第44話 血を降らせ、地を固める



 あぁ、ドラゴン勿体ねぇ……。


 俺は首が取れて、血をだくだくと流すドラゴンの死体を見つつそんなことを考える。


 折角久しぶりに遭遇したドラゴンだっていうのに、速攻で殺してしまった。


 ドラゴンの素材ってゲーム中はそんなに取るのに苦労しなかったけど、この世界ではかなり貴重品だ。


 そしてこの世界のドラゴン素材でも、ゲームの時に確保していたアイテムと同等の効果がある……是非とも確保したい素材だったのに。


 角、爪、牙、皮、肉、骨、血……余すところなく素材として利用可能なドラゴンだが、俺が特に欲していたのは肉と血だ。


 現在進行形でだばだば地面に流れてしまっている血は、上級ポーションの素材になる。


 あればあるだけ嬉しい消耗品の素材だ……正直武具とかを作る他の部位よりもこっちの方が断然価値が高い。


 肉は食べるとおいしいくらいだが……こっちも食べれば無くなるので確保出来ればとても嬉しい。


 この覇王、自慢じゃないが貧乏性である。


 素材の供給が安定していない状況で消耗品をガンガン使うのは……ちょっと難しいと言いますか、心が辛い……。


 ドラゴンの血以外の上級ポーション素材は安定供給されているけど、血はなぁ……。


 ゲーム時代の在庫と、うちに飛んできた空飛ぶ蜥蜴君から採ったものしかない。


 ゲームの時と違って、一匹倒せば素材を大量に確保できるボーナスステージなんだけど……それは保存がしっかり出来ていればの話。


 今日ようやく新しいドラゴンに出会えたというのに……あぁ、何故俺はプレアの得意魔法を氷にしなかったんだ!


 凍らせておけば後でいくらでも回収できたというのに……。


 くそぅ……勿体ない……。


 でもまぁ、仕方ないよな。


 俺は横たわるドラゴンを回り込み、呆然としたまま固まっているヒエーレッソ王国の兵達に笑みを向ける。


 なんかいつも通りの笑顔にならなかった……勿体ないという想いが顔に出たかもしれない。


 それを誤魔化す意味も込めて、俺から呆然としている兵達に声をかける。


「そこに居るのは砦の兵だな?緊急事態に見えたので手を出してしまったが……余計な世話だったか?」


 俺が声をかけても殆どの奴が反応を見せなかったけど、一人がゆっくりと俺の方に顔を向けながら口を開く。


「き……貴殿は……?」


 一人だけ立派な鎧をつけたおっさん……普通に考えてお偉いさんって感じだろう。


 砦の外で偉そうな人と会えたのは僥倖だな。


 呆然とした様子を見るに、声をかけてきたというより……呟いたって感じかな?


 うん、掴みはばっちりって感じだね。


 森の中を押し寄せる色々な感情と戦いながら……もとい、無心で走ってきたのはこの時の為だ。


 いっちょ気合いを入れていきますか!


「くくっ……森からお前達の苦境が見えたのでな。余計なことかもとは思ったが、助太刀させて貰った」


「き、貴殿がドラゴンを……?」


「あぁ。砦の上空を旋回している様だったから、砦に落とさないように気を使ったつもりだが、被害はなかったか?」


「え、えぇ……ドラゴンも翼も、見ての通り砦の外に落ちましたので……」


「それは重畳。少し距離があったからな、意外とドラゴンが砦の傍に落ちてヒヤリとしたものだ」


 ほんとね。


 砦上空をぐるぐる旋回してた感じだったけど、結構その円が大きい感じだったから大丈夫だと思ったんだよね。


 でも、いざ落としてみたら風に流されたのか砦から五十メートルも離れていない位置に落下しおった訳ですよ。


 めっちゃびびったわ。


 遥々ここまでやってきたというのに、初手で砦押し潰しちゃったかと……。


「そ、その……一体どうやって……」


「それを答える前に、ここはヒエーレッソ王国で間違いないだろうか?」


「は?……あ、いえ……」


 違うの!?


 あれ!?


 まだレグリア領!?


 レヴィアナさん!?


 おっさんの返事に俺がちらりとレヴィアナの方に視線を向けると、何故か苦笑しながら首を横に振る。


 それは……ちゃんとヒエーレッソ王国に来ているってことだよね?


「ん……?違ったか?」


 俺が念押しするように尋ねると、慌てて首を横に振るおっさん。


「あ……いや……いえ、ここはヒエーレッソ王国に違いない。それを確認するという事は、貴公等は我が国の民では……?」


「あぁ。俺達はヒエーレッソの北、エインヘリアの者だ」


「え、エイン……?我が国の北はレグリア王国であるが……?」


 ……情報遅くない?


 既にうちからヒエーレッソ王国にも建国のお知らせは届いている筈だけど。


「レグリア王国は既にない。今はエインヘリアだ」


「なんと……」


 あれかな?


 魔物相手の最前線には必要ない情報ってことで、ここまで届いていない?


