第32話 エインヘリア、レグリア地方での会議
View of レヴィアナ=シス=レグリア 元レグリア王国王女
会議室の扉が音を立てた瞬間、部屋の中に凄まじい緊張感が生まれ……部屋にいた私を除く方々が立ち上がった。
まずは扉を開けた陛下御付きメイド、プレア殿が部屋に入り扉の横に控える。
そして次に陛下が姿を見せた直後……室内の張り詰めた空気が今度は急激に冷えたような感覚を覚えました。
気のせいだとは思うのですが。
部屋に入った陛下は立ち上がっている面々を見て小さく苦笑した後、自らの席へと向かいながら口を開く。
「面倒だから一々そんなことはしなくて良いぞ。ここには俺達しかいない。権威を見せつける必要性は何処にもないだろう?」
その言はもっともかもしれませんが、それを大事にして自尊心を満たす者もいますよ?
まぁ、陛下にはくだらない見栄でしかないのでしょうし、以前そういった事は不要だとお聞きしたからこそ私は着席したままなのですが……。
「……畏まりました。今後陛下に遜るのは耳目が集まる場所に限定しましょう」
「くくっ……レイフォン。お前のそういうところ嫌いではないぞ?」
出席者の一人……レイフォン殿の皮肉を楽しそうに受け流しながら陛下が席に着く。
私の相談役をしていた時、レイフォン殿はこういう事を言うタイプではありませんでしたが……今の方が生き生きとしていますね。
「さて、会議を始めるが……レヴィアナ」
「はい」
「進行を任せる。議題は分かっているな?」
いつも通り……皮肉気に、私を挑発するように笑みを浮かべる陛下に頷いて見せる。
陛下が召喚されてから三か月程が経過し、私はその間陛下の秘書官のような事をしてきました。
陛下の考え方ややり方は独特……別の大陸、別の文化で培ったやり方なので我々の常識と違うのは当然なのですが……自らの権威に全く執着せず、儀礼等を時間の無駄と公言して憚りません。
そんな事をしなくても、自身を侮る者はいないと確信している故でしょうか?
なんというか……陛下を見ていると王族だ貴族だと居丈高にしている者達が滑稽に感じられます。
っと……いけませんね、進行を命じられたのでした。
「……大丈夫です。それでは最初に領内の関について報告します。陛下の御指示通り関は全て排除し、往来の自由を保障しました。関に配備されていた者を含めた貴族の私兵は一度解体、再編成して治安維持部隊に回すように指示を出しています。ランカーク殿、治安維持部隊について報告を」
編成を任せた元将軍であるランカーク殿に報告するように告げると、彼は生真面目に立ち上がり一礼をしてから口を開く。
ランカーク殿は父によって投獄されていた将軍で、その気真面目さ故父の側近の一人であった高位貴族の不正を弾劾しようとして逆に罪を被せられて投獄されていた人物です。
クーデターの際に私達が救出し、騎士団の掌握に力を貸してもらっていたのですが、陛下から渡されたリストでも最優先で引き込む人材として記載されていました。
本当にウルル様の調査は抜かりないですね……。
「報告します。現在貴族の私兵の一割ほどを治安維持部隊の名で登用しました」
「……随分少ないな」
ランカーク殿の報告に陛下が眉を顰めながら言葉を発すると、即座にランカーク殿が深く頭を下げながら言葉を続けます。
「申し訳ありません。陛下の定められた基準を満たすことの出来る者が想定以上に少なく」
「……ふむ」
陛下が治安維持部隊登用につけた条件は勤務態度と賄賂に関する条件でした。
「やはりこの情勢では条件的に厳しかったか」
「貴族の私兵という事で横暴に振舞う者、賄賂を要求していた者が多すぎます。この数では街道はおろか各集落の治安維持も難しいかと」
予想はしていたという様に陛下が不満気にため息交じりに言うと、ランカーク殿は申し訳なさそうに報告を続けました。
地方貴族に私的に雇われている私兵は、その地を治める貴族によってその性質が大きく異なります。
民を重んじ最大限民の為に取り計らおうとする貴族の私兵は、真面目に治安維持の為に働いている事が多く、民を軽んじ虐げている様な貴族の私兵は、傲慢に振舞う事が日常となっていたようです。
陛下は国内の状況を健全化することが先決とおっしゃり、まずは治安維持部隊の設立を進められました。
陛下とウルル様が居られれば、当面の外敵への対応は問題ないというお考えから優先順位を決められたのでしょう。
「……ならばやはり腹案の方で進めるしかないな」
「条件を下げるということでしょうか?」
「あぁ。ただし内偵はする。勤務態度の改善が見られない様であれば、それなりの処罰をする。まぁ、本国との合流後になるがな」
本国との合流……。
陛下は当然の様に語りますが、本当にそれは可能なのでしょうか?
