第40話 ダメ上司
狼の魔物とは戦いたくなかったなぁ……いや、うちのルミナとは比べ物にならないくらいぼっさぼさの野性味あふれる雰囲気だったけどさ。
後、身体も大型犬くらいあって、超小型犬くらいしかないルミナとは全くの別物だったけどね?
しかし、それはそれとして狼はなぁ……。
色も大きさも可愛さも違うけど……うちにいる子がどうしてもちらつくというか……いや、襲い掛かってくる以上撃退はしないといけないんだけどね?
そんな事を考えつつ覇王剣を抜き、周囲に向かって「ワイドスラッシュ」を数発放つ。
木を切るだけなら一発で良いのだけど、覇王剣使うと切れ味が良過ぎて完全に斬れてるのに木が倒れないからね……手加減しつつ何発か叩き込んで、斬った木を倒す必要があるのだ。
俺の狙い通り、凄まじい音を立てながら周囲の木が一斉に倒れる……俺達の方に向かって倒れないように注意はしたけど、上手くいったようだ。
覇王も随分と腕が上がった気がする……ジョウセンのお陰だな。
そんな事を考えたせいか、ふとうちの子達の事が気になった。
みんな元気に……はしてるか。
そこは疑いようがない。
フィオから聞いている話でもその辺りは問題ない……しかし、日に日に空気が殺伐としているとかなんとか……。
飛行船での捜索も頑張ってくれているみたいだけど、まぁ、まだまだ時間がかかるだろう。
フィオだけでなく、定期的に……順番に『鷹の声』を使って声をかけているけど、流石に毎日何十人に話しかけるのは難しいしな。
何か良いストレス解消方法があれば良いんだけど……そんなことを考えながら俺は空を見上げる。
先程まで木々に遮られ日の光が届かず、非常に暗い森の中だったが……一瞬で陽光降り注ぐ明るい地になった。
まぁ、周囲に折り重なるように倒れる巨木が視界を邪魔しているのであまり爽やかとは言い難いけど、暗い森の中にいるよりはマシだろう。
後、狼の魔物なんだけど……。
「ブレイズ、魔物はどうだ?」
「「……」」
俺が問いかけるけど、ブレイズも他の兵も答えてくれない……プレアに聞くべきだったかな。
うーん、見た感じ……魔物はいない気がするけど、木で潰したくらいで倒せる感じ?
元の大陸で魔物とは何度か戦った事があるけど、結構頑丈だった気がするんだけどな……。
でも襲い掛かってくる様子はないし……もしかしたら逃げたかな?
「……ブレイズ」
「……は!も、申し訳ございません!陛下……魔物は……」
気を取り戻したブレイズが辺りを見渡すけど……見える範囲内に魔物が居ないのは既に確認済みだ。
「全員油断するな!周辺警戒!」
「「はっ!」」
ブレイズの指示に反応した兵達が周囲を探るように警戒をしているけど……そのまま十数秒を数えた辺りでブレイズが構えを解いた。
「……どうやら、木の下敷きになったようです」
「ふむ、そのくらいで倒せるのか?」
「狼の魔物は群れで襲ってくるので手強いですが、耐久力はあまり高くありません。恐らく全滅したか、生き残っていたとしても怪我で動けないかと」
「そうか」
……まぁ、仕方ないか。
いくら犬系が好きだと言っても、襲いかかられて何もしないという訳にはいかないしね。
俺一人だったら多少噛みつかれたところで……「ははは、こいつぅ」くらいのノリでいけると思うけど、流石にプレアでも無防備で攻撃されれば普通に怪我をしかねない。
それは許容できないからな。
まぁ、それはそれとして……どうしようかな。
中層……というかある程度奥まで行きたかったのには、あまり人目に触れずに行動したいと思ったからなんだけど……もうこの辺りで良いかもしれないな。
ここまで歩いて来て思ったけど、この世界の人にとってこの森は難易度ベリーハード以上のようだ。
ウルル達と違って、俺には気配で尾行に気付くとかいう素晴らしい能力はないのでこうやって簡単に尾行することが出来ない場所に入ってみた訳だけど、ここで十分だな。
中層まで行きたかったのは、ブレイズ以外が指揮する隊以外は中層に行けないと聞いたからだしね。
ここがこれだけ危険なのであればもう問題ないだろう。
「ブレイズ」
「はっ!」
「中層まで案内してもらうつもりだったが、ここで十分だ」
「はっ!では、これからどうすれば良いでしょうか?」
「そうだな……一つ確認だが、例の件は問題ないな?」
「はっ!今回同行した者の中に、オロ神教の信者および関係者は居りません」
実は昨日……レヴィアナにこの件を伝えておくように頼んでおいたのだ。
折角人目につかないように行動しても、肝心のオロ神聖国に俺の動向がバレては意味がない。
まぁ、今バレたところで問題はないんだけど……念の為ね。
「良し。では、ブレイズ。お前はこれから部下を率いて砦に帰還しろ。俺達は行くところがある」
