第47話 ぼんくら
View of レンザック=ミリア=ヒエーレッソ ヒエーレッソ王
西方将軍であるカウルンから連絡が届いたが……そのとんでもない内容に王城が揺れた。
しかし、それは無理もない話と言える。
カウルンの詰める砦……対魔物の最激戦区にて表層、中層、深層の魔物が森から溢れ出て砦を襲撃したという報告だ。
いくら激戦区と言えど、深層の魔物が森から溢れ出てくること等未だかつてなかった。
これは過去いくつもの国が滅亡に追いやられた、魔物の大侵攻の前触れなのではないか?
いや、既に大侵攻が始まっているのではないか?
西の砦が防ぐことが出来たのだからそう考えるのは早計だ。
備えとして他所からもっと激戦区に兵を送るべきだ。
神聖国への報告はどうする?
すぐに知らせるべきだ。
援軍を送ってもらうべきだ。
まさに喧々諤々といった様子で会議室は荒れたが、私に意見……ましてや裁可を求められる様なことは一切ない。
私が王位を継いで三年が経過した。
もうすぐ六十になろうという年齢からすれば、短すぎる在位期間と言える。
私の父の在位期間は五十年以上にも及んだ。
しかも私が王位を継いだのは譲位という形ではなく、父の死による継承。
本来であればもっと早く王位を継ぐか、もしくは永遠に継ぐことは無かったのだが……父が亡くなったので継がざるを得なかったのだ。
父が譲位をしなかったのは、本人の権力欲や私が後継として頼りなかった……いや、それはあったかもしれないが……その辺りが理由ではない。
父は自身をこの国の最後の王とするつもりであった。
ヒエーレッソ王国は長年オロ神聖国の盾として利用されてきた。
いや、我が国だけではない。
大陸西側にある国の全てが東側諸国の盾として認識されていたのだ。
自国の民の命を使い他国の民の命を守る。
どれだけ内政に力を入れようとしても、国の西側に終わる事の無い戦線を抱えている以上、防衛費に税収の大半を持って行かれてしまい身動きが取れない。
それこそ英雄が生まれでもしない限り、現状を打破することは出来ないだろう。
……数十年前のレグリア王国がそうであったように。
しかし、そんな願いが叶う筈もない。
良く父は言っていた……奇跡を願っている時点で終わっていると。
奇跡を渇望しているからこそ、奇跡は訪れないのだと。
レグリア王国を救った奇跡は、レグリア王国が備えていたから手にすることが出来たもので、ただ偶然その時が訪れるのを願っているだけで手に入るものではないのだと。
確かにその通りだと思う。
しかし、その奇跡……偶然が起こる事を、そう言っていた父が一番望んでいたのだろう。
だからこそ、死ぬまで王として勤めたのだ。
奇跡が起きるか……それとも神聖国に併合されるか。
父は最後の仕事に神聖国に併合されることを望んだが、それが叶う事は無かった。
神聖国は我が国を盾として使いたいのであって、自国に取り込む様な事は避けたかったのだろう。
どれだけ父が交渉を重ねてもはぐらかされ、最後まで色よい返事は貰えなかった。
まぁ、それはそうだろう。
盾は消耗品だ。
自国に組み込んでしまっては、自国の民を消耗品として死地に送り込まなければいけなくなる。
信徒の救済を謳う神聖国としては避けたい事態だ。
神聖国との同盟は、確かにこの国をギリギリのところで滅びから救ってくれている。
しかし、それは救いだろうか?
