第67話 言ってないからセーフ



「エインヘリア王陛下、申し訳ありません!あまりの事態に色々と失念していたのですが……!」


 腰に命蔓を結んだ副将さんが若干顔を青褪めさせながらこちらを見上げ、かなり大きな声で話しかけて来た。


 現在俺達が居るのは遥か上空を飛ぶムカデの背中……ここまで巨体だとムカデの背中って感じは全くしない。


 しかし背中は中々艶やかというかつるつるしているので、気を抜くと地面に向かってダイブしそうになる。


 副将さんはずっと四つん這い状態だけど……多分立つのは無理だと思う。


 風が冷たくて強すぎる……命蔓が無かったら副将さんは滑り落ちる以前に吹っ飛んでいたかもしれないね。


 因みに俺は腕を組んで仁王立ちスタイルだ。


「どうした?」


 風が凄まじいので俺も声を張る感じで問いかける。


 飛行船の穏やかさが懐かしいね。


「このまま!砦に向かうのは!危険かと!」


 ……言われてみれば、どう見ても襲撃しに来たようにしか見えないよな。


 アシェラートのインパクトで、色々なものが吹っ飛んでたようだ。


「確かにそうだな……アシェラート聞こえるか!」


「む?どうした?フェルズ」


 アシェラートの耳が何処にあるのか分かんないけど、とりあえずかなり声を張って話しかけてみたけど、無事聞こえたようだ。


「お前が砦まで行くと皆が混乱すると思ってな!森と荒野の境目辺りで降りて貰えるか!」


「ふむ、心得た。ではそろそろ降り始めるとしよう。落ちぬようにな」


 そう言ったアシェラートの体がゆっくりと大きくうねる様に動いた後、高度が徐々に下がっていく。


 何というか……飛んでいる最中も極力俺達が乗っている部分を安定させるようにアシェラートはしていた。実にこちらへの気遣いを感じる。


 見た目はアレだが、実に紳士だ。


「砦に遠見の魔道具はあるか?」


「は、はい!ございます!」


 悲鳴交じりといった雰囲気で副将さんが応えてくれる。


 多分着陸する時の独特の感覚……内臓がひゅっとする感覚に堪えているんだろうな。


「アシェラートから降りれば、砦から俺達のことが見えるか?」


「森の外であれば!確実に!」


「ならば、向こうも慌てはするだろうが、大きな問題にはなるまい」


 俺がそう口にすると、副将さんが何かに堪える表情というよりも、何かを言いたげな表情を見せる。


 まぁ、言いたい事は分かるけど……覇王は気付かない振りで行くよ?


 ムカデを何とかしてくれと言われたのに、そのムカデを連れて来ちゃってるからね……いや、アシェラートは話の通じる奴だし、全然問題ないっしょ?


 対処するとは言ったけど……やっつけるとは言ってないし、連れてこないとは言ってないもんね!


 心の中でそんな言い訳をしていると、アシェラートが着陸……こんな巨体が地面に降りたのに全然音がしなかった……ソフトランディングですな。


「アシェラート。拘束している連中を下ろしてもらえるか?」


「分かった」


 俺がアシェラートに頼むと、魔王国の連中を縛っている蔓が再び伸び始めて運んで行く。


 地面から生えているわけでもないのに、普通ににょきにょきの伸びていく不思議……。


 そんな事を思いながら運ばれている連中を見ていると、ある程度移動した時点でポイッと投げ捨てられた。


「……」


「ふ……このくらいの仕返しは構わんだろ?」


 愉快気な様子で言うアシェラートに、俺は肩をすくめてみせる……この位置でジェスチャーして見えるかどうかは分からんが。


 それに、このくらいの仕返しとは言ってたけど、結構な高さから落ちたぞ?


 気絶してる状態でそれって……死なない?大丈夫?


 そんな不安を覚えたけど、アシェラートが自信満々の様子だし……多分大丈夫なのだろう。


 あれ?人間って思ったより脆い?とか言わないよね?


「ところでフェルズ」


「どうした?」


「以前友人に聞いたのだが、私の姿は人にはかなり刺激が強いとか?」


「……否定は出来ないな」


 というか全力で肯定したい。


「であれば、私は森に引き返したほうが良いかな?」


「ふむ……」


 なんとなくだけど……アシェラートは人に結構興味があるんじゃないだろうか?


