第36話 まずはサラッと



「プレア、怪我はないか?」


「は、はい!大丈夫です!」


 俺が声をかけると、一瞬前まで周囲を凍り付かせそうな目をしていたプレアが急変する。


 こちらに完全へと向き直ったプレアは、先程までガタイの良いオッサンをふっ飛ばしまくっていたとは思えない程可憐だし、手に持っていたナイフ……多分果物ナイフだと思うけど……いつの間にか消えている。


 手品かな?


 レヴィアナとレインはここまで平然と走ってきたプレアの姿を見ていた筈だけど、改めて化け物でも見る様な視線をプレアに向けている。


「辺境守護。色々言いたい事もあるだろうが、とりあえず腰を落ち着けて話をしないか?」


「……は、はっ。失礼しました……砦を案内させていただきます」


 若干放心している感じの辺境守護がそう口にする。


 まぁ、メイドさんにぶっ飛ばされるとは思わなかったんだろうけど、想定外の事態に放心する様では色々危ないよ?


 覇王なんてアドリブ力だけで生きて来てるからね。


 危険の多い世の中、細かい事にいちいち放心してたら生きていけないってなもんよ。


 そんな事を考えながら、俺は放心したまま動き出した辺境守護に案内され砦へと入った。


 流石に最前線の砦だけあって殺伐としているというか、どことなく空気が重い気がする。


 まぁ明るく爽やかな砦って最前線とか関係なくないだろうけどね。


 魔物相手の砦だから入り組んだ作りになっていないのかと思ったけど、そういう訳でもなさそうだ。


 階段を上ったり下りたりごちゃごちゃと移動をした後、少し狭い感じの部屋へと到着した。


 なるほど、全て理解した……俺一人だったら、もう一度ここに来てと言われても辿り着けないな。


 軍事拠点ってなんか構造を複雑にしつつ、防衛するための動線は確保してるんだっけ?


 ややこしいことこの上なしって感じだな。


 まぁ、俺が移動するときはプレアが一緒にいるからなんとかなるやろ……トイレの場所は要確認だが……ってなことを考えつつ、案内された狭めの会議室に用意されていた席に俺やレヴィアナが座ると、辺境守護とその傍にいた若い兵士が深々と頭を下げる。


「何の真似だ?辺境守護」


「陛下への無礼な態度、伏してお詫び申し上げます」


「頭を下げた程度で済む内容ではなかったと思うが……どうでも良い。それより早く座れ。遊んでいる暇はないぞ?」


「……はっ」


 俺の言葉に顔を上げた辺境守護は、神妙な顔をしたまま席に着いた。


「くくっ……そのような態度をとるなら、先程のような事を言わなければ良かったのではないか?」


「……は」


「貴様の話はレヴィアナやレインから聞いている。最優先は国ではなくこの地に住まう民だとな。だから英雄と呼ばれる俺の力を量りたかった。その考えは理解出来る……いや、寧ろそうでなくてはならん。故に俺は貴様達に対して不快を覚えることはない、楽にしろ」


「はっ」


 返事が早くなったな。


 結構切り替えが早いのかもしれん……まぁ、軍人だしな。


「さて、先程の件で我々エインヘリアの力は理解出来ただろうか?」


「はい」


「まぁ、プレアも言っていたが、彼女はあくまでもメイド。当然我が国では戦力とは数えてはいない」


「「……」」


 俺の一言に、俺とプレアを除く全員が神妙な表情になる。


 まぁ、気持ちは分かる。


 旧レグリア王国で一番強かった辺境守護を一方的にぶっ飛ばしたメイドさんだからな……彼らからすればトップクラスの戦力が、戦力にすらなっていないと断言されたんだ。


 そりゃ、そんな顔にもなるだろう。


「あの……陛下」


 意を決してといった感じで声を上げたのは、ここまで一緒に旅をしてきたレヴィアナだ。


「なんだ?」


「聞いたことが無かったのですが……エインヘリア本国には何人くらい英雄の方がいらっしゃるのでしょうか?」


 そういえば伝えた事は無かったかな?


「俺達は自分達を英雄と名乗ったことはないが、俺と同等の力を持つのは六、いや七……」


「七人……」


 レヴィアナが目を丸くしながら呟くけど……七人ちゃうよ?


「七十はいなかったと思う」


 ゲーム時代に編成していた戦闘部隊やRPG用のパーティを考えたら五十を下回る事は無い筈だけど、七十までは行かなかったと思う。


 人員不足でメイドの子達にアビリティを覚えさせたり、新規雇用の実験でそこそこの能力を持った子を生み出したりしたけど、ゲーム時代に成長させた子達に比べれば流石に能力的には劣る……まぁ、育成コストが十倍になってるから仕方ないんだけど。


 まぁ、現時点で過剰戦力だったからそこまで育てる必要はないと思う。


 だってそういった子達だって『至天』とやり合えるくらいの強さはあるからね……。


 それに能力値は決して高くないのに、イズミみたいに設定で凄い強くなっちゃってる子もいるし……英雄くらいの強さって言われると何人いるか全く把握できていないんだよね。


 現状では十分過ぎる程の戦力だと思うし、本人の希望が無ければアビリティ等の強化も必要ないかな?って思ってたんだけど……別大陸に支配地域が増えたことを考えると、新しく育てるのも良いかもしれないな。


