第35話 メイドがGO!



 随分と時間をかけて辺境守護のいる砦にやってきたというのに、事もあろうに辺境守護のおっさんの第一声は「やらないか?」だ。


 なんというか、心の底から面倒なんじゃが?


 いや、身体を動かすことが面倒という訳ではない。


 寧ろ頭を使わなくて良い分、俺は体を動かす方が好きだ。


 しかしそれは気兼ねなく体を動かせる場合の話。


 前回の貴族の反乱の時もそうだけど、フェルズの身体スペックはちょっとどころではなくぶっ壊れ性能なのだ。


 極力無駄に人死にを出したくない俺は、可能な限り手加減をして……例えるならばプリンを箸でそっと持ち上げるくらいの慎重さを持って手加減をしているといって良い。


 ……正直、相当気を張っているので体を動かす爽快感どころか、気苦労の方が多いと言える。


 これがエインヘリアの城にある訓練所の中だったり、相手がジョウセン達であれば気兼ねなく思いっきりやれるんだけどねぇ……。


 勿論手加減の練習はしている。


 この世界に生み出された時に比べれば、めっちゃ動けるようになったし、めっちゃ手加減も上手になった。


 今なら名前は忘れたけど、バンガゴンガの嫁さんを助けた時に戦った英雄を一発ノックアウトではなく宣言通り三発だか四発で倒せると思う。


 しかし、それは相手がある程度の能力を持っている場合の話だ。


 英雄相手ならば、いい感じの塩梅で手加減できるようにはなったけど、一般人相手ともなると相当繊細な威力調整が必要になる。


 今は最強手加減装備ワラソードもないし……腰に佩いている覇王剣なんて飾りですよ?


 いや、飾り以外の用途で使ったら砦ごと真っ二つ……いや、十七分割くらいしちゃうよ?


 そんな俺と手合わせ?


 全力でお断りします。


「中々不躾だな。辺境守護」


「御無礼を働いている事は承知の上。ですが、我等にも譲れぬものがあります。御寛恕いただけませんか?」


「不快だとは言わんが……貴様は英雄という訳ではないのだろう?」


「……多少人より頑丈ではありますが、英雄という存在には程遠いかと」


 だよねぇ……。


 多少頑丈くらいじゃおぼろ豆腐の柔らかめとやや柔らかめくらいの差しかないのよ!


 せめて木綿豆腐くらいまで硬くなってくれないと!


「はっきり言うが、俺は王であり武人ではない。貴様と戦う事に意味を見いだせないな」


「……それは……」


 元々厳めしい顔の辺境守護は、その顔をさらに歪ませる。


 そもそもね?


 普通、王様に戦ってくださいなと言ってもオッケーとはならんやろ。


 ……まぁ、普通王様が辺境まで走って参上はしないやろうけど。


 しかし、それはそれとしていきなり辺境守護をバラバラにしてしまうのはよろしくないからね。


 せめてうちの訓練場とかなら相手してあげても良かったんだけど……。


「俺の実力が知りたいというのであれば、後で魔物とでも戦ってやる。それなら手加減は必要ないしな」


「……」


 手加減というところに思うところがあったのか、若干表情を険しくした辺境守護だったがそれを口にはしない様だ。


 しかし、どうしたもんかね。


 恐らく辺境守護が知りたいのは俺が本当に強いのかどうかというよりも、英雄というか……俺の力が魔物相手に通じるのかどうかを知りたいって事だろう。


 まぁ、砦の向こうにわんさかいるらしい魔物相手に暴れた方が早いだろうし、それで納得してもらいたい所だ。


 そんな事を考えつつ、ふと……何とは無しに傍にいたプレアが目に入る。


 プレアはここまで俺と一緒に走ってきた。


 俺は比較的動きやすい服装だったけど、プレアはメイド服での疾走だ。


 旅人は滅多にいなかったけど……数少ないすれ違った人達のほぼ全てがプレアの事を三度見くらいしてたと思う。


 怪談とかになりそうだよね。


 街道を爆走するメイドのお化け的な。


 馬より早く走るので追いかけられたら絶対に逃げられない的なヤツだ。


 ……。


 うん、想像したら結構怖い感じだな。


 プレアはとても可愛い娘だけどね。


 この砦までダッシュで来たのにメイド服には汚れもしわもないあたり……ほんまもんの怪奇現象と言えなくもないが。


 そんな事を考えつつプレアの事を見ていると……目が合った。


 その瞬間、何故かプレアが力強く頷き口を開いた。


「お、お任せください!フェルズ様」


 なるほど。


 俺はプレアに何を任せてしまうん?


「くくっ……あぁ、任せよう」


 え?


 任せてええのん?


 なんかもう、俺の意思とは違うところ……条件反射的に許可出した感じあるよ?


 自分の口から出た言葉にびっくりよ?


