第48話 会談に向けて
View of レンザック=ミリア=ヒエーレッソ ヒエーレッソ王
「その……ドラゴンは既に死んでいると」
「カウルンの書簡にはそう書いてあるな」
不満気というよりも困惑といった感じの表情でヒルマテル公爵が口にした言葉に、私はあっさりと頷く。
まぁ、私もカウルンからの書簡を読んだ直後であれば同じような反応をしたと思うが、こちらは意味の無い会議中に何度もこの事を反芻する時間があったのだ。
何の解決案も出せていないが、少なくとも落ち着くことだけは出来た。
「そして……ドラゴンを倒したのが、レグリア王国に召喚された英雄。先日使者を送ってきたエインヘリアの王ですか」
「そのようだな。カウルンの元にエインヘリアの情報はまだ伝えていなかったから、勘違いなどというものは起こりようがない。少なくとも、エインヘリアの王を名乗る者が砦に現れたのは間違いないだろうな」
「そうですね……ドラゴンが倒されたわけですし、英雄が砦に訪れたのは確実。神聖国の英雄が動くとは思えませんし、帝国の英雄が来るはずもありません。となれば、突然知られていない英雄が出てきたというよりも、エインヘリアの英雄が現れたと考えるのが妥当でしょう」
そこまで言って黙り込んだヒルマテル公爵。
まぁ、英雄が現れただけなら喜ばしい話なのだが、それが国家所属……いや、王を名乗っている事が問題だ。
「陛下。エインヘリアという国の件は、帝国からの帰路で少し報告を聞いただけなので詳しくないのですが……一体どういう?」
「こちらも詳しい情報を持っているわけではない。エインヘリアから使者が来たのはつい先日。その時は国交に関する話は一切出ず、レグリア王国によって召喚された英雄であること、レグリア王国領を奪いエインヘリアを名乗った事の宣言だけだったからな」
「私があの辺りを移動していた時は、まだあそこはレグリア王国だったのですが……新たな英雄が呼び出されたという噂はありました。しかし、その噂を耳にしてから国が変わるまであまりにも早すぎる……」
「召喚されてから一月ほどで反対勢力を潰したとか言っていたな」
私が使者から聞いた話を伝えると、ヒルマテル公爵が呆れたような表情を見せる。
「英雄が凄まじいのか、レグリア王国が不甲斐ないのか……」
「元々政変があっただろう?」
英雄が召喚されることになった切っ掛け。
王女の起こしたクーデターによって上層部はガタガタだったからな。
英雄の持つ力があれば、残った反乱分子を鎮圧することも難しくもなかっただろう。
「あの時はレグリア王国内に居ましたから、かなり焦りましたよ」
「既に地盤も屋台骨も揺らいでいたのだ。そこに強力な力を持つ英雄が出てくれば、あっという間に国がひっくり返ってもおかしくはない」
いつの世も、苦しい時に現れた強烈な光に人は吸い寄せられるものだ。
それが国を焼き尽くさんものだとしても、民は諸手を上げて歓迎するだろう。
抗うのは旧態依然の支配者階層のものだけだ。
そして英雄にとってそれを潰すのは然程難しい話ではない。
まぁ、それはさておき……。
「無事国境を越えられたのは、王となった英雄が然程領土や国境というものに固執していなかったからだろうな。国境を固められていたら危なかった」
私の言葉にヒルマテル公爵が頷く。
ヒルマテル公爵は秘密裏に帝国に行っていたのだ。
国内でその事を知っているのは片手で数える程しか居ないし、エインヘリアで捕縛されていたとしても国の後ろ盾を使う事は出来ない。
我が国の者達に帝国と繋ぎを取っていることがバレる事だけは、絶対に避けなければならないからだ。
もしバレれば……ヒルマテル公爵は勿論、私も……恐らく息子も殺されるだろう。
孫はまだ成人しておらぬが、既に三十半ばの息子よりも傀儡としてはそちらの方が良いだろうしな。
私が神聖国やそれに与する貴族連中に排斥されないのは、何もしないからだ。
しかし、水面下で勝手に動く人形は邪魔以外の何物でもないだろう。
現在の状況を見越していた訳ではないだろうが、弟が臣籍に降ったのは自由に動くことの出来る立場を求めての事だ。
まだ父が健在の頃、弟が突然臣籍に降りたい言い出した時は驚いたものだが……その時弟は私と父に「自分は王族としての地位も名誉も誇りも必要としない。ただ王族としての矜持は残したいと思う。その為に王位継承権を返上して自由に動ける立場になりたい」そう言ったのだ。
その言葉通りというか、臣籍に降った弟……ヒルマテル公爵は遊興に耽り、国外へ外遊し散財している……という評価を得ている。
まぁ、実際金遣いは荒いと言えるが……それも帝国相手に繋ぎを取るための必要経費だ。
費用の捻出は相当厳しいが……。
しかし、神聖国の属国という立場で帝国と繋ぎを取る。
言うまでもなく国への裏切り行為だが……民の為にはどうしても帝国の力が必要なのだ。
とはいえ、我が国と帝国は地続きではなく交渉は難航している……仕方ない話ではあるが。
帝国の庇護下に入ろうと、地続きではない以上援軍を送ってもらう事は難しいし位置的に帝国の盾となる位置でもない。
こちらには利のある話だが、帝国にとっては……しかも、現状神聖国の属国となっている国だ。
もし帝国が我々を受け入れれば、神聖国との関係が非常に緊迫したものになるのは想像に難くない。
ただでさえ大陸の双璧……二大強国としてお互いをライバル視しており、小競り合いの尽きない間柄だ。
我が国が切っ掛けで大戦が起こってもおかしくはないだろう。
「カウルン殿の書簡では、相当やっかいな御仁との評価ですが……」
私は帝国の事を考えていたが、ヒルマテル公爵は目の前の問題についてしっかりと考えていたようだ。
いかんな。
少し現実逃避をしていたようだ。
