第70話 元王都民の憂鬱
View of モスト 旧レグリア王国王都民
陰気な空を見上げてため息をつく。
今日も無事に一日が始まるようだ、くそったれ。
空を見上げ、日課となっている悪態をついた俺はドアを開けて家の中に戻る。
曇り空とは言え、既に日が昇り切っているにも拘らず部屋の中は極端に暗い。
それもそのはずだ。
家の窓は全て家の内外から板を打ち付けて潰しているのだから。
これは別に嵐への対策でも何でもない。
窓を潰した状態が我が家の……いや、この辺り一帯の家の普通なのだ。
前の王が十年程前に通りに面する家に存在する全ての窓に税をかけたのだ。
なんでも年に一度行われるパレード。
そのパレードの際、建物の窓から王様を見下ろすことが不敬だとかなんだとか……それを許す代わりに税を払えという事らしい。
しかし、パレードが行われるのは王城に続く大通りだけ……何故関係ない場所に立っている家にまでその税が課せられるんだ?
そもそも、どんな細い路地だろうと通りと言ってしまっては……全ての家の窓に税が課せられるのと同じこと。
俺達庶民は、ぎりぎり死んでいないというくらいの崖っぷち状態で生きている。
少しバランスを崩すだけでそのまま崖から落ちて死ぬ……そんな状態にも拘らず更なる課税……。
結局俺達は家中の窓を潰し、税を払わないという選択をする以外道が無かったのだ。
税を払わない事を引き換えに、俺達は昼間であっても日の光が入らない生活を手に入れたというわけだ。
当然だが、昼間からランプを使って油を消費する訳にはいかないので、家の中はいつも非常に暗い。
普段であれば、俺も妻も日が昇る前に仕事にいくのだが……生憎今日は仕事がない。
体を動かしていれば気も紛れるし金も入ってくるというのに。
俺は椅子に座り、暗い部屋の中で悶々と過ごす。
昨日までは仕事があった、しかし今日はない……そして明日仕事があるかどうかは分からない。
妻の方も仕事が減っていると言っていた。
このままでは、俺達は……。
真っ暗な未来を思い、ただでさえ憂鬱だった気分がさらに落ち込んでいくのを感じていると、家の外が何やら騒がしくなってきた。
「なんだ……?」
この辺りに住んでいる連中は、俺と大差ない状況で暮らしている。
つまり、昼間は誰もが働きに出ていてこの辺りには誰もいないのが常だ。
家に居るのは働けなくなった老人くらいのもの……しかし、外からは明らかに……久しく感じていなかった活気のようなものを感じる。
その雰囲気に誘われるように、俺は扉を開けて外に出た。
「おう、モスト。お前も作業を始めるのか?」
「ドリー……作業ってなんだ?」
外に出るとすぐ、隣の家に住んでいるドリーが声をかけて来た。
何やら色々と大工道具を家から運び出しているようだが……仕事か?
「勿論、窓をぶっ壊す……いや、窓を元に戻すんだよ」
「……窓?何を言ってんだ?そんなことしたら金をとられるだろ?」
「お前こそ何を言ってんだよ」
ドリーと顔を見合わせてお互い首をかしげていると、ドリーの奥さんが扉から出てきた。
「あんた、何やってんだい!二階の窓ははしごを使わないといけないんだから、はしごの順番が来る前に一階を終わらせるんだろ!」
「か、かぁちゃん、待ってくれ。なんかモストがおかしいんだ」
「おや?モストさん、あんたんちも今から作業かい?」
「……えっと、奥さん。作業ってのは……窓を?」
「あぁ、そうさ。ほら、通りの向こうに大工をやってるとこがあるだろ?あそこが順番にはしごを貸してくれるってんで、それが来るまでに他の場所をやっちまおうと思ったのよ。だってのにとぅちゃんがぼさっとしてるからさ……」
ドリーの奥さんが怒涛の勢いで話をしてくれるが……何故窓を壊すのかが分からない。
どうなっているんだ?
俺は困惑しながら辺りを見渡し……そこで最初に感じた違和感が勘違いでなかったことに気付いた。
昼間だというのに、外に出ているのは俺とドリーだけではない。
近所の連中皆が道具を片手に外に出て、窓を塞ぐ板や壁を壊しに取り掛かっているのだ。
一体どういうことだ?