 もしくは届いていたとしても上の方しか知らないとかかな?


 結構立派な鎧みたいだけど……意外と下っ端?


 そういえば、ドラゴンの生存確認にわざわざ砦から出て調べに来るくらいだし……小隊長あたり……いや、流石にこんながちがちの鎧着た小隊長はいないよな。


 この人以外は金属鎧じゃなくって革鎧だし……いや、でも結構言葉遣いが偉そうだったな。


 こちらを貴公呼ばわりしたし……最初は貴殿だったけど、多分それなりに立場のある者の筈。


 最低でも貴族ではあるとは思うけど、情報は遅い……中途半端な地位ってところか?


「まぁ、ここは西方最前線の砦。情報が届いていなくてもおかしくはないな」


「……色々と話を聞かせて貰いたいのだが、ここは少々話を聞くのに適していない様だ」


 余裕が戻ってきたのか、辺りを見回す様にしながらおっさんが言う。


 まぁ、魔物の死体がごろごろ落ちてるし、現在進行形でドラゴンが血の池を作っている最中だし……あぁ、血が……。


「そうだな。自分でやった事ではあるが、少々血生臭い……」


「砦に案内させて貰おうと思うが……その前に貴公等が何者なのかだけでも聞かせて貰えるか?私はこのヒエーレッソ王国西方将軍、カウルン=テオ=エラティスだ」


 おっと?


 将軍とは……これは大当たりの予感?


 俺は内心ガッツポーズを取りつつ、普段通りの笑みを浮かべながら口を開く。


「俺はフェルズ。エインヘリアの王、フェルズだ」


「「……」」


 将軍のみならず、周りで俺達の会話を聞いていた兵達も絶句している。


 まぁ、気持ちは分かる。


 森から突然王様を名乗る不審者が現れたら……しかもその不審者がドラゴンを倒したら、言葉を失ってもおかしくはない。


「……そ、その……エインヘリアというのは先程おっしゃっていた……?」


 将軍が最初に会った時のような……若干遠慮の見える口調で問いかけて来たので、俺は鷹揚に頷いて見せる。


「あぁ、レグリア王国を併呑したエインヘリアだ」


「……え、エインヘリア王陛下。こ、此度は何故……こちらに?」


 俺が王と信じた?


 いや、王と名乗った以上怪しくても最低限の礼は取るってことかな?


「大したことではないが……そうだな、簡単に言うと我が国の西方の森の調査をしていた所道に迷い、気付いたらここまで南下してしまっていた。砦が見えたので助けてもらおうと思って近づいてみたが、上空を飛び回るドラゴンを発見。邪魔なので処理をした……そんなところだな」


「……そうでしたか。それは……大変な思いを……されたようで。良ければ我が砦にて……身体をお休め下さい」


「感謝するぞ、エラティス将軍」


「……はっ」


 納得いってなさそうな将軍だったが、とりあえず砦には案内してくれるようだ。


 しかし、ここで疑われて話が中々進まないのも面白くない。


 少し納得出来そうな材料を渡してやるか。


「あぁ、俺の身の証なら……彼女が保証してくれる」


「……そちらの方は?」


「彼女はレヴィアナ=シス=レグリア。レグリア王国の元王女だ」


「……」


「元々交流のあった国の元王女だ。貴国の貴族の中で彼女の顔を知っている者もいるだろう?我が身の証明を立てるには十分な筈だ」


「そ、それは……いえ、エインヘリア王陛下の御言葉を疑っていた訳では……」


 驚くというよりも恐縮した表情を見せながら将軍が言うけど、俺達が怪しいのは百も承知だ。


 そういう態度を取ったところでおかしいとは思わないというか……むしろそれが当然だと思う。


 しかし、だからといって俺達が怪しいから仕方ないよね……とは言えない。


 権威だなんだは基本的に気にはしていないけどそれは身内に対してであり、外向きには失ってはいけないものがやはりあるのだ。


「くくっ……まぁ、良い。では、エラティス将軍、案内してもらおうか」


「はっ。軍事施設故不自由をおかけしますが、案内をお付けしますのでその者に何なりとお命じ下さい。それと先の魔物の襲来の事もあり、砦の中は危険が多くなっております故……」


「案ずるな、案内された部屋以外をうろついたりはせん」


 本来なら軍事施設に他国の王を招き入れたくはないだろう。


 しかし、今は相当混乱している状態だ。


 とりあえず、来客用の部屋に閉じ込めておけって感じだろうね。


 将軍としては、後方に送るか森へ帰れって感じだろうけど、俺が名乗っちゃったから扱いに非常に困っているってところだ。


 まぁ、運が悪かったと諦めて貰おう。


 とりあえず、ドラゴンのお陰で中々のインパクトを与えられたと思う。


 将軍がヒエーレッソ王国に於いてどの位の地位に居るのかは分からないけど、悪くない話し合いが出来そうだ。


 俺達を先導する将軍の背を見ながら、今後の流れについてしっかりとシミュレーションをするのだった。


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