第62話 鎧袖一触



 隠密性とかは一切考慮せず、木の陰から飛び出す。


 プレアと副将さんはその場に残しているので後ろは心配ない。


 音を盛大に立てながら近づく俺に何人かが気付いたようだ……もうちょっと隠れながら近づいてから飛び出すべきだっただろうか?


 そんな事を考えながら開けた場所に飛び出した俺の耳に、連中の慌てふためく声が届く。


「な、なんだ!?」


「誰か来たぞ!」


「げ、迎撃……っ!?」


 鎧姿の連中が武器を構えるよりも一瞬早く、駆け込んだ勢いを乗せて手前に居た鎧に前蹴り……というか、相手に足を添えて押し出すように蹴り飛ばす。


 流石に前蹴りで爆散させるのは嫌ですし……吹き飛ばした奴で儀式のような事をしているローブの連中を巻き込んで儀式を阻止するのが目的だ。


 狙い通り、俺の蹴とばした奴が二人のローブ姿を巻き込みながら吹っ飛んで行く。


「隊長!」


「マズい!拘束を強化しろ!」


 一気に騒がしくなるが、俺は構わず辺りを薙ぎ払うように覇王剣を……は使わずに、飛び出す前に拾った木の枝を振るう。


 攻撃力はワラソードよりも遥かに強力……


 スキルは使っていない……下手に使うとムカデもずんばらりんしちゃうからね。


 いや、別にしちゃっても良いのかもしれないけど……とりあえずムカデは後回しだ。


 まだ相手は混乱中、このまま一気に制圧してしまおう。


 武器に手をかけてはいるものの、慌てふためく魔王国軍の連中……専業軍人かどうかは知らないけど、慌てる暇があるならとっとと態勢を立て直すなりしないとこの一瞬は致命的だよ?


 木の枝を振りまわしたのは、うっかり全員殺してしまわないようにだ。


 捕虜は取らないといけないからね……まぁ、全員を運ぶことは出来ないから、大多数は処理しないといけない。


 ……だから木の枝はここまでだ。


 数人を枝で薙ぎ倒した俺は、ゆっくりと覇王剣を抜く。


 そこでようやく鎧を着た連中は武器を構えて攻撃を仕掛けて来た。


 一人目は短めの槍を突き出して来て……それを覇王剣で受け流しそのまま滑り込むように相手の懐に近づき横薙ぎでばっさり。


 その勢いのまま、後ろで弓を構えようとしていた奴を弓ごとばっさり。


 更についでとばかりに近くにいたヤツの側頭部に回し蹴りを叩き込む。


「こ、コイツ!」


 同時に崩れ落ちる三人を見て、顔を青褪めさせながら剣を振り下ろしてきた相手の手首に剣の柄を叩きつけ、その反動で胴を薙ぐ。


「強い!超越者だ!」


「馬鹿な!何故ここに超越者が!」


 超越者ってなんぞ?


 っていうか、あれ?


 言葉が分かるぞ?


 ……あれ?


 もしかしてこの指輪って、山のこっち側の言葉が分かるだけじゃないのか?


 ……まぁ、一応これはレグリア王国でも相当な貴重品で数を揃えられないって話だったし、普通戦場には持って行かないだろうし、他国に貸し出したりもしないだろう。


 だから気付かなかった?


 ……元レグリア王国の研究員達に一抹の不安を覚えるな。


 ちゃんと解析出来てる?


 いや、これって遺跡からの発掘品じゃなくって、作るのにコストがかかるとか言ってたっけ?


 ……ちゃんと理解して作ってる?


