第41話 し、色即是空
俺達は暗い森の中を目的地……南に向かってひたすら突き進んだ。
レヴィアナとレインの二人はかなり嫌がったのだが、ブレイズ達と別れて以降俺とプレアは二人を抱えて移動していた。
街道を移動していた時、彼女達は馬に乗っていたから最低限の移動力を保持していたんだけど、ただでさえ移動しにくい森の中で馬に乗る事も出来ない状況。
今度の移動距離は旧王都から辺境までよりも長いものだ。
しかも道なき道を行く訳で……彼女達の移動速度に合わせていては到着が何時になるか分からない。
というわけで俺がレヴィアナを、そしてプレアがレインを背負い……と行きたかったんだけど、おんぶだと彼女達が俺達の移動速度に耐え切れずに落ちてしまうのでお姫様抱っこで移動してきた。
レヴィアナも……そしていつもはクールで生真面目なレインも、それはもう全力で恥ずかしがっていましたよ。
でもまぁ、可哀想ではあるけど仕方ない事なのです。
だから俺は心を無にしてレヴィアナを抱えました。
無心。
そう、無心ですとも。
レヴィアナは軽鎧を着ているから柔らかいなぁとかないし、良い匂いがするなぁとか全然ないし、あまつさえ恥ずかしがって俺の胸元に顔を埋めているなぁとかそんなんないし……。
……。
いや、俺奥さんいるしね?
他の女の子に興味とかないし?
寧ろ、あー荷物重たいなぁ的な感想しか持ってないし?
フィオに見られても全然問題ないし?
ま、まぁ、フィオにこの件は伝えてないけど……別にわざわざ報告するような事でもないですし?
……。
さぁ!
という訳で、やってまいりましたよ!
俺が辺境に向かい、そして国境を越えて魔物たちの支配する森に足を踏み込んだのはここに来たかったから。
「……やっているな」
「はい。この辺りは最激戦区、昔は何度もこの辺りに援軍を派遣していたそうです」
遠くに見える土煙を眺めながら俺が呟くと、地面に降りた事ですっかりおすまし顔に戻ったレヴィアナが応える。
俺達がやってきたのは旧レグリア王国領よりも南……ヒエーレッソ王国と森の境目付近だ。
この国は実質的に神聖国の属国という話ではある。
色々と条件を押し付けられているようだけど、その内容までは詳しく知らない。
しかし、その見返りとして西側の戦線を支えるための戦力を送られている。
まぁ、かなり最低限というか……ギリギリの戦力らしいけど、それでも何とか国土を守ることが出来ているらしい。
神聖国としてはヒエーレッソ王国が蹂躙されれば今度は自分達が最前線となる……それだけは避けたいだろうからね。
しかし神聖国が凄いのは、ぎりぎりのラインをしっかり見極めているところだ。
ヒエーレッソ王国は疲弊しているし、民も相当苦しい生活を強いられているがぎりぎり耐えきっている。
神聖国から送られてくる援軍によって戦線が崩壊することはなく、最終防衛ラインぎりぎりまで攻め込まれることはあっても突破されることはない。
神聖国からヒエーレッソ王国の西の戦線まではそれなりに距離がある。
だというのに、戦況をしっかりコントロール出来ているんだからね。
まぁ、集めた情報によると神聖国は援軍を派遣する場所を限定しているようだ。
ここより南方にある魔王国軍との戦場には主力といって良い程の規模を、他の戦線には最低限の兵を。
そしてここ最激戦区には派遣をしていない。
生かさず殺さず……確実に締め上げる。
実に素晴らしい属国支配だ。
うちとは大違い。
属国が属国のまま大人しくしているのは、経済的に、もしくは軍事的に宗主国に逆らうことが出来ない状態にあるからだ。
当然だけど、隙さえあれば属国等という不名誉かつ奴隷的な扱いからの脱却を狙っている。
だからこそ、ギリギリを狙う訳だ。
うちの属国も……基本的にはうちに好意的に見えるけど、その国に住む全員がそれを受け入れているとは思えない。
勿論、属国と呼ばれてはいるものの以前の暮らしと比べれば遥かに豊かな暮らしを送ることが出来ているし、その立場を受け入れている者も少なからずいる。
だが、実情がどうあれそういった立場に納得できない者達は絶対に居なくならない。
締め付ければ憎しみからそういった者達は数を増やす、甘やかせばつけあがり……やはり数を増やす。
恐怖は相手の心を折るのに有効ではあるが、頑なにもさせてしまう。
しかし、甘く蕩けるような極上の夢は反抗心を、思考する力を徐々に溶かしていく。
失いたくない。
手放したくない。
そう思わせることが出来たら完璧な支配と言えるだろうし、うちの国はそれを実践していると言っても過言ではないだろう。
しかし神聖国の場合は……ギリギリまで締め付けて不満を貯めさせている。
狙いはよくわからん。
いや、ヒエーレッソ王国の上層部に民の不満を集中させて王権を打倒させる……普通ならそういう事もあるかもしれないけど、神聖国としてはこの国を盾にする必要がある。
わざわざ国を崩壊させる必要はない。
となると……自分達で苦境に突き落としつつ宗教への勧誘……的な?
