第58話 結局ならば
「エインヘリア王陛下、お騒がせした上にお待たせして大変申し訳ありませんでした」
「くくっ……気にするな、エラティス将軍。以前も言ったが貴公がすべきはこの地を死守することであり客を持て成すことではない。いや、ある意味客を持て成しているのか?」
会議室に入って開口一番謝罪してくるエラティス将軍に、俺は皮肉気に笑いながら返す。
顔を上げたエラティス将軍は困ったような笑みを浮かべながらお気遣い感謝しますと口にした後、ヒルマテル公爵の方へと向かい小声で報告をする。
真剣な表情で何度か頷いて見せたヒルマテル公爵だったが、エラティス将軍の報告が終わると安堵したように小さくため息をついた。
巨大ムカデが動く様子がないといった報告だったのだろう。
でもなぁ……。
俺が窓の外に視線を向けると、やはりうねうねわさわさと動いているシルエットが見える。
ムカデの気持ちなんて分からないし……いつこちらに向かって来てもおかしくないと思う。
なんとなくだけど……ムカデって物陰から飛び出してきたら、何故かこっちに向かって突っ込んで来るイメージがあるんだよね。
中々の速度で……黒いアイツといい、ムカデといい、なんで突っ込んでくるんだろう?
逃げ去ってくれるならまだ可愛げ……はどっちにしても全くないけどね。
「エラティス将軍。アレへの対応はどうするつもりだ?」
どう対応しても良いけど、俺達がここに居る以上どうするかくらいは聞いても良いだろう。そう考えた俺は報告を終えたエラティス将軍に尋ねる。
「我々としては手を出したくはありません。しかし、アレがどう動くかは予想しがたいですね」
「そうだな。ところで、あのムカデは貴公が以前言っていた、最深層にいるという魔物の一体なのか?」
「以前私が見た手記に、千の足を持つムカデという魔物が記されていました」
「ほう。思った以上に正確な手記のようだな。ドラゴンは有名どころだから当てずっぽうに記したという線もあり微妙だったが……あのムカデは、実際に見ていなければ記すことは出来ないだろうしな」
昔の冒険家だったっけ?
ドラゴンとかを倒しはしなかったみたいだけど、遭遇して生き延びることが出来たってことは……いや、そもそもあの危険が多い森を抜けられたのだから、多分英雄だったんだろうね。
趣味に生きた感じの英雄かな?
国家に所属していない英雄ってのも中々珍しい……どの国も英雄を見つけたら取り込もうと躍起になるからね。
それはうちの大陸でもこの大陸でも同じだろう。
英雄が所属しているかどうかは、その国の軍事力に直結する話だからね。
レグリア王国が凋落したのも英雄という切り札が居なくなったからだし、もしヒエーレッソ王国に英雄が居ればここまで追い込まれることもなかったはずだ。
いち個人が国家の命運を左右する。
この世界では常識……俺の記憶の世界でも、優れた指導者一人の手によって国の興亡が左右されることはあったけど、流石に個人の武力だけで国を支えることは不可能だった。
しかし、そんな常識がまかり通るほど、ただの一般人と英雄の力は隔絶したものとなっている。
だからこそ、国は英雄を追い求め、その力を手中に収めるために手段は選ばない。
友好的に、正面から勧誘するなら穏やかと言えるだろう。
フィリア達、スラージアン帝国は国民の情報を集め優秀な人材を育成するという真っ当な手段を取っている。
しかし、レグリア王国の行った召喚のようにアホな手段を選ぶ国もあるし、エルディオンのように英雄を人工的に生み出そうとした国も……過去には沢山あるらしい。
まぁ、成長した英雄を力で従わせるのはほぼ無理だし、人質等を使って脅すのも悪手だ。
一番可能性があるのは真摯に、誠実に説得をする……利益を示すと言ったところだろう。
だから国の心情的には手段を選ばないといったところだが、最終的には真っ当なやり方で交渉するのが一番成功率が高いやり方と言える。
まぁ、所属フリーの英雄を見つける事自体が難しいだろうし、金銭等の即物的な利益の提示ではより多くを提示できる大国にはどうやっても勝てない。
引き抜かれるのがオチだろう。
レグリア王国はその辺上手くやったよな。
まぁ、その成功体験のせいで色々調子に乗った感じはあるけどね。
後はスラージアン帝国のように優秀な人材を若い内から集めることが出来るなら……洗脳教育という手もある。
思想なんて言うのは結構周りの環境によって変化するものだし、子供ともなれば簡単に国に都合の良い洗脳教育が出来るだろう。
大当たりを引けば、良いように使える英雄の出来上がりという寸法だ。
まぁ、英雄の確保方法なんてものは今どうでも良い……それよりも。
「空を飛ぶドラゴンと違って、あのムカデがこちらに向かって来たら森が滅茶苦茶になりそうだな」
「……大規模な森の破壊があると、魔物がこちらに押し寄せてくる可能性がありますね。それが人の手による物かは関係ありません」
「厄介な話だ」
アレが動けば、例えムカデを倒しても魔物の大侵攻が起こるかもしれないと……。
……ダメか。
流石に虫は斬りたくないでござるとか言ってる場合じゃない。
……エラティス将軍は難しそうな表情をしているだけだけど、ヒルマテル公爵は物言いたげな表情を見せている。
まぁ、仕方ない。
ここでこの国がえらいことになったら塩の供給どころの話ではないし、その後を考えれば恩を売っておいた方が良いだろう。
「暗黙の了解で森への手出しは厳禁。そうだったな?」
「はい」
エラティス将軍から視線を切り、窓の外に視線を向けながら言った俺の言葉にレヴィアナが頷く。
レヴィアナは……長い付き合いという訳でもないのに、こちらの欲しいタイミングでしっかりと話に乗って来てくれるからすごいよね。
「しかし、このままアレを放置すれば碌なことにはならないと思わないか?」
「そうですね。ですが、あの魔物に敵意があるかどうかは分かりません」
「ふむ。確かに、あのドラゴンと違って明確に攻撃を仕掛けて来たわけではないからな」
レヴィアナの言葉に俺が顔をそちらに向けながら頷いて見せると、視界の端でヒルマテル公爵が苦々し気な表情を一瞬見せた。
ヒルマテル公爵としては自主的に動いて欲しいんだろうけど、そこまでお人好しではないよ?
「ヒルマテル公爵、どう思う?」
「我々としては脅威をそのままにはしておきたくないと思いますが……」
「今日この日までずっと問題なかったと思えば、このまま放置しても問題ないかもしれんぞ?」
「その可能性は確かにあります。ですが、一度目に見えた脅威を放置するのは国の為になりません。しかし藪をつつくことで余計な災厄を招く可能性があるのも事実。我が国に件の魔物を処理するだけの力はありませんし、仮に魔物が森を荒らし大侵攻を誘発した場合それに抗う事も難しいでしょう」
「……」
俺は何も言わずに言葉を聞きながら、正面からヒルマテル公爵を見据える。
足元を見るのは交渉の基本ですからな。
「……エインヘリア王陛下。どうかお力添えいただけないでしょうか?」
そんな俺の圧力を感じたのか、ヒルマテル公爵は神妙な面持ちでそれを口にした。
「良いだろう。あの森の魔物を確認してきてやる。そして脅威だと判断出来れば、その排除もな」
俺が鷹揚に頷いて見せると、ヒルマテル公爵とエラティス将軍が深々と頭を下げた。
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