「……どういう事でしょうか?」
「この森……世界の壁と呼ばれる霊峰に沿うように、北から南までこの大陸を縦断しているだろう?」
ブレイズの問いには答えず、俺は森を見渡しながら言う。
レヴィアナ達にはここに来る前に目的は伝えたので黙っているけど、ブレイズは訝しげな表情を一瞬見せた後頷いた。
「そしてこの森は……どの国の領土でもない。この森を領土だと宣言したら……森から魔物が攻め入ったら責任を問われるからな」
例えここからここまでの森はうちの領土ね、他は知らんよ?と言ったところで、てめぇんとこの森から魔物が流れて来てんだが?っていちゃもんつけられるからね。
国同士のやり取りなんてそんなもんだ。
「おっしゃる通りです。だからこそ西側諸国は森の境目に防衛拠点を作り魔物の侵入を防ぐことに専念し、森への介入を避けています」
森を燃やしたら魔物が物凄い勢いで報復するみたいだしね……そんな物騒な場所を自国としては扱いたくないだろうし、この森を通って他国に軍を派遣とか出来ないし。
確かに世界の壁という表現は、この森も含めて正しいのかもしれないね。
「つまり、この土地で何をしようと……他人に迷惑をかけなければ構わないという事だな」
「……それは、まぁ……」
俺が皮肉気に笑みを浮かべながら言うと、物凄く何か言いたげな様子を見せながらブレイズは頷く。
「安心しろ、魔物が暴走して溢れ出て来るような真似はしない」
「……」
俺の言葉に、更に何か言いたげに周囲を見るブレイズ。
いや……これは違うよ?
狼の魔物は厄介って聞いてたし、ブレイズ達が明らかに決死の覚悟って感じを出してたからちょっと伐採しただけで……そもそもブレイズに確認したよね?
木を斬って良い?って!
良いよ!って言ったのブレイズじゃん?
この惨状……俺のせい違うよ?
だから俺は、雰囲気出しながら当然こう言うよ?
「何か言いたい事があるなら聞くぞ?」
「いえ、ございません」
即答でした。
いや、別にパワハラ的なアレじゃないよ?
ちょっとこう……理解のある上司らしく、話はちゃんと聞くから言いたい事があるなら言って良いよ?無礼講だよ?というニュアンスを込めて聞いただけですのよ?
セクハラ覇王とかパワハラ覇王とか呼ばれたら堪ったもんじゃないからね?
エインヘリアではクリーンな職場環境の構築を目指しております。
一人当たりの労働量は超絶ブラックだとは思うけど……。
この世界に労基が無くって本当に良かった。
「良し、ならばお前達は砦に帰還しろ」
「陛下はいつ頃お戻りに?」
「俺達は用事が終われば、砦には寄らず城に戻る事になる」
「……」
厳めしい顔でこちらを見るブレイズ。
まぁ、いくら大丈夫って口で言っても中々納得しがたいだろうけど、納得してもらうしかない。
「心配するな、ブレイズ。お前の娘もレヴィアナも、俺が責任をもって無事に連れ帰る。それに、俺は深奥の魔物だろうと魔王軍だろうと後れを取る事はない。まぁその場合、最悪森を消し飛ばすかもしれんが……その時は溢れ出た魔物も面倒見よう」
「……」
まぁ、よっぽどのことがない限り、そんなことはしないつもりだけどね。
この森は資源が豊富だし、極力傷つけたくない……いや、さっきのは別だけどね?
俺達四人だけだったら、こんな派手なことしなくても切り抜けられますぞ?。
「くくっ……ものの例えだ。そのような事態にはならん。それより、森に普段とは違う異変があったのだ、お前達も十分注意して砦まで戻れよ?」
「……はっ!お心遣い感謝いたします!」
「では、そろそろ行くとするか……」
とりあえず納得してくれたようなのでそろそろ移動を始めようと思ったのだが、次の瞬間ブレイズが困ったような表情を見せる。
「陛下……その、申し上げにくいのですが、周囲の倒木によって道が……」
「あぁ、砦方面の木を排除すれば良いか?」
よく見たら周囲を倒木に囲まれ完全に出られなくなっているな。
下手によじ登ろうとして崩れたりしたら危ないし、責任をもって俺が処理するべきだろう。
……魔法が使えたら楽なんだけど、流石に回数制限のある魔法をこんなことに使う訳にはいかん。
さて、再び覇王剣ヴェルディアに頑張ってもらうとするか……なんというか、覇王の携える剣というより土木作業員の操る重機的な働きっぷりだな。
覇王専用剣としての在り方に思うところはあったけど、そもそも十全に使えない俺が悪いのだから文句をつけられる立場ではない。
そんな事を考えながら俺は周囲に散らばる倒木を粉々にした後、プレア、レヴィアナ、レインを連れて、本来の目的地に向かって移動を開始した。
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