第53話 スッ……


 

 なんでうちと神聖国がぶつかったら、ヒエーレッソ王国が戦場になるのん?


 厳しい表情でこちらを見るヒルマテル公爵を見返しつつ、俺の心は疑問符でいっぱいになる。


 落ち着け……大丈夫だ。


 覇王はこの程度で動揺したりしない。


 えっと……うちと神聖国が戦争状態になったら、当然ヒエーレッソ王国に派遣している援軍は引き上げざるを得ない。


 魔王国の侵攻は季節ものなので、次の季節までは……奇襲とかされない限りは大丈夫。


 魔物との戦いは、こっちも出来る限り支援するよと約束はしたけど……それはそれ。


 ん?


 あれか?


 神聖国がヒエーレッソ王国の裏切りに気付いて、攻め込んで来ることを心配しているのか?

 

 いや、裏切りって程の事じゃないよな?


 実質属国とはいえ、一応世間的には同盟国。


 勝手に動かれるのは神聖国としては面白くないだろうけど、盾の役割を放棄する訳でもないし積極的に神聖国と手を切ろうと動くわけでもない。


 神聖国に攻撃を仕掛ける訳でもない訳だし……あ、もしかして俺が援軍を派遣しろって言うと思ってる?


 いやいやいや、西の防備で手一杯というか、現時点で手が足りていない状態なのにそんなの要請しないよ?


 本末転倒じゃん?


 確かに、今のうちは兵力なんて殆ど無いし、国内の経済状況はボロボロ。


 反抗した有力貴族を潰しまくって財産没収、それを元手に頑張って各地の立て直しを図っているけどまだまだ厳しい状況が続いている。


 そんな中、神聖国と戦うに割く戦力はない……ならば外から……そう思われても無理はないかもしれないけど、そんなん必要ないよ?


 ただ神聖国をやるだけなら、俺とプレアがマラソンして王都……いや、聖地だっけ?


 そこにある教会総本山に『ダークネスエリア』なり『フレイムエリア』なり叩き込めば済む話だ。


 まぁ、教祖が死んでも信仰は死なない的な厄介事になるだけで、全く意味がないと思うからやらんけど。


 勿論向こうは数が多いし、いくら俺でも二つの戦場で同時に戦う事は出来ない。


 攻め込まれればそれだけ不利になる訳だけど……その辺りはウルルとうまくやるつもりなので、戦力的には問題はないと言えるのだ。


 それはさて置き……恐らくそんな勘違いをヒルマテル公爵はしているのだろう。


 流石の覇王も、自分とこの戦争に他所んちは巻き込みませんぞ?


 ヒルマテル公爵の懸念を理解した俺は、それを払拭しようと口を開こうと……するよりも一瞬早く隣に座っていたレヴィアナが声を潜めつつ話しかけてきた。


「陛下。ヒルマテル公に飛行船の話をしておりません。恐らく彼は船を使ってエインヘリアが港に上陸してくると考えているのです」


 ……。


 あ、あー、それね!


 そういうことね!


 最近似たような話あっちこっちでしてるから、伝えたつもりになってたわ!


 そうね!


 飛行船の事知らなかったら、普通船使ってうちの子達がこっちに向かってるって考えるよね!


 そしてレグリア地方は内陸……今回の会談で港使わせろや!みたいな圧力かけて来ると思われてるのね!


