第51話 ウィルスか何か



View of ライノール=ミリア=ヒルマテル ヒエーレッソ王国公爵 王弟






 十分警戒していた。


 覚悟はとうの昔に決めていた。


 カウルン殿の書簡を何度も読み返した。


 砦に着いてからは可能な限りカウルン殿や副将の話を聞いた。


 何度も相手の思考をなぞり、その考えも読めたと思った。


 会ったことさえない相手の考えを完璧に読むことは出来ないだろうが、それでも状況、情勢からある程度推察は出来た筈だ。


 不安がないと言えば嘘になるが、それでも陛下から全権を委譲された以上、気後れしている場合ではない。


 だから会議室で一人エインヘリアの王を待っている間も感情が動くことはなかったし、扉がノックされカウルン殿が姿を見せた時も問題は無かった。


 だが……その後ろから現れた美しい男を見た瞬間、私は思考の一切が停止した。


 ドラゴンに睨みつけられても退かないだけの心構えをしてきたつもりだった。


 そのドラゴンを殺した存在であったとしても相手は同じ人だ。


 ヒエーレッソ王国、レグリア王国、オロ神聖国、ランティクス帝国。


 元王族として、各国の王侯貴族や重鎮……それに犯罪組織を束ねる大物等……多くの傑物に会って来た。


 気圧された事も、命の危険を感じたことも……実際に命を狙われたことも何度もある。


 しかし、そのいずれの時でも……平静を失う事は無かった。


 だというのに……これは何だ?


 威圧されたわけでも、ましてや殺気を叩きつけられたわけでもない。


 声をかけられるどころか、視線さえもこちらに向けられていない。


 にも拘らず、身体の奥から震えが……!


 まずい……!


 何をしている!ライノール=ミリア=ヒルマテル!


 私は全身の力を込めて椅子から立ち上がり、笑顔を作る。


「エインヘリア王陛下、こちら……我が国の公爵、ライノール=ミリア=ヒルマテルです。ヒルマテル公爵、こちらエインヘリア王陛下です」


「御初御目にかかります、エインヘリア王陛下。ヒエーレッソ王国公爵、ライノール=ミリア=ヒルマテルです」


「会えて嬉しく思う、ヒルマテル公爵。エインヘリアの王フェルズだ。レグリア王国に召喚されてしまったが、故あってその地を我が物とすることにした。今後は隣国としてよしなに頼む」


「こちらこそ、貴国と縁を結べることを光栄に思っております。しかし、召喚……同じ大陸に住む者として、そのようなことをしでかしてしまった事、誠に申し訳なく思っております」


 ……本当にレグリア王国の王家は余計なことをしてくれた。


 前回の英雄召喚は私がまだ幼い頃……殆ど記憶にない。


 だが、周りの者達が慌ただしくしていたのは覚えているし、その後十数年に渡ってレグリア王国が強国として名を馳せたことは良く知っている。


 だからこそ、英雄を軽視してはいない……その筈だった。


 しかし……これは……。


 辛うじて絞り出した言葉はあらかじめ用意していた物だったが……もし何も用意が無かった場合、私は言葉を発することが出来ただろうか?


「くくっ……気にする必要はない。直接召喚に関わった連中以外に責任を求めるつもりはないからな」


 そう言ったエインヘリアの王は、肩を竦めながら私の向かい側の席に座る。


 エインヘリアの王をここに案内してきたカウルン殿と私はそれを確認してから着席……腰を下ろす瞬間力が抜けそうになったが、何とかゆっくりと腰を下ろすことに成功した。


 何故かカウルン殿とその副将から面白がるような気配を感じたが、私は二人を無視してエインヘリアから来た者達に目を向ける。


 向こうはエインヘリアの王と……レグリア王国の元王女、それと護衛の騎士とメイドか。


 確かカウルン殿の書簡にもその組み合わせの四人と書いてあったが、同じ四人なのか?


 もしそうだとすれば、元王女だけではない。


 このメイドと女騎士もエインヘリアの王に重用されているということになる。


 このような会談に同席している時点で、只のメイドではないだろうしな。


「さて、まずは前回連絡もなしに国境を越えた事を謝罪させて貰おう。謝罪の品として拾い物ではあるがドラゴンの素材を送らせてもらう。あれは素材として中々優秀だ。だが、こちらでは珍しいもののようだし、知りたければどの様な使い方が出来るか教示してやりたい所だが……本国が迎えに来てくれない事には知識や技術の提供は難しくてな」


 つらつらと挨拶の様に並べられる言葉……当然受け入れ……今何と言った?


 何か今、知らない情報が立て続けに出てきたのだが……。


 どうする?


 どこから手を出せば……。


 まだ挨拶の段階だというのに、いきなり会話の主導権を持って行かれてしまった。


 何とか立て直しを……。


「……謝罪は受け入れます。いえ、寧ろ我が国の滅亡の危機を傍観せず、越境してまで救ってくれたこと感謝しております」


「くくっ……それこそ気にする必要はない。たかがドラゴンだ。大した手間でもなかったからな」


 駄目だ……何を言っても想定の上を行かれる。


 話題を変えたい所だが……先程の話は流しがたい。


「ドラゴンの死体ですが、我々に譲っていただけるとのことですが……」


「あぁ。売るなり素材として利用するなり好きにすると良い」


「先程、素材の使い道について……本国が迎えに来ないと御教示頂けないとおっしゃっていましたが……その、本国というのは?」


「エインヘリア本国の事だ。旧レグリア王国領は正式にはエインヘリア、レグリア地方と呼ぶ地域になる。俺がエインヘリアの王を名乗っているのはそう言う事だ」


 それはつまり……レグリア王国を奪いエインヘリアを建国して王となったわけではなく、元よりエインヘリアの王であった英雄を召喚してしまったということか?


