第38話 森へ行こう



「この先が魔物の生息域か……」


 砦から百メートルくらい離れた位置から唐突に広がる森を見ながら俺が呟くと、傍に控えていた辺境守護……ブレイズが神妙な顔で頷く。


 今朝、森に行くにあたり砦の出口に集合したんだけど、その時から妙に神妙な様子なんだよね。


 それとその場にて辺境守護を返上し、辺境方面の防衛責任者になりたいと言われた。


 返上というか……そもそも辺境守護に任じたのは俺じゃないし、エインヘリアにそんな役職はないからね……辞職とも違うし……なんていうじゃろね?


 まぁ、なんでもいいけどね。


 恐らくあの会議の後、レヴィアナたちと色々話して納得したとかだろう。


 キリク達が合流するまではしっかり最前線をブレイズ達に守ってもらわなくてはいけないし、可能な限り支援はするつもりだ。


 領内に魔物がなだれ込んだり、魔王国が入り込んできたりしたら大変だからね。


 なので当然、辺境の地の防衛責任者はブレイズに任せた。


 今ブレイズを一兵卒に落としたところで百害あって一利なし……どう考えても下の連中が納得しないだろう。


 混乱は確実に起こるだろうし……何だったら独立運動とか始めるかもしれない。


 そんな事になろうもんなら……うん、人も魔物も土地も……全てが消し飛ぶかもしれん。


 辺境守護という地位は本人から返上という形だったから受け入れたけど、やる事自体や権限は変わらない。


 勿論最終的にはエインヘリアの代官って事になるだろうけど、それは今後の話だ。


 ただ……領内の状況が状況だけに十分な戦力を回すことは出来ない。


 今は国内の足固めが肝要。


 足元がぐらついていては聖国や帝国に付け込まれるだけだからね。


 ウルルが順次諜報方面を強化していってくれているけど、直接的な戦力がないからな。


 勿論軍を解体しなければもう少し戦力を確保出来ただろう。


 しかし、召喚兵と違って勝敗が読めないし、鷹シリーズのアビリティを使って指示も出せないしと使い勝手が悪すぎる。


 ……いや、それが普通なんだろうけど、マジもんの戦争の指揮なんて俺は執れん。


 ランカークのようなレグリア王国の元将軍に指揮をさせれば良いのだろうけど……そもそも仮想敵国である聖国はこちらとは比べ物にならないくらいに強大だし、いざ戦争となったら国内にある教会やその信徒連中が蜂起しかねない。


 恐らく軍の中にも信者がいるだろうし……うん、まともな戦いになるとは思えないよね。


 まぁ、連中との戦いは避けられないけど……おっと、皆が俺の方を見ているな。


「普段の巡回は、この森の表層部分を周るのだったな?」


「はい。霊峰に近づくに従って表層、中層、深層、最深層と区分けしておりますが、表層より奥に向かう事は殆どありません。巡回に関しても、極力戦闘は避けるようにしております。森の中での戦闘は軍を展開できませんし、個々人の動きも制限されます。開けた場所で戦えば楽な相手であっても不覚を取りかねません」


 基本情報としてレヴィアナ達に聞いていた話をブレイズに改めて確認すると、補足とばかりにブレイズが詳しく説明してくれる。


 この生真面目な感じ……正にレインの父親って感じだね。


 それはそうと……森の中で魔物と戦うようなことはしないんだな。


「魔物との戦闘は、基本的に森と砦の間にある平地でやるということだな?」


「はい」


 まぁ、砦の上から矢なり魔法なりで攻撃できるし、兵を並べて陣形を組めば戦いやすいだろう。


 馬とかも使えるのかな?


 何にしても、集団で戦う事を主軸としている人族としては広い魔所に軍を展開して戦うのは当然だな。


「中層より奥に行くことはないのか?」


「私が巡回に向かう時は中層の中程まで調べることもありますが、中層より奥は非常に危険な魔物が出るので基本的には表層の巡回のみとなっております」


「どんな魔物が出るんだ?」


「森の中で襲われることは殆どありませんが、層を問わず鳥型の魔物がいます。頭上への警戒は必要ですが、表層や中層に棲む鳥の魔物は下に降りてくることは殆どありません」


 鳥か……この森は中々木の間隔が狭いというか、鳥がびゅんびゅん飛び回るには危険が多そうだ。


 注意が必要って言ってるから全く襲われないって事じゃなさそうだけど……。


「表層では比較的戦いやすい猪や兎、小型の熊、蛇……この辺りが殆どです。この辺りは食料にもなりますし、森の外におびき出して狩る事もよくあります。中層では大型の熊や群れを作る狼、毒を持つ蛇や蜘蛛といった魔物が多いですが……中層の奥の方では木に擬態する魔物が出ます。これが非常に厄介な相手でして……」


 ブレイズが苦しげな表情を見せる。


 もしかしてその魔物にやられた経験があるとかかな?