 はいはいはいはい、おーけーおーけー。


 そうかそうか、そりゃそうだ。


 ヒルマテル公爵は、エインヘリア本国と合流してから神聖国と全面戦争スタート!って思ってるのね。


 確かに俺的にもその方が非常に楽ではあるんだけど……キリク達合流前にやる事はやっとかんと行かんのですよ……覇王的に。


 俺はレヴィアナのサポートに礼を込めて小さく頷いた後、急いで考えを整理する。


 えっと……彼の不安がレヴィアナの言う通りであれば、それを払拭することは容易い。


 ヒエーレッソ王やヒルマテル公爵の人柄は、ウルルがしっかり調べてくれているので色々バラしても問題ない事も分かっている。

 

 万が一にもここでの話が神聖国に漏れることはない。


 寧ろ、神聖国ぶっつぶしたんねん!って伝えたら喜んで!となる感じだろう。


「ヒルマテル公爵。伝え忘れていたことがあったようだ」


「……どういう事でしょうか?」


「これを聞けば、先程話が嚙み合わなかった理由が分かる筈だ」


 俺はそう前置きしてから飛行船の事、それから魔力収集装置による転移の話を伝えた。


 飛行船の話はともかく、魔力収集装置の話はキリク達が合流してからするつもりだったんだけど、まぁ問題ないだろう。


 最初にした説明はエインヘリアの規模とか歴史……四年しかないけど……的なものしか説明してなかったからね。


 しかしほんとね……この辺りの説明こっちに来てから何回目だ?


 そんな風に内心ため息をつきつつさらっと説明をしたところ……ヒルマテル公爵とその横に座っているエラティス将軍は突然宇宙の話をされた時みたいな表情になっている。


 これはあれだ。


 長年の覇王業から分かる……再起動に時間が必要な奴だ。


 一通り説明を終えた俺は、再起動待ちの間に用意されていた紅茶を口に含む。


 ……湯呑みで緑茶が飲みたいなぁ。


 煎餅があればなお良し。


 キリク達なら、何も言わずとも飛行船にそれらを乗せて俺の事を探してくれている筈だ。


 早く迎えに来て欲しい……。


 からあげとかカレーとからーめんとか超食べたいし、ルミナをもふりたいし、エファリア達とお茶会がしたいし、リーンフェリア達と話がしたい。


 それにフィオ……と、そんなことを考えていたらヒルマテル公爵が再起動したようだ。


 ヒルマテル公爵は若干ぎこちないというか……非常に強張った様子で口を開く。


「し、失礼しました。エインヘリア王陛下。まさかそのような……空を飛ぶ船で陛下を探されているとは思いもよらず」


「いや、こちらこそ悪かったな。最初に常識は然程変わらんと言ったが、よく考えてみれば海を隔て、一切の交流が無かった大陸同士……通じる常識がある方が不思議と思うべきであった」


 なんとなく……横にいるレヴィアナがほら見たことか的な視線を送ってきているような気がするが、きっと被害妄想だろう。


「本国の者達はあの世界の壁を越え、空からレグリア地方を目指すだろう。国境にはエインヘリアの旗を立てているし、すぐに気付くはずだ。それになによりあの霊峰……相当遠くからでも確かな存在感があるからな。アレを目印に我が国の者達は探索を続けている」


「……ルーレアン連峰の事をエインヘリア本国の方達はご存知なのですか?」


「あぁ。良い目印になるからな」


「つまり……エインヘリア王陛下は本国と連絡を取っているのですね?」


 アビリティに関しては一切伝えていないけど、まぁこの世界は魔法だの魔道具だのが存在するから勝手に想像してくれることだろう。


「あぁ。それが可能だったからこそ、別の世界に召喚されたのではなく別の大陸に召喚されたのだと気付くことが出来たのだ」


「……なるほど。別大陸からエインヘリア王陛下を探すことは、砂浜に落とした一粒の砂を探すようなものかと思っておりましたが、密に連絡を取ることが出来るのでしたら難易度は格段に下がる……のでしょうか?」


 最後に自信なさげに首を傾げたヒルマテル公爵に俺は頷いて見せる。


「そして、エインヘリア本国の方がレグリア地方に到着すれば……」


「魔力収集装置を設置して、本国と自在に行き来することが出来るようになる。だからな、貴国が保有する港を橋頭堡としたり、ヒエーレッソ王国の領土からオロ神聖国に攻め込んだりする必要はない。その気になれば、オロ神聖国の聖地に直接飛行船を飛ばすことも可能だからな」


