第45話 苦悩
View of カウルン=テオ=エラティス ヒエーレッソ王国侯爵 西方将軍
エインヘリアという国の王を名乗る……いや、エインヘリア王陛下を来客用の部屋に案内してから四半日程が経過しただろうか?
その間、砦中が慌ただしく動き回っていた。
大量に押し寄せてきた魔物の死体の処理に、後方に抜けていった魔物への対応。
幸い、後方へ抜けた魔物たちよりも異変が起きてすぐに送った伝令の方が早く後方の砦に到着した為、対応は間に合ったようだ。
狼煙だけでは危なかったかもしれない……この辺りはもう少し調整が必要だろう。
膨大な量の魔物の死体は疫病の原因となりかねないので穴を掘って焼いているが、数が多すぎてまだ数日はかかるだろう。
本来であれば肉や皮、爪や骨辺りは回収して有効活用したいところではあるが、基本的に死体の損壊が激しいし、一体一体精査している様な時間はない。
勿体ないとは思うが流れ作業でどんどん焼いていく。
まぁ、兵達は金になりそうな部位を個人的に懐に入れているだろうが……それを咎めるつもりはない。
命の対価として兵達には十分な給金を渡しているとは言い難いし、自分達で臨時収入を得てくれるならばそれは推奨したいくらいだ。
魔物の素材が国内に供給されるのも悪い話ではないしな。
勿論それに気を取られて焼却作業が滞ってしまうのは問題だが、その辺りは現場を任せている連中がしっかり管理してくれている筈だ。
問題は……あのドラゴンだな。
砦に入った直後、エインヘリア王陛下はドラゴンの死体について我々の自由にして良いとおっしゃってくれた。
いや、可能であれば血は採取出来た分だけ譲ってほしいと言われたが、譲るも何もエインヘリア王陛下が倒されたわけで、こちらが所有権を主張できる立場にはないのだが。
ドラゴンの素材……一体どれほどの価値があるのか。
いや、恐らく疲弊した国内の経済状況ではそれらを捌くことは出来ないだろう。
だからこそ、我々は解体作業こそするが、素材は全てエインヘリア王陛下にお渡しする予定だ。
伝説上の生き物であるドラゴン……そんなものを譲ってもらい無邪気に喜べる程、私は能天気ではない。
レグリア王国を併呑したと言っていたが、エインヘリアという国がこの付近にあったという話は聞いたことがない。
元王女を従えていたことから見ても、レグリア王国そのものを乗っ取り、エインヘリアと国名を変えたと見て間違いないだろう。
そうなると、エインヘリアも財政状況はあまり良くない筈。
ならば素材を国に持ち帰り活用するなり、帝国や神聖国に売るなリして資金を得れば多少ならず資金を得られる筈だが……あっさりと、何の気負いもなくこちらに譲った。
「貴国に現れた魔物で、襲われていたのは貴国の砦だ。俺は確かに仕留めたが、ただそれだけだ。所有権を主張するつもりはないが……そうだな、もし感謝してくれているなら採取出来た血を分けて貰えるか?あぁ、それと俺がここに来たことは、まだ国に報告は控えてくれないか?何、魔物の襲来で混乱していた為多少報告が遅れるくらいは……構わんだろう?」
口止め料にしては多すぎる……いや、報告するなと言っているわけではない。
報告を遅らせて欲しいという要請だ。
本来であればそれを受け入れることは出来ないが……今正規ルートで報告を上げたところで、諸事情によりあまり意味がない。
であれば、少しでもエインヘリア王陛下の話を聞いてから動いた方が、真に国の為には良いと言える。
しかし、ドラゴンの血……一体何に使うのだろうか?
レグリア王国は魔導具や魔法の研究に長けた国だ。
その技術を呑み込んだエインヘリアであれば、伝説上の存在でしかなかったドラゴンの活用方法を知っていたとしてもおかしくはないか?
それにしても……。
私はすっかり日の落ちた窓の外を見ながら、深い溜息を吐く。
ドラゴンが倒れ、その陰からエインヘリア王陛下が姿を現した時、何故私は陛下の名前を聞いてしまったのか。
あの時、名を聞かず……助けてくれたことに礼を言い……それで後処理があるとかなんとか適当に言って追い払ってしまっていれば……。
余りにも不義理な考えに、私はかぶりを振りながらその考えを消す。
そんなこと出来る筈もないが……それでも、エインヘリア王陛下に誰何せず、上手く対応する方法は無かっただろうか?
