第57話 素晴らしき世界
ムカデ……ムカデだよなぁ。
今は黒いシルエットしか見えないけど、間違いなく月明かりに照らされたのは超巨大なメタリックな甲殻を持つムカデ。
わさわさうねうねしていたし間違いない。
うわぁ……なんか背筋に悪寒が……。
以前、ギギル・ポーでデカいミミズの魔物は見たことはある……アレは別に大丈夫だったんだけど、ムカデはなぁ……足が多いの嫌いなんだよな。
んぁぁぁぁ!ぞわぞわする。
背筋に走る悪寒に身震いをしないようにぐっと力を籠めた。
「随分とでかい虫だな」
「虫……ですか?」
「あぁ。相当デカい……森の木々の何倍もな」
「そ、そのような大きな虫が……?」
レヴィアナが窓から身を離す様にしながら問いかけて来る。
若干頬を引き攣らせいうところを見るに、どうやらレヴィアナも虫が得意ではないようだな。
……そういえば、今のところ見たこと無いけど、この世界にも黒いアレは居るのだろうか?
もしかしたら、いない?
それは……なんて素敵な世界なんだろうか!
今度フィオに聞いてみようかな?
居ないと思って過ごしていて、突然出て来たら悲鳴を上げてしまうかもしれん。
覇王的にそれはマズい。
多分……うひゃぁとか悲鳴上げる自信ある。
でもいるって聞いたら憂鬱になりそうだ。
……うぅむ、嫌だなぁ。
「陛下……?」
「む?すまない、少し考えに集中していたようだ」
「何か懸念事項が?」
「そうだな。大した問題ではないが……」
いや、大問題だよ。
覇王生命の危機だよ!
「エインヘリア王陛下。その巨大な虫はこちらに向かって来ているのでしょうか?」
俺達の会話を聞いていたヒルマテル公爵が真剣な表情で問いかけて来る。
うん。
アレが存在するかどうかより、ムカデがヒエーレッソ王国に襲い掛かるかどうかの方が気になるよね?
俺はアレの方が重要問題だと思うけど。
「現時点でこちらに向かってくる様子はないが……先程の巨大な火柱。位置的にアレが吐いたと考えるべきだろうな」
ムカデが?
火を噴く?
……そんなムカデおる?
俺がそんなことを考えているとヒルマテル公爵が何か言いたげにこちらを見ている。
なんじゃろか?
俺にムカデを退治して欲しい?
でもそれを口に出すのは憚られる……みたいな?
……でもなぁ、アレと戦うのはやだなぁ。
いや、友好関係の為にと言うのであれば行きますが……なんかちょっとなぁ……。
足多いし、覇王剣に体液とかつきそうだし……いや、ドラゴン斬っても血糊も油もつかなかったけど……気分的に何かねぇ……。
そう思った俺は少し考える素振りを見せながら窓の外から離れる。
話しかけんな的な覇王力全開でだ!
そんな俺にびびったのか、ヒルマテル公爵が小さく頭を下げた後……窓を真剣な表情で覗き込む。
……。
あれ……?
もしかしたらこれ……自分も窓の外を見てみたいけど、退けとは言えない……ってことだった?
いや、そこはそんな遠慮しなくていいんじゃよ?
若干腑に落ちない物を感じつつ、俺は気配を殺すことに努める。
多分、さっき外を見ようと頑張っていたレヴィアナも、今頑張って外を見ようとしているヒルマテル公爵も多分ムカデは見えないだろう。
エラティス将軍や砦の兵も見えないと思うけど……何かしら夜目の利くようになる道具と望遠の道具があれば……いや、森を警戒しているこの砦にその手の道具がないとは思えない。
ってことは、エラティス将軍は確実にムカデに気付いている……。
あの火を噴いたのが本当にムカデかどうかは分からんけど、そうだろうとそうでなかろうと砦に詰める兵でアレは対処出来ないと思う。
今あのムカデは森の奥地でモゾモゾしているだけだけど、砦の方に向かってくるかもしれない。
しかし、藪をつつきたくない……可能な限り森に手を出したくないと考えているようだし、砦の方に向かってこないようなら放置するか?
危険な魔物が森にいるのは今更だしね。
「……何も見えませんね」
近眼の人がやるように、目を細めながら森の方を凝視しているヒルマテル公爵が呟くように言う。
「森の奥の方だしな。先程一瞬だけ雲が切れたが、すぐに月が隠れてしまったから俺にもはっきりとは見えん。今は……多少シルエットが見える程度だな」
「……私にはそのシルエットすら見えません」
「将軍達であれば、何らかの方法で確認している筈だ。報告はすぐに来るだろう」
「そう、ですね……」
これはあくまでもこの国の問題だからね。
アレが姿を見せたのがレグリア地方の辺境守護のところだったら、俺が対処……しただろうな、うん。
あんなのがいると知ってしまってはしっかり処理しないと安心できないもんね。
俺は夜中、部屋に蚊とかアレとかが出てしまうと退治するまで寝られないタイプだ。
俺やウルルじゃないと対処出来ないような魔物が国の傍にいるとなっては、安心出来ないしな。
戦いたくはないけどやらなければならない……いつだって虫との戦いはそんな感じだ。
「仮にその巨大な虫が最深層の王だった場合……この砦の戦力で戦う事は無謀ですね」
何か言いたげにこちらを見るヒルマテル公爵。
自分の部屋の虫は退治するけど、他所の家の虫なんて指摘はしても退治はしませんぞ?
何か言いたげなヒルマテル公爵と何もやりたく無さそうな覇王。
絶対に虫を退治して欲しい公爵と、絶対に虫を退治したくない覇王の無言の攻防が会議室で繰り広げられる。
それはエラティス将軍から連絡が来るまで続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます