第34話 辺境守護ってどんな人?



 城を出て走る事七日程。


 俺達は辺境守護の領地まであと少しというところまで来ていた。


 今は領地に入る前の最後の休憩中といったところだ。


 しかし、ここに来るまで町や村をいくつか通過して来たけど……王都の活気のなさよりはマシだけど、とてもじゃないけど元気溌剌とは言い難い雰囲気だったな。


 可能な限り早く体勢を整えたい所だけど、先立つものがない事にはなぁ。


 フィオにこの世界に呼ばれた直後に比べると、今回の召喚はほんと厳しい状況だ。


 個人の武力だけで解決できる問題じゃないからなぁ……。


 そんな風に現状を目の当たりにし、憂鬱さだけが募る旅路だったけどそれもそろそろ終わる訳で……そろそろ確認しておかなければならない事がある。


「辺境守護はどんな人物だ?」


 プレアの淹れたお茶を受け取りながら、俺はレヴィアナに尋ねる。


 この旅路の中で色々と話をしてきたが、これから行く場所の事やそこにいる人たちの事は不思議と避けていた。


 いや、不思議とというか、故意に避けていたというか……。


 なんというか……レヴィアナの付き人のレインがね?


 妙にピリピリしているというか……殺気立っているというか……嫌いなのは実家なのか、それとも覇王なのか……って感じでね?


 話を切り出すタイミングが中々なかったのだ。


 とは言え、流石にもう到着するとなってしまっては流石に話を聞いておかないとな……俺が声をかけたのはレヴィアナだけど。


「一言で言うなら武人です。辺境守護の……英雄の家系の方々は自ら剣を取り最前線で戦う事を好むのですが、現当主である辺境守護も例外ではありません。最前線で剣を振り、その武威によって兵を鼓舞し戦果を挙げる。辺境守護が西側を守るからこそ、レグリア王国は存命することが出来たのは間違いありません」


「ふむ……今代の辺境守護は英雄ではないのだな?」


「はい。ですが、一人の武人として……レグリア王国で一番強い者は辺境守護と誰もが言うでしょう」


「王と共にいた騎士団長が一番強かったわけではないのか」


 なんか凄いごつい騎士団長がいたよな……頭は悪そうだったけど。


「……腕力だけならあの者の方が上かもしれませんが、戦う技術は確実に辺境守護の方が上です。それに辺境守護は元騎士団長と違って指揮も出来ますし……」


 元騎士団長評価ひっくいな……。


「前線に立ちながら指揮も執れるのか?それは凄いな」


「流石に前線に向かう時は指揮を副将に預けるそうですが……」


 そりゃよかった。


 キリク達みたいな化け物なのかと……。


「因みに副将は辺境守護の御次男。レインの兄です」


「ほう」


 凄いなぁ、完全に軍人一家って感じだな。


「魔物との戦いは昼夜問わず、農繁期もお構いなし……戦いに終わりはなく、兵は疲弊すれど光明は見えず。そんな絶望的な状況でありながら、辺境守護は三代に渡り国境を……辺境守護の領地を守っているのです」


「先の見えない状況でそれは見事というより他ないな。しかし、辺境守護はエインヘリアの事を肯定も否定もしていない。辺境守護は、自領にしか興味がないということか?」


「自領は勿論ですが、辺境守護は魔物による脅威を押し留めることを何より優先しています。その為の支援を約束するのであれば、ここがエインヘリアだろうとレグリア王国だろうと……帝国だろうと聖国だろうと気にはされないかと」


