第61話 どちらさん?



「最深層に人か……何者だ?」


 ムカデのいるあたりまでようやくたどり着いた俺達の視線の先に、鎧やローブ姿の奴等が何やら儀式っぽい事を執り行っている。


 装備に統一感があるからどこかの軍隊ってところか?


 最深層に軍を派遣できるような連中がいるとすれば、英雄を有している帝国か神聖国、もしくは……。


「エインヘリア王陛下、アレは魔王国軍の兵です」


 木に身を隠す様にしながら副将さんが教えてくれる。


「アレが魔王国軍か」


 副将さんの言葉を聞いてから、もう一度前方にいる連中を観察してみる。


 見た感じは普通の人族だけど……魔族と人族ってぱっと見違いがわからないからな。


 本人達は分かるらしいけど……欧米の人がアジア人の区別がつかないとかよく言うし、そういう類の違いなのだろう。


 いや、待て。ローブ姿の連中……フードに隠れてて見にくいけど、耳が長い気がするぞ?


 あれは……エルフか?


 もしエルフなのだとしたら、山の向こうには妖精族がいるってことになるな。


 だからどうした?と言われればそこまでだけど、山のこっち側に妖精族は居ないって話だったし……やはり向こう側とこちら側では色々と生態系も異なるのだろうね。


 それはさて置き、連中は山の向こうから来るわけだし、最深層に居てもおかしくはない。


 しかし、間違いなく碌でもないことをしてそう……巨大ムカデを取り囲んで儀式っぽい事やってるし。


 ムカデの足元というか体の下になんか魔法陣的な物が見えるし……ありそうなのは、操ろうとしている……とかかな?


「魔王国軍はもっと南の方にいると聞いていたが」


「はい。今も南方の戦線で我が国の軍と神聖国の連合軍が魔王国軍と戦っております。しかし鎧の肩についている紋章、あれは魔王国の紋章です」


「ふむ。奴等が何をしているかは分からんが、間違いなく俺達にとって良い事ではなさそうだな。しかし、どうするか……」


「……」


 俺が悩むように顎に手を当てると、副将さんが物言いたげな表情を見せる。


 相手の狙いが何にせよ、それを阻止して欲しいと言いたいのだろうけど……現在エインヘリアは魔王国軍と直接戦っていないからな。


 うちが神聖国と事を構える予定である以上、余計な敵を増やす様な真似をする必要はないし、依頼もしにくいだろう。


 何より、副将さんの立場で俺に何か頼みごとをするなんて不可能だろうしね。


 それはそうと……ほんとどうするかな?


 魔王国軍……連中は山のこちら側の国々に攻撃を仕掛けているけど、戦闘が起こる場所はいつも同じ。


 どうやって山を越えているかは知らないけど、限られたルートからしか越えられないのは明白だ。


 現在魔王国軍と戦っているのは帝国とヒエーレッソ王国だけ……それ以外で攻められていた国は滅ぼされたらしいしね。


 ただ、滅ぼすだけ滅ぼして占領はしていない。


 恐らく、多少土地を分捕ったところで、そこを維持するだけの人員を送り込めないと言ったところだろう。


 山の向こうにどれだけ戦力を抱え込んでいるか分からないけど、魔王国軍がこちら側に人を送り込むことが出来る時期は限られている。


 半年近く援軍無し、補給無し状態の遠征軍だけで、占領地を維持するのは無理だろう。


 恐らく魔王国軍は現在地均しというか、本格的に侵略を始める為に山のこちら側の戦力を削っている段階なのだろう。


 この事から考えるに魔王国軍は相当国力が高い……山の向こうがどのくらい広いのかも分からないけど……恐らく向こう側の統一国家なのだろうね。


 あと気も相当長い。


 そうでなかったら長年に渡り、毎年侵攻し続けるなんて無理だろう。


 しかも、複数個所を同時攻撃……主導権が魔王国側にあるにしても、戦線を複数抱え込むとか相当国内に余裕があるか、アホじゃないと選べない戦い方だろう。


 因みにうちはこの世界に来てすぐ位に複数の国相手に戦線をいくつも抱え込んだけど、国内に相当余裕があったからだ。覇王がアホだったからではない。


 相手の国力に本格的にダメージを入れたいなら種まきの時期や収穫の時期に攻め込んだ方が効果はでかいと思うけど、魔王国軍はそれをしない。


 山を越えられる時期が限られていなければ、そういう攻め方をしてきたと思うけどね。

 

