第54話 会談が終わって
View of レヴィアナ=シス=レグリア 元レグリア王国王女
二度目となるヒエーレッソ王国の砦で過ごす夜。
私は護衛としてついて来てくれているレインと二人で、与えられた部屋でお茶を飲んでいました。
「魔導技術の提供。レグリア王国時代では考えらないわね」
「はい」
お茶をテーブルに戻した私がため息とともに言うと、レインが神妙な様子で頷く。
レグリア王国にとって魔導技術は、神聖国や帝国に勝る唯一の強みです。
他国への流出は全力で防ごうとしていましたし、持ち出そうとした者は下手をすれば反逆罪を適用されることもありました。
先王の執政下では諜報機関が機能不全に陥っていたこともあり、技術漏洩が全くなかったとはとてもではないけど言えませんがね。
「製塩に使える魔道具以外にも提供するようですが……」
「えぇ。その辺りを含めレイフォン殿やラング殿と打ち合わせをしたのだけど……案の定、少なくない数の元貴族達が難色を示したわね。陛下は鼻で笑っておられたけど」
「魔導技術はレグリア王国の礎でしたし、元貴族達が難色を示すのは当然ですが、それを鼻で笑う陛下の姿も容易に想像できます」
陛下はとても寛容な方ですが、同時に酷薄さも持ち合わせております。
現実に民を救う手段を持ち合わせているにも拘らず、矜持や信念と言ったものを優先しようとする者達を蔑んでおられたのでしょう。
確かに魔導技術はレグリア王国にとっては何よりも大事な技術でした。
しかし、エインヘリアに併呑された今となっては、交渉カードの一つ……陛下にとってちょっと便利な技術程度でしかないのでしょう。
まぁ、接収した技術に対する想いと磨き上げて来た技術に対する想いでは熱量が違うのは当然ですが。
それをふまえても、エインヘリア本国にとって我々の魔導技術は、物珍しいものではあっても秘匿する程の物ではないと言う事でしょう。
飛行船や魔力収集装置……空を自在に飛ぶ船に魔石を無尽蔵に作ることが出来る上に、転移の機能を持つ装置。
そんな技術を保有しているのであれば、我々の持っている魔導技術程度秘匿するようなものではないのでしょう。
陛下は、本国で魔道具の研究をしている方々と技術を融合、発展させることを期待しているとはおっしゃっていました。
確かに新しい技術や考え方は既存技術の進化を促しますし、陛下がご期待されるのも無理からぬことでしょう。
「それにしても……最初の交渉で国璽による証印をもらったことは流石としか言いようがないわね。あれが表に出る様な事があれば、ヒエーレッソ王国は大変なことになるわ」
そもそも、ヒルマテル公が国璽を持っていたことに驚きましたが……陛下は平然として居られましたし、恐らく知っていたのでしょう。
交渉の場で動揺を表に出すのはご法度ですし、もう少し事前に教えておいていただきたいものです。
まだ信用されていないと言う事でしょうか……?
いえ、陛下にとってはその程度のこと……と言う事かもしれませんね。
「神聖国に漏れればこの国は……どうなりましょうか?」
「微妙な所ね。神聖国はこの国そのものは潰したくはない筈。上層部……いえ、王やヒルマテル公の排斥と、上層部の半分くらいを入れ替え……そんなところかしら?」
神聖国の厭らしいところね。
何処までも潔白……泥をかぶることをとにかく避けるやり口。
信徒と教会を使い情報を集め、表で理想と教えを説き、裏で暗躍し、自分達にとって都合の良い状況を作る。
そして都合の悪いものは様々な方法を使って消す。
宗教という形を取っているからなお質が悪い……陛下も嫌悪感をあらわに面倒な相手と言っていましたが……本当にその通りだと思います。
「ヒエーレッソ王国……王家にとって、エインヘリアと手を組むことは最後の賭け。それだけ状況がマズいと見ているのでしょう。漏れれば破滅、条約を結ばなくても破滅。ヒルマテル公やヒエーレッソ王は、この会談に決死の覚悟を持って臨んでいる筈よ」
私がそう締めくくると、レインは訝しげな表情を見せます。
「魔道具の提供や支援は、確かに国そのものの困窮を狙っている神聖国にとって面白くはないでしょうが、こちらからの要求は塩の購入だけです。それほど神経質になる内容でしょうか?」
「表向きは同盟関係と言っても、その内情は属国。勝手に他国と条約を結ぶなんて許される筈もないわ。それに……話は塩の取引だけではないわ」
