第68話 帰途につく



「では、その……アシェラート殿は我が国への害意はないと?」


 穏やかな表情をしたヒルマテル公爵にそう尋ねられた俺は頷いて見せる。


「あぁ。魔王国の連中に魔法をかけられていただけだ。その連中も……大半は死んだし、残りは捕虜にした」


「魔王国軍が最深層で活動していた…」


 口元に拳を当てつつ、ヒルマテル公爵が呟く。


 砦に戻ってきた俺達は、早速今回の件をヒルマテル公爵に報告していた。


 まぁ、細かいところは副将さんがするだろうから、俺がするのは大雑把なものだけどね。


 因みにアシェラートは森で捕虜と共にお留守番だ。


「捕虜から得た情報はそちらにも知らせよう。しかし、今後の事もある。この砦以外にも安全に連絡を取る手段が欲しいところだな」


 毎回俺が来るわけにはいかないし、ウルルを寄越すわけにもいかない。


 普通の人が使えるルートが必要だ。


「畏まりました。外交ルートとは別の……秘密裏に連絡可能なルートを用意いたします。こちらからは……」


「国境に外交官宛に書簡を預けてくれ。内容は空で構わん、それで必ず伝わる」


「畏まりました。個人ではなく外交官という事で間違いありませんか?」


「相違ない」


「ではそのように」


 俺の言葉に頷いたヒルマテル公爵。


 今後暫く……神聖国をぶっ飛ばすまでは直接会ってやり取りをする事はないだろう。


 外交を担当しているからか、お偉いさんの割に威圧感が無いので俺的には非常にやりやすい相手なんだよね。


 まぁ、キリク達が合流したら、それこそ俺が直接交渉する機会はなくなるだろうけど…… 塩の件もあるし、今後とも良い関係を築いていきたい所だね。


 さて、とりあえずアシェラートの事は解決したし、これでとりあえずこの国でやる事は終わったかな。


 多少予定外の事はあったけど、その分恩を売る事が出来たし収支は大幅プラスって感じだね。


 城に戻ったら神聖国と帝国への対応を詰めないとな。


 ウルルから話を聞いて、後はレイフォン達と細かいところを打ち合わせして……まぁ、今の時点でも色々と動いて貰ってはいるけどね。


 特に国内の教会に対しては可能な限り早い段階から手を打っておかないと、厄介なことになる。


 ほんと宗教系と戦うのはめんどくさい……信長さんも相当苦労したんだろうね。


 信長さんみたいに泥沼にならないようにやりたい所だ。


 そんな事を考えつつ、俺はヒエーレッソ王国の砦を後にする。


 向かう先は……再び森だけどね。


 神聖国をぶっ潰さないと、大手を振って移動すら出来ないのは辛いところだ。


「へ、陛下。そちらの方が……?」


 顔をひきつらせたレヴィアナがぎこちない様子で問いかけて来る。


 何に顔を引き攣らせているかわざわざ確認するまでもない。


「あぁ、アシェラートだ。アシェラート、この二人は俺の連れでレヴィアナとレイン。二人とも俺達程強くはないから道中気にかけてやってくれ」


 俺は捕虜と共に森で待ってくれていたアシェラートに二人を紹介する。


 すると二メートルくらいの姿になっているアシェラートは、頭の部分をコクコクと何度か頷かせながら口を開いた。


「レヴィアナとレインか。よろしく頼む、アシェラートだ。フェルズの誘いでお前達の国に訪問させて貰う運びとなった」


「よ、よろしくお願いします。アシェラート殿」


 アシェラートの挨拶にレヴィアナとレインが頭を下げる。


 レヴィアナは引き攣って入るもののしっかりアシェラートの事を見ながら言葉を交わしたけど、レインはアシェラートの事を直視できていない感じがする。


 辺境守護さんちの娘なのに……虫とか苦手なのかな?


 蜘蛛系の魔物とか確か向こうも出たと思ったけど……。


 そんな事を考えつつ三人……いや、二人の会話を見守る。


「森から出る機会はあまりないから色々と楽しみにしている。フェルズでなければ私を自国に招こうなどとは考えないだろうし、この機会に色々と見てみたいものだ」


「……楽しんでいただけると良いのですが」


 張りつけたような笑みになったレヴィアナの返答を聞きながら想像してみる。


 体を小さくしているとはいえ二メートル強のムカデさんが、旧王都の大通りを闊歩する。


 うん、阿鼻叫喚かもしれないな。


 そんな事になったら流石にアシェラートも良い気分とは言えないだろうし、何か方法を考えた方が良いかもしれない。


 もうちょっと小さくなるか、人以外の動物とかには化けられないのかな?