 友人との思い出をかなり大切にしている節もあるし……もしかしたらもう少し俺達と話をしたいと思っているのかもしれない。


「話したい事があるのだが、もう少し付き合ってくれないか?」


「む?話か……」


 俺がそう言うと、身を捩るようにして背中に乗っている俺の方に顔を向けるアシェラート。


 アシェラートのどこか寂しげな様子が気になったのも確かだが、話したい事があると言ったのは嘘ではない。


 森の事や魔王国の事。その辺りの情報は仕入れておいて損はないだろう。


「俺が最深層に向かっても良いのだが、出来ればもう少し気軽に話せる距離に居てくれると助かる。俺はこの国の者ではないから、もっと北の方に移動してもらう事になるが」


「そういえば偶々この辺りに来ていたと言っていたな。遠いのか?」


「北に少し行ったところだ。アシェラートの移動速度なら一日と掛からない距離だが、説明は難しいな」


「ふむ……」


「もしお前が良ければだが、身体を小さくして共に来ないか?縄張りがあって難しいというのであれば無理にとは言わないが」


 話云々の件もあるが……可能であれば、アシェラートの力を借りたい。


 その為にも、もう少し友誼を深めておきたいと思う。


「構わないのか?」


「暴れたりしなければ大丈夫だ。責任は俺が持つと言えば拒む者はいない……お前が妙なことをすれば俺が斬るという意味だが」


「ふむ、それは遠慮したい所だな。まぁ、こちらも敵対行動をとられぬ限りわざわざ襲い掛かる様な真似をするつもりはないが」


「人は愚かだからな。理性よりも感情で動いてしまうものだ。お前の姿を見て、恐怖に駆られ攻撃を仕掛けて来てもおかしくはない」


「ははっ、その程度の事であれば気にはしない。悪意を持って襲い掛かられればともかくパニックになる程度であればな」


 心が広いなぁ。


 俺なら理由を問わず反撃しちゃうだろうな……。


「まぁ、俺の傍で無体をする奴はそうそう居ないだろうがな。ところでアシェラート、人の姿に化けたりは出来ないか?」


 体の大きさを変えるって、変身みたいなもんだよね?


 だったら人にもなれるんじゃね?


 そう思って俺が聞いてみると、一瞬フリーズしたように動きを止めたアシェラートが身体を揺らしながら笑い声をあげた。


「はっはっはっ!お前もそれを言うかフェルズ」


「お前もと言うことは、貴様の友人も同じことを言ったか?」


「あぁ。体を縮められるのであれば人の姿にもなれるのではないかとな。その方が話しやすいとまで言われたぞ」


 誰しも考える事は同じという事か。


 まぁ、ムカデの姿より人の姿になってくれた方が話しやすいのは間違いない……顔だけムカデのままとかだったら逆に話しにくいかもしれんが。


「くくっ……なるほどな。それでどうなのだ?」


「すまんな、それは無理だ。いや、昔友人にその話をされてから挑戦はしているのだが、成功には至っていない」


「自分の体を小さくするのとは勝手が違うか」


「そうだな。そもそも私は人というものをちゃんと理解出来ていないからな」


 ……人体の構造的な物への理解が無いから変化させられないってことかな?


 確かに、なんとなくで体の形を変えるのは危険だな。


 心臓とか作り忘れて死ぬとか……ありえそうだ。


「なるほど、化けるには理解が必要か……」


「そうだな」


 俺は顎に手を当てるように考える。


 解剖学的な物を学べばワンチャン変身できるか?


 カミラやエイシャ辺りと協力して、その辺を覚えて貰えばあるいは……そんなことを考えていると、副将さんが物言いたげにこちらを見ている事に気付いた。


 おっと、砦に合図を送るんだった。


「アシェラート、彼も下ろしてやってくれるか?」


「分かった」


 こちらに顔を向けているアシェラートに見えるように副将さんを目で示しながら言うと、命綱として結んでいた蔓が副将さんを持ち上げていく。


 一瞬、物凄く不安気な表情を副将さんが見せたけど……うん、気持ちは分かる。


 さっき魔王国の連中がポイってされるの見たもんね。


 いや、大丈夫だと思うけどね?


 アシェラートは結構気遣いの出来る奴だし、冗談でもそんなことはしないだろう。


 高いところから落としたら仕返しになるって事も理解しているしね。


 俺がそんな事を考えている間に副将さんは地面に下ろされ、砦に向かって両手を振りだした。


 向こうの事はとりあえず副将さんに任せておけば大丈夫だろう。


 とりあえず俺も下に降りるか。


 かなりの高さだったけど、俺が普通に飛び降りるとプレアも続いて飛び降りて来た。


 ……スカートが捲れる様子が一切なかったけど、針金でも入ってるのかな?


 プレアをじっと見ていると色々と危険な気がした俺はアシェラートの方に向き直る。


「先程の話だが、俺の国に来る件どうする?」


「そうだな、お言葉に甘えさせてもらうとするか。体は小さくした方が良いか?」


「とりあえず、この国の連中を慌てさせるのもなんだし、暫く小さくしてもらえるか?うちの国に向かう時は……」


 そこまで口にして、一応今回の訪問はお忍びだったことを思い出す。


 もしここからまたアシェラートの背に乗せて貰ってレグリア地方に戻ったら……滅茶苦茶目立つよな。


 そうなると色々計画が崩れてしまう……。


「そうだな。暫くの間体は小さいままでも大丈夫か?」


「問題ない。連中に叩き起こされるまではずっと体を小さくしていたからな。寧ろこの大きさでいる事の方が違和感があるくらいだ」


「そうか……ならば、暫く小さくなっていてもらえるか?」


 どのくらい小さくなるんだろうか?


 普通のムカデくらい?


 ……いや、それはなさそうだな。


 魔王国の連中がアシェラートを見つけられるくらいのサイズだったはずだし、普通のムカデサイズのアシェラートをこの森の中で見つけられるとは思えない。


 祭壇とかで寝ていたならともかく、連中がアシェラートを拘束していたのは何の変哲もない空き地って感じだったからな。


 そんな事を考えながらアシェラートが魔法を発動して光に包まれるのを見物していると、あっという間にアシェラートの身体が縮んでいき……二メートルぐらいのサイズになった。


 まぁ、十分の一くらいのサイズにはなったけど……それでもめちゃくちゃでけぇ……。

 

 俺がそんな感想を抱いていると、砦に向かって手を振っていた副将さんがこちらに近づいて来た。


「エインヘリア王陛下。砦に話を通せました。捕虜を運ぶ為に数人寄越してくれるそうです」


「御苦労、セリオール副将」


 どうやってそれを伝えて、返事を受け取ったのか分かんないけど……手旗信号とかやったのかな?


 身体を縮めたアシェラートの姿を引き攣った笑みで見ている副将さんを見ながら、俺はそんなことを考えた。


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