「普通の木々と見分けが付けられず、また魔物の擬態する木の種類も豊富です。注視しても見分けがつきませんし、痛覚が無いようで傷を付けても正体を現すことがありません。しかし知性はあるようで、こちらを罠にかけ集団で囲み一斉に攻撃を仕掛けてきます」


「それは確かに厄介だな」


 木の魔物か。


 ゲームとかだと火が弱点だったり動きが遅かったりと結構雑魚っぽいイメージ……でも実際にいるとかなり厄介そうだな。


「攻撃が早く枝を振り回してくるので攻撃範囲こそ広いのですが、幸い即座にその場から動くことが出来ないようで、包囲を突破出来れば逃げる事自体は他の魔物に比べれば難しくありません」


「なるほどな。因みに、森を焼き払ったり……とかは考えなかったのか?」


 森自体を減らせば魔物の生息域その物が減らせそうだし……環境保護とかまだ考えるような段階じゃないというか、生存戦争中なんだからそんなもん気にしてる場合じゃない。


 誰かしらやりそうなもんだよね?


「二十年程前の事ですが……今は帝国領となっているある地方で、魔物の襲撃に疲弊した国が森を焼き払おうとして火をつけたそうなのですが……その後凄まじい数の魔物に襲われ、その国は滅亡しました」


 まぁ、お家燃やされたらブチ切れてもおかしくはないが……。


「お前の祖父が呼び出された時のような侵攻があったという事だな」


「はい。その時は帝国の英雄が魔物を狩ったそうです」


「なるほどな、それで今その国は帝国領となっている訳だ」


 俺の言葉にブレイズがコクリと頷く。


 帝国からすれば当然の権利ってところだろうが……英雄が出張らないとヤバい事態まで行っちゃうのか。


 意外と五十年前の英雄召喚があった時も、似たような事があったのかもな。


 だから魔物が氾濫した……的な?


 まぁ、今となっては確かめようもないし、どうでも良い事だ。


 それよりも気になるのは……魔力収集装置を設置したらどうなるかってことだな。


 エインヘリア本国では、魔力収集装置を設置したことにって狂化した魔物どころか普通の魔物すら殆どいなくなった。


 というか、大人しくなったって感じかな?


 エルディオンが研究していた、魔王の魔力から生み出される魔物辺りは魔力収集装置によってその存在ごと消え去るけど、普通の魔物はまた別だからね。


 勿論完全に大人しくなったわけでも、ましてや根本からいなくなったわけでもないけど……召喚兵や治安維持部隊の巡回で狂暴な魔物は殆どいなくなったと言える。


 生態系がどうのこうのって問題もあるとは思うけど……人里に出て来なくてもまだまだこの世界は広く、追いやられたとしても生存圏はまだまだ多くある。


 俺が優先すべきはエインヘリアに住む民の安全だ。


 魔物たちには当分人里離れた場所で暮らしてもらいたいと思う。


「陛下……今回は何処まで行かれるおつもりでしょうか?」


 若干警戒しているというか、心配そうな感じだな。


 多分、俺ががんがん奥まで進んでいくと思っているのだろう。


「俺とプレアが居る限り、お前達の安全は保障できる。だが……今奥に向かっても仕方がないからな。とりあえず中層に向かう……その後どうするかは、中層に着いてから話すとしよう」


 ここに来た目的は、辺境守護であったブレイズにちゃんとうちの言う事聞きなさいね?と釘を刺しに来たのが一つ。


 そしてもう一つはこの森に来ることだけど……その目的はこの辺りの魔物と戦う事ではない。


 この件についてはまだレヴィアナたちも知らない事だけど、レグリア地方の安定の為にちょっと小細工をする必要がある。


 本当はブレイズが来なくても良かったのだけど……その場のノリで来る?って聞いちゃったからな。


 そんな事を考えながらブレイズの方を見る。


「ブレイズ。お前とお前の部下だけで中層への往復は可能か?」


「中層の手前の方であれば、多少手傷を負う者もいるでしょうが問題ありません」


 往復できるなら……とりあえず問題ないな。


「分かった。ではそこまで案内を任せる。中層で休憩できるような場所があればそこに向かいたいのだが」


「畏まりました。普段巡回時に休憩に使っている少し開けた場所があるので、そちらまでご案内させていただきます。今からですと、往復しても日が暮れるまでには戻ってくることが可能です」


「良し、ならば案内を頼む」


「はっ!」


 気合の入った返事をしたブレイズが動向する部下に指示を出し、警戒を厳にした様子で森の中へと進み始める。


 いざ魔物が出て来たら彼らに任せずサクッと俺が覇王剣で細切れにしよう。


 彼らは行よりも帰りの方が大変だろうからね。


 そんな事を考えながら、俺は先導してくれるブレイズの部下達の後ろ姿を見ていた。


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