ヒエーレッソ王は元より神聖国の事を良く思っていない。
そしてヒルマテル公はひそかに帝国と交渉を続けている……神聖国の情報網に引っかからずに良くやれていると思うけど、彼らが命がけで交渉を続けているのは間違いない。
そこに新たな選択肢が生まれた……既に命をベットしている彼らにとって、賭ける先が増えることは幸運以外の何物でもないでしょう。
それこそ、二つ返事で飛びついてしまうくらいに。
勿論、内容はよく吟味したうえで飛びつくのでしょうが。
そしてそこには打算もある。
自分達が死ぬことはあっても、これ以上国や民が酷い事にはならないという打算。
自分達が殺されるだけで国の扱いそのものは変化しないと……まぁ、事情を知らぬ貴族の命も勝手に賭けてしまっていますが、国を裏切っている者達の命なら安い物ですね。
リターンは国の……民の命。
だからこそ慎重に、そして大胆に動いている。
「ヒエーレッソ王もヒルマテル公も覚悟を決めているわ。自分達の事はどうでも良くて……ただ自国の民が他国の為に、無為にその命を使い捨てないように……それだけを考えて動いている。元王族として頭が下がる思いね」
「レヴィアナ様も……民を想い行動を起こされました。ヒエーレッソの王家に勝るとも劣らないかと……」
「いえ、陛下を見ていて思ったわ。私には力も覚悟も、そして考えも足りていなかったと。私が自身の意思で行ったと思っていたクーデターは、結局神聖国や帝国の思惑に翻弄され、誘導されただけに過ぎなかった。何もかもが足りない私が思いのまま動いた結果が今この時なの。エインヘリアという形で民が保護されたのはただの偶然、奇跡と呼べる幸運でしかないわ」
「……レヴィアナ様」
気遣わしげな表情を見せるレインに、私はにっこりと微笑んで見せる。
「陛下は凄いわ。ドラゴンを歯牙にもかけないだけの力を持っていながらも、その力に溺れるどころか誇る事さえせず、情報を集め、思慮深く、周到に動き目的を実現させていく。陛下を見ていると、強き王を下の者が求めると言う意味が本当によく分かるわね」
「確かに、陛下であれば……仕える事に何の不安も覚えないと言いますか、何かあっても必ずどうにかしてくれるだろうと思えます」
「……レインがそういう風に陛下を認める様な事を言うのは珍しいわね?」
私が笑いながら言うと、レインは少し心外だとでも言いたげに眉を顰めた後、この話を続けるのは良くないと思ったのか話題を変えて来る。
「……今回の件がヒエーレッソ王国にとって救いになり得ると言う事は分かりましたが、エインヘリアにとってはどうなのでしょうか?確かに塩が不足するのは困りますし、安く仕入れることが出来るのであればそれに越したことはありませんが……」
「陛下自らが動くほどの件とは言い難いって事ね?」
私がそう問いかけると、レインはコクリと頷く。
「確かに、ヒエーレッソ王国と神聖国を切り離す程の手立てではないわね。ヒエーレッソの王達にとっては命がけだとしても、神聖国からすれば頭を挿げ替えれば良いだけの話。これから神聖国と事を構えるつもりのエインヘリアにとって、ヒエーレッソ王国との友誼はあまり意味の無いものと言えるわ」
「はい。神聖国が健在の内にヒエーレッソ王国が離反することはあり得ませんし、エインヘリアにとっても神聖国にとってもその戦力は宛てに出来るものではありません。立場上、領内を神聖国の兵が移動することをヒエーレッソ王国は拒めませんし、逆にエインヘリアが領内に兵を送り込むことは認めないでしょう」
「そうね。神聖国と事を構える……その事をメインに考えれば、完全にこちら側に引き込むことが出来ない以上、今ヒエーレッソ王国と手を結ぶことはあまり意味がないと言えるわ」
私の言葉に、考え込むように眉をひそめていたレインの表情が一変する。
「……神聖国との戦いを見据えての事ではないと?」
「えぇ。恐らく陛下が見ているのはその先……」
私がそう口にした瞬間、部屋についている非常に小さな窓から日の光が一瞬差し込んできた。
……。
日の光?
日が沈んで幾ばくも経っていない筈なのに……。
「レヴィアナ様!」
レインが即座に動き、私を背にかばいながら窓の外を睨みつける。
それと同時に、けたたましい鐘の音が砦に鳴り響いた。
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