第56話 M



 防壁にいるエラティス将軍の方に直行したかったけど、ヒルマテル公爵を無視して動くのは今後の事を考えてもよろしくない。


 そう考えて、とりあえずヒルマテル公爵が向かっているという会議室へと副将の人に案内してもらう事にした。


「エインヘリア王陛下……慌ただしくしてしまって申し訳ありません」


「いや、ここは最前線……しかも最激戦区と呼ばれている砦だからな。突発的にこういうことが起こる事は織り込み済みだ。謝罪されるようなことではない」


 俺達が会議室に入ると笑みをたたえたヒルマテル公爵が出迎えてくれたが、すぐに申し訳なさそうな表情で頭を下げる。


 でもなぁ、会談の場所に最前線を指定したのは俺だし……寧ろお偉いさんをそんな場所に呼び出した俺が悪いと言う事になる。


 ……ごめんね?


 心の中で謝りつつ俺は肩を竦める。


「初めてここに来た時も大変だったようだしな。今日ここまで静かだったことの方が珍しいのではないか?」


 俺が皮肉気な笑みを浮かべつつそう尋ねると、副将は困ったような笑みを見せつつ頷く。


 まぁ、この前の襲撃でこの辺りの魔物の数は確実に減っただろうし、その分最近は静かだっただろうけど。


 勿論、空白地帯が出来れば他所から他の魔物が移動してきたりするだろうし、時間をかければまた魔物が跳梁跋扈する危険地帯に戻る筈……最激戦区の場所が変わったりしたら厄介かもしれないな。


 その辺りはヒエーレッソ王国の問題だし、現時点で首を突っ込むつもりはない……その内相談されると思うけど。


 それはさて置き、このまま安全……かどうか分からないけど……ここに引きこもって、エラティス将軍が事態を収拾するのを待っても良いけど、どうするかな?


 またドラゴンが来襲したとかじゃない限り、この砦の兵達で対処出来るだろう。


 その為の砦だしね。


 そもそも、伝説上の存在と言われるドラゴンが次から次へとここにやってくるとは考えにくい。


 ……いや、ドラゴンの襲来がただの偶然であればそうだけど、もし人為的に引き起こされたことだったら別のドラゴンがやってくる可能性も十分あるか。


 人為的でなかったとしても、何らかの要因があって飛来してきたというのであればその原因を取り除かない限り次から次へとドラゴンが飛んでくるかもしれない。


 ……ドラゴンっていうか、最深層の魔物は二十匹とかしかいないんだっけ?


 そんなことをエラティス将軍が言ってた気がするけど……まぁ本当に二十匹だけなのかは分からないしね。


 ドラゴン……いっぱいいたら嬉しいなぁ。


 そんな事を考えながら窓の外に視線を向けると、タイミングよくと言うか……森の方からかなり大きな火柱のようなものが上がるのが見えた。


 その瞬間、先程感じたものと同じ様に日が差したかの如く部屋の中が明るくなる。


 あの火柱が原因のようだけど……森から火が噴き上がった感じか?


 今はもう火柱も消えているし、森が燃えている様子もない。


 となると……あれかな?


 ドラゴンのブレス的な?


 ……ほんとにドラゴンだったらエラティス将軍とこの砦の兵じゃ対処出来ないだろうし、助けを求めに来るかな?


 普通に考えれば、他国の王様にちょっとドラゴン倒しておくれとは言いにくいだろうけど……現実問題としてエラティス将軍達じゃどうしようもない。


 勿論ドラゴンを倒すこと自体は喜んでやるけど……いや、今倒しちゃったらまた素材が勿体ないんだよなぁ。


 出来れば捕獲……いや、置いとく場所がないんだよな。


 レグリア地方に持って帰るのも難しいし……生きているなら自分で移動させるって手もあるか?


 そんな風に考えながら森の方を見ているけど、ドラゴンが飛んで来る様子はない。


 壁が分厚く、音が聞こえてこないので砦の中の様子も全然分からないけど、警戒はしているけどそこまで慌ただしい感じでもないのだろうか?


 いや、それはないか。


 今の所あの火柱が空に向かって上がっているだけだが、何時こっちに向かって飛んで来るか分からないしね……いざ飛んで来たら防ぎようがないかもしれないけど。


 そういえば、人が放火したわけじゃなく、あの火で森が燃えたら魔物は報復に攻めて来るのかな?