「ただ力を誇る英雄ではない様だが……」
カウルンの書簡にはエインヘリアの王を名乗る英雄が秘密裏に私、もしくは全権を委任された者と話がしたいと言って来ている。
時は二十日後……会談の場所はカウルンの詰めている砦だ。
「……こちらの状況を知り過ぎている気がします。現れた場所も、最初に交渉した相手も……ピンポイントという他ありません。秘密裏というのは神聖国に漏れないようにという事でしょうし、全権を委任されたものという言い方も……私を指名しているという事でしょう」
「召喚されたという話が本当であれば……レグリア王国の政変からまだ三か月は経っていない。レグリア王国の元王女が傍にいたとのことだが、情報源はそこではあるまいな」
ヒルマテル公爵が私の代理として動いている事は秘中の秘。
神聖国ですら知らない話だ。
元王女が知っている筈もない。
「レグリア王国の諜報機関を立て直したと?」
「そのレベルではなさそうだが……」
諜報機関というか、情報網というものは一度崩壊してしまえば立て直すのは容易ではない。
いかにトップが変わり諜報に力を入れようとも、一月や二月で一度断絶してしまった情報網を復活させられる筈がない。
レグリア王国の諜報機関が死んだふりをしていたのであれば話は別だが、あれだけ内情がボロボロで、王女がクーデターを起こす様な国だ。まともに諜報機関が機能していたとは考えにくい……というよりも、機能していればクーデターなぞ成功しなかっただろう。
そんな私の考えが伝わったのだろう、ヒルマテル公爵が苦笑する。
「情報をどうやって得たのかも気になる所ですが、それ以上に問題なのは、かの英雄が何を求めているか……ですね」
「表立っての接触ではない。つまり、神聖国には知られたくないという事だな」
「エインヘリアは神聖国に思うところあり……もしくは事を構えるつもりということになりますね」
「召喚されたばかりの英雄が目をつける相手としては、妥当とは思えないが……」
「……何か因縁があると見るべきですね。レグリア王国の元王女に唆されたという可能性もありますが……」
「カウルンの書簡に書かれていた人物像は……そう簡単に色香に惑わされるようなタイプではなさそうだな」
寧ろ他人を自在に操るような狡猾さ、そしてなにより底知れなさを感じたと評していた。
「となると……召喚を行ったレグリア王の背後に神聖国がいた。そんなところでしょうか?」
「ありそうな話だ。召喚自体はレグリア王国に責任を押し付け、神聖国は見知らぬ土地に呼び出された英雄に親身になる……そんな事を目論んでいたとしてもおかしくはない」
「まさに今我が国が受けている仕打ちですが……神聖国の得意技ですしね。しかしそうなると……」
私の言葉にヒルマテル公爵が冷笑を浮かべた後、手を組んで額に当て考え込むそぶりを見せる。
暫く言葉を交わすことなく静かな時間が生まれる。
我が国の現状、エインヘリアの狙いと要望。
「どう考えても厄介事ですね」
組んでいた手を広げ、深くため息をついたヒルマテル公爵が疲れたような笑みを浮かべる。
「しかし、ドラゴンの素材を譲られた以上、秘密裏の会談を受けぬわけにはいかん」
「一応、無断で国境を越えた詫びだそうですが?」
「それを無邪気に信じられれば良かったのだがな。そもそも値段の付けられないドラゴンの素材を詫びとして寄越されても……困惑するだけだろう?」
「然様ですね。まぁ、カウルン殿の書簡には、エインヘリアはドラゴンの素材の活用方法を熟知しているようだとありましたし、彼らにとっては値段を付けられるものなのでしょうが」
「エインヘリア王が元居た世界には、ドラゴンがありふれていたということか。恐ろしい世界だ」
そのような世界に生まれたからこそ、カウルンの言うような凄まじい人物となったのかもしれないな。
「……ドラゴンを一撃で倒す英雄と交渉ですか。今から生きた心地がしません」
「すまんな。流石に私が動くわけにはいかん。ただ座っているだけの王とはいえ、いなくなれば流石に誰かしら気付くだろうからな」
「……陛下の名代として全力を尽くします」
ヒルマテル公爵であれば……我が国の未来の為に話を纏めてくれる筈だ。
私は無責任にそう思う事にした。
しかし……エインヘリアの王か。
一体どのような王なのだろうか?
カウルンからの書簡には英雄……超越者と呼ぶのに相応しい存在であり、現状打破の為の劇薬であることには違いないと。
ただの薬と違うのは……エインヘリアの王には意思があり、その目的と我々の目指すところが一致するかどうかは会談をしてみないと分からない。
下手をすれば国の全てが消滅する可能性もあるが、それでも会談はするべきだろう……そんな風に書かれていた。
国ごと消滅するかもしれないけど会った方が良いとは……リスクが高すぎないか?
あの、実直かつヒルマテル公爵に並ぶ程の国士であるカウルンにそこまで言わせるエインヘリア王。
同じ王として情けない限りではあるが、相当な御仁であるのは間違いない。
可能であれば、私も会ってみたいものだな。
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現在一日置きに投稿していますが、最近奇数の日に投稿するって覚え方をしているのでそのルールで行こうと思います!
ってわけで、明日も投稿しまっす!
でも、明日はいつもと同じ時間に投稿出来ないかもしれません!
お昼に投稿出来たら良いなぁとは思いますが、ちょっとどうなるか……。
遅くなったとしても明日中には絶対に投稿しますので……ご了承ください!
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