 しかし、そんな覇王の内心を他所に、俺の傍に控えていたプレアが一歩前に出て口を開いてしまう。


「辺境守護。フェルズ様に対する無礼、本来であれば即座に八つ裂きにしたい所だが、フェルズ様が許された以上今その不敬を咎めることはしない。だが一つ覚えておけ。エインヘリアの地に於いて二度目はない。御意を得るよりも早く、貴様の首は体から離れると思え」


「「……」」


 辺境守護だけでなく、この場に居た俺も含むみんながプレアの言葉に気圧される。


 ぷ、プレアさん?


 未だに俺が声をかけると、緊張してばね仕掛けのおもちゃみたいな反応するプレアさん?


 出てるよ?


 殺気的な奴が出てますよ?


「だが、フェルズ様はこの地を……民を守りたいという貴様の願いを好まれている。だから見せてやろう、あらゆる存在を歯牙にもかけぬ……その力のほんの一欠けらをな」


 そう言って、更に一歩前に進み出るプレアさん……。


 ……これはあれか?


 要約すると、かかって来い……ってことか?


 俺の代わりに辺境守護とプレアが戦う……ってことだと思う。


 辺境守護やその周りにいる兵士連中はプレアに気圧されていたけど、その台詞で少し訝しげな表情も浮かべる。


「五秒で用意なさい」


 プレアがそう宣言するけど……多分五秒って伝わらないと思うよ?


 時計とかこっちに持ち込んでないしね……。


 当然、辺境守護達は完全に疑問符を浮かべているが……。


「……五……四」


 あ、プレアがカウントダウン始めた。


 それで理解したのか、辺境守護が少し身構えるように体を傾けながら腰の剣に手を伸ばし……。


「ゼロ」


 カウントダウンの呟きをその場に残し、プレアが一気に踏み込み。


 一瞬で辺境守護の横に移動して……鉄山靠みたいな、背中でドンって感じで辺境守護を横に弾き飛ばした。


 辺境守護の傍にいた連中は……まったく反応できていないけど、辺境守護は辛うじてプレアの動きに反応して身構えた感じだったけど……思いっきりすっ飛ばされたな。


 ギリギリで体制は崩していない感じだけど、プレアの追撃に対応出来る程万全な体勢って訳でもないようだ。


 吹っ飛んだ辺境守護に追いついたプレアはメイド服……ロングスカートで回し蹴り。


「くぅ!?」


 今度こそ体勢を崩された辺境守護はうめき声をあげ、抜きかけていた剣を取りこぼす。


「たとえ腕をもがれても、その命を落とそうとも武器を落とすな。その手に力があるからこそ、後ろにいる民を守る事が出来るのだと知れ」


 武器を落とした辺境守護を叱責するプレア。


 鬼教官かな?


 プレアはうちのメイドの子達としてはごくごく普通の子だ。


 訓練所で基礎訓練はしているから能力値はそこそこ上がっているけど、肝心のアビリティを与えていないのでうちの子達の中では戦闘力は低いと言える。


 しかしその実力は、うちの大陸で言うところの準英雄と呼ばれる連中よりも若干上。


 英雄であるエリアス君達『至天』には勝てないけど、それ以外の相手であれば相当研鑽を積んだ相手であろうと圧倒出来るだけのスペックがある。


 いや、恐らくそれは彼女達の日々の研鑽による物なのだろう。


 何故かメイドの子達もローテーションしながら訓練バリバリやってるもんね。


 間違いなくこの世界に来た直後よりメイドの子達は強くなっている。


 そんなプレアの攻撃に辺境守護はぎりぎり反応出来たところを見るに、彼は前情報通りかなりの手練れなのだろうけど……本人も言っていたが英雄ではない。


 故に、この結果は……見るまでもなく分かり切っていたことだ。


「この程度の事は、エインヘリアの城で働くメイドであれば誰でも可能と言える。しかし、私達は当然だが戦う事が主な仕事ではない」


 その通り。


 だからめっちゃ本気の戦闘訓練とかしなくて良いんだよ?


「……」


 そんな俺の内心を他所に、何処から取り出したのか分からないけど、プレアはナイフを辺境守護の首筋に突き付けながら淡々と言葉を放つ。


 一瞬の攻防……いや、一方的な蹂躙か?


 プレアと辺境守護の戦闘の結果……革鎧を着た辺境守護がメイド服を着たプレアに良いようにふっ飛ばされ、何も出来ずに制圧された。


 辺境守護の後ろに控えていた兵達、それとレヴィアナとレインの二人が……目玉が飛び出さんばかりに目を見開きながら、辺境守護にナイフを突きつけるプレアを見ている。


 ……。


 ……まぁ、やらないか?と言ってきたのは辺境守護の方だし、プレアはカウントダウンしてから襲い掛かったわけだし、問題はないだろう。


 俺達の持つ力は十分彼に叩き込めた。


 後は普通に腰を落ち着けて話をすれば良い筈だ。


 俺は……とりあえず、皮肉気に口元を歪ませながらプレア達を眺め、そんなことを考えていた。


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