 それってなんという八つ当たり……。


 まぁ何にしても、森の中に火を吐く魔物がいるって結構危ない気もするけどね……枯れ葉とかが燃えたりしたらえらい事になるだろうし……。


「レヴィアナ」


「はい」


 森の方を見ながら俺はレヴィアナに声をかける。


 ドラゴンとかのことを考えていて、ふと気になったことがあったのだ。


「以前エラティス将軍が言っていた最深層にいるという森の王。その話を知っているか?」


「そういう存在がいるという話は聞いたことがありますが、どのような魔物がいるかまでは……レイン、知っていますか?」


 俺の質問に少し困ったようなそぶりを見せたレヴィアナが、傍に控えていたレインに声をかける。


 森の魔物と戦い続けている辺境守護家ならその情報を持っていてもおかしくない……勿論俺も最初からレインに聞くつもりだったけど、なんとなくレヴィアナを通したほうがスムーズな気がしたのだ。


 どうもレインは苦手だ……。


「申し訳ありません。そういった魔物を記した手記があると言う話を耳にしたことはありましたが、その内容までは存じておりません。ドラゴンや大型の魔物が生息しているという話を聞いたことがある程度です」


「ふむ。辺境守護家のレインが知らないのであれば、旧レグリア王国の者で最深層の魔物の事を知っている者はいないだろうな。先程、火柱のようなものが森から立ち昇るのが見えた。何かしら情報があればと思ったのだが……」


「申し訳ございません」


 まぁ、エラティス将軍も事実かどうかは微妙な手記とは言っていたしな。


 辺境守護家の初代……召喚された英雄であれば最深層まで探索できたと思うけど……わざわざ藪をつつくような真似はしなかったって事かな?


 俺は小心者だから、未知に対する不安に耐えきれずに調べちゃうと思うけど……。

 

 無論、現状でウルルにちょっと調べて来てとは言わんけどね?


 ちゃんと余裕が出来てから……というか、キリク達が合流してからだな。


 安全の確保は必要だけど、優先することは他に山ほどある。


 ウルルなら一言言えばすぐに調べてくれるだろうけど、そこにリソースを割く必要はない……というか、そんなことをさせている暇はない。


 今は神聖国や帝国、それにレグリア領内と、ウルル一人で八面六臂の大活躍だからな。


 それに諜報部の立て直しも頑張ってくれているし……まだ外交官見習いレベルにも達していないと報告があった。

 訓練場もないしまだ二か月程度しか経っていないし仕方ないと言えば仕方ないけど……とりあえず、犯罪組織的な物を上手く取り込んで防諜に力をいれているようだ。


 シミュレーションゲーム好きな俺としては、とにかく最初に情報関係に力をいれたいのだ。


 各種情報を得ているからこそ適切な行動をとることが出来る。


 闇雲にノリで突き進めば、今のレグリア地方の状態では破滅待ったなしだもんね。


 個人の武勇が国の行く末を左右するとは言っても、一人で国の運営が出来る訳ではない。


 適切な人材を適切な場所に配置してこそ国は回るのだ。


 ウルルが集めた情報を基に、レイフォンやエリストンが内政方面を頑張ってくれているから何とかレグリア地方は破滅寸前で踏みとどまっている。


 治安向上と経済活性……口で言うのは簡単だけど、どっちも一朝一夕にはどうにもならない。


 キリクやアランドール達が居て、召喚兵の使えるエインヘリアでもそれなりにどちらも時間をかけて良くしていったのだ。


 元手が無い現状では多少上向きになって来たかな?と実感できるレベルまで持って行くのも一苦労……レイフォンたちは良くやってくれていますよ。


 俺は口で言うだけだが。


 って、何の話だったっけ?


 あぁ、そうだ……最深層の魔物だな。


「……本国が合流したら森も調べる必要があるな」


「森に手を出すと周辺国がうるさく言ってくると思いますが……」


 俺の呟きに、レヴィアナが声を潜めながら注意してくる。


 ふむ……。


「下手に手を出すと、手を出した国以外にも被害が出るからだな?」


「はい……」


「ならば問題ない。そのようなことになれば、俺が責任をもって処理してやろう」


 森から守るためとかなんとか言って、森沿いの集落に魔力収集装置を置かせて貰えないかな?


 そうすれば何があっても守ってみせるんだけど……少なくともヒエーレッソ王国は頷いてくれそうだな。


 帝国は厳しそうだが……。


 そんな事を考えていると、森の方で何かが空に向かって伸びていくのが見えた。


 あれは……鎌首をもたげた巨大な蛇?


 いや、蛇にしてはフォルムが……。


 かなり距離がある上に真っ暗ということもあり、相手の姿がはっきり見えない。


 丁度月が雲に隠れちゃったしな……そんなことを思いつつ目を細めていると、一瞬雲の切れ間から月明かりが伸びて相手の体を照らした。


「……」


「陛下……?どうかされたのですか?」


 窓の外を見ている俺の表情が微妙に変わったのを察したのか、レヴィアナが窓を覗き込むようにしながら俺に尋ねて来る。


 しかし、常人であるレヴィアナの目には流石に見えないだろう……月もすぐ隠れちゃったし。


 ……なんか、テンションが物凄く下がった。


 さっき一瞬見えた姿……あれは、森の木の何倍もサイズのある、巨大なムカデだ。


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