第52話 すれ違う想い



View of ライノール=ミリア=ヒルマテル ヒエーレッソ王国公爵 王弟






 エインヘリアの王の話が終わり、私はすぐに言葉を発することが出来なかった。


 しかし、この沈黙はマズい……何か……何か言わなければ!


「……ありがとうございます、エインヘリア王陛下。エインヘリアがどういう国か全てを理解出来たとは言えませんが……凡そは理解できたと思います」


「そうか」


「大変興味深いお話でした……」


 マズい……。


 何故こんな……馬鹿な……。


 数年で十数カ国滅ぼした?


 大陸の約半分を支配する?


 人口が六千万程度?


 なんだそれは!?


 我が国の総人口は、恐らく百万行くかどうかといったところだ。

 

 単純に考えても国力は六十倍……いや、英雄の存在を考えれば、軍事力はそれどころではない。


 エインヘリアの王以外にも複数の英雄がいるとのことだが……この話は一体何処まで信じれば……誰しも自国を実情よりも大きく言いたがるものだ……全てを鵜呑みにする訳にはいかないが、しかし……。


「楽しんでもらえたなら何よりだ」


 そう言って冷笑を浮かべるエインヘリアの王。


 その笑みを見て……何故か、すっと心が落ち着いた。


 そうだ。


 今慌てる必要はない。


 エインヘリアの王がどれほど強かろうと、エインヘリアという国がどれほど強大であろうと、情報としては大事ではあるが今この瞬間は関係ないのだ。


 今私がしなければならないのは、会談の本題……そちらに集中すること。


 確かにエインヘリアの情報は衝撃的だったし、その情報は必要だった。


 そのあまりの強大さに心を揺さぶられてしまったが、何よりも大事なのはこの会談を成功させ……エインヘリアと友好関係を結ぶことだ。


 元より此度の会談の目的は、神聖国には秘密にしたままエインヘリアと関係を結ぶことだった。


 レグリア王国を簒奪したのだ。


 当然、穏やかな気質だとは思っていなかったが……予想していたよりも遥かにエインヘリアという国は凶悪と言える。


 だが、相対すれば分かる……エインヘリアの王はその力で無差別に暴れまわるタイプではない。


 寧ろ交渉や謀を好み、知略を使い他者を制するタイプに見える。


 自身の持つ圧倒的な暴力も、手札の一つにしか過ぎないのだろう。


 本題に入る前にエインヘリアの王の為人を知ることが出来たのは幸運だった……そうとでも思わなければとてもではないがやってられないな。


「エインヘリア王陛下。一つ確認させていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」


「あぁ、答えられることならな」


「ありがとうございます。先日、エラティス将軍にこの会談が実現した際、我が国の防衛に期限付きでご協力いただけるとおっしゃられたそうですが……」


「あぁ、言ったな」


「情けなくはありますが、我々はもはや独力でこの地を守ることが出来ません。なので支援して頂けるというお言葉は大変ありがたいのですが……」


 その支援が始まる条件が……神聖国が我が国から兵を引くこと。


 今この状況で神聖国が兵を退く理由。


 いや、即座に引くという話ではない。


 少なくとも今年の夏……魔王国が撤退するまでは問題ないとのことだった。


 その時期を指定しているということはつまり……。


「くくっ……何か言いたそうだな?ヒルマテル公爵」


「……神聖国で何かが起こる。それ故にこちらに割く兵力が無くなる……そういう訳ではなく、エインヘリアが神聖国に対し行動を起こす……そういう事でしょうか?」


 そうとでも考えなければ正確な時期……そして二年という数字が出て来るとは思えない。


 エインヘリアが神聖国と戦う……?


 ……現時点の国力を考えれば、それは無謀を通り越して自殺以外の何物でもないと言えるが、先程聞いたエインヘリア本国の力であれば、その国力はひっくり返る。


 先程聞いたエインヘリアの話は……話半分に聞いたとしても神聖国と同等かそれ以上の力を持っていると見ても良い。


 次の魔王国侵攻前にはエインヘリア本国がここに辿り着くと見ている?


 来年の種まきの季節まで一年もないが、別の大陸への移動とはそんなに簡単な話なのか?


 海の魔物は陸の魔物よりも遥かに厄介だ。


 こちらは船上という限られた空間、限られた攻撃方法しか持たない状況……魔物そのものの強さと言うよりも、海という環境が我々よりも魔物に味方していると言える。。


 更には昼夜関係なく見えにくい足元から襲われるかもしれないという緊張感が常に付きまとい、疲労が溜まりやすい


 我々も港を保持しているが、それは陸からそう遠くない場所での漁業や陸に沿った形で移動する貿易船の為のもので、陸から遠く離れた外洋へ航海に行くための港ではない。


 魔王国軍でさえも海から攻めてこない事から見るに、山の向こうでも大軍で海を渡る技術を保有していないのだろう。


 しかし、エインヘリアの王は海を渡ることを簡単なことだと考えている。


 それはつまり、海を渡る技術を確立しているという事に相違ない。


 だが……影も形も見えぬ別の大陸から、一年にも満たない時間で……?


 駄目だ!


 最初に聞いたエインヘリアの話のせいで考えが纏まらない!


 今重要なのはエインヘリアが神聖国と事を構えるつもりだという事。


 それにエインヘリア本国が合流すれば……そうとう激しい戦いになるという事。


 その際、我が国はどうなる?


