第63話 百足



 はっや!?


 凄まじい巨体にも拘らず、ムカデの動きは相当なもので最後まで立っていたローブ姿の三人……いや、直前に倒れた三人も纏めて押しつぶされてしまった。


 同時に俺は後方へと大きく飛ぶ。


 ローブ六人が死亡。


 鎧も大半は俺がやった……気絶しているのは鎧とローブ合わせて五人ってところか。


 流石にそれを全部殺されるのはマズい。


 俺が気絶している連中を背に覇王剣を構えると、ムカデは鎌首をもたげるようにしながらこちらを見下ろしてくる。


 ……顔こっわ!


 いや、気持ち悪……。


 長く太く伸びた二本の触角はピンとはり、二つの目と……何とも言い難い口。


 確実にこっちを見ているようだけど、無機質な目からは一切の感情が見えない。


 ……斬るか?斬っちゃうか?斬るしかないか?よし、斬ろう。


 そう考えた俺が「ワイドスラッシュ」を撃つよりも一瞬早く、聞きなれない甲高い声が聞こえて来た。


「あぁ、待て。お前に危害を加えるつもりはない」


「……」


 ……やばい。


 これはどう考えても……。


「聞こえているか?人よ」


「……あぁ。お前が喋っていると言う事で間違いないか?ムカデ」


「如何にも。お前の眼前にいるムカデが私である」


「そうか、驚いたな」


 ……驚いたなんてもんじゃないよ!?


 かん高くて若干聞き取り辛い声だけど、以前うちにやってきたアホ蜥蜴よりもよっぽど流暢にムカデが喋っている。


 声音も、今しがた人を数人叩き潰したとは思えない程冷静で理性的な感じだ。


「危害を加えるつもりはないと言っていたが、今お前は人を数人叩き潰しただろう?」


 ひとまず、警戒は緩めずに会話を続けてみる。


 ムカデの表情からは一切感情が読めないし、言葉は理性的だけど次の瞬間攻撃して来てもおかしくはない。


「当然だ。この者達は私を操ろうとしていた。縛めが解けた以上報復をするのは当然……違うか?」


「いや、当然の権利だ。それに、連中の仲間ではない俺を襲うつもりはないということだな?」


「うむ。拘束されてはいたが、この者達とお前が戦っている姿は見えていたからな。この者達と志を共にする者ではないと理解している。それに以前友人から、人の世のルールではやられたらいくらやり返しても構わないと聞いている。だから思いっきりやらせて貰った」


 なるほど、このムカデには中々過激派な友人がいるようだな。


 まぁ、間違ってはいないと思うけど。


「ところで人よ。お前が後ろに守っている連中にもやり返したいのだが、退いてくれないか?」


「……それは承服しかねる。俺はこいつらに何故ここにいたのか、お前を操ってどうするつもりだったのか……その辺りを聞き取る必要がある」


「そうか。ならば仕方あるまい、獲物の横取りは好ましくない」


 そう言ってムカデは、鎌首もたげていた状態から体を地面に戻す。


 まぁ、その状態でも平べったい筈のムカデは俺より目の位置が上にあるけど。


「話が早いな。良いのか?」


「お前のお陰で私は拘束から逃れることが出来たからな。恩人を問答無用で害する事は出来ん」


 理由があれば恩人でも容赦はしないってことだね。


 中々人間味あふれるムカデ……変な表現だけどそうとしか言いようがないな。


 その姿にはまだ苦手意識は拭えないけど、俺が虫を苦手としている部分は見た目もそうだけど、何を考えているのかさっぱり読めない部分も大きい。


 連中は何故か遥かにデカい体を持つ俺目掛けて飛んできたりするからな……恐ろしいにも程がある。


 ……だからまぁ、話の通じるこのムカデは、ぎりぎりなんとか辛うじて……セーフと言えなくもないと理性が訴えかけているけど、本能は全力でアウトと言っている。


 しかし、とりあえず警戒はもう必要ない気がする。


 そう判断した俺は覇王剣を鞘に納めつつ会話を続けた。


「そうか……ではこいつ等は貰っていく」


 ……森から運び出すにはちょっと人数が多いけど、尋問はウルルかウルルの鍛えた諜報部の連中に任せた方が良いだろう。


 俺がやっても精々脅して話を聞くだけで、それが真実かどうかも分からないし意味がない。


 となれば当然連れ帰らないと言えない訳だけど……どうやって運び出そう?ロープとかで引きずって帰ったら、下手したら帰るまでに死んでるかもしれないし……困ったな。


 森に来る前はこんなことになるとか思ってなかったから、何も用意がない。


 いっそのことここから森の外までこいつらぶん投げるか?


