第60話 お足元
うーん、特に問題の一つすら起こらずに森の最深層とやらに来てしまったな。
副将さんの足に合わせて来たので、結構時間がかかった……砦を出てから五時間くらいか?
朝早くに出たとはいえ、帰りも考えると……日が暮れるな。
かと言って副将さんをおんぶしたりお姫様抱っこしたりは……ノーサンキューだ。
勿論、プレアにもそんなことはさせられない。
だからまぁ、帰りも来た時と同じくらい時間がかかるわけだ。
予定にない時間の使い方だけど、神聖国や帝国の使者が面会に来るまでもう少し時間がある。
ここで一日や二日予定と違う動きをしても問題はない。
寧ろヒエーレッソ王国に追加で恩を売れると考えれば安いものだろう。
因みにレヴィアナとレインは砦で留守番をしている。
本人達は着いてきたがっていたが、副将さんの事を考えるといざという時に守ったり撤退したりするのが困難になりかねないからね。
あの森から立ち昇った炎をこちらに向けられたら、魔法を使わないと三人を守り切れないと思う。
コストは抑えられるなら抑えるべきだ。
ヒルマテル公爵が裏切る可能性はほぼあり得ないし、砦に残ってもらった方が安全確実だろう。
余裕があれば辺境守護の所まで送っても良かったんだけどね。
「ふぇ、フェルズ様!す、す、すこ、少し!よろしいでしょうか!?」
「あぁ。どうした?」
レヴィアナたちの事を考えていると、いつも以上に言葉をつっかえながらプレアが声をかけて来る。
そんなに緊張するようなことが……?
若干疑問を覚えつつ、俺はプレアの姿を見る。
普段通りのメイド服に今は背中に矢筒、手には弓を持っているのだけど……メイド服と合ってないなぁ。
銃弾をばら撒くメイドってのは昔漫画で読んだ記憶があるけど、弓と矢筒装備のメイドって初めて見るかもしれん……。
まぁ、あの砦で急遽借りた弓矢だしな。うちの倉庫か宝物殿にある装備なら……いや、やっぱメイド服とは合わないだろうな。
そんなしょうもない事を考えていると、プレアが話を続けたので意識をそちらに集中させる。
「も、もう少しであのムカデの所に辿り着きますが、ど、どど、どう対応しますか?」
「そうだな。ドラゴンと同程度であればプレア一人では危険かもしれんな」
「……」
正直、俺は誰がどのくらい強いみたいなのはあんまりよく分かっていない。
勿論大雑把には分かっているよ?
今のプレアであればフィリアの所にいる準英雄って連中よりも強いけど、英雄相手では厳しい。
大雑把に言えばそうなるけど、英雄もピンキリだからね……プレアでも勝てる英雄も中には居る筈だ。
でも、俺はリーンフェリア達みたいにそれをパッと見ただけで判定することは出来ない。
アレは多分、特殊能力ってよりも経験則なんだろうね。
まぁ、予測が正確過ぎて特殊能力っぽくはあるけど……。
それはさて置き……ドラゴンとムカデが同じくらいの強さかどうかも分からないけど、ドラゴンはメイドの子数人なら問題なく勝てるって以前誰かが言ってた気がする。
それと立場的には同格っぽいムカデを、プレアに任せるわけにはいかんでしょ。
それに俺がやれば手っ取り早いし、危険も少ない。
ここはどう考えても俺一択だよね。
「ムカデの対応は俺がする。プレアはそのまま周囲の警戒を。先日のドラゴンといい今回のムカデといい、最深層に何らかの異変が起こっている可能性がある。初めてここにくる俺達がそれに気付けるかどうかは分からんが、可能であれば調べておきたい所だ」
ウルルにお願いすればさくっと見つけてくれるんだろうけどねぇ。
はぁ……人手が足りない。
キリク達が合流する前に色々片付けておきたいのに、キリク達が合流してくれないと人手が足りないジレンマ……。
「か、畏まりました!」
昨日話したこともあるし不満かな?と思ったけど、そんな様子は一切なく、真面目な様子で頷くプレア。
……エインヘリアに戻ったら、メイドを新規雇用して、今メイドとして働いてくれている子達の要望を聞いて希望する仕事に就けるようにしてあげないとな。
俺にとってうちの子達はみな平等ではあるけど、この世界に来て四年強。
最初の頃に人事を行って以降、一度も昇進とか配置とかが動いてないからな……それはあまり健全とは言い難い。
国の大枠とか外交的な事ばかり考えて、そっち方面を少し蔑ろにしてしまった気がする。
……その事に気付けたのだから、今回の召喚もデメリットばかりではなかったと思うようにしよう。
それはそれとして、神聖国にはきっちり落とし前を付けさせるけど。
そんな事を考えながらプレアの方を凝視してしまったのだが……段々プレアの顔が赤くなり、プルプル震え出す。
どうした……そう声をかけようとして、俺が見ているから呼吸すら止めてじっとしていたのだと気付いて視線を外す。
……あれ?
もしかしてさっきプレアが滅茶苦茶緊張しながらどもっていたのって、俺から声をかけた訳じゃなくプレアの方から話しかけて来たから?