 神聖国が余裕で勝つなら、当然西側の防備を固めろと神聖国は言ってくる筈。


 だが、神聖国が苦戦するようなら……?


 いや、エインヘリアの王は確実に神聖国に余裕がなくなると見ている。


 そして神聖国の代わりに我が国を支援すると……額面通りに受け取れば、エインヘリアの王は苦境にあえぐ我が国を救ってくれるという事に。


 無論本音は……背後を気にしていては正面と戦えない、そんなところだろう。


 神聖国にとって我が国は西の盾。


 エインヘリアにとって我が国は南の盾。


 その重要性は……待て。


 本当にそうか?

 

 神聖国にとって我が国が盾なのは確かにその通りだが……エインヘリアにとって我が国は本当に盾となり得るか?


 エインヘリアが神聖国と槍を交える時……最前線は、旧レグリア王国領か?


 違う!


 そうではない!


 エインヘリアは何処にある?


 我が国の北にあるのはエインヘリアではない。


 北にあるのは旧レグリア王国領……エインヘリア本国は海の向こうだ!


 ならばどこから攻めて来る?


 当然海から……だが旧レグリア王国領は内陸……当然直接上陸することは出来ない。


 これは……マズい。


 エインヘリアが海から攻め込んでくる場合、長距離を航海してきた船が直接敵地に接岸するだろうか?


 否。


 陸路で攻めるにしても海路で攻めるにしても、まずはこの大陸における橋頭堡を必要とする筈だ。


 つまり……我が国だ。


 エインヘリアは我が国を橋頭堡とし、神聖国と事を構えるつもりだ。


 なるほど。


 それならば西に守りの兵を置くわけだ。


 だがそうなると……我が国は大国同士がぶつかり合う戦場となってしまう。


 国土は荒らされ、民も……馬鹿な!?


 何故こんな……!


 我等が何をしたと言うのだ!


 父も兄も私も……ただ民を、この地に住む民達に安寧を与えたかっただけだ!


 その為には王家も国も……自身の命でさえも投げ捨てる覚悟だった!


 なのに……その結果がこれだと!?


 誰も彼もが我等を、国を、民を踏みにじる!


 エインヘリアも神聖国も魔物も魔王国も……!


「ヒルマテル公爵。これから話すことは外に出して欲しくない……いや、貴公の立場なら外に出さない方が賢明だろうな」


 心の内に燃え上がる怒りをかみ殺しつつ、エインヘリアの王に問う。


「……どういうことでしょうか?」


「俺が……エインヘリアがオロ神聖国と戦う理由はな、奴らが俺を召喚したからだ」


「……召喚」


「元レグリア王を神聖国の連中が操って召喚を強行させたのだ。その結果俺が呼び出された。一国の王を問答無用で誘拐した……どうなるかは言うまでもないだろう?」


「……」


 やはりそうなのか……。


 私は陛下の私室で話した内容を思い出し、最悪の予想が当たってしまった事を知る。


 あの時はそんなこともありそうだと気楽に構えていたが……これが事実であるなら、エインヘリアには神聖国を攻める理由がある。


 いや、絶対に攻めなければならない。


 エインヘリアと神聖国の戦争は避けられないのだ……!


 だが、それを……その代償を何故我が国が!?


 その感情が表に出そうになった瞬間……エインヘリア王の冷ややかな笑みが目に入り、冷水を掛けられたかのように感情が静まる。


 ……そもそも私は最初に言ったはずだ。


 同じ大陸に住む者として大変申し訳なく思うと。


 ここで声を荒げてしまえば、兄の……陛下の名代としてここに来ている以上……エインヘリアは我が国へ宣戦布告するかもしれない。


 いや、間違いなくそうなる。


 最初に当事者面をして謝罪しておきながらそんな態度を取れば、心の中では関係ないと考えていたと宣言するような物。


 国の代表がそんな無責任な言動をすれば、信頼できない国だと言われても仕方がない……エインヘリアの立場からすれば、攻撃をするのに十分な理由となるだろう。


 まさか、それが狙いか?


 ダメだ……逸るな。


 エインヘリアが我が国を潰すつもりであるなら、こうして神聖国には秘密裏に会いたいとは言ってこなかった筈だ。


 それに、最初にエインヘリアの王は……。


「エインヘリア王陛下。神聖国との件は、我が国とは関係ない……そう考えてもよろしいのでしょうか?」


 そうだ。


 エインヘリアの王は最初に言ったではないか、直接召喚に関わった者達以外に責任を問う事はしないと。


「無論だ。貴国と神聖国はただの同盟関係だろう?それとも上層部が神聖国と画策して召喚を行ったのか?」


「そのような事実はございません」


「であろう?ならば責を問うようなことはせぬ」


「……しかし、このままでは我が国は戦場となりましょう。我が国に、民に咎がないとおっしゃるのであれば、それはあまりにも無体ではありませんか?」


「……?」


 私の言葉にエインヘリアの王が訝しげな表情を見せる。


「どういうことだ?この国は西に戦線を抱えているが、そのことではないな?」


「……エインヘリア本国が神聖国と戦うのであれば、その戦場は我が国になりませんか?」


「……?」


「……?」


 再び訝しげな表情になるエインヘリアの王。


 ……どういうことだ?


 何故か突然話がかみ合わなくなったような……。










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8/7 19:40 追記



あ、あ、あ、あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!


https://x.com/hitohiraORippen/status/1821133235931480532

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