第64話 ぱっつん



 普段通りのお澄ましプレアと緊張を隠せない副将さん。


 二人が合流すると同時に、アシェラートがゆっくりとこちらに顔を向ける。


「その者達がフェルズの仲間か」


「男性の方は仲間というよりも客だな」


「ふむ。客を連れてこのような森の奥地まで来たのか?」


 顔を傾けながら言うアシェラート。


 ……これって首を傾げたのか?


 姿はアレだけど何かと人間臭い仕草や感情を見せてくるよな。


「あぁ。彼はここから東に行った場所にある国に仕える騎士でな。国や騎士ってのは分かるか?」


「問題ない。人が多く集まり共に生活をしている場所と、そこに住む者達を守る戦士だろう?」


「その認識で問題ない」


 というか、良く知ってるな。


 俺はムカデの生態とか全然知らないんだけど……アシェラートは俺より賢いのかもしれん。


 若干の敗北感を覚えつつ、俺は話を続ける。


「昨日の夜、森から空に向かって巨大な火柱が上がった。そしてそれと同時にお前の姿が森の外から見えたんでな。俺は国に調査を依頼され、彼はその同行者というわけだ」


「それは……済まない事をしたな。その火柱は我が天に向かって放ったものだ」


「やはりそうか」


 ほぼそうだと思ってたけど、やっぱり火を噴けるのか……。


「寝ているところを魔法で拘束されて驚いてしまってな。自分にかけていた魔法を解いたり火を吐いたりと焦って色々やってしまったようだ」


 抵抗しようと暴れ回ったということか。


 夜の間に二回火を噴いた後はそういう動きは無かったし、もしかして結構やばいところだったかな?


「かなり強い拘束だったようだな」


「あぁ。拘束もやっかいだったが、私を支配しようとする魔法が非常に厄介だったな。あのまま魔法をかけ続けられたら、そう遠くない内に意識を乗っ取られていたやもしれん」


「そうだったのか。悪くないタイミングで調査に来たとも言えるが、あんなものが見えてしまっては調査に誰かが来るのは必然とも言える」


「苦し紛れのあがきだったが、フェルズを呼ぶことが出来たなら悪くない結果だな。改めて感謝するぞ、フェルズ」


「くくっ……気にするな。しかし調査に来ることは必然だったが、俺があの国を訪れていたのは偶然だ。アシェラートにとっては運が良く、この連中にとっては運が悪かったな」


 会談のあった日にピンポイントだったからな。


 一日遅かったら俺はレグリア地方に帰っていただろうし、一日早ければアシェラートを操る事に成功していたかもしれない。


 まぁ、致命的に運が悪い奴ってのは居るからね。


「それは重畳だ。私を操ろうとした連中には良い気味といったところだな」


 楽し気に言うアシェラート。


 それは良いのだが、ご機嫌の証なのか二本諸触覚を踊るように動かすのを止めて頂きたい。


「プレア、セリオール副将。聞こえていたかもしれんが、そこに転がっている連中はアシェラート……このムカデに森の外まで運んで貰う事にした。ついでと言っては何だが、俺達の事も乗せていってくれるそうだ」


「……背に、乗るのですか?」


 滅茶苦茶顔をこわばらせながら副将さんが言う。


 うん、まぁ、気持ちは分かる。


 でも送ってくれるって言ってるんだし、折角の好意を無下に出来ないでしょ?


「この連中を運ぶ手立てがないからな。尋問するのに数はある程度必要だ」


「それは、おっしゃる通りですが……」


 そう言いながらアシェラートを見上げる副将さん。


「私の背は滑るので注意するように。滑って落ちても助けられるかどうかは微妙だぞ」


 更に恐怖を煽ってくるアシェラート……いや、紳士なだけか。


 でも、それはそれとして滅茶苦茶怖いんだけど?