……俺そんなに威圧感あるかなぁ。
若干しょんぼりしつつ、俺は副将さんに話しかける。
「セリオール副将、そろそろ目的地だ」
「はい……」
「武人である貴公には侮辱と取られるかもしれないが、以降は彼女……プレアの傍にいて貰えるだろうか?こう見えて彼女はそれなりの手練れだ」
「我が身を案じて頂きありがとうございます、エインヘリア王陛下。勿論侮辱などとは欠片も思いません。プレア殿の実力はここに至るまで何度も拝見させていただきましたし、私などでは遠く及ばぬ領域に居られることは十分理解しております。プレア殿も英雄なのでしょうか?」
「ふむ。実は我が国では我々の事を英雄という呼び方はしていなくてな」
いちいち英雄とか名乗ってたら……うちの子達皆英雄になっちゃうもんな。
デフォルト状態で呼び出した子でも準英雄並みかそれ以上らしいしね。
まぁ、対外的に分かりやすくそう名乗っても良いのだけど……他の国にいる英雄と比べると、明らかに俺達の方が強いんだよね。
多少強い程度だったら英雄を名乗っても良かったかもしれないけど、圧倒的な差があるから……何か微妙な感じがする。
それに……うちのスタンス……いや、俺のスタンスは舐められてからぶっ飛ばすだからね。
英雄を名乗っちゃうと相手は警戒度がマックスになってしまう。
「そうなのですか」
「だが、そうだな。我が国の同盟国にスラージアン帝国という国があるのだが、そこでは英雄を育成していてな……未だ英雄とまでは行かないが、それでも余人と比べれば隔絶した能力を持っている者達を準英雄と呼称している」
「英雄を育成……」
……しまった。
準英雄よりもそっちの方に興味が行ってしまったようだ。
今重要なのはそこじゃない……まぁ、でも仕方ないか。
この世界で英雄ってのは本当に規格外の存在で、どんな国でも躍起になって自国に取り込もうとする存在だ。
そんな存在を育ててしまおうってのは……どんな国でも一度くらいは考えるだろうけど、そこに掛かるコストと成功率を考えればとてもじゃないけど実行するに至らないだろう。
フィリアの所から考えるに数百万に一人くらいの割合で英雄がいるとすれば、小国では全国民を育成しても数世代に一人って感じだろうからね。
英雄一人で莫大な恩恵を得られると言っても、流石にそれを実行に移す奴はいないだろう。
そんな夢物語を実現させてしまっているのがスラージアン帝国……皇帝フィリアだ。
いや、ほんと凄いよね……アレで他国からの評価が低かったって言うんだから、周りの国の連中の目が節穴過ぎる。
まぁ、先代のジジイがはっちゃけて領土拡大しまくったツケをフィリアが払っている状態だし、ジジイの戦争の上手さや苛烈さの方が周りの国の連中にとっては強烈だったんだろうね。
内政向きなフィリアの評価が低いのは、周りの連中もなければ奪えば良かろうって脳筋思考が強いってのもあるが。
寧ろ巨大すぎるスラージアン帝国を、分裂させずに纏め上げた手腕が凄すぎると思うんだけどねぇ……。
って考えが逸れたな。
「プレアの強さは、その準英雄よりは上だが……英雄相手だと五分より少し下といったところだな」
「そう……なのですか……」
「英雄と言っても色々な強さを持った者がいる。純粋に肉体能力に優れるだけでなく、特殊な力を持った者は中々厄介な者が少なくない」
「特殊な力といいますと……」
「他国の事なので俺があまり口にするのもな……ただ、総じて非常に厄介な力を持っている」
「は、はぁ……」
いまいちピンときてなさそうだけど、流石に能力バラすのは問題あるよね。
守秘義務とかは別にないけど、切り札をほいほい広められてフィリア達も気分は良くないだろうし自重するべきだ。
「まぁ、プレアの傍にいれば大抵の危険は排除出来るし、万が一の事があったとしても俺が助けに入る一瞬を稼ぐことは出来る。安心してくれ」
「お二方の御力を疑うようなことはありません。自宅で酒を嗜む時のように寛がせていただきます」
「くくっ……この地の者達は豪胆だな」
こんな場所で軽口を叩けるのは本当にすごいと思う。
逆の立場だったら絶対無理だな……漏らすかもしれん。
まぁ、ヒエーレッソ王国の代表である副将さんを死なせるのはマズいから全力で守るけどね?
口で告げた以上に副将さんの事を気にしつつ、体を上空に伸ばしゆらゆら揺れているムカデの方へと向かっていく。
しかし……エラティス将軍の話では、最深層の王って連中はそれぞれの縄張りを支配しているっぽいって感じだったのに、ドラゴンがこの地を離れて半月くらいでもうそこに乗り込んで来るとか、王の癖にフットワーク軽すぎやない?
もっとどっしり構えなさいよ……。
俺がそんなことを考えていると、プレアが小さな声で話しかけて来る。
「ふぇ、フェルズ様!何か……人が居ます」
「……そのようだな」
ムカデの元まであと少しといったところ……前方に開けた場所があり、そこで鎧やローブを着た連中が十数人でムカデを囲んでいた。
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