第31話 蠢く思惑と蠢く……



View of ソルトン=リーフ=ハイゼル オロ神聖国 第一位階ハイゼル家当主






 簡単な打ち合わせを終えた大司教ドルトロスが部屋を出ていき、その姿を見送った私は教皇猊下の方へと向き直る。


「あの方でよろしかったのですか?危険が多いと思いますが」


 私の問いに普段と変わらぬ笑みを浮かべながら教皇猊下が頷く。


「大司教ドルトロスはとても優秀な方です。きっと今回も良きように成してくれるでしょう」


「かの国……エインヘリアを味方に引き込めると?」


「そこまで出来れば私はすぐにでも教皇の座を彼に譲りますが、流石にそれは無理でしょう」


 先程は大司教ドルトロスもいた手前、教皇猊下と同じ考えであるかのように振舞っていたが、正直その心の内はまったく理解できていない。


 そして今も、人の良さそうな笑みを浮かべながらかぶりを振る教皇猊下の言葉や仕草から一切の情報を得られず、私は発せられた言葉を額面通りに受け取る事しか出来なかった。


「……エインヘリアの王を名乗る英雄は容易い相手ではありません。防諜の件から考えても情報の重要性をよく理解しています。ほぼ間違いなく、今回の召喚の裏に我々が居たことを知っている筈」


「えぇ。貴方の言う通り、エインヘリアの英雄にとって私達は間違いなく敵でしょう。あの国で見せしめに殺された誰よりも」


 ……前レグリア王とその側近、そして英雄の支配を受け入れなかった貴族達。


 粛清は速やかに、そして誰の目にも支配者が誰なのかはっきりと分かるように行われた。


 この短時間で一国を掌握した手腕といい、反乱軍相手に見せた武力といい英雄としてもかなり万能な能力を持っているように思える。


 ただ武力だけの英雄であれば御しやすかったのだが……。


「大司教ドルトロスが殺され、全面戦争となるやもしれませんが?」


「かの英雄が聡明であればこそ、私達と全面戦争などという愚は犯さないでしょう。私達と事を構えるなら、我が国だけに目を向けるわけにはいきませんからね」


 オロ神聖国を敵に回すという事は、オロ神教を敵に回すという事。


 大陸の全ての場所に信徒をもつオロ神教は、教皇猊下の一声でその全てが武装集団になりかねない。


 いや、宗派によっては蜂起しない者達もいるにはいるが、外から見ればオロ神教という括りに違いはなく、いつ蜂起するとも知れない敵対勢力を身の内に抱えていると考えるのが普通だ。


 しかも、本来であればそれは自勢力の民……まともに戦える筈がない。


 基本的に持たざる者を救う教えなので国の要職に就く者は信者となりがたく、帝国などは徹底した調査が行われる為上層部に信者を送り込むことも難しいのですが……エインヘリアならまだ潜り込む余地はあるでしょう。


 貴族の粛清や離反等で人出はかなり不足している筈。


 恐らく我が国や帝国に離反する貴族を止めなかったのは、今の人員では元の国土を管理しきれないと判断したのだろう。


 諜報関係は急ぎ立て直し、強化したみたいだが……いかに万能型の英雄といえど手の数は二本。


 一人で処理できる仕事には限界があるというものだ。


「大司教ドルトロスであれば、怒りの矛先を変えることくらいは容易いでしょう」


 そう言って微笑む教皇猊下を見て、ようやくその考えに手が届く。


「帝国……英雄帝にぶつけると?」


「同じ王、同じ英雄……ぶつかり合うのは必定でしょう」


「帝国とエインヘリアでは国力が五倍以上ありますが……」


「我等に挑む前に帝国を食う……大司教ドルトロスならそのように誘導するはずです」


「……」


 それが実現すれば……当然我が国も帝国領に向けて進軍することになる。


 我々が進軍するとすれば東側、魔王軍の侵攻を考えれば西側には旨みがない……いや、教皇猊下は西側をエインヘリアに取らせようとしているのだな。


 エインヘリアは位置的に帝国の西側を攻めざるを得ない。


 そして当然、エインヘリアが北上すれば帝国の目はエインヘリアへと向かう……その隙に我々は帝国の東側に浸透していく。


 しかし、果たして本当にエインヘリアは北に……帝国に目を向けるだろうか?


「大司教ドルトロスのお手並み拝見といったところですね」


 ニコニコと微笑む教皇猊下の頭の中では、既に多くの計画が動いている筈。


 怪物。


 教皇猊下を表現するのにこれ以上相応しい言葉はないだろう。


 数十年前に長男でありながらハイゼル家を出て教会入りした異端。


 教皇猊下が教会に入った時、ハイゼル家の位階は二位。


 そのまま何もせずともそれなりの暮らしを送る事は出来ただろう。


 オロ神聖国において、上位貴族の長男に生まれたものは誰もが安定を求める。


 三位以下の貴族はいつ贄にされるかと戦々恐々とする人生だろうが、二位ともなれば余程下手をしない限り責任を取るような事態にはならない。


 だからだろうか?


 第一位や第二位の当主やその長男は総じて覇気がない。


 司教以上の地位にいる元貴族の次男や三男に比べるとギラついた物がないのだ。


 まぁ……聖職者としてそれはどうかとは思うが。


 教皇猊下はそのギラつく聖職者達のトップに長年君臨する異端の怪物。


 正直エインヘリアの英雄や帝国の皇帝、そして聖騎士……私は彼ら英雄よりも教皇の方が恐ろしかった。






View of フェルズ 昨夜色々あってゲージが満タンな覇王






 今日の俺は凄くイイ。


 こう……気力、いや、覇王力が充実している感がある。


 今なら十日……いや、五日……いや、三日くらいは頑張れる気がする。


 よぉし、頑張っちゃおうかなぁ!


 そんな風に気合いを入れつつ俺は私室の外に出る。


 部屋の外にはいつも通りプレアが待機していて、俺が歩き出すとすぐ後ろについてくる。


「もう揃っているか?」


「は、はい!全員揃っています!フェルズ様が到着次第すぐに始められるようにと」


「そうか……」

 

 ……揃っちゃってるのかぁ。


 うん、今日一日持たないかもしれない……プレアの言葉に、急激にゲージが減少していくのを感じる。


 今日の会議は……いつもキリク達とやっているような定例会議……みたいなものだ。


 定例っていっても今回が第一回だけどね。


 会議自体は慣れた。


 超慣れた。


 しかし、慣れた会議はキリク達とやる奴だけだ。


 他の人達との会話は一切気が抜けない。


 そして今回の会議、当然出席者はキリク達ではないわけで……覇王はお腹が痛くなりそうだったり何だったりで……あぁ、辛い。


 おうちかえりたい……。


 覇王の憂鬱な戦いが幕を開ける。


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