 うん、仮に着地箇所に低反発マットが敷いてあったとしても確実にお亡くなりになるだろうね。


 どうしたもんかなぁ。


 そんな俺の悩みが伝わったのか、ムカデが話しかけて来た。


「その者達を運ぶ手立てがないのか?」


「あぁ。少々手が足りない。元々こんな連中がここに居るとは思っていなかったからな」


「ふむ。手を貸してやろうか?足しかないがな」


「ほう?」


 ムカデがジョークを言ったぞ……。


 これ以上ないくらいのカルチャーショックだ……この大陸すげぇな。


「森の外まで運ぶくらいなら訳ないぞ?私は飛べるしな」


「……飛べるのか?」


「あぁ。蜥蜴の小僧共だって飛べるのだ、私が飛んでも不思議はなかろう?」


 不思議しかないけど?


「蜥蜴の小僧とは……ドラゴンの事か?」


「あぁ、そういえば友人も連中の事をそう呼んでいたな」


 中々ツッコミどころが多い台詞だ。


 ドラゴンを蜥蜴扱いだったり小僧扱いだったり、普通に空飛べますよと言って来たり……。


 そういえば先程連中を潰した一撃は、ドラゴンの動きよりも遥かに速かった……多分だけど、砦に飛んできたドラゴンよりもこのムカデの方が強いと思う。


 ん?今連中って言った?


 もしかしてドラゴンいっぱい居る?


 後で確認しよう。


「ついでにお前の事も運んでやろうか?」


「……ふむ」


 ムカデの背中に乗って飛ぶの……?


 龍の背中に乗って飛ぶオープニングは見たことあるけど、ムカデ……。


 絵面が怖すぎる。


 しかし、コイツ等を運んで貰うなら一緒に移動した方が良い気もする。


 副将さんのペースに合わせて歩くとかなり時間がかかるし……親切心でこう言ってくれている相手に、虫の背中はちょっと……とか失礼なことは流石に言えない。

 

「連れが二人いるのだが……」


「向こうに隠れている者達だな?構わんぞ?」


「そうか……プレア、セリオール副将を連れてこい。警戒は必要ない」


 俺は多少声を大きくしてプレアを呼ぶ。


 距離はそれなりにはなれているけど、プレアならきっと聞き取ってくれる筈……これで聞こえて無かったらかなり恥ずかしいけど。


 覇王の矜持が一気にピンチになる中、暫くすると後方から草を踏み分ける音が近づいて来た。


 よ、よしッ!


 思わず指差し確認しそうになる心をぐっと抑えつけつつ、ムカデに話しかける。


「それでムカデ……いや、お前には名前があるのか?」


「おぉ、そうだったな。昔友人が付けてくれたぞ。アシェラートだ」


「そうか、アシェラート。俺はフェルズだ」


「フェルズか。久しく名乗るような相手が居なかったのですっかり忘れていたな」


 表情は一切変わらないけど、そこはかとなくアシェラート嬉しそうな雰囲気を漂わせる。


 さて、アシェラート自身の事も気になるけど、先にこの連中の事を聞いておくか。


「アシェラートはかなり強そうに見えるが、何故この連中に掴まっていたんだ?」


「うむ、寝込みを襲われてな。ここ最近は誰とも会う事が無かったのですっかり油断してしまったわ」


「なるほどな。あの拘束は自力で破れないほど強力なものだったのか?」


「そうだな、あの魔法の強度は相当なものだった。私の知らない魔法だったが……人の世の発展は凄まじいものがあるな」


 自分が拘束されていたというのに、どこか称賛している様子でアシェラートは言う。


 大物だなぁ。


「こいつらは山の向こうから来たからな。技術体系が根本的に異なっている可能性は十分あるぞ?」


「山の向こう……?あの壁の向こうにも大地が広がっているのか?」


「そのようだな」


「そうか……」


 俺の言葉に、何やら感慨深げにアシェラートは呟くと体を起こし霊峰の方へと顔を向けた。


 何か思い入れがありそうな様子だな……表情は全く分からんけど。


「何かあるのか?」


「友人と昔賭けをしたのだ。アイツは壁の向こうにも世界は広がっていると言い、私はあそこが世界の終わりだと言った。私が空を飛んでも越えられなかった壁だからな……あそこで世界は終わっているのだと考えたのだ。だが、アイツの方が正しかったと言う訳だ」


 懐かしそうに語るアシェラートは、その姿を見なければ殆ど人と変わらないように思える。


 まぁ、声もちょっと特徴があるけど……。


 それはそうと、アシェラートは山を越えられないのか。


 ……なんか変な力とか働いてないよね?


 キリク達、ちゃんと飛行船でこの山越えられるよね?


 ……まぁ、越えられなかったとしても海側に迂回してくれば良いだけだが。


 そんな事を考えながら哀愁を漂わせるアシェラートを見ていると、プレア達が広場へとやってきた。


 副将さんはめちゃくちゃ顔が強張っているけど……気持ちは分かる。


 プレアは……いつも通りだな。


 普段から掃除とかしてるし、虫系に強いのかもしれないね。


 

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