 人に化けられれば一番良いんだけどね。


 まぁ、その辺は追々考えるとしよう。


 しかし、レヴィアナは流石だよ。


 苦手っぽい様子だったのに、最初こそぎこちなかったけどもうやり取りに不自然な所はないし、非常に対応も丁寧だ。


 王族としての教育の賜物って奴かな?


 いや、あまりそういう教育は受けて無かったんだっけ?


 ってことは本人の資質と努力って事か……優秀やなぁ。


「アシェラート殿は人の国に来るのは初めてなのですか?」


「あぁ。私は森から出たことが無いのでな。昔友人から話は聞いたことがある程度の知識しかないな」


「そうなのですか……」


「だから何かと無作法をしてしまうかもしれんのが心配だな」


「アシェラート殿はフェルズ様のお客人。お困りになる事が無いように、私共が全力でサポートさせていただきます」


 なんかレヴィアナが保険代理店の人みたいなこと言いだした。


 掛け捨てではなく、手厚い保険とサポートをしてあげてください。


 そんなアホな事を考えていると、話題が移動の事になり俺が声をかけられた。


「フェルズ、先程のようにお前達を背に乗せて飛べばよいか?」


「いや、少し事情があって国に戻る時に極力目立たないように移動する必要がある。お前に飛んでもらうと非常に目立つからな、帰りは森の中を歩いて移動する」


「ふむ。事情があるのであれば仕方ないな。連中の運搬は私が引き続き受け持とう」


「手間をかけてすまないが、よろしく頼む」


 俺が頼むと魔王国の連中を縛っていた蔓がしゅるしゅると音を立てて伸び始めて、連中を持ち上げる。


 そういえば、ずっと気絶しているけど……そろそろ起きたりしない?


「そうだ、フェルズ。言い忘れていたが、この者達フェルズがあの砦とやらに行っている間に一度目を覚ましてな。思いっきり脅した後に眠らせておいたぞ」


「む?そうだったのか?手間をかけさせたな」


「問題ない。やはりやり返すなら意識がある時に限るな」


 そう言って愉快気に体と触覚を揺らすアシェラートと、一瞬泣きそうな顔を見せるレイン。


 レヴィアナは……うん、微笑んでらっしゃる。


「魔法で眠らせたから自力で起きる事はない。起こしたいときは言ってくれ。魔法を解除する」


「分かった。国に戻るまでは起こす必要がないからそのままで頼む」


 やはり攻撃偏重だった元の大陸の魔法より、アシェラートの魔法は色々と出来て良いよな。


 是非ともカミラに覚えて貰いたいね。


 レギオンズの魔法も攻撃が殆どだし……応用力の有りそうな魔法の開発を進めてはいたけど、まだ基礎研究の段階で便利な魔法を作るってレベルには達していない。


 オスカー達のやっている魔道具研究の方が、かなり先を行っている感じだね。


 特にエルディオンの連中を取り込んでからはかなり捗ってきているようだし……こっちの研究者が合流すれば基礎魔法も魔道具研究も進むと思うけど、制御できない技術を生み出すつもりはない。


 しっかりと管理はしていかないと……いきなり、世界が核の炎に包まれかねない。


 まぁ、その辺りはオトノハやカミラにしっかりと管理してもらおう。


 そんな事を考えつつ、俺は帰路へと着く。


 プレアとレヴィアナとレイン。


 そして新たにアシェラートを加えた珍道中って感じだな。


 ……寝たまま縛られてる連中も引き連れているし……心臓の弱い人にはお勧めできない映像になってますね。


 まぁ、九割方アシェラート一人で刺激的な映像にしているけど……。


 何にしても……遠征の目的は果たしたし、予定していた以上の収穫も得られた。


 後顧の憂いを断つことが出来た。後は聖王国と帝国への対応を進めていくだけだ。


 超絶に憂鬱な仕事ではあるけど、やっておかなければならない仕事だからね。


 キリク達が来る前に片しておかなければ、覇王の矜持という意味でよろしくないということもあるけど、キリク達が神聖国相手に暴走しそうって危惧もある。


 それこそ、一面焼け野原……いや、大地ごと抉り取るくらいの勢いでやっちゃうかもしれない。


 神聖国の上層部はともかく、民の大量虐殺は避けたい。


 でもなぁ、神聖国の民ってオロ神聖教の信徒なんだよね。


 厄介なことこの上なし……。


 しかし、だからと言って退くわけにはいかない。


 俺はフェルズ……覇王フェルズだ。


 何の因果か他国にお忍びで会談に来たら、巨大なムカデと友誼を結んでしまった虫が苦手な覇王だ。


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