つい今しがた俺が外に出た時には誰もいなかったってのに……。
「お、おい、ドリー。なんで窓を開けられるようにするんだ?税はどうなったんだ?」
「あ、あぁ、そういうことか。かぁちゃん、すまねぇ。モストはどうやら布告を知らなかったみたいだ」
「そりゃ、仕方ないね。あんた、ちゃんと教えてやんな!あたしは出来そうな所から取り掛かってるからね!」
「おう!頼んだ」
ドリーは奥さんとそんなやりとりをした後、晴れやかな笑顔を浮かべながらこちらを向く。
「モスト。王様が変わったのは知ってるよな?」
「聞いた覚えはあるが……王様が変わったところで俺達には関係ないだろ?だから変わったって話を知ってるくらいだ。なんか、前の王様をぶっころしたんだっけ?」
「あー、その辺は俺も良く知らねぇけど……その王様から布告があったんだよ。窓税の廃止、それと開いている窓の数に応じて金が貰えるって話だ」
「はぁ!?」
窓の数で金を!?
「なんだそれ!?どういうことだ!?」
「お、おい、おいおい」
金が貰えると聞いて俺が詰め寄ると、ドリーが両手で俺を抑えるようにしながら顔を引きつらせる。
「ドリー!どうやったら金が貰えるんだ!」
「おち、お、落ち着け!ちゃんと教えてやるから落ち着け!」
「ドリー!おい、ドリー!」
必死に俺が話を聞き出そうとしているのに、ドリーの奴は教えたくないのか顏を引きつらせたままだ。
「落ち着けっつてんだろうが!」
ドリーが大声を出しながら俺を引きはがす。
「ドリー!」
「説明してやるから黙ってろ!つっても俺も詳しくは知らん!ただ新しい王様が、窓にかけた税は全て撤廃。今すぐに窓を開けろって命令してんだよ!」
「な、なんでそんなことを?」
「なんでも、窓は定期的に開けないと病気になりやすいとかなんとか……そんな感じらしい」
「それでなんで王様が金を出してまで窓を開けさせるんだよ。病気なんて王様には関係ないだろ?」
「知らねぇよ。他にも何か色々言ってたけど、覚えてねぇ。でも窓を開けたら金をくれるって言うんだ。それだけ分かってりゃ十分だろ?」
「あ、あぁ、そうだな」
確かにそうだ。
理由なんかどうでもいい。
窓を開けたら金を貰える……それが分かってれば問題ない。
「お、おいドリー。道具貸してくれよ」
「貸してやってもいいが、うちの窓を開けるの手伝ってくれたらな」
「汚ねぇ……」
にやりと笑みを浮かべるドリーを見て、なんでコイツがわざわざ説明をしてくれたのか理解する。
こいつ、俺を手伝わせるために説明してやがったな?
うちには大工道具とかないからな。コイツに道具を借りないと窓を開けられないし……仕方ないか。
「ちっ……分かったよ」
「おし、じゃぁそこの窓からやるぞ……ってお前、雑にやるなよ?かぁちゃんに殺される」
「……おぅ」
俺はドリーから道具を受け取り、打ち付けられた板を引きはがしていくが、長年に渡って雨ざらしにされていた釘は錆びていて簡単には抜けない。
こりゃ、思った以上に重労働だぞ?
しかも、コイツの家をやったら次は自分の家……。
その事を考え若干憂鬱になったが、今朝感じたモノと今感じているモノは明らかに違う。
板を剥がすたびに、家の中だけでなく俺の心の中まで明るくなっていくような……そんな気さえする。
今まで、貴族や王様なんてものは俺達から税を搾り取っていくものだと思っていた。
しかし……もしかしたら、今の王様はそうじゃないのかもしれない。
いや、まだ分からない。
偉い奴なんて皆同じだ。
結局は自分達が贅沢をする為に俺達貧乏人から搾り取る。
そうに違いない。
だが、もしかしたら……もしかしたら、この先の見えない現状が、新しい王様によって変えられるかもしれない。
そんな希望を少しだけ抱いてしまった。
そしてこの想いは俺だけのものじゃない。
明るい様子で窓を塞ぐ板を剥がしている連中全員が、似たような事を考えている筈だ。
頼むから、俺を、俺達を……裏切らないでくれ、王様。
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