 いや、空から落ちる分には問題ない……俺はだけど。


 プレアは……微妙なところだけど、副将さんは絶対にアウトだ。


 うん、二人の事は絶対に守らないとマズいな……帰り道で墜落死とか洒落にならん。


「ロープでもあればお互いを繋いでおけるのだがな……」


 命綱を繋いでおけば、俺とプレアが二人同時につるっといかない限り大丈夫だと思うんだけど……。


「も、申し訳ありません、フェルズ様。ロープの用意は……」


「いや、このような事態は俺も想定していなかったからな。それにこの連中も拘束して……ついでに落ちないようにしなければなるまい。流石にそれほどの長さのロープは用意しておくのは不可能だろう?」


 俺が肩を竦めながら言うと、プレアは深く頭を下げた。


 それを見ていた副将さんも、ムカデの背に乗って空を飛ぶという現実から目を逸らす様に至極真面目な表情をしながら口を開く。


「確かに拘束しておかなければなりませんね……ですが、私も拘束する為の道具は持ち合わせておりません」


「森で丈夫な蔓でも探すか」


 あれ?蔓?蔦?どっちだっけ……。


「蔓が欲しいなら出してやるぞ?」


 森に視線を向けながら俺が呟くと、アシェラートが何処か得意気にそんなことを言う。


「蔓を出す?」


 ムカデって糸とかは出さないよな……?


 いや、そもそも普通のムカデじゃないか。


 しかし、火を噴くだけじゃなくって蔓とか出せんの?


「あぁ。蜥蜴の小僧程度であれば動けなくなるくらい頑丈だぞ?」


 ドラゴンが動けなくなる蔓って……それは本当に蔓なの?


「ほう?それは実に頼もしいな。頼んで良いか?」


 心の中に次から次へと生まれる疑問やツッコミをおくびにも出さず、アシェラートの提案に乗る。


「あぁ、任せろ」


 アシェラートは嬉しそうに応えると、体を起こし鎌首をもたげるような体勢を取る。


 ……真下から見上げる形になるんだけど、ちょっとこの視界は苦手だな。


 そう思った俺はアシェラートから視線を外し、未だ気絶したままの魔王国の連中を見る。


 するとその瞬間、連中のすぐ近くの地面が蠢くように動き始めたのだ。


 虫でも出て来るのかとギョッとして身を引きそうになったが、蔓を出すというアシェラートの言葉を信じてぐっと堪える。


 ただちょっと、アシェラートの見た目に引っ張られて頭の中がムシムシしてしまっていただけだ。


 そんな感じで若干警戒しつつ推移を見守っていると、バロメッツもびっくりな速度で地面から蔓が伸びていき、気絶している魔王国の連中をぐるぐる巻きにしていく。


 そしてそれとは別に俺の方に向かって蔓が伸びて来る。


 俺の事までぐるぐる巻きにしないよね?


 そんな事を思いつつ、俺は伸びてきた蔓に手を伸ばすと俺の掌に二周ほど巻き付いた蔓は成長を止める。


「フェルズのそれは命綱として使うと良い。見た目は細いがかなり頑丈だぞ」


「ふむ」


 自信有りそうなアシェラートの言葉を受け、俺は掌に巻き付いた蔓を握りもう片方の手でぐっと引っ張ってみる。


 すると、ぱつんっと音を立てて蔓が千切れた。


「「……」」


 俺と副将さん……そしてアシェラートの間に何とも言えない空気が流れる。


 平然としているのはプレアだけだ。


 いや……だって……頑丈っていうから……。


 仕方なくない?


 覇王悪く無くない?


 そんな全力で引っ張ったりしてないよ?


 こう……ロープとかを確かめる時みたいに、ぐっぐって感じで左右に引っ張っただけよ?


 アシェラートも自身も太鼓判押してたやん?