 この情報もかなり危険ではあるが……我が国にはどうでも良いこと……いや、違う!


「なるほど、そういう事でしたか。本国はエインヘリア王陛下を探していらっしゃるのですね?」


「そうだな」


「その……非常に不躾な質問かとは思うのですが、フェルズ陛下は別の世界からこの地に召喚されたと聞いております。エインヘリア本国ではそのようなケース……別の世界への移動ということが普通に行われているのでしょうか?」


 私がそう問いかけると、エインヘリアの王の笑みが深いものになる。


 その笑みに得も知れぬ嫌なものを覚える。


 また何か、私は間違えた?


 私が……そして隣にいるカウルン殿が表情をこわばらせたのを感じたのか、エインヘリアの王がその笑みを苦笑に変える。


「いや、すまない。こちらに来て何度この説明をしたかと思うと可笑しくなってしまってな」


 エインヘリアの王が笑いながら言うと、隣に座る元王女が苦々しいような、呆れる様な、咎める様な……何とも形容しがたい表情をしている。


「俺が召喚される前に居たのはこの世界だ。同じ世界の別の大陸……レグリア王国の召喚はこことは異なる世界から召喚していた訳ではない」


「そ、そうなのですか……?別の……大陸?」


「あぁ。だから、我が国の者達がやってくるのは海の向こうからということになる。どの程度時間がかかるかは分からんがな」


 視線をこちらから外し、小さな窓から外を見るように視線を向けるエインヘリアの王。


 その様子は、今にも本国から迎えが来るとでも言いたげにも見えた。


「海を越えて……それは、その……何と言いますか……貴国にとっては容易な事なのでしょうか?」


「くくっ……流石に容易とは言えんな。俺達はこの大陸の存在を知らなかった。未知の大陸そのものを探す訳だ、それなりの時間を有するだろう」


 どこか楽し気にエインヘリアの王は語るが……こちらとしてはそれどころではない。


 エインヘリアはこことは別の大陸に存在して、この大陸を探している?


 待て!


 落ち着け!


 私はエインヘリアの王ではなく周囲にいる者達の様子に意識を向ける。


 カウルン殿達は絶句している……これはどうでも良い。


 元王女は……平然としている。


 その傍に控える騎士も同様だ。


 彼女等にとってこの話は驚く程の事ではない……いや、既に何度も聞いている話ということだろう。


 メイドもやはり平然と……いや、ぱっと見平然としているように見えるが、何処か誇らしげにも見える。


 このメイドはエインヘリア本国の者か?


 いくらこの化け物じみた王だとしても、召喚されてから数か月……たったそれだけの時間で王本人に心酔するならともかく、未だ見ぬ本国を誇りに思わせることなぞ不可能だろう。


 ……召喚されたのは王だけではない?


 王とこのメイド……もしかしたら他にも?


 あり得るのか?


 いや、五十年前の召喚が一人しか呼ばれなかったから今回も一人とは限らない。


 召喚という技術は、保有していたレグリア王国でさえその全てを知っていたとは限らない。


 寧ろ、殆ど知らなかったのではないだろうか?


 でなければ、同じ世界から英雄を召喚して、自国の英雄と自慢げに語る事は出来ないだろう。


 それに何より……完璧に理解しているのであれば、王の地位にある英雄を召喚したりなぞ、絶対にする訳がない。

 

 ならば、召喚によって複数人が纏めて呼び出されたとしても、何ら不思議ではないと言える。

 

 ……なんと馬鹿なことをしてくれたのだ!


 別大陸の王をこの大陸に呼びよせ、自分達は死んで終わり?


 ふざけるな!


 死ぬなら後始末をしてから死ね!


 何故自分達の失敗で他国……いや、大陸そのものを巻き込む!


 先程、エインヘリアの王は大陸を発見することは容易ではないと言った……だが、それはつまり、不可能ではないという事だ。


 そしてそれが虚言ではなく、事実であるとその態度が雄弁に語っている。


 まずい!


 まだ挨拶程度の段階だぞ!?


 本題のほの字も出ていない段階でこれだと!?


「……エインヘリア王陛下。もしよろしければ、本題に入る前にエインヘリアについて教えて頂けませんか?何分別大陸の国の事……文化や考え方に齟齬があっては後々問題となりましょう」


「ふむ、その言はもっともだな。まぁ、大陸が違うとは言え、常識に関しては然程違いはないと思うがな?」


 エインヘリアの王がそういった瞬間……本当に一瞬だったが、元王女の表情から感情の一切が消失したように見えた。


 ……これは……相当違いがあると見た方が良さそうだな。


「そうだな……まずは基本的な情報からにするか。我が国、エインヘリアは……」


 エインヘリアの王によって淡々と語られるエインヘリアという国。


 その言葉が進むに従って、冷や汗、腹痛、頭痛、吐き気、眩暈、悪寒を覚えた私は目の前がうっすらと暗くなっていくような気がした。








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諸事情により、次回8/7の更新は18:30頃になります!

お昼に楽しみにしてくださっている皆さんには申し訳ありませんが、ご了承ください!


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