第49話 一方その頃……



 おうちかえりたい。


 出張から帰ってきた覇王の心の九割九分九厘が、この想いに占められている。


 レグリア地方の西側の森を南に抜けて、ヒエーレッソ王国へと向かった。


 そこはヒエーレッソ王国の中でも唯一神聖国の目の届かない場所といっても良い、最激戦区と呼ばれる魔物との戦場。


 最激戦区って呼ばれているくらいだから日夜魔物に攻め込まれているみたいだし、適当に数日様子見すれば手助けが出来るくらいの規模の戦闘が起きてくれるだろうと期待して向かってみればドラゴンが飛んでました。


 レヴィアナ曰くドラゴンなんて伝説上の存在って事だったので、これ幸いと翼斬って落とし……まだ息があったので首を刎ねた。


 前のドラゴンは一応話すことが出来た……会話は通じなかったけど……だから、少し話をしてみたかったんだけど、砦に向かってなんか撃とうとしてた感じだったし仕方ない。


 素材……勿体なかったよなぁ。


 特に血と肉。


 上級ポーションにしてしまえばいくらでも保存できるけど、血も肉も腐るからなぁ……持ち運びも大変だし。


 一応血を保存できるだけ砦に確保してもらってるけど、キリク達が来るまで持つかなぁ?


 血ってどのくらい持つんだろ?


 一応冷蔵庫的な魔道具があるみたいだけど、大量に保管できるわけじゃないみたいだし……何より酸化は防げない。


 密閉できる瓶とかもそんなに数を用意できないみたいだしね。


 まぁ、オトノハに見て貰って使えそうだったらラッキーくらいの気持ちでいよう。


 そういえばヒエーレッソの将軍から聞いた話だと、あのドラゴンは最深層にいる王って呼ばれる魔物じゃないかという話だった。


 王は最低でも二十匹くらいいるらしい……全部がドラゴンって訳じゃないらしいけど……他にもドラゴンがいるかもしれない。


 これは是非とも……献血して頂きたいところだね。


 いや、養殖……?


 それに、深層の魔物の素材はかなりの高額で取引されているらしい。


 いい感じに手加減しつつ狩りまくれば、キリク達合流前にレグリア地方の財政が立て直せるかもしれん。


 俺かウルルなら指先一つで消し炭……は素材が取れないからダメだけど、サクサク処理することは出来る。


 素材を大切にしないといけないから狩り方には工夫がいるだろうけど、何とかなる。


 多分プレアでも深層の魔物は戦えると思うけど……数が多くなると危ないかもしれん。


 しかし、俺かウルル……特にウルルが金策に時間を取られるのはあまりよろしくはないよな。


 ベッドで仰向けに寝転がり、天井を見ながらそんなことを考える。


 まぁ、何にしても……おうちかえりたい。


 フィオとのんびり会話をしたり弱音を吐いたり話を聞いたりと、色々気を紛らわせてはいるものの、こっちに来て三か月……覇王力の供給が需要に追い付いていない。


 覇王力のインフレ待ったなしだ。


 そんなアホな事を考えていると扉がノックされ、プレアの声が聞こえてきた。


「ふぇ、フェルズ様!レイフォン殿とラング殿がお目通りを願っております」


「分かった、執務室で会おう」


 レイフォンと……ラングって……あぁ、エリストンか。


 あの二人は相当優秀な文官だからな……これまた気の抜けない時間が始まる訳だ。


 はぁ……。


 ほんと、こっちに召喚されてつくづく思う。


 俺は、フィオやキリク達にとんでもなく甘やかされていたんだな。






「待たせたな」


「いえ、然程では」


 俺が執務室に入ると、レイフォンとエリストンの二人が立ち上がり頭を下げるてくる。


 気にしなくても良いって言ってるけど、まだその辺りは浸透していない。


 普段は皮肉気というかふてぶてしい態度のレイフォンでもこんな感じなのだ。


 レヴィアナは何とか受け入れてくれている感じだけど、他の連中が従ってくれる可能性は相当低いだろう。


「座れ。俺がいない間、何かあったか?」


「帝国に送った使者から連絡がありました。皇帝との謁見が叶ったそうで、随分と陛下の事に興味を持ったと」


「ほう?」


 ランティクス帝国の皇帝……英雄帝と呼ばれる皇帝だな。


 皇帝本人が英雄で、本来ランティクス帝国では熾烈な後継者争いが起こるのが常だったらしいのだけど、極めて平和的に皇帝の座に就いたらしい。


 まぁ、皇帝の兄や姉はかなり死んでるらしいけど……現皇帝が英雄と判明して以降はぱったりと人死にがなくなったらしい。


 英雄よりも、後継者争いでばんばん死人が出る方が怖いわ……。


 そういえば、ソラキル王国もそんな感じだったっけ……。


 しかし、後継者争いに英雄参戦とか……帝位を狙ってた連中からしたら堪ったもんじゃないだろうね。


 羊の群れの中にバフォメットが混ざっているようなもんだろう……いや、バフォメットは山羊だっけ?


 まぁ、何にしても……英雄帝が俺を気にしているか。


「帝国は返礼の使者を送るとのことです」

 

 エリストンの報告に俺は皮肉気に笑って見せる。


 予定通り食いついてくれたという訳だ。


 皇帝の為人は聞いていたから多分行けるとふんだけど、大成功って感じかな?