まぁ、ヒエーレッソ王国の民にとってオロ神聖国は援軍を送ってくれている国だ。
苦しいとはいえ、唯一手を差し伸べてくれている相手だからね。
レグリア王国は援軍を打ち切ったって話だし……情報量の少ない民からすれば、オロ神聖国、オロ神教は慈悲深く自分達を救ってくれると考えても無理はない。
そして信者が増えれば……ヒエーレッソ王国の中で暮らしながらオロ神聖国やオロ神教に忠誠心を持つ者達が増え……結果、不満はヒエーレッソ王国の上層部に、忠誠はオロ神教にといった感じになる訳だ。
そう考えると……オロ神教はマイナス感情を他所に向けることが得意みたいだね。
自国内では貴族、ヒエーレッソ王国では国の上層部にヘイトを集め自分達は好感度を上げると。
まぁ……俺には関係ないけどね。
今回の俺の目的はヒエーレッソ王国と友好関係を結ぶことにある。
しかし、レグリア王国が国交を断絶してくれたおかげで最初の繋ぎすら難しい。
いや、一応レイフォンみたいなお年を召した方々は付き合いのあった貴族もいるらしいし、全く繋ぎが取れないという事もない。
でもレグリア王国時代の繋がりを使うと、負の遺産まで継承しそうなんだよね。
ヒエーレッソ王国にとって、レグリア王国は苦しい時に見捨てた憎い相手だ。
ただでさえ謎の英雄が国を奪って出来た得体のしれない国……それが連中にとってエインヘリアだ。
更に滅んだとはいえ憎い国の連中がそのまま働いている国。
出来れば今後の為にもファーストコンタクトは良いものでありたい。
というわけで……一計案じた訳です。
俺達が今いるのは、ヒエーレッソ王国の対魔物最前線の中でも激戦区と言われている戦場だ。
しかも神聖国による援軍がいない地。
ここまで語れば、俺が何をしようとしているかは言うまでもないだろう。
そう、苦境にあえぐヒエーレッソ王国に親切の押し売りである!
さぁ、戦局はどうかなっと……。
俺は砂埃の上がっている辺りを全力で目を凝らして観察する。
「ふむ……かなり大量の魔物に囲まれているようだな」
砦や防壁を中心に凄い数の魔物が群がっているようだ。
「あれ程の数ですと……外に出て迎撃するのは自殺行為ですね」
俺の隣で遠見筒を使って戦場を見ているレヴィアナが言う。
確かにあれだけの魔物の群れに野戦を挑むのは無謀だろうな。
あの砦にどのくらいの兵が詰めてるのかにもよるけど、万はいないはずだ。
砦を空にする訳にもいかないだろうし……外に出せるとしたら多くても二千はいかないと思う。
対する魔物は、ちょっと数えらんないけど……でも千は軽く超えていると思うし、砦や防壁の上から攻撃しないと普通の兵なんてあっという間に飲み込まれてしまうだろうね。
「激戦区と呼ばれるだけはあるということか」
「いえ……流石にあの数が日常的に襲いかかって来る事はないと思います」
「ふむ、異常事態か」
そういえば、うちの方でも中層に出る狼が群れで表層まで来てたし……もしかして森でなんか起きているのか?
「はい。タイミングが良いと言ってしまうのは憚られますが……かなりマズい状況に見えますね」
確かに、向こうで死闘を繰り広げている彼らには悪いけど……俺達にとっては都合が良過ぎる感じだ。
押し寄せる魔物の群れは、遠からず砦や防壁をそこで戦う兵ごと吞み込んでしまうだろう。
まぁ、俺としては魔物の群れごと砦や防壁をぶった切らないように注意しなくては……くらいの感じではあるが……そんなことを考えていると、突如雷鳴のような音が鳴り響き蠢くように砦に襲い掛かっていた魔物の群れがピタリと動きを止めた。
「あれは……!」
レヴィアナと同じく遠見筒を覗いていたレインが驚きの声を上げる。
何かその顔色が非常に悪いけど……戦場に当てられたって訳ではなさそうだな。
「どうした?」
「実家にある文献で見たことがある魔物……最深層に生息するという魔物が見えました」
「……あの矢鱈でかい獅子の魔物か?」
一際存在感のある象くらいありそうなライオンっぽい魔物が見えたので聞いてみると、レインは首を横に振った。
「いえ、アレも凶悪な魔物ですが深層の魔物です。私の言っている魔物は地上ではなく上空に」
「ん?」
まだ森の中にいる俺達からは空は見えにくいんだけど……そう思いながら木々の隙間から上空を窺うと、そこには確かに魔物がいた。
「……ドラゴンか」
大きな翼を広げ、悠々と空を舞う一匹のドラゴンがそこには居た。
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