 そんな迂遠なやり方で山のこちら側に攻め込んで来ている魔王国軍が、こそこそと深層で何かをしている……阻止しておいた方が良いのは間違いない。


 ……まぁ、名乗らなければエインヘリアとはバレんやろ。


 ここはヒエーレッソ王国側だしね。

 

「連中があのムカデに何かしているのは間違いない。そして俺がヒルマテル公爵から頼まれたのはムカデへの対応だ。ならば、連中をどうにかすることもその依頼の範疇と考えても構うまい」


「よろしいのですか?」


「くくっ……わざわざ連中に名乗る様な事はするつもりはない。俺が奴等をどうした所でエインヘリアの関与がバレることはないだろう。仮にバレたとしても連中は雪が降る前にこちらから撤退するのだ。大した障害にはなりえん」


 来年魔王国軍が動き出すころには、既にキリク達が合流してくれているだろうしね。


 そうなったらもう……あれよ。


 こう……ガッとして……ゴッとする感じでいける筈。


 しかし、アレが魔族ではなく人族なのだとすれば、鎧を脱いでしまえばこちら側の人族と見分けがつかないという事。


 これは……向こうの諜報員がこちら側にかなり潜り込んでいる可能性を考えた方が良さそうだな。


 そうなると、エインヘリアの話も伝わっている可能性がある。


 まぁ、表向きの情報だけだろうけどね。


 魔王国軍がどれだけ優れていても絶対にうちのウルルは抜けん。


 安全を期して『韜晦する者』を使って正体を隠したいところだけど……持って来てないからなぁ。


 なんかもう、最近ない物ねだりばかりしてる気がするな。


 っと、いかんいかん。


 連中をどうするかだったな。


 生け捕り……尋問……確かに魔王国軍の情報は欲しいけど、最優先ではない。


 寧ろこちらの関与がばれない方が肝要。


 ……となると、全滅させる?


 ……。


 仕方ないか。


 俺は直接自らの手で誰かを殺した事は……多分ない。


 まぁ、戦争中に手加減はしててもめっちゃふっ飛ばしたりしてるから、打ち所が悪ければ死んでいるだろうし、俺の命令で少なくない数が死んでいる。


 処刑だって何回もしてきてるしね。


 今更躊躇う事はない。


 数人は生け捕りにしておきたいが……運ぶのが面倒だな。


 拘束するような道具もないし……あれ?そう言えば……。


「セリオール副将、連中は言葉が通じるのか?」


「いえ……連中は我々とは異なる言葉を使います。なので尋問もままならず」


「ふむ。ではどうやって相手が魔王国軍を名乗っている事を知ったのだ?」


「こちらの言葉を使う者がいるそうで……」


「なるほど……」


 捕虜を使ってこちらの言葉を解読したか?


 もしくは俺が使ってる指輪みたいな道具の別バージョンがあるとか?


 いずれにしても、こちらの言葉は知られているのに向こうの言葉は分からない……これはかなり危ない。


 いや、山の向こうにいけない以上、一方的に諜報され放題なことには変わりないか。


 帝国や神聖国が山の向こうに人を送ろうとしたり、魔王国軍の連中の進軍ルートを調べたりしてそうなもんだけど……まぁ、知っていたとしてもそれをわざわざ他国に教えたりはしないか。


「連中には行方不明になってもらう必要がある。プレア、俺が取り逃しそうだったら処理を頼む」


「か、畏まりました!」


「最低でも鎧とローブ一人ずつくらいは生け捕りにしたいが……連れて帰るのが面倒だな」


「流石に最深層に運び手を連れて来るのは難しいですね……」


 俺の言葉に、副将さんが申し訳なさそうに言う。


 まぁ、そりゃそうだろう。


 深層を抜けるまではそこそこ魔物がいたからね……全部プレアが接近もさせずに倒してたけど、普通の人達にとっては命を賭けてなお辿り着けない場所だからな。


「まぁ、とりあえず制圧してから考えるか。最悪ムカデの餌だな」


 俺はそう言って視線を連中に向ける。


 ……自分で言っておいてなんだけど、ムカデの餌はグロすぎるな。


 若干テンションを下げながら、俺はムカデを囲んでいる連中をしっかりと観察する。


 二十人前後か……英雄がいるかもしれないし、そのつもりで行くか。


 俺は一度深く呼吸をしてから一気に飛び出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る