「想定通りだな。後は神聖国の連中次第だが、そちらはどうだ?」


「こちらも陛下の想定通り、我が国の教会の者達を動かし情報を集めているようです。こちらに来るには今暫く時間がかかるかと」


 レイフォンも予定通り事が進んでいると笑みを浮かべながら報告してくる。


 元々神聖国に降ろうとしていた筈だけど、連中に鬱憤も溜まっていたんだろうな。


 神聖国に一泡吹かせられると喜んでいる雰囲気だ。


「くくっ……急ぎ使者を送ったかいがあったというものだな」


「全くですな。陛下の悪だくみ……成就した時の生臭共の慌てる顔。早く見たいものです」


 雰囲気どころか完全に口に出したわ。


「レイフォンは性格が悪いな」


 俺がそう口にすると、大きくため息をついたレイフォンが首を振る。


「これは心外な。私は陛下の策に従って動いただけですぞ。その結果が早く知りたいと言っているのです。無論、陛下の策が失敗するとは思っておりませんぞ?」


「貴様、先程慌てる姿が見たいとしか言ってなかっただろうが」


「おや?そうでしたかな?」


 相変わらず飄々としたおっさんだな。


 初めて会った時はもうちょっと可愛げがあったと思う……何だったらちょっとガクブルしてた。


 それが今や口を開けば皮肉か揶揄ばかりだ。


 ……嫌いじゃないが。


「くくっ……まぁ良い。エリストン、同僚の性格が悪くて苦労するな」


「いえ、そのような事は」


「エリストン殿。性格の悪い上司を持つとお互い苦労しますな?」


「いえ、そのような事は」


「そういうところだぞ?レイフォン」


 パワハラやぞ?


「陛下こそ、部下を威圧しながら同意を求める等と……暴君にでもなりたいのですか?」


 逆にパワハラを指摘されたんじゃが?


「くくっ……」


「ふふっ……」


「……」


 俺とレイフォンが含み笑いを……その間に挟まれたエリストンは無言で目を伏せる。


 おい、エリストンが困ってるだろうが、やめなさいよ。


 そうは思うけど、レイフォンがこちらを見ながら意地が悪そうに笑っているので俺もそれに付き合い冷笑を続ける。


「陛下。我々の報告は以上になりますが、ヒエーレッソ王国はどうでしたか?」


 しばらく変な空気が執務室に広がったが……その空気をエリストンが破った。


 エリストンは苦労性だな……バンガゴンガと気が合いそうだ。


「悪くない手ごたえだったな。会談は成ると見て良い。タイミングが良かった」


「タイミング……ですか?」


「あぁ。俺達がヒエーレッソの砦に着いた時、丁度砦がドラゴンに襲われていてな」


「ど、ドラゴンですか!?」


 俺の言葉にエリストンが目を丸くしながら声を大きくし、その横でレイフォンも絶句している。


 流石の皮肉爺もドラゴンには驚くようだ、


「あぁ。砦の上を旋回していてな。とりあえず翼を斬って落とした」


「……斬ったというのは……その……剣で?」


「あぁ」


「……砦の上を旋回していたと言っていませんでしたか?」


「あぁ。悠々と飛んでいたぞ」


「剣が……届いたのですか?」


「くくっ……流石に剣は届かんな」


「???」


「……ドラゴンは死んだのですかな?」


 疑問符を飛ばしているエリストンに代わり、レイフォンが尋ねてきた。


 流石に立ち直りが早い……先程絶句していたというのにもう余裕さえ感じさせる。


「地に落とした後で首を落としたからな。それまでは生きていたが……くくっ……ドラゴンが狸寝入りをしていたぞ?」


「ドラゴンが死んだふりを?……余程恐ろしい目に遭ったのでしょうな」


「飛んでいる最中に翼を斬られた経験はなかっただろうしな」


 俺が肩をすくめてみせると二人が渇いた笑い声をあげる。


「因みにドラゴンの死体はヒエーレッソにくれてやった。無断越境の詫びとしてな」


「……流石ですな。それは間違いなく会談は成るでしょう」


 微妙に含みありげなレイフォンの言葉にエリストンも頷く。


 まぁ、そうだろうね……物凄い押し売りだと自分でも思う。


「しかし、陛下は本当に運がありますな。砦到着と同時にドラゴンが襲来しているとは……ヒエーレッソにとっては悪夢でしょうが」


「伝説上の魔物に襲われているところを助けてやったのだ。ヒエーレッソも余程の豪運だと思うがな?」


「そうとも言えますな。しかし……陛下には幸運の女神でも付いているのではないですか?」


「くくっ……本当にそうであれば、俺はここに召喚されていないと思うぞ?」


 まぁ、神様は妻ですが……御利益は塩だからなぁ。


「それに、俺にとっては確かにタイミングが良かったが、ドラゴンの襲来は果たして偶然かな?」


「と言いますと?」


「森で何か起きている……その可能性が否めないな。辺境守護の方でもドラゴンの襲来とまでは言わぬが、普段と森の様子が違った」


「「……」」


 神妙な顔で黙り込む二人。


 狼の件……大して気にしていなかったけど、この短期間に異常と呼べる事態が二回だ。


 偶然とは考えにくい……。


 ……。


 はぁ……ヒエーレッソ王国に神聖国と帝国。


 この上森まで相手にしないといけないのか?


 おうちかえりたい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る