第33話 RUN



View of レヴィアナ=シス=レグリア 元レグリア王国王女






「馬に乗らないのですか?」


「あぁ」


 陛下が突拍子もない事を言うのに慣れてきたつもりでしたが、これはどうとれば良いのでしょうか?


 先日の会議で陛下は辺境を視察されるとおっしゃいました。


 しかも出発は翌日です。


 あまりに突然の事で兵を用意することも出来ず……辺境に向かうのは陛下とプレア殿と私とレインの四人です。


 いえ、いくら翌日出発だったとしても、もう少し体裁を整える事は出来ます。


 しかし、その全てを陛下がいらないと一蹴してしまったのです。


 辛うじて私とレインの同行は認めて貰えましたが……護衛がレインだけというのは、どうなのでしょうか?


 まぁ、陛下御自身が英雄ですし、護衛は必要ないのでしょうが……それにしても、ここまでフットワークの軽い王が他にいるでしょうか?


 ……レイフォン殿にせっかちと言われるのも無理ないと思います。


 しかし、陛下が行くというのであれば意見こそ伝えますが、それを御止めすることは出来ません。


 もうそれは良いのです。


 エインヘリア王陛下はこういう人物で、私達がそれに慣れなければならない。


 ただそれだけの事……しかし、それはそれとして……馬に乗らないというのは?


 馬車は嫌いだと以前おっしゃっていましたが……馬車でしょうか?


「馬車はお嫌いだと言っていたので用意しませんでしたが、用意しますか?」


「いや、走っていく」


 イヤハシッテイク?


 ……私は空を見上げます。


 青い空。


 高い雲。


 あ、鳥が飛んでいますね……。


 私もいつか飛んでみたいものです。


 ……そういえばエインヘリアには空を飛ぶ手段があるとか。


 ……エインヘリア。


 ハシッテイク。


 走っていく!?


「走っていくというのは、その……足で?」


「あぁ、馬は苦手だからな」


 ……。


 先日の戦で、陛下は敵軍と戦う際騎乗しませんでした。


 なるほど、馬が苦手だったのですね。


 てっきり相手を焦らしているのかと思っていたのですが……。


「……えっと、徒歩で辺境まで行くと相当時間がかかると思いますが……」


「いや、歩いてはいかないぞ?走るんだ」


「あ、そ、そうでしたね。えっと……」


 ……そんなに違います?


 というか、陛下が騎乗されないのであれば私達が騎乗するわけには……。


「明日には着くか?」


「あ、明日!?」


「ん?もっとかかるか?」


「えっと……」


 首を傾げる陛下から視線を外し、私は傍で同じように困惑しているレインの方に助けを求めるように顔を向けます。


「……陛下。辺境守護の領地まではここから馬車で急いでも十五日程、早馬でも四日以上はかかります」


「ウルルは一日で往復できる距離だと言っていたが、馬だとそんなにかかるのか」


 ……あれ?


 馬って人が走るより遅いんでしたっけ?


 レインと陛下の会話を聞いてそんな馬鹿なことを考えてしまいます。


「今回は少人数ですが、替えの馬の用意はありませんし……」


 それに陛下とプレア殿は徒歩……いえ、走りですし……ちょっと日数が読めませんね。


 レインもそう思ったのか、最後まで言葉を続けられずに口籠る。


 ……結局何日で辺境守護の領地まで行けるのでしょう?


「まぁ、とりあえず移動するか。初めはゆっくり走るから適当に合わせてくれ」


「あ、はい」


 本当に良いのでしょうか?


 陛下が徒歩で従者である私達が騎乗……いえ、体力に差がある事は理解しているのですが……。


 少なくとも歩きで辺境まで行くとしたら……私は辿り着ける自信がありませんね。


 そんな事を考えていると、陛下が小走りに進み始めたので私達も馬を歩かせ始めます。


 陛下のおっしゃられた通り始めはゆっくりと、そして徐々に速度を上げていきます。


 陛下は動きやすそうな恰好なのですが、プレア殿はメイド服で走っておられるので違和感が物凄いですね。


 いえ、陛下が走っている姿は……その御立場を考えれば違和感しかありませんし、更にその姿を馬上から見下ろしている自分にも違和感しかありません。


 傍から見れば、メイドと従者を走らせながら馬に乗っている騎士みたいに見えるかもしれませんね……私とレインは軽装ですが鎧をつけていますし。


 ……陛下を従者などと無礼にも程がありますが……あくまで周りから見たらという話です!


 そんな風に色々と葛藤している間にも、陛下達はどんどん速度を上げていきます。


 ……。


 ……あれ?


 かなり……速すぎる……ような?


 陛下とプレア殿の走る速度はどんどん速くなっていきます。


 どんどん。


 どんどん。


 どんどんどんどん。


 どんどんどんどんどんどんどんどん。


 どんどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど。


「へ、陛下!?まって……お待ちください!?」


「ん?」


 私の声が届き、陛下が首を傾げながらこちらに顔を向けます。


 速度は緩めず……ちょっと気持ち悪……いえ、不敬です!