「……」


 飛行船による敵本拠地強襲……うちではよくやる手だ。


 フィリアとの初会談もそんな感じだったし、魔法大国エルディオンにケリをつけた時もやったね。


 この世界では航空戦力がまだ存在してないから対空防御がスッカスカだし、楽なもんですよ。


「さて、随分と遠回りをしてしまったが、そろそろ本題に入るとしよう」


 既にお腹いっぱいと言った様子のヒルマテル公爵だけど、ここまでは挨拶みたいなもんですからね?


 いや、ヒエーレッソ王国にとっては本題の方が食前酒並みに軽いかもしれんけど。


 しかしそんな俺の想いとは裏腹に、その言葉を聞いてヒルマテル公爵達は一瞬……地獄で悪魔にでも遭遇したかのような表情を見せた。


「本国が合流すれば、レグリア地方にある問題は瞬く間に解決出来る。食料や物資の不足、貧困、治安の悪化、人手不足……全てだ。しかし、残念ながら本国の者達がいつこちらに到着するか、正確な所はまだ分からんし、それまで苦境にあえぐ民を放置するつもりもない」


「……」


 俺の言葉に、ヒルマテル公爵は表情を消してこくりと頷く。


「金に関しては、当面を凌ぐだけの計画は既に動いている。帝国や神聖国と繋がっていた貴族共をかなり潰したことで、連中の貯め込んでいた物も回収できたしな」


 貯め込むだけ貯め込んであまり使わないって……意味ないと思うけどね。


 金持ちは散財してなんぼ……ガンガン稼いでガンガン使わんといかんよ。


「それらを財源に当面の食料はなんとか買い漁ることが出来た。しかし圧倒的に不足している物がある」


「不足している物ですか?」


「あぁ。塩だ」


「……なるほど」


 レグリア地方は内陸で、岩塩が取れる様な土地もなければ塩湖とかもない。


 塩はヒエーレッソ王国から輸入していたらしいのだが、疎遠となったことで塩の入りも渋くなった。


 距離も近く海を持ち製塩も昔からやっているヒエーレッソ王国からの輸入が減り、少々割高な帝国や神聖国経由で塩を買っているみたいだけど、量が少なく非常にお高い。


 それでもだましだましここまでやってきたみたいだけど、流石に本格的に塩不足が見えてきた。


 いや、経済状況がボロボロなのに高い塩を買わなければいけない事で、崩壊待ったなしって感じだ。


 多分レヴィアナがクーデターを起こさなかったとしても、そう遠くない内に民が各地で蜂起していたと思う。


 ……神聖国からすれば、それも民を信仰に取り込むチャンスって感じだっただろうけどね。


 現在はアホ貴族共から接収した金を使って塩を集め、各地で配給しているけど……まぁ、あまり長くはもたない。


 だからこそ塩……それから他の食料も輸入出来るだけしたい。


「多少の塩を売る事は不可能ではありませんが、纏まった数となると難しいですね。現在神聖国にかなりの量を買い叩かれているので……」


「くくっ……塩への課税を上げねばならん程に吸い上げられているようだな。一度ヒエーレッソ王国に収めさせ、そこから安く買い上げる。実情を知らぬ民からすれば恨むのは税を搾り取る王国というわけだ」


「……」


 神聖国はいちいちやり方がせこいというか……他人に泥被せるのが好きだよな。


「エインヘリア本国を見せることが出来れば、二つ返事で神聖国を切ってうちに着くと言うだろうが……現状我が国はこの大陸においてレグリア地方を有するのみだからな。神聖国を即座に切ってこちらにつけと言っても難しかろう」


「……」


「それでだ。こちらは製塩に関する技術提供を行う」


「技術提供ですか?」


「あぁ。レグリア王国は知っての通り、魔導技術に優れた国だった。当然、それらの技術は現在エインヘリアが保有している。我々が提供するのは製塩作業の手助けをする魔道具だ」