……。
……いや、分かっている。
私がエインヘリア王陛下の名を聞きたかったのは……その力を欲したからだ。
わざわざ確認するまでもなく……エインヘリア王陛下は英雄だ。
小国である我が国には、当然だが英雄は存在しない。
そして英雄が一人国家に所属するだけで、周辺国に対しかなり強気に交渉をすることが出来る。
その事はかつてのレグリア王国を見れば明らかだ。
現在、我が国はオロ神聖国の事実上属国という立場になっている。
仮に、ただ英雄がヒエーレッソ王国に所属したというだけでは、すぐにオロ神聖国に召し上げられてしまうだろう。
だが、ここはヒエーレッソ王国西の最前線。
ここにはオロ神聖国からの援軍は配備されず、ここに居る限り英雄の存在はオロ神聖国にすぐにはバレない。
この地で上手く英雄を抱え込み、ゆくゆくはヒエーレッソ王国に仕える英雄とすることが出来れば、この最前線は勿論、南の魔王国軍との戦場もオロ神聖国の援軍を得ずとも押し返すことが出来るだろう。
そうなれば、現状の……属国という立ち位置からの脱却が叶ったはず。
ドラゴンを一撃で倒したあの力を見て……そんな欲を抱いてしまったのだ。
だからこそこうなってしまったのだが……いや、あそこで誰何しないという選択肢はなかった。
つまり、これはこう成るべくして成った……恐らくエインヘリア王陛下の狙い通りに。
そして……国にはまだ来訪を知らせるなとの言葉。
エインヘリア王陛下は恐らく見抜いている。
いや、この国の現状を知るからこそ……この砦にやってきたのだ。
その狙いは分からないが、オロ神聖国ではなくヒエーレッソ王国相手に交渉を望んでいる……秘密裏に。
再び私が大きくため息をつくと、それを打ち消すかのようなタイミングで部屋の扉がノックされた。
「閣下、後方の砦から伝令が来ました。抜けてきた魔物の掃討が完了したとのことです。それと取りこぼしがいないか隊を編成して斥候を出すと」
「そうか。あの混乱で少なくない数を後ろに通してしまったと思っていたが、思いの外早く片付いたようだな」
「そのようです。今こうして落ち着いて報告が出来ている事が奇跡のように感じられますが……」
明らかにほっとした表情で副将が言うが……恐らくこの砦にいる全員が同じ気持ちだろう。
魔物の群れ……そしてドラゴンの襲来。
前者だけでも絶望的だったのに、後者に関しては絶望すら生温く感じたものだ。
その脅威が砦の傍で横たわっている。
助かった……国を守れたという満足感や解放感は筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。
今の私は、そんなものを一切感じられないが……。
「……そうだな。確かにあれは奇跡だった。だが、我々から見れば奇跡以外の何物でもなかったが……あれは本当に奇跡だったのかな?」
「どういうことですか?」
「……」
私の言葉に副将が訝しげな表情を見せた後、何かに気付いたように口を開く。
「今回の魔物の襲来……いや、ドラゴンの襲来はかの者達によって引き起こされたと?」
「そうは言わん。確かにエインヘリア王陛下であれば、最深層のドラゴンを追い立て魔物の大侵攻を引き起こすことが出来たと思う。だが、流石にそれはないだろうな。いくら英雄とはいえ、女性を三人も連れて最深層から砦までを森の異変があってからドラゴンが襲来するまでの短時間で移動出来るとは思えない」
「それは……確かにそうですね。では?」
「うむ。エインヘリア王陛下がこの砦に来たこと……これは奇跡ではなく必然だと私は考えている。ドラゴンが襲来したことは……奇跡というか、エインヘリア王陛下にとっては幸運と言えるだろうがな」
無論我々にとっても、この状況でエインヘリア王陛下が砦に来てくれたことは僥倖以外の何物でもない。
しかし、あの英雄にして王である人物が何を考えているのか……。
渋い顔をしている私を見て、副将が苦笑しながら口を開く。
「確かにあの方がここに来たのは必然かもしれません。ですがやはり、それが今日であったことは奇跡だと思います。一日……いや、半日でも到着が遅れれば、私達は死んでいたでしょうし、国も恐らく……」
「……そうだな、その通りだ。エインヘリア王陛下の来訪を警戒して、そればかりに意識を囚われていたのかもしれない。この砦だけではない、国そのものを陛下は救ってくださったのだ。まずは礼を尽くし……話を聞かなければなるまい」
「それがよろしいかと。まぁ、閣下が警戒される気持ちは分かります。けして一筋縄ではいかない相手でしょうから……」
「代わってくれるか?」
「私では、とてもではありませんが格も力も足りないかと……」
苦笑する副将に私はかぶりを振ってみせる。
「格という話であれば、私はただの将軍に過ぎんよ。当然他国の王と一対一で話が出来るような立場ではない」
「しかし、わざわざ一番の激戦区であるこの地に来たという事は、将軍と交渉がしたいという事では?」
「……私は神聖国に悟られたくなかったからだと見ている」
私を狙ってということは正直考えにくい。
西方将軍は政治とは縁遠い役職だ。
表向きヒエーレッソ王国と交渉したいのであれば、私と繋ぎを取るよりも同行していたレグリア王国の元王女の縁を使う方が良いだろう。
それをしないということは、この来訪は確実に裏の要件ということになる。
「さて、そろそろエインヘリア王陛下と話をせねばなるまい」
各所から提出された書類を処理済みの籠へと入れて立ち上がる。
非常に気は重いがいつまでも後回しには出来ない。
森を移動してきて疲れているだろうからと理由をつけて、日が暮れるまで時間を貰ったがいい加減限界だろう。
無論、魔物襲来の後処理で今までずっと忙しくしていたので、無駄に時間を潰していた訳ではないが。
「御指示通り、第一会議室を片付けてあります」
私は副将に頷いて見せる。
周りの部屋に兵は配さず、警備も少し離れた位置で行うように指示を出した。
それほど踏み込んだ話は出ない筈だが、ここは万全を期すべきだろう。
「では、先に向かうので陛下をお連れしてくれ」
「はっ」
「……案内した後はそのまま参加してくれ」
最初の命は生真面目な様子で返事をした副将が、二つ目の命では心底嫌そうな顔になったのが印象的だった。
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