「「ななじゅっ!?」」


 俺がうちの子達の戦力強化について考えていると、プレアを除く全員が絶句……いや、これもしょうがない。


 英雄って大国でも数人って感じだからね……いきなり七十とかいう数字が出て来たらそうなるでしょうな。


「兵に関しても八十万くらいはすぐに動かせる。本国は今最優先でこの場所を探しているところでな、合流すれば数日でこの大陸に兵を派遣出来るようになるぞ?」


「それはどういう……」


 首を傾げる辺境守護に、ここでまた色々説明するのは……いや、必要か。


 辺境守護を取り込むことが目的だからな。


 しかし説明はレヴィアナに任せる。


 ……うちの戦力をちゃんと教えていなかったことが判明したばかりだけど、まぁ大丈夫だろう。


 まぁ、彼女への説明も色々不足しているかもしれないけど、その不十分な説明でも十分エインヘリア本国の話は破壊力がある。


 先程プレアがその力を見せた事で説得力も十分増しているしね。


 問題なく辺境守護を説得できるはずだ。


 レヴィアナが真剣な表情で話しを進めていくと、少なくない回数辺境守護が絶句していたようだが……説明は問題なく終わった。


 静まり返った会議室の中、辺境守護もその隣に座った若い兵もなんかこう……呆然としているというよりも、何か困ったなぁって雰囲気を醸し出している気がする。


「聞きたい事があるなら何でも聞け。疑問は残すべきじゃないぞ」


「……は、その……陛下は別の世界ではなく同じ世界にある別の大陸の方で、空を飛ぶ船でこの地を探していると」


「あぁ」


「そして、本国の方がこちらに合流したら……転移する装置を使い、この地と本国が繋がりいくらでも兵力を送り込めると」


「その通りだ」


 内容は伝わっているけど受け入れがたいってところだろうか?


 まぁ、うちの話を聞いた人は……大体信じないよね。


 今回はプレアが初手で一撃入れたから、全否定って感じではないようだけど。


「……」


「信じられんか?」


「……いえ……あ、いえ……」


 どっちやねん。


「……失礼しました。先程の事もありますし……否定するつもりも、信じないつもりもないのですが……」


「理解が及ばないということだな」


「頭が固く……申し訳ない」


 生真面目に頭を下げて謝罪をする辺境守護を見て、思わず苦笑が漏れる。


 頭が固いと言っているが、頑固という感じではなく理解出来ずとも理解しようと努力している事は伝わってくる。


 嫌いなタイプではない……寧ろ好感の持てる人物と言える。


 しかし、だからこそ……言わなくてはならない。


「まぁよい。本国の者達がここに来れば否が応にも信じることになるからな。だが、本国の者達がここに訪れる前に身の振り方は決めるべきだな」


「……」


 キリク達は遠からずこの地にやってくる。


 そしてその時、俺に付き従っていない者達がどうなるか……正直俺も読めない。


 しかし、けして素敵なことにはならない筈だ。


「少なくとも、ここにいるプレアはお前達よりも強い。それは事実だが、先程の話の証拠とするには少し弱いかもしれんな。とはいえ、選択を突きつけられる時というのは得てしてそういう物だろう?」


「それは……そうかもしれません」


「十分に吟味する時間や判断するための材料が完璧に揃いきっている事の方が珍しいというものだ。俺達は貴様の辺境守護の地位の放棄、そして辺境軍および辺境を守る私兵の解体を要求する」


「……」


「その対価はこの地に住まう民の安寧だ。はっきり言ってこれ以上ないくらい譲歩してやっていると思うがな?」


 俺が口元を歪ませながら言うと辺境守護は苦し気な表情を見せる。


「貴様はレグリア王国に仕えていたというよりもこの地を守っていた存在と言えるが、それでも俺をこの地に召喚したレグリア王国の臣であったことに違いはない。そうだな?」


「……はっ。おっしゃる通りです」


「当然だが、我が国はレグリア王国に強い不快感を覚えている。もし貴様が現状維持を望むのであれば、そう遠くない未来……この地は不幸に見舞われるだろう」


「……」


「国の者達が合流するまでは、辺境守護の立場も私兵や辺境軍も認めよう。その力が無ければこの地を守り切れないからな。その時が来るまでは、俺の名の元にお前達の立場を保証してやる。可能な限り援護もな」


「……ありがたく」


 中央から距離のある辺境の地であれば、ただでさえ少ないエインヘリアの情報が殆ど流れて来ていないだろう。


 政変があった。


 英雄が召喚され、国が獲られた。


 エインヘリアという国になり、王には召喚された英雄がついた。


 貴族位を廃し軍を解体しようとしている。


 ざっとその程度の情報しかなかったのだろう。


 こっちも辺境には適当に伝令を飛ばしただけで、言う事聞けやと圧力をかけた訳じゃなかったしな。


「明日。俺は砦の向こう……魔物がいる森林地帯に向かう。お前も来るか?」


「はっ……お供させていただきます」


「良し。ならば、今日は休ませて貰おう」


「はっ。すぐに案内を……」


「辺境守護、レヴィアナとレインは貸してやる。一日で答えを出せとは言わんが、良く話を聞いておくことだ」


「感謝いたします」


 伝えたい事を伝えた俺が立ち上がると、辺境守護の隣にいた若い兵士が立ち上がり会議室の扉を開ける。


 レヴィアナたちは……俺が言った通り、まだ話を続けるようだ。


 まぁ、じっくり話をしてください……レヴィアナたちが居れば、変な結論にはならんやろ。


 そんな事を考えつつ、俺は会議室を後にした。


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