 なるほど……まぁ辺境守護の領地はレグリア領の西側を北から南までしっかりカバーしている感じだからな。


 自領を守るイコール国を守るって配置だ。


 まぁ、意図的にそういう領地を国から与えたんだろうけどね。


 それにしても、自領を守る事が最優先……ある意味分かりやすいけど、扱いが難しいな。


「……自分達の手で守りたいのか、それともただそこに住む民が安全であれば良いのか。どちらだ?」


「……どういう事でしょうか?」


 首を傾げるレヴィアナに、俺は肩をすくめてみせる。


「民が第一。彼等が安心して暮らすことが出来るのであれば、それを成したのが誰であっても良いのか、それとも自分達の手で民を守る事が大事なのか……そういうことだ」


「それは……」


 結果が同じであっても、自分達の納得できる過程……あるいは自らの手でそれを成すことこそ至上と取るのか。


 その考え方によって対応も大きく変わって来る。


 エインヘリアでは、基本的に職業軍人は必要としていない。


 それはうちの子達が凄まじく強いからであり、召喚兵というローコストハイスペックの存在があるからだ。


 元々軍に所属していた連中は警察機構である治安維持部隊として雇用しているけど、外勢力と戦う為の軍としては一切雇用していない。


 キリク達がここに辿り着いたら……当然辺境軍も解体となる。


 今まで最前線で血を流し、その身を盾として国を守って来た彼らを蔑ろにするつもりはないけど……俺としては危険の多い軍務を民に任せたくはない。


 まぁ、将来的には任せないといけない日はくるだろうけど……当面は俺達だけで充分だ。


 しかし俺達が圧倒的に強いからといって、そう簡単に軍人辞めますと納得できない人達がいるのも……今までの経験上少なくない。


 そういった人達の大半は治安維持部隊に回されるんだけど、どうしても今までやってきたこととの違いに納得できない人達っている。


 そういう人たちの心のケアというか……職に関する相談は定期的に機会を作って受け付けているし、相談しやすい雰囲気……転職のサポートや資金援助等を公的にやってはいる。


 俺としてはちゃんと相手の事を尊重して色々と考えているつもりだけど、そういった人たちの矜持や信念を理解して上げられているとは言い難い。


 俺はなんだかんだで冷めているというか、実利主義なところがあるからな……どうしても安全ならそれで良くない?と思ってしまうのだ。


「レイン……今の陛下の御質問、どうでしょうか?」


「……父や兄達は自ら戦う事を尊んでいますが、それは民の安全より優先するものではありません。先頭に立ち戦わなくてはならないという考えは、あくまで一人でも多くの民を守るためのもの。誰の手によるものだとしても、民が安全に暮らすことが出来るようになるのであれば、それを拒むことはしないでしょう」


 俺の方は向かずにレヴィアナに対し返事をするレイン。


「それは安心出来る話だが、当然それには彼らを納得させるだけの根拠が必要という事だな?」


 俺がそう言うと、こちらをちらりと見たレインが目を伏せるように頷く。


「陛下の御力は疑いようもありません。ですが、陛下……それにウルル様も非常にご多忙な身。常に危険にさらされている辺境を守るのは……」


「確かにそうだな。流石に辺境の守りまでは手が足りん。辺境守護としては恒久的な安全を約束しなければエインヘリアを受け入れないということだな?」


「受け入れないと言うのは語弊がありますが……いえ、確かに辺境守護である父や兄達は、軍を解体するという陛下の命に従わないでしょう。この地を守る。それ以外に生きる目的がないと公言してはばかりませんし」


「流石に辺境軍を今すぐに解体するつもりはないがな……」


 地元愛と言えなくもないけど……そんな生き方だと魔物の侵攻は防げても、国側から攻められかねないと思うんだが……いや、違うか。


 彼らは今ある領地以上のものを求めていない。


 そしてその領地はレグリア王国の最西……魔物の領域の隣だ。


 そんな危険の多い土地をわざわざ攻めて領地を奪っても、間違いなく苦労の方が多いだろう。


 寧ろ、武力に定評のある辺境守護を西側への盾として置いておく方がよっぽど役に立つと考えるか。


 実際、辺境守護は魔物との戦いに明け暮れて、中央への影響力を保持してはいるもののその権力を一切利用することが無かった。


 辺境軍やその支援についても最低限以上は求めなかったようだし、触らぬ神に何とやらって感じでそっと置かれていたって感じだったのだろう。


 しかし、それでもここは旧レグリア王国領にしてエインヘリアのレグリア地方。


 元王国領は基本的にエインヘリアに併合されたわけだけど、辺境守護はその事に対し受け入れはしたけど辺境軍の補給を求めるだけで他に何も言ってはこなかった。


 軍は全部解体するよと通達しても音沙汰なし。


 今回俺が辺境に来たのは、聖国連中が動くのを待つ間の暇つぶし……もあるけど、辺境守護がどんな奴なのか、そしてどんな風に考えているのかを知るため。


 勿論それだけじゃないけど……というか、エインヘリアに反抗的ではなくともちゃんと恭順していないようなら……辺境守護を潰さないといかん。


 そうじゃないと……キリク達がブチ切れちゃうしね。


 それはもう間違いなく虐殺コースだろう。


 そんな事キリク達にはさせたくないし、させるつもりはない。


 だからこそ、彼らの真意を確認して……恭順しないようなら俺が処理する必要がある。


 話を聞いた限りだと、面倒なことは考えて無さそうなタイプだけど……状況を鑑みれば、先程のレインの言葉は嘘偽りなく……そう言う事なのだろう。


 エインヘリア本国……つまりキリク達がここに到着した時点で辺境守護達の望みは叶えられる。


 でもそれじゃぁ何もかもが遅い。


 領地に住む民に安寧を……これ自体は簡単に叶えることが出来る。


 しかしそれはキリク達が到着するというタイムリミットを迎えてからだ。


 現状では国をひっくり返しても辺境を守る戦力は出せない。


 いや、辺境だけなら暫く守る事は出来るだろうけど、その場合聖国か帝国に後ろから潰されるだろうね。


 まぁ、それは俺がどうにかするつもりではあるけどね。


 しかし、だからこそ……動けるうちに辺境に関しては話をつけておかなければならない。


 正直どうしたものかとは思うけど、結局のところ……。


「直接会って話をするしかないか。辺境守護は、前線に居るのか?」


「次の街に到着次第、レインに先触れとして向かってもらうつもりですが、恐らく領都ではなく前線の砦に辺境守護はいる筈です」


「明日には着けるか?」


「はい」


 俺とプレアが全力で走ればもっと早く着くだろうけど、レヴィアナとかが居ないと面倒そうだし、ゆっくり行くとするか。


 もう暫く休憩をしてから、また走るとしよう。


 まだ見ぬ辺境守護の面倒臭さを想いつつ、俺達はえっちらほっちら国の端っこまで移動して……ようやく最前線の砦に辿り着いた。

 

 砦の前には鍛え抜かれたゴツイ体に革の鎧をつけたオッサン……辺境守護が迎えに出て来ており……。


「まずは一つ、手合わせを願いたく」


 ……どうしてそうなる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る