「魔道具を用いた製塩……しかし、それを動かす為には大量の魔力が必要となります。大規模な製塩に堪えられるだけの魔力を用意することは我々にはとても……」


 レグリア王国で作られていた魔道具は、オスカー達が研究している魔道具とは技術体系が異なる。


 俺も詳しくはないが、以前オスカーから聞いた話では……オスカー達は魔石を砕いたインクを使って回路を作成し、それを組み合わせていくことで一つの機能を持った魔道具を作り上げるもの。


 対するレグリア王国の魔道具は魔石の中に魔法を封じ込め、魔力を送り込むことでその魔法を発動させるといった感じだ。


 まぁ、レグリア王国の方の魔道具はちゃんと説明してもらった訳じゃないから厳密には違うのかもしれないけどね。


 更に人の手で魔力を送り込まなくても、魔石自体から魔力を吸い上げて魔道具を起動させる技術もあるらしいので、コストさえかければ半永久的に魔道具を連続稼働させることも可能だとか……。


 因みに、オスカーの研究している魔道具を起動するにも魔力は必要だけど、俺でも使うことが出来るし、魔石のチャージが空っぽじゃない限り俺達は魔力を消費せずに使用することが出来る。


 いや、使ってはいるっぽいんだけど、チャージした分の一ポイントも消費せずに起動することが出来るって感じだ。


 因みにこっちの魔道具は……試していない。


 下手に使ってポイントをごっそり持って行かれたら洒落にならんし、魔石を消費して起動させられるからね。


 まぁ、経験上……というか、この世界の人の魔力に比べエインヘリアの魔石でチャージする一ポイントは遥かに量が多い感じだ。


 まぁ、おかしな話ではあるけどね?


 ゲーム時代の設定からして、魔力収集装置の集めている魔力は人が生きているだけで生じる余剰魔力的な物を集めているに過ぎない。


 そして一人につき魔石が一ヵ月に十個。


 なのに、一個の魔石を使ってチャージするポイントの方が遥かに魔力効率が良い……明らかにおかしいよね?


 いや、カミラ達がその辺りを研究してなんか教えてくれた気がするけど……ちょっとどころじゃなく難しい話だったのでなんかよく覚えていない。


 っと、また思考が明後日の方向に突き進んでしまったな。


 話を続けないと……。


「魔力に関しても問題ない。塩は死活問題だからな……魔道具稼働の為の魔石はこちらで用意する。そして作り出した塩に関しても適正価格を用意しよう」


 魔石は魔導具研究が盛んだったからか、死ぬほどストックがあるからね。


 キリク達が合流するまでの間、研究系はストップして民の生活や取引に魔石は回す。


「……いえ、魔道具や魔石を用意してもらった上に適正価格と言う訳にはいきません。民に働いてもらう以上多少の費用は掛かりますが……」


 ヒルマテル公爵がそこで言葉を区切り、隣にいるエラティス将軍に目配せをすると、将軍は立ち上がり部屋の隅の棚から紙と細長い箱を持ってくる。


 それらを受け取ったヒルマテル公爵は箱からペンを取り出し、紙に何やらさらさらと書いていく。


 暫く静かな部屋の中にカリカリとヒルマテル公爵が物を書く音だけが響き……最後にサインのような物を手慣れた様子で書いてその横に蝋を垂らす。


 そして懐から出した印を押して……俺の方へとスッと差し出してきた。


「どうでしょうか?」


「くくっ……」


 ……なるほど、読めません。


 スッと差し出された書類を、俺はレヴィアナにスッと差し出した。


 





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第12回ネット小説大賞の早期受賞作品としてはおーが選ばれてしまいました!

これも全て応援して下さった皆さんのお陰です!

本当にありがとうございます!


世界に羊が羽ばたくときが来ました!

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