃないですよ!知り合いの情報屋の子に頼んで、そいつの犯罪や不正の証拠を集めて貰って、それを治安維持部隊に渡して……その上で乗り込んで行って一発ってことです。あぁ、殴ったのは俺じゃなくってその子ですけど」
「なるほどな……だが、逮捕されかねない事をさせるのは良くないぞ?治安維持部隊に犯罪の証拠を提出したなら、後は任せるべきだ」
「う……すんません」
俺の小言に気まずげな表情で謝ってくるオスカー。
「気持ちは分かるがな。その娘の事を本当に想うなら、お前がしっかり止めてやれ。一緒になって暴行すれば、お前達の方が犯罪者だ」
「……」
あまりこういうことは言いたくないが、オスカーは似たような事態に何故かすぐに巻き込まれるからな。
フェルズが居ない今、俺が代わりに注意しなければなるまい。
「気を付けます……」
「そうしてくれ。お前はただでさえ妙な事件に巻き込まれやすいんだからな。フェルズがいつも心配していたぞ」
「う……兄貴達にはいつもご迷惑を……」
「別に俺もフェルズも迷惑とは思っちゃいないさ。ただ、心配なだけだ」
「……すんません」
オスカーはちょっと暴走するところがあるが、基本的にいい奴だ。
だからこそフェルズもほっとけないのだろうな。
俺は苦笑しながら一度も口をつけていなかった酒を手に取る。
「フェルズが帰ってきたら三人で呑むのもいいかもな」
「それは面白そうです」
「……早く帰って来てほしいもんだな」
「そうですね……」
愚痴と共に飲む酒は……あまり美味くはなかった。
俺とオスカーはあまり酔えず、適当なところで店を後にした。
スッキリしたとは言えなかったが、多少なりとも吐き出すことが出来て少し心の底で淀んでいた物が減った気がする。
「もっと楽しい酒の方が良いよなぁ」
「ですねぇ……」
結局二人してうだうだとくだをまく位しか出来ず不甲斐なくはあるが、今の俺達はフェルズに任されている仕事を今まで以上に気合を入れてやるしかない。
結論としては、そんな風に決意を固めて店を後にしたのだが……どうしても愚痴っぽくなってしまう。
いい加減良くない……そろそろ気持ちを切り替えるべきだ。
そう考えた瞬間だった。
「やっと見つけましたわ、バンガゴンガ様」
にっこりと微笑むエファリア様に声をかけられたのは。
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