 うん、オトノハ達にしっかり解析させよう。


 いや、魔道具の解析だけじゃなくってこっちの研究者の監督もだな……。


 確かレグリア王国の魔法技術は遺跡を発掘して、そこから得た文献やら魔導具やらを解析して発展して来たらしいし、本人達も全てを理解した上で技術を扱っている訳ではなさそうだ。


 良く分かっていない技術を振りかざすこと程恐ろしい事はない。


 便利な道具も使い方を誤れば、とんでもない事故を引き起こすなんてざらにあるからね。


 そんな事を考えながら、俺は立っていた鎧姿全員を倒す。


 土の匂いが強かった森の中が一変、何とも言えないえぐみのある匂いへと変わる。


 ……全く。気が滅入るね。


 後はローブの連中だけなんだけど、明らかにこちらに怯えている感じなのに逃げようとしない。


 っていうか、儀式っぽいのを必死で続けようとしているね。


 つまり、この儀式は彼らにとって自分の命よりも大事だという事になる。


 自分の命以上に優先する……それは並大抵のことではない。


 大事なのは儀式ではなくその結果、もしくは恩恵か……コイツ等の狙いが何にせよ、聞いてみない事には分からない。しかし……どうしたもんかな?


 鎧の連中は抵抗してくれたから斬り捨てることに躊躇いは無かったけど、逃げもせずに必死に儀式を進めようとしている無抵抗な連中を斬るのは流石にな……。


 ……仕方ない。


「貴様等は魔王国の兵だろう?ここで何をしている?」


「……!?」


 俺が連中に通じる言葉を話したことに驚いたのだろう、何人かがこちらを勢いよく見たが、すぐに慌てて視線をムカデに戻す。


 この状況でも一瞬目を外すだけか……相当ムカデに集中しているようだけど……なんか数人死にそうな顔になっているな。


 息も絶え絶えって感じだけど……俺が突入する前はそこまでではなかった筈。


 魔力か何かを絞り出している感じか?


 もしかしたら、俺がローブ姿の奴を何人か巻き込んで気絶させたから、今残っている連中の負担が増加してる?


 これって……逃げないんじゃなくって逃げられない?


 俺がゆっくり近づいていくと、顔を恐怖に歪め呼吸を荒くして今にも逃げ出しそうな雰囲気なのに、誰一人として持ち場を放棄しない。


 とりあえず儀式を止めさせるか……。


 そう考えた俺が連中に近づこうとすると、エルフ耳のローブが苦し気に声を出す。


「お前、言葉が分かるのだな!?い、今は手を出すな!我々が儀式を止めたら、この魔物が暴れ出すぞ!」


「ほう?そんな危険な魔物相手にお前達は何をしているのだ?」


「……」


 言うつもりがないのか、それとも喋る余裕がないのか……どちらにしても俺がやる事は変わらないけど。

 

「まぁ、俺が気にすることではないな。その儀式とやらが俺達にとって良いものである筈がない。当然、邪魔をしないと言う選択肢はないぞ?」


「くっ……!」


 悔しげなのと苦しげなのが混ざり、物凄く苦悶に満ちた表情になっているエルフ耳。


 とりあえず、コイツ等がこの状況になっても儀式とやらを止めないのは、止めた瞬間ムカデが暴れるからか。


 護衛だった鎧連中がやられた時点で、ローブ連中はもう逃げられないし、抵抗も出来ない状態になったという事のようだ。


 といっても、やはり抵抗できない相手をばっさりやるのは中々心苦しい……。


「た、隊長……すみません……」


「ぐぉっ!?」


 俺がどうしたものかと悩んでいると、顔色を土気色にしたローブの男が謝罪しながら崩れ落ちた。


 いや、一人じゃない。


 ほぼ同時に三人のローブが倒れ、立って儀式を継続しているのが三人になってしまった。


 俺が攻撃に巻き込んだのが二人、倒れたのが三人、まだ歯を食いしばって頑張っているのが三人。


 いや、三人が倒れるのと同時に、残りの三人が一気に苦しそうになった。


 ……八人で頑張ってたのが半数以下。その分負担が増えているって感じのようだし、このままほっといても失敗しそう……ほったらかして逃げたとしてもムカデがケリをつけてくれそうな気もするが……。


「だ、ダメだ!」


 俺がそんなことを考えた瞬間だった、ローブの一人が悲鳴を上げ、同時に甲高い擦過音のようなものが鳴り……巨大ムカデが動き、最後まで儀式を頑張っていたローブの連中をその身体で押しつぶした。


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