いや、それだけは絶対にない。
民も国もじりじりと弱火であぶり続けられているようなものだ。
終わりの無い責め苦……父は国を潰すことで民をその責め苦から逃がそうとしたが、失敗した。
国内の貴族の中に神聖国から甘い汁を受け、民を生贄に捧げている者達がいるからだ。
そして……非常に遺憾ながら、ここでこうして騒いでいる貴族達のほぼ全てが神聖国の意のままに動く者達で構成されている。
既にこの国の実権は神聖国が握っており、私はここに座っているだけの存在に過ぎない。
父は神聖国の手を取ったことを悔やんでいた。
民を救うために……苦しみから解放するために国を差し出し、その結果は今まで以上の辛苦。
せめて併合してくれれば、その一抹の希望に縋り最後の瞬間まで王であり続けた父。
そんな父の後を継いだ私は……王としても人としても子としても三流以下だ。
子として父の遺志を継がず諦念し。
人として自ら考え動くことを諦め。
王として民を導くことを放棄した。
なるほど……父が譲位をせずに王であり続けたのは、やはり私が王に相応しくなかったからなのだろう。
まぁそんなことを再認識した所で、この……ただ騒ぎたいだけの会議がどうなるわけでもない。
なんせ、こうやって喧々諤々とやっている連中も、この場で騒いでいるだけで何一つ決めることはないのだから。
最終的には神聖国に全ての情報を伝え、指示を待つのだけだ。
私はそれから暫く騒がしい連中を見ながら無駄な時間を過ごした。
「お疲れ様です、陛下」
「あぁ、来ていたのか」
意味の無い会議が終わり、精神的な疲労に辟易としながら私室に戻ると、ヒルマテル公爵がソファで寛いでいた。
「……どうせなら会議に参加して欲しかったのだがな」
「意味の無い時間を過ごす……そのような贅沢な時間を過ごす暇はありませんのでご容赦ください」
肩を竦めながら朗らかに皮肉を口にするヒルマテル公爵に私はため息をつく。
「それを今まで耐えてきた私に言わないでくれないか?疲れが二倍にも三倍にもなる」
「それは失礼しました。因みに……聞くまでもありませんが、何か決まりましたか?」
やめてくれと言っているのに皮肉を止めないヒルマテル公爵の向かいに腰を掛ける。
こやつは本当に昔から変わらん……私を揶揄って楽しむのだ。
彼、ライノール=ミリア=ヒルマテルは私の実弟だ。
私が王太子となり、息子が成人すると同時に臣籍に降り公爵となった。
王族よりも多少は自由な立場となり、身動きの取れなくなった父や私に代わり色々と動いて貰っているのだが……。
「決まったことは特にないが、問題が起きた。まだ聞いてはいないのか?」
「申し訳ありません、つい今しがた王都に戻ってきたばかりでして……」
申し訳なさそうな表情を見せるヒルマテル公爵だったが、申し訳なさを覚えるのはこちらの方だ。
よく見ると、彼の格好は何処かくたびれている……最低限整えた旅装のまま登場してくれたのだろう。
「いや、こちらこそすまない。色々と動いて貰っている以上、こちらの情報が遅くなるのも無理はない」
そう前置きしてから、私はカウルンの詰めている砦で発生した魔物の大侵攻について説明する。
ヒルマテル公爵が両手を組みながら額にコツコツとぶつける。
子供の頃から弟の悩む時の癖だが……年をとってもそういうところは変わらんな。
そんな場合ではないというのに私は笑みをこぼしてしまい、そんな私の様子に気付いたようでヒルマテル公爵が怪訝な表情を見せる。
「陛下?」
「いや、すまない。そんな場合ではない事は分かっているのだが、お前の癖が懐かしくてな」
「……あぁ、これですか。そういう陛下も悩んでいる時に下唇を噛む癖が変わっていませんよ」
「む……気をつけてはいるのだがな」
悩んでいる事が外から見えてしまってはかなりの問題だ。
「公の場では大丈夫ですよ。ただ、私やカウルン殿と話している時は油断が見えますね」
「……まぁ、二人の前だけなら問題ないか」
私はそう言って苦笑する。
侯爵であり西方将軍であるカウルン。
そしてヒルマテル公爵である弟。
私が心を許せる二人だ。
この二人がいなければ、王として最低限の責務さえこなすことが出来なかっただろう。
「因みに、今説明した大侵攻の件は表向きの情報だ」
「表向きというと……」
「これはカウルンの副将が持って来てくれた、私個人宛ての書簡だ」
私は懐に忍ばせていたカウルンの書簡をヒルマテル公爵に渡すと、書簡に目を落としたヒルマテル公爵の表情がどんどん変化していく。
最初は顔を顰め、次に目を見開いて驚き、続きを食い入るように読み始め……目が同じ場所を何度も往復し、一度書簡から目を離し目頭を揉む。
そしてしばらく中空を見た後に書簡に目を落とし……沈痛な表情になる。
そして最終的に腹痛を堪えるかのような表情になったヒルマテル公爵は、書簡を畳み私に返してきた。
「カウルン殿がわざわざ陛下に認めた書簡です。虚偽の報告などあり得ませんが……しかし、これはあまりにも……」
言葉を続けられないヒルマテル公爵の代わりに、私は書簡の最初に書かれていた話から口に出す。
「最深層の王と呼ばれるドラゴン。それが動いたことによる魔物の大侵攻……いや、魔物たちはドラゴンから逃げてきただけであろうな」
「大侵攻発生の理由が分かったのは不幸中の幸いと言えます。そしてその原因から考えれば、今後も大侵攻が続くとは考えなくて良いでしょう」
「ひとまず、民が魔物に蹂躙される未来は回避できたという事だ、喜ばしい限りだな」
「では、その大侵攻を引き起こすきっかけとなったドラゴンについてですが……」
憂鬱そうにそう口にするヒルマテル公爵の姿は……父や私にそっくりであった。
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