第83話 羨望あるいは憧憬



View of ランホース=エティカ=シャワルン ランティクス帝国伯爵 使節団団長






「ゆっくり休めたか?」


 疲れた様子など一切見せず、先程までと同じように皮肉気な笑みを見せながらエインヘリアの王が尋ねて来る。


 はっきり言って、逆に疲れたと泣き言を言いたくなるくらいには疲弊していたが、そんなことを言う訳にはいかない。


 まぁ、そもそも話をするのは既に私の役目ではないが。


「ふん、我が臣下はこの程度で疲弊する程軟弱ではないが、頭を整理する時間が必要では無かったとは言い難い。その点は感謝してやろう」


「頭を整理な……その割には、あまり晴れやかとは言い難い雰囲気だがな」


「お前の目は随分と節穴だな。コイツ等の活力に満ちた目が分からんのか?」


 そう言って椅子の上でふんぞり返る陛下。


 無論、我等もエインヘリアの王が言うような疲れた態度などは微塵も見せてはいない。

 

 しかし、エインヘリアの王には我々程度の擬態などお見通しという事なのだろう。


「活力というよりも、上の者が面倒なこと言いだして途方に暮れているように見えるな」


「意味が分からんな。俺以外に上の人間がいる筈がないだろう?」


 エインヘリアの王の皮肉を本気で理解していない陛下が首を傾げる。


 今この瞬間だけはエインヘリアの王の味方になりたい……そんなことを考えてしまった。


「そのお前が面倒なことを言ったのだろ?例えば……俺と戦いたいとかな」


 陛下の返答を受け、エインヘリアの王は呆れ交じりに言う。


 やはり……気付かれていたか。


 いや、ただでさえ諜報関係に長けたエインヘリア……ここはその御膝元。


 領内に入った瞬間、能力を使い変化していた陛下に気付いたエインヘリアであれば、休憩室での会話を盗み聞く程度造作もないだろう。


 だが、エインヘリアの王がそんな礼を失した行為を賢しげに語るとは思えない。


 となると、陛下の言いそうなことを読み切ったと考える方が自然か。


「それの何が悪い」


「あからさまに悪いだろう」


 ……マズい。


 先程に続きエインヘリアの王に賛同してしまいたくなる。


 というか、やはりエインヘリアの王は相当まともだ。


 英雄というと、陛下を筆頭に相当癖のある人物というのが我々帝国に住む者達の共通認識だろう。


 だからこそ、エインヘリアの王の言動は……正直その能力と同じくらい我々にとって衝撃的だ。


「……どういう意味だ?」


 本気のトーンで陛下が横に座っている私に聞いてくる。


 一瞬、エインヘリア側の何人かが同情を多分に含んだ視線をこちらに向けてきたが、気付かない振りをする。


 いや、一瞬羨ましそうにエインヘリアの者達を見てしまったかもしれないが……。


「陛下、戦闘は必ずしも友好を結ぶのに有効的ではないという事です」


「そんなことは分かっている。だが、相手の為人を知る手っ取り早い手段でもある。違うか?」


「私は武に関してはなんとも……」


 確かにそういった事を口にする武官は少なくないし、普段物静かで冷静な方であってもそれを否定しない。


「敢えて言葉で説明するなら、戦いってのはソイツ自身の根っこの部分が色濃く出るんだ。性格や考え方……こちらがむき出しでそれをぶつけ、相手はそれに対応し、反撃してくる。その応酬は言葉よりもダイレクトに考えがお互いに伝わる。分かるか?」


「……分からなくもないですが、それを他国の王に仕掛けるのはよろしくないかと」


「寧ろ他国の王だからこそ、その心根を知るべきだろう?」


 言っている事は憎たらしいくらいに間違っていないが、方法がどうしようもないくらい間違っている!


「お前を見ていると自分の在り方を振り返りたくなるな」


「偉大な背中は後ろを行くものにとって大きな指針になるものだからな」


 エインヘリアの王の言葉に、陛下は自信満々に応える。


 陛下、エインヘリアの王は間違いなく反面教師として陛下を見ておられます……。


「さて、そろそろ話を始めるとしよう。先程我が国の事を多少説明させて貰ったが、認識にずれがあると正しい答えは得られないからな。もし聞きたい事があれば聞いてくれて構わない。可能な限り答えよう」


「お前以外にも英雄がいるのか?」


 早速と言った感じで、やや食い気味に陛下がエインヘリアの王に尋ねる。


 陛下が居ないところで会談をさせて貰えないだろうか……?