 ドラゴンが乗っても壊れない的な……。


「フェルズが強いのは分かっていたつもりだったが、私の想像以上に強いようだな。正直驚いたぞ」


「すまんな。少し力を込め過ぎたようだ」


「ははっ、構わんさ。蜥蜴の小僧共でも引き千切れぬと言ったのは私だ。まぁ、蜥蜴の小僧共が暴れる力よりフェルズが何気なく引っ張る力の方が強いとは思わなんだがな」


 愉快そうに笑い声をあげるアシェラート。


 心も体もでっかいね。


「今の光景を見てしまっては、頑丈といっても中々信じきれぬかもしれんが、……お前達を支える程度の頑丈さは絶対にあるから安心して欲しい」


「くくっ……そこは信用しているさ。しかし、面白い魔法だな。植物を生み出し操っているのか?」


 うちの大陸のエルフが使う、植物の成長速度を速める魔法とはまた違う魔法なんだろうな……この森にはドラゴンでも千切れない蔓を持つ植物がいる可能性もあるけど、アシェラートの意に従って成長している感じだったし、きっと別物だろう。


「あぁ。人が使う魔法とは少し違うようだな。昔の友人も随分と驚いていた記憶がある」


「非常に興味深いな。それは俺達に教える事は出来るか?」


「使えるようになる保証はないが、教えることは構わんぞ?良い暇つぶしになるしな」


「くくっ……では、その内魔法に長けた者を寄越すとしよう。その者に教えてみてくれ」


 合流したらカミラを筆頭に何人かアシェラートの元に送ろう。


 ……カミラって、虫とか大丈夫かな?


 アレで結構苦手な物多そうなんだよね、カミラって。


「その時を楽しみにしておこう」


「くくっ……楽しみなのはこちらも同じだ」

 

 もしカミラがアシェラートの使う魔法を使えるようになったら、凄い事になりそうだしね。


 カミラは今でもレギオンズには存在しない、設定でつけられたとある魔法を使っているが……そんなことを考えた瞬間、俺は先程のアシェラートの言葉を思い出した。


「そういえば、連中に拘束された時に自分にかけていた魔法が解けたと言っていたな?どんな魔法をかけていたのだ?」


「体を小さくする魔法だ。大体お前達と同じくらいの大きさになっていたな」


「ほう。そんな魔法もあるのか。面白いな……今の状態がお前本来の大きさという事か?」


「その通りだ。まぁ、あまりこの大きさでいることはないがな」


「そうなのか?」


「あぁ。あまり大きすぎると寝る場所や食事にも難儀するからな」


「なるほどな」


 まぁ、確かにそうだろうね。


 少し体を動かすだけで木々を薙ぎ倒しそうだし、獲物を捕らえるのにも苦労しそうだ。


 そういえば、魔法で体のサイズを変えたとして食事量はどうなるのだろうか?


 体のサイズを変えているってことは食事量も減る?


 でも元のサイズに戻った時に栄養足りるのか……?


 そんな事を考えていると、ぐるぐる巻きにされた連中がそのままアシェラートの背中に運ばれていく。


 自由自在だな……蔓。


「よし、これでこの連中は大丈夫だ。お前達もすぐに出られるか?」


「すまん、少し待ってくれ。セリオール副将、どうする?周囲を調査するか?」


「……調査したい気もしますが、我が国がエインヘリア王陛下に依頼させて頂いたのはアシェラート殿に関することです。これ以上の調査に陛下の御力を借りるわけにはいきません。ですが……」


 そう言って副将さんはちらりとアシェラートの方を……いや、アシェラートの背中に乗せられた魔王国の連中を見る。


「連中の尋問は……貴国では難しそうだからな。我々が責任をもって行うとしよう。勿論そこで得た情報は共有する。何だったら立ち会ってくれても構わんぞ?」


「ありがとうございます、エインヘリア王陛下。出来ましたら、その辺りの条件は……」


「そうだな。ヒルマテル公爵かエラティス将軍と決めるとしよう。では、戻るとするか」


「……はい」


 戻る……その一言で副将さんの表情が強張ったけど、我慢しなさい。


 俺も頑張るから。


 見た目はアレだけど、アシェラートは凄いいい奴だぞ?


 俺は、アシェラートに普段通りの笑みを向けながら森の外まで送り届けてくれるように頼んだ。






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明日は九月一日……奇数日なので投稿します!


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