「だ、ダメです!こんな速度で走ったら!馬が!すぐに潰れます!」


「む?そうなのか?」


 そう言って陛下は走る速度を緩めて下さいました。


 汗もかいていなければ息も切れていない……どころか、髪すら乱れていない陛下。


 その髪……鉄か何かで出来ていますか?


「先に馬を走らせて、それに合わせた方が良かったか。馬とはもっと早く走れるものだと思っていたぞ」


 先程は必至に声を出さなければいけませんでしたが、このくらいの速度であれば何とか話も出来ますね……。


 早駆けよりも少し遅いくらいのペースまで速度を落としてくれた陛下から少し離れた位置で馬を走らせながら、私は返事をします。


「人を乗せていますし……ある程度無理に走らせることは出来ますが、すぐにバテてしまいます。聞くところによると強引に走らせることもできるそうですが、その後馬は死んでしまうとのことで」


「……流石にそこまで酷使する訳にはいかんな。このくらいのペースであれば問題ないか?」


「はい。このくらいであれば長時間の移動も問題ありません。休憩は必要ですが」


「分かった。休憩が必要な時は言ってくれ」


「畏まりました」


 本当に陛下は馬について知らないのですね……。


 エインヘリアは侵略国と陛下は話されていましたが、騎兵が居ないという事でしょうか?


 馬自体はご存知のようなので、エインヘリア本国のある大陸にも馬はいるのでしょうが……。


「陛下。エインヘリア本国では馬に乗ったりはしないのですか?」


「いや、俺達はあまり乗らないが、他国の者や民は普通に乗るぞ?」


「そうなのですね。陛下達が乗らないのは……」


 馬より早く移動出来るからですか?


 そう聞きかけて、なんとなく無礼なのではないかと思い言葉に詰まってしまう。


「俺達は基本的に転移があるからな」


「あ、な、なるほど。転移……」


 そ、そうでした。


 エインヘリアには遠くに一瞬で移動するための装置があるのでしたね。


 そんな物があるのでしたら、わざわざこんな風に馬で移動したり……走って移動したりはしないでしょう。


「装置がない場所には飛行船で行くしな」


「飛行船というのは……以前おっしゃられていた空を飛ぶ?」


「あぁ。地形を無視することが出来るから、馬車だと数か月という距離でも数日で移動可能だ」


 転移に飛行船。


 エインヘリア本国は一体どのような光景が広がる場所なのでしょう?


 そして、私がそれを目にする日は来るのでしょうか?


「そういえば以前……一度だけこんな風に走って他国に向かった事があったな」


「た、他国に走ってですか?」


「あぁ。護衛と外交を担当している友人を連れてな」


 外交を担当?


 外交官という事でしょうか?


 そんな疑問が顔に出たのでしょうか、こちらを見た陛下が苦笑しながら言葉を続けます。


「向かった国はドワーフ達の国でな。俺の友人は妖精族専用の外交官だ」


「……ドワーフと妖精族、ですか?」


「あぁ、友人はゴブリンだ」


 ゴブリン……。


「そういえば、この大陸に妖精族はいないのか?」


「妖精族……その、申し訳ありません。その妖精族というのはどのような?」


 どうやら陛下達にとっては常識のようですが……妖精族とおっしゃるからには、どこか人とは違う方々なのでしょうか?


 過分にしてそのような方々がこの辺りに暮らしているという話は聞いたことがありません。


「ゴブリン、ハーピー、エルフ、ドワーフ、スプリガン。俺達の大陸では彼らを総じて妖精族と呼んでいた」


 始めにといった感じでそう言った陛下は、妖精族の外見等を教えて下さった。


 しかし……。


「そういった外見の種族がいるという話は聞いたことがありません。こちらの大陸にもいるのでしょうか?」


「さぁ、どうだろうな?大陸が違えばそこに住む者達も違う。こちらに妖精族が居なかったとしても何ら不思議はないな」


「そういうものなのですか……」


 住んでいる大陸によって生きている種族が違う……この国しか知らない私には何とも実感の湧かない話ですが……。


「例えばだが……暖かい地方と寒い地方。そこに住む動物や魔物、それに植物……全然違うだろう?」


「あ、それは……確かにそうですね」


「人も似たようなものだろ。住みやすい所に移動する……もしくは、淘汰される。この大陸に妖精族がいないのは、最初からいなかったのか、それとも長い歴史の中で消えていったのか、もしくは……」


 そう言った陛下は進行方向の遥か先に見える霊峰を見上げる。


 霊峰の向こうにあるのは……魔王国。


 陛下のおっしゃる妖精族がいるとすれば、それは魔王国なのでしょうか?


 今まで考えたことがありませんでしたが……霊峰によって分け隔てられた向こう。


 私の知らない世界が、そこには広がっている。


 陛下を召喚してしまった事で、私はその事を強く思い知らされました。


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