 い、いや、それは不遜な考えだし、そもそもエインヘリアの軍事力を確認するのは間違ってはいない。


 いきなりそれか?と思わないでもないが……仕方ない。


「英雄などと大仰な呼び方はしないが、俺と同程度の力を持つものは両手で余るくらいにはいるぞ」


「それは、中々な戦力だな」


「そうかもしれないな」


 肩を竦めながらエインヘリアの王は言うが、その内容はとてもではないがそんな軽い雰囲気で語って良いものではない。


 十人以上の英雄。


 それは我が国と同等……あるいはそれ以上に英雄が所属しているという事。


 脅威などという数字ではない。


 下手に事を構えれば我が国存亡にかかわるレベルだ。


 い、いや、問題ない。


 我々は……そして陛下も、エインヘリアとの友好を望んでいたのだから。


 しかし、陛下の言う通り……エインヘリアの臣下がどう考え、我々に対してどう出るか。


 万が一にも戦争となるわけにはいかない。


「やはり、手合わせを……」


「お前はそればかり……いや、面倒だ。後で少しだけ手合わせをしてやる」


「やっとその気になったか」


 そう言って陛下が立ち上がろうとして……エインヘリアの王が大きくため息をつく。


「後でと言ったはずだ。俺達はその前に話さなければならない事があるだろう?」


「ちっ……」


 陛下は舌打ちこそするものの、エインヘリアの王の言葉を受け入れている……その事に私を含む使節団の者が感動を覚えていると、陛下が面白くなさそうに口を開く。


「お前、この辺りの国の事はどう思う?」


「どう思うか……そうだな、俺が知っているのはレグリア地方に住む民くらいのものだが、あまり良い状況とは言い難いな。西側には魔物の巣窟、山の向こうには侵略国家。二つの大国はまだ余裕があるのかもしれんが、それ以外の西側諸国は疲弊しきっている。森には手が出せない、当然山の向こうにも手が出せない。良いように攻め込まれこちら側は守るだけ……ジリ貧だな」


「……」


「本来であれば、大国を中心に大同盟を組んで魔王国や魔物に対抗しても良い筈だがその様子はない。中心となる筈のランティクス帝国もオロ神聖国もお互いを牽制して身動きが取れない様だしな」


「耳が痛いな」


「くくっ……それが難しい事も理解している。どちらかが圧倒的な強国であるのならばともかく、均衡しているからな。仮にどちらかが同盟の盟主となろうものなら、その時点で覇権国家の誕生だ。それをお互い許すはずがない」


「……」


「だからと言って、両国を対等な立場に置いた大同盟……成る筈がない。いや、仮にそれが表向き成ったとしても、裏では足の引っ張り合いでまともに戦えないだろうな」


 エインヘリアの王の言葉は正しい。


 過去に複数の国で同盟を組もうとした動きが無かったわけではない。


 しかし、やはりエインヘリアの王が言ったように我が国とオロ神聖国の足並みがそろう事はなく、他の小国もどちらの国につけば良いのか判断出来ず……逆に疑心暗鬼に陥り小国が滅びる原因ともなった。


 そしてそれ以降、複数国家を束ねる大同盟の話は出なくなり、各国は独自に……あるいは我が国やオロ神聖国の傘下となり凌いでいる状況だ。


 そんな状況が続き、西側の小国はほぼ淘汰されてしまった。


 ある国は魔物に蹂躙され、ある国は神聖国の傀儡となり、ある国は自壊し、ある国は帝国に併合された。


 西側に領地を接している我々と違い、神聖国の生臭共は魔物や魔王国軍による脅威を直接感じてはいない。


 その状況下で我が国と足並みを揃えてというのは……現実的では無かったのだろう。


「戦後を見据えるのは当然の考え方だが、それにばかりに囚われていれば……まぁ、言うまでもないな。民にとっての不幸は、強国二つが均衡してしまった事だろうよ」


 そういって口元を歪ませるエインヘリアの王。


 その姿は、自分であればそんな不様は晒さないと言う様でもあった。


「俺達が引き下がるべきだったと?」


 僅かな怒気を滲ませながら陛下が言うと、エインヘリアの王は肩を竦めながら答える。


「そんな訳がないだろう?王として、国を導く者として、自国を優先するのは当然だし、それを放棄するのであれば売国奴と言われても仕方がない」


「つまりこんな状況に陥っている時点で無能だと?」


「さてな。俺が知っているのは現状だけで過去の状況は知らん。今の状況だけを見て全てが間違っていたなどと言うつもりはないが、結果を見れば正しい道では無かったのだろうな。まぁ、後からであれば何とでも言える……そんなもの参考にはなるまい?」


「そうだな、くだらんことを聞いた」


 そう言って陛下は目を瞑り、椅子の背にもたれかかる。


「後は任せる」


 不機嫌にも見えるが、恐らくそうではない。


 そもそも陛下は怒りを内に貯めるようなタイプではなく、その場にて爆発させる御方だ。


 このような姿を見せていると言う事は、考えたい事があると言う事だろう。


 ならば我等は与えられた仕事を十全にこなし、陛下に余計な負担をかけない事こそ肝要だ。


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