偶に話されるエインヘリアという国……。
その話が半分……いえ、十分の一が真実だとしてもかなりあり得ない国と言えるのですが……。
「編成は引き続きランカークに任せる。ただし、上役には先の条件に合格した者達を優先的に就けろ。それと今の登用条件は治安維持部隊の連中に厳守するように伝えておけ。それで素行を改めるなら良し、改めぬなら後で地獄を見るだけだ」
「畏まりました。そのように手配いたします」
ランカーク殿が深く頭を下げてこの話は終わる。
「では次に聖国と帝国に送った使者の件ですが、まずはエリストン殿、聖国に関しての報告を」
「はっ!」
エリストン=チャールソン=ラング殿。
地方領主、元ラング子爵家の当主で優先順位は三番……つまり優秀とされるグループの方です。
「聖国では教皇にこそ会えませんでしたが、第一位階貴族であるハイゼル家を始めとした貴族達に面会が出来ました。その場にて親書を渡し、陛下の御指示通りすぐに引き返してきましたが……よろしかったので?」
「あぁ。聖国に残っていたら面倒事になっていた筈だ。どうせすぐに向こうから使者を送り込んで来る。正式なやり取りはそれからだな。それよりもエリストン、片道馬車で二か月かかる距離を二か月足らずで往復する強行軍。相当苦労しただろう?」
「……正直に申し上げれば、かなり厳しい移動でした」
「お前の苦労のお陰で、今後の聖国の動きはこちらの狙い通りになる。大義だった」
「ありがたき御言葉」
ほっとするような表情を見せるエリストン殿。
エリストン殿は陛下に臣従を誓ってすぐに聖国へと旅立ち、見事に仕事をやってのけました。
聖国の貴族は聖職者よりも権力を持っていないと言っても大国の貴族に違いはなく、面会までは相当時間も手間もかかる筈です。
だというのに二か月でしっかりと目的を達し帰還を果たしているその手腕、見事というより他ありません。
聖国と交渉をしていた時の窓口を使ったのでしょうが、恐らく陛下は彼が迅速に聖国の上層部と繋ぎが取れると把握していたのだと思います。
それを調べたウルル様とその情報を最大限に生かす陛下……どちらも凄まじいとしか表現できません。
「次に帝国方面ですが、レイフォン殿」
「聖国と違ってこちらは普通に向かって良いとの事でしたし、ようやく使者が帝都に到着したという頃合いです。最低でも十日前後は待たされるでしょうし、連絡が来るのはまだしばらく先かと」
「悪くない頃合いだな」
レイフォン殿の言葉に満足げに頷く陛下。
どういう絵図を描いているのか分かりませんが、この様子を見る限り予定通りに事が進んでいるという事でしょう。
そんな事を考えていると、陛下が私の方を見て皮肉気に口元を歪ませた後言葉を続けました。
「聖国の連中は親書を受け取った後、こちらに使節団を派遣してくる筈だ。名目は……新国王である俺への挨拶。それと国が変わり混乱しているであろう民達の慰撫。そんなところだな」
「「……」」
会議室に居た皆が黙って陛下の話に耳を傾けます。
確かに聖国であれば司教を派遣して挨拶……そして寄付を求めてくる筈です。
「まぁ、その実。ここ最近急激に旧王都付近の情報が得られなくなったことの調査と俺という存在を計り、そして俺の怒りを聖国から逸らす……そんな目的の来訪だ」
「……」
「逸らす先は帝国だが……仮にも聖職者だ。口が上手いのだろう……どんな風に俺の怒りを逸らすのか、実に楽しみだ。なぁ?レイフォン」
とても朗らかにレイフォン殿の名を呼ぶ陛下。
召喚の件……陛下が相当ご不快に思われている事は間違いありませんし、流石のレイフォン殿もそこは話を振らないで欲しいと思っているのではないでしょうか?
そんな風に考えつつ、ちらりとレイフォン殿に視線を向けましたが……本人は涼しげな顔をして肩をすくめています。
「……私としては長々と語る連中の前で陛下が寝てしまわれないかが心配ですな」
「ふむ、やはり話が長いのか」
「それはもう。せっかちな陛下であれば、最初の挨拶の時点で彼等の言葉を止めるか寝るかのどちらかではないかと」
「俺はせっかちか?」
「のんびりしているかせっかちかと問われれば、そうだと言えますな」
レイフォン殿は私が思っていた以上に図太いようですね……この状況でさらっと召喚の件から話題を変えましたよ。
私もこういった強かさを身につけたいものですが……。
「その二択であればそうだろうな。では期待に応えるとするか。レヴィアナ、次の議題を」
その期待に応えるというのが使者の前で寝る事なのか、さっさと議題を変える事なのかで大きく変わってきますが……。
きっと陛下にとって、聖国の聖職者への対応もレイフォン殿への対応も大して変わらないものなのでしょう。
「……はい。次は領内の流通と陛下が纏めるようにおっしゃられた各地の特産品と文化についてです」
「治安の確保が出来ない現状では流通や経済の活性化は厳しいが、売れるものは調べておく必要があるからな」
先程までよりも少し楽し気に、陛下は報告に耳を傾けます。
それからいくつかの報告と方針を話し合った後、陛下がふと思い出したかのように一言発した。
「明日から辺境に向かう。誰か共に行くか?」
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